異世界転生ルールブレイク

稲妻仔猫

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第三章

第9話 深淵を覗くとき その3

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 ひとまずの休憩を終え、再び俺とミューはソファに向かい合った。

「ミュー、大丈夫かい? 色々と突拍子もない話を聞かされて疲れてないか?」
「いいえ、坊ちゃま。私は既に女神さまにお会いしております。あのお陰で、寧ろ今私はこの世界が一体何なのか。それを知りたくて仕方がないのです。それに……」
「それに?」
「今私は、昔よりも、真に坊ちゃまのために生きられている、そんな気がしているのです。疲れなど、これっぽっちもありません」

 今すぐ、目の前の少女を抱き締めてしまいたい欲求に駆られる。
 前世に比べて、この世界に来てからは随分と恋愛偏差値は向上したと思っていたが、それでも、ミューと話していると周りが見えなくなってしまう程に盲目になりそうになる。 

「ありがとう、ミュー。ここからは、君にとっても少しハードな話になるかもしれない。心して聞いて欲しい」

 内心を何とか抑え込んでいった俺の言葉に、ミューは再び真剣な顔つきになった。

 とはいえ、どこから話したもんか……。

「ミュー、女神さまがどれくらいの数いらっしゃるかは分からないが、その女神さまたちでも、世界を生み出し、生物が生存していくようにするのはとても困難な事らしい。ベル様の『地球』だけが、きわめて稀な成功例だ、とベル様は言っていた。
 そして、その『地球』の中で創作された世界を真似て試験的に創られた世界。それがこのラルアーだ」
「つまり、ベル様がお創りになった世界を参考に、ウル様がこの世界をお創りになった、と、そういう事ですか?」
「ああ、その感覚で問題ない」

 本来であれば、ここで一個、引っかかる事案に差し掛かる。
 しかし、それは前回俺がベル様にした質問で既に解決済みである。

「ここで、一つの疑問に突き当たるんだ。
 女神さまには、明るいとか暗いとか、そういう概念がない。それに女神さまは排泄行為をしない。服や装備品も必要無ければ、文字やそれらを書き留めるという概念も無い。
 そんな女神さまが、果たして、紙や蓄光灯石という物質を備え、下水が整備された世界を創作できるものなのだろうか?」

 剣や鎧、ドレスなどのデザインはまだいい。髪の色も、地球のコミックやアニメをそのままパクってしまえば出来なくはないだろう。
 しかし、中世ならではの下水道と蓄光灯石、そして紙の発展。この三つは、ぶっちぎりにオリジナリティに富んでいる。ちなみに言えば、聖女はまだしも魔法使いまでが選ばれた者だけ、という設定の作品は少なくとも俺は知らない。
 つまりこの辺りには、確実に女神様オリジナルでは到底作成出来なさそうな設定が盛り込まれているのだ。

 そこから導き出される回答は一つだ。

「少し、地球の話をしても良いかい?」

 話の順序を考え突然そう切り出した俺に、ミューは目を輝かせた。

「は、はい! 坊ちゃまの元の世界のお話、とても聞きたいです!」

 うーん、そんなに良いもんじゃないんだけどな。

「俺の居た世界は、まあ、とても便利な世界だったよ。
 『科学』という魔法があってね。部屋を暖めたり、火を使わずにお風呂を沸かしたり、遠くの人とお話が出来たり、世界中の出来事を世界中の人と瞬時に共有出来たり、空を飛んだり。まあ、何でも出来る世界だった」
「ほえぇぇぇ……、想像もつきません」

 ミューが過去一驚いた顔をしていた。
 いやいや、あの世界にそんな憧れを持たれても困る。

「でもね、とても息苦しい世界だった。貧富の差は激しいし、能力の無いものは脱落していく。政治家……国を動かす者は利権を漁り、国同士、人同士の殺し合いも、自ら命を絶つ者も後を絶たなかった。やがて人々は……特に俺の国の人は、『異世界』に救いを求めるようになった」

 俺は敢えて少々の曲解を加えて言った。
 嘘は言ってないし、今重要なのは、この世界の成り立ちの話だ。地球がどれだけ凄いのかなんて話は蛇足でしかない。
 それに、『なぜ異世界ジャンルが流行ったか』なんてのも一概には言えない。もちろん識者も一般読者も、最も多い意見として『現実逃避』、『現代社会の行き詰まり』という理由を述べていたが。とりあえずここでの説明はそれで十分である。

「異世界……ですか」
「ああ。もちろん、異世界があるなんてことは誰も知らない。ただのおとぎ話さ。それはこの世界の皆の認識と変わらない。しかし、それを題材にした似たり寄ったりのおとぎ話が無限に出回るようになり、多くの人々が熱中するようになったんだ」

 無限、と言っても過言ではないと思う。
 書籍化やコミカライズだけでもかなりの量あるが、それらの元となるような小説投稿サイトなんかで、百万以上のタイトルがひしめき合っていたのを、俺は直に触れて知っていた。

「そして俺は、そのみんなが、『もしも異世界に行ったら何が欲しいか。どういう異世界を望んでいるのか』。その情報を集めたんだ。この回答は、数万人から集めた大規模なものだ」
「数万人……そんな、坊ちゃまはそれを聞いて回ったと仰るのですか?」

 その数の規模にミューが頭を抱えている。
 いや、さすがに一人一人は無理があるだろ。
 俺は「いや、魔法でね」というと、彼女はホッと胸をなでおろしていた。

「……そして、この世界は、その情報の結果通りの世界が出来上がっているんだ」
「え? まさか、坊ちゃまのその情報を誰かが盗んだ、という事でしょうか?」

 なるほど、そう言う見解になるのか。
 まあ、この世界の常識ならばそうだろうな。
 そもそもこの世界にはアンケートという概念がない。当然それに類する言葉も無い。
 俺がさっきから『情報』と言っているのはそれが故である。

「いや、そうじゃないよ。例えその情報を知らない適当な誰かに、『自分好みの異世界を作ってくれ』と頼んだとしても、大体どれも似たような世界になると思う。なにせその情報は、みんなの意見……いや、みんなの欲望の集約だからな」

 『オリジナル』と称された、どこかで見たことある設定で、細部だけが変更されたような作品が無限に流通しているあの業界の様相。それが正に俺の前言の証明と言っても過言ではない。俺はそう思った。
 何故なら、皆が読みたい世界、皆が書きたい世界。それは、己が、もしも叶うなら入り込みたい世界そのものだからだ。

「……確かに、仰る通りですね。……坊ちゃま、その情報の結果とは一体」

 恐る恐るミューが聞いた。
 自身の居る世界が、『異世界の住人の欲望の具現化』だと聞かされたのだ、無理もない。

 そして、俺は意を決して、その情報を口にした。

「一位は、『自分だけの最強チート能力』だ。自身だけが使える特殊な力や技能。そういうアドバンテージを持って生まれたい、それを振りかざしてチヤホヤされたいという事だ。
 二位は、『長寿、不老不死、永遠の命』のたぐい。『若返りの魔法』なんてのもここに含まれている。まあ、これは誰しもが願う事なのかもしれないけどな。
 そして三位は、『容姿端麗、圧倒的な美貌』だ。誰からも羨望のまなざしで見られる外見を持ちたい、という欲望だろうな」

 ここまで聞いたミューは、うつむいて、分かり易く顔をしかめていた。いや、どこか悲しそうな、憐れむようなそんな表情に近いかもしれない。
 うん、安心して、ミュー。俺も全く同じ気持ちだよ。

「そして、これが重要なのだが……」

 俺の前置きに、ミューが顔を上げる。
 俺はそのミューの目を真正面から見つめて言った。

「四位は……『絶対悪』だ」
「……絶対悪」

 耳なじみのない、しかし、確実に意味が分かる言葉に、ミューは顔をこわばらせた。

 もしも、彼女の想像通りの内容であるならば、それは悪魔の思い付きと言ってもいいほど恐ろしい事実を突きつけられることになるからだ。そして恐らく、それは彼女の想像通りの内容で間違いない。

「どんなに強い力を持っていても、それを行使できる相手がいなければ意味がない。
 しかし、同じ人間相手では都合が悪い。どんな悪人でも、そこに至るまでの過程や環境、その原因が存在する。そうなると、それに共感する人間も少なからず出てくるからな。
 だから、『殺すべき存在』、『殺して賞賛される敵』がどうしても必要になる。……それも、永遠に」
「……」

 ミューが完全に沈黙した。
 その表情は怒り、というよりは恐怖に近い感情を浮かべていた。

 身の危険、命の危機と言った類の恐怖ではない。
 異世界とはいえ、数多くの人間がそれを望む。
 そのおぞましさが故にそう感じた恐怖なのだろう。

 ちなみに所謂いわゆる「ざまぁ展開」というテンプレも、この部類に入ってくる。
「とある悪役の人間を『殺しても良いと思うくらいに胸糞悪い奴に描く』事で、『絶対悪』に仕立て上げる」という事だ。
 そう考えると、ミューの恐怖は至極当然な気がした。
 

「ここまでの話を総合すると、だ」

 あまりミューの心を疲れさせるのは良くない。早く結論にたどり着こう。
 そう思った俺は纏めに入る事にした。

「この世界は、ウル様一人で考えつく範疇を超えている。そして、かつ『最強の力を持ち』、『何度も生まれ変わることで永遠の命を持ち』、『誰もが羨む美貌を持って生まれ』、『絶対悪である魔王、魔物』がいる。つまり特定の人間の欲望が具現化されたような世界に作られている。

 その特定の人間に当てはまるのはただ一人。
 『聖女』だ。

 恐らく、ウル様は、ベル様に頼んで、自身の世界、つまりこの世界を創るためのアドバイザーを呼んだのだ、と俺は睨んでいる。『最も異世界のおとぎ話を読んでいる人間』なのか、『最も異世界に行くことを切望していた人間』なのか、その基準は知らんけどな。
 ウル様は、彼女に騙され、彼女の言う通りに世界を構築した。結果、そのルールの多さに身動きが取れなくなり、聖女は最高の人生を何度も楽しんでいる、という訳だ」

 ミューは俯いたままだった。

 ミューの心の負担は大きいだろう。
 言っている俺だって、胸糞が悪い。

 『この世界は、地球出身の一人の女によって、聖女として気持ち良い人生を繰り返したいがために、〔死と救済の繰り返し〕が用意されて創造された、マッチポンプの箱庭世界である』
 そう言っているのだから。

 ラルアーの人間で唯一それを聞かされたミューの気持ちをおもんぱかると、心が痛む。

 ちなみにベル様は、初めて出会った時に、「地球全人類で呼んだのは俺が初めて」と言ったが、女神さまの言葉の解釈にはかなり俺のものとズレがある。きっと「ベル様の意志で」とか、「異世界救済のために」とか、そう言う修飾が含まれていたのだろう。

 全く、あの言葉に無駄に惑わされたぜ。

 実はまだ決定的な証拠があるのだが、今ここで言う必要は無さそうだ。
 これ以上はミューがパンクしてしまう。

 俺は立ち上がると、俯いたままのミューに向かって、少し席を外すね、と言って部屋を出た。
 ミューは微かに頷いたが、声には出さなかった。

 彼女の考えていることは分かる。

 目の前で見てしまった父上や母上、エフィリアの死が、聖女によってもたらされていたと知ったのだ。
 それは魔王に殺されたという事実よりも、耐えがたい憎しみだろう。
 そして、きっとミューは今、その心を抑え込み、冷静になる為に己と戦っている。
 そう思った。

 俺はお茶を淹れなおすために厨房に降り火をつけると、ここに来る前に買い込んでおいた焼き菓子を取り出して皿に乗せた。
 そして新しいポットにお茶を淹れると、部屋に戻り、ミューの前に差し出した。

「……!! あ、坊ちゃま! 申し訳……」

 こういう時は無理やり別の思考を流し込んだ方が良い。
 こうすれば、「あるじにお茶を淹れさせてしまった」という思考が、どう考えても上書きされる。

 そして、切り替わった瞬間に、その囚われていた心の鎖を、根本から断ち切ればいいのだ。

 俺は、ミューが言い終わるより前に、ミューの手を握った。

「言い忘れていたよ、ミュー」

 そして言った。

「ベル様との約束でね、ウル様を捕らえているこの世界のルールを無事に破壊することが出来れば、カートライアに魔王が現れる前からやり直すことが出来るそうだ。もちろん、俺たちは記憶を持ったままになるけれど」
「……え?」

 ポカンと俺を見たミューの目に光が戻る。
 やはり彼女は、父上や母上、そしてエフィリアやカートライア家にいた皆の事を考えていたようだった。

「もともと、それで俺はミューと歩む人生をやり直すために、ここまで戦ってきたんだ。ミューがここに来てくれるなんて思ってもみなかったけどね」

(『彼は、あなたのために戦っているのよ』)

 ミューは自分にそう言った、エミュの言葉を思い出した。

(……エミュ様は、きっと坊ちゃまを見続けて、どこかでそう思ったのだろう。でもまさか、あの言葉が本当だったなんて。……本当に坊ちゃまは、わたしのために……)

 そして。

 ミューは、大粒の涙を流しながら、俺に勧められたお菓子を口に運んだせいで、
「うわあぁん、坊ちゃまがぁ……美味しい、です」
と、結構物騒な発言をするのであった。


 もう大丈夫だろう。
 少し落ちついてみれば、今のミューにはやる気しかない。

 二人で、あの宝物のような時間を取り戻す。

 それは、俺にとってもそうだったように、ミューにとっても、心の支えであった。


「時に坊ちゃま……その差し支えなければ聞きたいのですけれど……」
「なんだい?」

 カップとお皿を片付けようと立ち上がったミューが俺におもむろに聞いた。

 正直に言おう。
 ミューのその質問に、実は、俺は嫌な予感がしていた。

「その……五位は何だったのでしょうか。いえ、参考までに、聞きたいなって」

 はい、嫌な予感的中。
 何故俺が四位までなんていう中途半端な発表をしたのか。
 それは五位を言いたくなかったからだ。

「あはは、わ、忘れちゃった」
「嘘です」

 笑顔で速攻見破られる。
 駄目だ。俺のことなど全てお見通しだ。

「どうか教えて下さい、坊ちゃま」

 ミューが俺の横に座って言った。
 完全に逃がさないつもりの様だ。
 くっ、こうなったら覚悟を決めるしかない。

 俺は仕方なく、ミューから視線をそらし、地面を見つめながら言った。

「あ、あのね、その……」
「はい。」
「『自分の事を好きになる沢山の▪▪▪美女、美男子達』……だそうです」

 ……。
 ほら見ろ、変な空気になる。
 この流れでミューの顔なんか見られるわけがない。

「まあ、聖女にしてみれば、男なんて選び放題だろうし、こんなのルールに組み入れる必要も無かったのだろうさ。もちろん、俺はそんな事一切望んでなんかいない……」

 妙に早口になるのが情けない。
 しかし、俺がそこまで言った瞬間。

 俺の肩にトンッと彼女の頭が乗せられた。

 そして、少し意地悪くクスッと笑った彼女は、小さく
「知ってます」
と言った。


 おいおいおい。
 イイ女過ぎないか?

 断言しよう。
 二人の年齢があと五歳上だったら。
 確実におっぱじまっていたところである。

 俺はこの時ほど、生まれる年をしくじったと思ったことは無かった。
 くそぅ。


(第10話 『三度みたびの復活』へつづく)
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