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第三章
第2話 魂の証明 その1
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リングブリムの領都に来た。
……けど、どうしたもんか。
俺はいきなり詰んでいた。
領民から情報収集した感じだと、今の領主はヴァリス・リングブリム子爵という人らしい。
やはり知らない名前だ。
ロヴェルやヒューリアの血縁であることは確かだろうが、さすがにロヴェル前々子爵の友達です、なんて言っても信用してもらえるわけがない。
ひとまず、真正面から探りを入れてみるか。
そう思い、リングブリム領主邸に向かった。
「止まれ、何者か?!」
門に近寄ると、門番の人にそう言われ、目の前で槍がX字型に展開される。
おお、どっかで見たことある光景だけど、実際に見るとちょっと感動するな。
「あ、あの、リングブリム子爵に会いたいのですが……」
「そんな話は聞いていない」
……ですよね。
しかし、ロヴェルとヒューリアの事だ。必ず何かしらの遺言は残してくれているはずである。
「元カートライア辺境伯邸の事でお話がある、とお伝え下さいますでしょうか? 元リングブリム子爵ロヴェル様と、子爵夫人ヒューリア様とのお約束で、と」
「知らん、約束も無しになんだ。帰れ帰れ」
てっきりそう言われるものとばかり思っていたが、門番が何やらひそひそと話をしている。
おお、これはワンチャンあるのでは?
そう思った矢先、「しばし待て」との言葉を残して、門番の一人が屋敷に走っていった。
そして、たっぷり二十分待たされたのちに、門番が戻って来た。
「子爵様がお会いになる。ついてこい」
その言葉と共に目の前の扉が開かれた。
きっとロヴェルが何らかの言葉なり、伝承なりを残しておいてくれたに違いない。
それに、随分時間が経ったというのに、こんな一兵卒にまで周知されているとは、さすがである。
俺は無二の親友たちの誠実さと優秀さに、改めて感謝の念を抱かずにはいられなかった。
ついていくと、屋敷の入口で執事長らしき人間に引き渡される。そして門番の彼は、その執事長らしき人物に一礼すると、走って自身の仕事に戻って行った。
「ようこそいらっしゃいました。私はリングブリム子爵家執事長、ホーランド・エルと申します」
うやうやしく礼をする。
あり得ない。
こちとらただの一平民だ。
それが、子爵家の人間が、相手の素性を調べずに先に名乗り、うやうやしく礼までするなどとは。
きっと、いや、確実に、俺の事が伝わっているに違いない。
「ホーランドさん。曲がりなりにも子爵家の家臣であるあなた様が、こんな平民の小僧に礼をするなどという事はあり得ない事だと思うのですが、それはつまり、そういう事で宜しいのでしょうか?」
俺がカマをかけると、ホーランドさんはニッコリ笑って、俺の問いに答えた。
「あなた様がそういう方でいらっしゃるのであれば、そういう事で宜しいかと存じます」
不思議な会話だったが、これで通じるという事は、どうやらそういうことらしかった。
これでお互いの指している「そういうこと」が全然違う内容だったら、完全にすれ違いコントだけどな。
ともあれ、俺の懸念は意外にもあっさりと杞憂に終わったのであった。
「こちらでございます」
通されたのは元ロヴェルの執務室だった。
「旦那様、お連れ致しました」
「ああ、中にお通ししなさい」
ノックの後のホーランドさんの言葉に、部屋の中から渋い男性の声が響いた。
扉を開け、「どうぞ」と俺を中に通すと、ホーランドさんはそのままドアを閉め、退出して行った。
不用心だな、とも思ったが、入念なボディチェックの末に、武器等の所持品は既に入口で預けてあったし、廊下には兵士もいる事だろうから特に問題はなさそうであった。
目の前の現リングブリム子爵を見る。
齢は40代といった感じだろうか。
ハンサムな顔立ちの為若く見えるが、もしかしたら50代なのかもしれない。
しかし、彼の髪色を見て、俺は動揺を隠せなかった。
その白髪ではなく明らかに地毛だと思われる灰色の髪に見覚えがあった。
この大陸では黒髪がとても珍しい。
これまでの人生でも、ハーズワート家の父上しか見たことが無かったかもしれない。
つまり必然的に、黒髪の遺伝子が混ざった灰色という髪の色も稀少となる。
この世界に来てから灰色の髪の人物は二人だけである。
ヒューリアと、前世の俺、ルレーフェである。
普通に考えれば、ヒューリアの遺伝子を継いでいるのだろうと思われるが、なんというか、その、若干、その深みが、ヒューリアのそれとは違う気がしたのだ。
「リングブリム子爵、ヴァリス・リングブリムと申します。あなた様の事を、どちらでお呼びすれば宜しいでしょうか?」
俺の動揺をよそに、子爵はそう答えた。ほんの少し疑いがこもったその目が、「これが最終確認だ」と語っていた。
であれば、明確にその疑いを晴らす答えを用意すべきだろう。
「それはヴァルクリスと呼ぶか、ルレーフェと呼ぶか、という問いで宜しいのですか?」
俺がそう言った刹那。
目に涙をためたリングブリム子爵が、俺の前に跪いた。
え、え?! 急に、どういう事?
俺は多分前々子爵のお友達でしかないと思うんだけど?
「お待ち申し上げておりました。父上。母、エミュから伺い、ずっとあなた様をお待ちしておりました」
……ち、ち、う、え?
……マジ、で?
今まで散々、この世界で面白い顔をする奴らを見て来たが、この時の俺がぶっちぎりだったに違いない。
俺はそう思ったのであった。
ヴァリスはエミュとルレーフェ・ハーズワートの息子だった。
エミュはあの一夜で俺の息子を身籠ったのだという。
ロヴェルとヒューリアは、前世の俺から名前を取り、彼にヴァリスと名付けた。
そして、二人は、リングブリム家の門外不出の秘密として、俺の前世の事、俺の使命の事を話した。
きっと、絶望に打ちひしがれ、生きる気力を失ったエミュを助けるため仕方なかったのだろう。
そして、ロヴェルとヒューリアはエミュに、エミュは息子のヴァリスに俺がいつか必ず訪ねてくることを言い遺したのだ。
「あ、あなたは……いや、君は、本当にあの時にできた子供なのか……?」
俺は、罪悪感に襲われた。
という事は、エミュを未亡人の母にしてしまったという事ではないか。
「あなた様は、ルレーフェ・ハーズワート様の生まれ変わりなのですよね?」
「……ああ」
「では、私の父上で相違ありません」
いるはず無いと思っていた息子に出会えたこの気持ちに、喜びが無かったと言えば嘘になる。
しかし、結婚もしたことが無い俺の心の中にあるのは、初めての息子との対面よりも、失わせてしまったエミュの時間への罪悪感の方が勝っていた。
「なんにせよ、来て頂けて良かった。父上、どうぞこちらへ」
ヴァリスが部屋のドアを開け、廊下に出る。俺はその後に続くしかなかった。
食事の席にでも招待してくれるのだろうか?
それとも、カートライア邸の鍵でも渡してくれるのだろうか。
完全に思考能力を失った俺は、ただただヴァリスの後をついていくしかなかった。
コンコン。
とある一室で立ち止まった彼は、優しく扉をノックした。
あれ? ここは確か、昔のヒューリアの私室だったはず。
「はい?」
中から若い女性の声がする。
「私だ。入っても大丈夫だろうか?」
「旦那様? はい、どうぞお入りください」
その声を聞いたヴァリスが扉を開く。
中に居たメイドさんが入り口付近に寄ってきて深々と礼をした。
なるほど、さっきの声はこのメイドさんだったのか。
引き続き思考力皆無の俺を置いて、ヴァリスはその部屋のベッドに向かって歩き出した。
ベッドには誰かが眠っているらしい膨らみがあった。
そして、ヴァリスはその横たわる人物に向かって口を開いた。
「母上。父上をお連れしました」
……なんて言った?
俺の思考が、急速に回転し始める。
彼は今、母上と言った。
つまり、あそこに横たわっている人物は……。
天蓋から下がる幕のせいで、顔が良く見えない。
でも、本当にそうなのだとしたら……。
「……ルル?」
か細い声が俺の耳に届く。
その瞬間。
俺は走り出していた。
こんな狭い空間を、全力で。
そこには彼女がいた。
齢70に迫る、既にこの世界の平均寿命をとっくに超えたエミュが、そこにはいた。
美しい栗毛色の髪は色褪せ、その顔には彼女の人生の重みを感じさせる皺がたくさん刻まれていた。
骨と皮ばかりになった手はやせ細り、元気に俺にしがみついて来た当時のものとはかけ離れていた。
しかし、年をとっても分かる、そこにいたのは紛れもなく彼女だった。
「ああああ……すまない、エミュ! すまない、すまない、すまない!」
彼女の手を握り、俺は泣きじゃくりながら謝罪の言葉を連呼した。
何に謝っているのだろう?
先に死んでしまったことだろうか。
生まれ変わりの事を騙していたことだろうか。
それとも、未亡人の母にしてしまったことだろうか。
いや、もはや俺が存在してしまっている事。それ自体に詫びている。
その時の俺はきっとそんな気持ちだった。
「……ルル」
俺の頭に優しくエミュの手が触れた。
俺は泣きはらした顔を隠そうともせず、彼女の顔を見た。
エミュは笑っていた。
本当に幸せそうに。
なんでそんな笑顔が出来るんだ?
俺は君を遺して逝ってしまったのに。
俺は君に黙っていたことがあったのに。
「ね、言ったでしょう? あの日、あなたと結ばれなかったら、後悔するって」
エミュは何を言っているんだ?
俺なんかの子供を遺されてしまった事こそ後悔なんじゃないのか?
俺には分からなかった。
ただ、きっと、こんな考えを持っている俺が、きっと愚かなのだろう。
それだけは分かった。
「ほら見て、あなたに残して貰った、私の宝物。立派に育ったでしょう?」
俺はエミュの視線の先を見た。
そこには、幸せそうに、若いころのような口調で話す母を見て、涙を流しながら微笑むヴァリスの姿があった。
「ああ、ああ」
それは、
時を超えて、ではあるが
エミュとヴァリスにとって、
初めて家族が揃った。
その瞬間だった。
(第3話 『魂の証明 その2』へつづく)
……けど、どうしたもんか。
俺はいきなり詰んでいた。
領民から情報収集した感じだと、今の領主はヴァリス・リングブリム子爵という人らしい。
やはり知らない名前だ。
ロヴェルやヒューリアの血縁であることは確かだろうが、さすがにロヴェル前々子爵の友達です、なんて言っても信用してもらえるわけがない。
ひとまず、真正面から探りを入れてみるか。
そう思い、リングブリム領主邸に向かった。
「止まれ、何者か?!」
門に近寄ると、門番の人にそう言われ、目の前で槍がX字型に展開される。
おお、どっかで見たことある光景だけど、実際に見るとちょっと感動するな。
「あ、あの、リングブリム子爵に会いたいのですが……」
「そんな話は聞いていない」
……ですよね。
しかし、ロヴェルとヒューリアの事だ。必ず何かしらの遺言は残してくれているはずである。
「元カートライア辺境伯邸の事でお話がある、とお伝え下さいますでしょうか? 元リングブリム子爵ロヴェル様と、子爵夫人ヒューリア様とのお約束で、と」
「知らん、約束も無しになんだ。帰れ帰れ」
てっきりそう言われるものとばかり思っていたが、門番が何やらひそひそと話をしている。
おお、これはワンチャンあるのでは?
そう思った矢先、「しばし待て」との言葉を残して、門番の一人が屋敷に走っていった。
そして、たっぷり二十分待たされたのちに、門番が戻って来た。
「子爵様がお会いになる。ついてこい」
その言葉と共に目の前の扉が開かれた。
きっとロヴェルが何らかの言葉なり、伝承なりを残しておいてくれたに違いない。
それに、随分時間が経ったというのに、こんな一兵卒にまで周知されているとは、さすがである。
俺は無二の親友たちの誠実さと優秀さに、改めて感謝の念を抱かずにはいられなかった。
ついていくと、屋敷の入口で執事長らしき人間に引き渡される。そして門番の彼は、その執事長らしき人物に一礼すると、走って自身の仕事に戻って行った。
「ようこそいらっしゃいました。私はリングブリム子爵家執事長、ホーランド・エルと申します」
うやうやしく礼をする。
あり得ない。
こちとらただの一平民だ。
それが、子爵家の人間が、相手の素性を調べずに先に名乗り、うやうやしく礼までするなどとは。
きっと、いや、確実に、俺の事が伝わっているに違いない。
「ホーランドさん。曲がりなりにも子爵家の家臣であるあなた様が、こんな平民の小僧に礼をするなどという事はあり得ない事だと思うのですが、それはつまり、そういう事で宜しいのでしょうか?」
俺がカマをかけると、ホーランドさんはニッコリ笑って、俺の問いに答えた。
「あなた様がそういう方でいらっしゃるのであれば、そういう事で宜しいかと存じます」
不思議な会話だったが、これで通じるという事は、どうやらそういうことらしかった。
これでお互いの指している「そういうこと」が全然違う内容だったら、完全にすれ違いコントだけどな。
ともあれ、俺の懸念は意外にもあっさりと杞憂に終わったのであった。
「こちらでございます」
通されたのは元ロヴェルの執務室だった。
「旦那様、お連れ致しました」
「ああ、中にお通ししなさい」
ノックの後のホーランドさんの言葉に、部屋の中から渋い男性の声が響いた。
扉を開け、「どうぞ」と俺を中に通すと、ホーランドさんはそのままドアを閉め、退出して行った。
不用心だな、とも思ったが、入念なボディチェックの末に、武器等の所持品は既に入口で預けてあったし、廊下には兵士もいる事だろうから特に問題はなさそうであった。
目の前の現リングブリム子爵を見る。
齢は40代といった感じだろうか。
ハンサムな顔立ちの為若く見えるが、もしかしたら50代なのかもしれない。
しかし、彼の髪色を見て、俺は動揺を隠せなかった。
その白髪ではなく明らかに地毛だと思われる灰色の髪に見覚えがあった。
この大陸では黒髪がとても珍しい。
これまでの人生でも、ハーズワート家の父上しか見たことが無かったかもしれない。
つまり必然的に、黒髪の遺伝子が混ざった灰色という髪の色も稀少となる。
この世界に来てから灰色の髪の人物は二人だけである。
ヒューリアと、前世の俺、ルレーフェである。
普通に考えれば、ヒューリアの遺伝子を継いでいるのだろうと思われるが、なんというか、その、若干、その深みが、ヒューリアのそれとは違う気がしたのだ。
「リングブリム子爵、ヴァリス・リングブリムと申します。あなた様の事を、どちらでお呼びすれば宜しいでしょうか?」
俺の動揺をよそに、子爵はそう答えた。ほんの少し疑いがこもったその目が、「これが最終確認だ」と語っていた。
であれば、明確にその疑いを晴らす答えを用意すべきだろう。
「それはヴァルクリスと呼ぶか、ルレーフェと呼ぶか、という問いで宜しいのですか?」
俺がそう言った刹那。
目に涙をためたリングブリム子爵が、俺の前に跪いた。
え、え?! 急に、どういう事?
俺は多分前々子爵のお友達でしかないと思うんだけど?
「お待ち申し上げておりました。父上。母、エミュから伺い、ずっとあなた様をお待ちしておりました」
……ち、ち、う、え?
……マジ、で?
今まで散々、この世界で面白い顔をする奴らを見て来たが、この時の俺がぶっちぎりだったに違いない。
俺はそう思ったのであった。
ヴァリスはエミュとルレーフェ・ハーズワートの息子だった。
エミュはあの一夜で俺の息子を身籠ったのだという。
ロヴェルとヒューリアは、前世の俺から名前を取り、彼にヴァリスと名付けた。
そして、二人は、リングブリム家の門外不出の秘密として、俺の前世の事、俺の使命の事を話した。
きっと、絶望に打ちひしがれ、生きる気力を失ったエミュを助けるため仕方なかったのだろう。
そして、ロヴェルとヒューリアはエミュに、エミュは息子のヴァリスに俺がいつか必ず訪ねてくることを言い遺したのだ。
「あ、あなたは……いや、君は、本当にあの時にできた子供なのか……?」
俺は、罪悪感に襲われた。
という事は、エミュを未亡人の母にしてしまったという事ではないか。
「あなた様は、ルレーフェ・ハーズワート様の生まれ変わりなのですよね?」
「……ああ」
「では、私の父上で相違ありません」
いるはず無いと思っていた息子に出会えたこの気持ちに、喜びが無かったと言えば嘘になる。
しかし、結婚もしたことが無い俺の心の中にあるのは、初めての息子との対面よりも、失わせてしまったエミュの時間への罪悪感の方が勝っていた。
「なんにせよ、来て頂けて良かった。父上、どうぞこちらへ」
ヴァリスが部屋のドアを開け、廊下に出る。俺はその後に続くしかなかった。
食事の席にでも招待してくれるのだろうか?
それとも、カートライア邸の鍵でも渡してくれるのだろうか。
完全に思考能力を失った俺は、ただただヴァリスの後をついていくしかなかった。
コンコン。
とある一室で立ち止まった彼は、優しく扉をノックした。
あれ? ここは確か、昔のヒューリアの私室だったはず。
「はい?」
中から若い女性の声がする。
「私だ。入っても大丈夫だろうか?」
「旦那様? はい、どうぞお入りください」
その声を聞いたヴァリスが扉を開く。
中に居たメイドさんが入り口付近に寄ってきて深々と礼をした。
なるほど、さっきの声はこのメイドさんだったのか。
引き続き思考力皆無の俺を置いて、ヴァリスはその部屋のベッドに向かって歩き出した。
ベッドには誰かが眠っているらしい膨らみがあった。
そして、ヴァリスはその横たわる人物に向かって口を開いた。
「母上。父上をお連れしました」
……なんて言った?
俺の思考が、急速に回転し始める。
彼は今、母上と言った。
つまり、あそこに横たわっている人物は……。
天蓋から下がる幕のせいで、顔が良く見えない。
でも、本当にそうなのだとしたら……。
「……ルル?」
か細い声が俺の耳に届く。
その瞬間。
俺は走り出していた。
こんな狭い空間を、全力で。
そこには彼女がいた。
齢70に迫る、既にこの世界の平均寿命をとっくに超えたエミュが、そこにはいた。
美しい栗毛色の髪は色褪せ、その顔には彼女の人生の重みを感じさせる皺がたくさん刻まれていた。
骨と皮ばかりになった手はやせ細り、元気に俺にしがみついて来た当時のものとはかけ離れていた。
しかし、年をとっても分かる、そこにいたのは紛れもなく彼女だった。
「ああああ……すまない、エミュ! すまない、すまない、すまない!」
彼女の手を握り、俺は泣きじゃくりながら謝罪の言葉を連呼した。
何に謝っているのだろう?
先に死んでしまったことだろうか。
生まれ変わりの事を騙していたことだろうか。
それとも、未亡人の母にしてしまったことだろうか。
いや、もはや俺が存在してしまっている事。それ自体に詫びている。
その時の俺はきっとそんな気持ちだった。
「……ルル」
俺の頭に優しくエミュの手が触れた。
俺は泣きはらした顔を隠そうともせず、彼女の顔を見た。
エミュは笑っていた。
本当に幸せそうに。
なんでそんな笑顔が出来るんだ?
俺は君を遺して逝ってしまったのに。
俺は君に黙っていたことがあったのに。
「ね、言ったでしょう? あの日、あなたと結ばれなかったら、後悔するって」
エミュは何を言っているんだ?
俺なんかの子供を遺されてしまった事こそ後悔なんじゃないのか?
俺には分からなかった。
ただ、きっと、こんな考えを持っている俺が、きっと愚かなのだろう。
それだけは分かった。
「ほら見て、あなたに残して貰った、私の宝物。立派に育ったでしょう?」
俺はエミュの視線の先を見た。
そこには、幸せそうに、若いころのような口調で話す母を見て、涙を流しながら微笑むヴァリスの姿があった。
「ああ、ああ」
それは、
時を超えて、ではあるが
エミュとヴァリスにとって、
初めて家族が揃った。
その瞬間だった。
(第3話 『魂の証明 その2』へつづく)
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