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第二章
第49話 彼女の肖像
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俺の予想通り。
敵を倒しながら、領都の奥のカートライア邸から入口に戻ろうとした俺は、行程の中ほどで、アイシャ達と合流した。
「ルル!」
「アイシャ!」
見れば、アイシャ達は結構な数に囲まれつつも、エミュが防壁を張りながら、安全に一体ずつ倒していた。
その敵を片っ端から、無慈悲にも背後から一撃で致命打を与えていく。
流れるような動きで、十二体の魔物を狩り、アイシャ達の元に歩み寄った。
「助かったわ! ありがとうルル。本当にさすがね」
「なに。雑魚限定だけどな」
笑い合いながらハイタッチを交わす俺とアイシャ。
「うええん、心配したよぉ、ルルゥ……」
一方エミュは、俺の脇腹にしがみついていた。
「ははは、大丈夫だって。俺は魔物相手なら無敵なんだから。ほら見ろ、アイシャなんか全く心配してないだろ?」
エミュの頭をよしよししてやりながら俺はそう言った。
いや、俺としてはね。
長い間一緒に戦ってきただけあって、俺の力を十分に知っているんだ。さすがはアイシャ。
……という、誉め言葉のつもりだったんだけどさ。
なんか知らんけど、アイシャが不服そうにほっぺたを膨らましている。
そして近寄ってくる。
どしたどした?
「そんなことないもん! 私だって、ルルを心配してるんだからね!」
ええ?!
あ、いや、そういうつもりで言ったんじゃなくって。
ってか、アイシャのツンデレは破壊力が凄いな。
助けを求めるようにスヴァーグの方を見る。
すると、スヴァーグは苦笑しつつも、首を横に振り、俺を責める視線を送って来た。
「今のは、ルルが悪いですよ」
その目は、明らかにそう言っていた。
くそ。スヴァーグ先生。
俺に女心というヤツを教えてくれ。
ひとまず、アイシャをなだめつつ、カートライア邸の入口ギリギリまでの討伐をしたことを告げた。
もちろん、俺が通った大通り沿いだけなので、殲滅とまではいかないが。
それを聞いたアイシャが、神妙な顔つきで考え始めた。
「カートライア邸。やはり魔王はそこにいる可能性が高いわね」
そしてあろうことか、俺にこんな質問を投げかけて来た。
「ねえ、ルル。あなたが感じた魔素の濃度はどうだった? やはり、フェリエラはそこにいると感じた?」
なんすか、それ? カンジタマソ? マソって感じるんすか?
「あの魔素の感じ……恐らくは、ほぼ確実に、ヤツはカートライア邸にいる」
毎度の如く、顎に手を当て、少し思い出すかのように考えて、俺はそう告げる。
内心の「魔素なんてあっしにはわっかりーましぇーん、うほほーい」っていう言葉なんておくびにも出さない。
「……そう、ルルがそう言うならきっと間違いないわね」
謎に絶対の信頼があるというのも考えものである。
しかしまあ、フェリエラがあそこにいるのはほぼ確実だろう。
この魔物がうようよいるカートライア領都において、正に台風の目のように、一体も魔物がいないあそこは明らかに異常である。
何者かが意図的にそう仕組まないと、ああいう現象は起きないだろう。
そして、幹部魔物が全員討ち果たされた今の状況で、それが出来るのは……。
という訳だ。
「ひとまず、どこかに拠点を構えましょう」
アイシャの意見に俺たちは賛成した。
さすがにこの状況でフェリエラに挑むわけにはいくまい。ラスボス戦はあくまでも、全員のMPフルチャージが基本である。となると、今の皆の状況を鑑みるに、少なくとも一晩は休まなくてはならないだろう。
さて、どこか適当なところはないものだろうか?
ある程度守りがしっかりしていて、井戸が近くにあって、ぜいたくを言えば風呂もあって、備えが出来る程度には広く見通せる場所。
うーん。どの不動産屋に行っても、「そんなんあるか」と一笑に付されそうである。
いや、待て。ある!
「さっき、良い場所を見つけた。そこを拠点にしよう」
――十分後。
俺がみんなを引き連れて行った場所は孤児院だった。
前世の父上の計らいでカートライアの孤児院はとても設備が充実している。貧しく、とても食事が満足に取れそうにない家庭にいるよりはよっぽど安定した生活を営めるほどであった。
そしてここには、外敵を守るための柵がしっかりと建てられている。一見、孤児院の柵と言われれば脱走防止と思われがちだが、寧ろ人さらいや強盗などから守るための用途で建てられたものである。ここは例の大人にならない世界とは違うのだ。
「孤児院、って書いてあるわね。カートライアにはこんなに立派な孤児院があったのね」
アイシャが入口の看板を見て感想を漏らした。
「カートライアの孤児院は設備が充実していることで有名だったらしい。防壁もあるし、見通しも効く。敷地内に井戸もあるし、それにきっと風呂もあるだろうしな」
明らかに女子ズの目の色が変わった。
「さあ、行きましょう!」
俺の言葉を聞きズカズカと入って行くアイシャ。
なんか俺のせいで、どんどんアイシャが聖女様から外れていってる気がするのは気のせいだろうか?
しっかりと柵の扉を閉め建物に向かう。
建物の入口に鍵はかかってなかった。
ツイている事に、中に魔物はおらず、まるでそこには時が止まったかのような静かな空間が広がっていた。
玄関ホールの正面にある扉を開ける。
そこはきっと、食堂や集会に使っていたと思われる、大きめの部屋になっていた。
まだ夕方だったが中は薄暗かったので、俺たちはそこを拠点に決め、生きている蓄光灯石のライトを部屋中に配置していった。
「ねえ、見て、これ、誰だろう。昔の聖女様かな?」
キュオが何かを見つけたらしく、壁に光を当てている。
「……カッコいい。素敵な女の子だね」
キュオの言葉に近づいて行ったエミュがそう言葉を漏らしていた。
なんとはなしに俺も近づいてその壁の一角を見た。
そこには肖像画が飾られていた。
槍を持ち、黒のワンピースに鎧を身に纏った、ピンク色の髪の少女。
「!!! ……ミュー……?」
思わず口に出してしまった。
誰かに聞かれただろうか。
いや、誰にも聞き取れないほどの微かな声だったはずだ、問題ない。
さらによく見ると、肖像画の下に説明書きのようなプレートが付いていた。
『カートライア孤児院出身の英雄。疾風の戦乙女ミュー・ラピスラズリ』
そこにはそう書かれていた。
そして、そのプレートの更に下には、寄せ書きのような紙が貼ってあった。
すっかり風化してはいたが、一部はかろうじて読むことが出来た。
『優勝おめでとう!』
『いつも食べ物をありがとう』
『沢山の寄付をありがとう』
『ミューお姉ちゃん、だいすき』
他にも、読めなくなったものも含めれば、そのメッセージは数十は下らなかった。
……知らなかった。
きっとミューは、家臣としての給金のほとんどを、昔世話になったこの孤児院に寄付していたのだろう。
そしてそのお礼として院長は、子供たちに使うものとは別でお金を出して、この肖像を依頼したに違いない。
駄目だ。今ここで涙を流す訳にはいかない。
「疾風の戦乙女ミュー・ラピスラズリ。この大陸で知らないものはいないだろう。彼女の奮戦のお陰で、カートライア領に出現した魔王の侵攻が一年遅れたと言われている。この地域の英雄だよ」
説明を挟むことで、俺は無理やりに涙腺を閉め、湧き上がって来た涙の気配を抑え込んだ。
「そうなんだぁ。やっぱりルルは物知りだね。孤児院出身なのに、凄いなあ」
キュオがため息交じりに感想を漏らす。平民出身で、魔法使いでもない彼女のその姿と自分を比べて見てしまったのだろう。
ふと隣を見る。
そこにいるエミュもキュオと同じようにミューの肖像画を見ていることだろう。
しかし、そうでは無かった。
俺はエミュと目が合った。
何故か彼女は、俺の目をじっと見ていた。
「そういや、ロヴェル子爵やヒューリア夫人は彼女の友達だったらしい。戻ったら色々と聞いてみるといいさ。って、両親の昔話くらい、もうとっくに聞いてるか」
俺のその言葉に、エミュは「うん、沢山聞いてるよ」とだけ答えた。
それから、俺とスヴァーグは風呂の準備のためにその場を離れ、キュオとアイシャは食事の準備に取り掛かった。
しかし、エミュは一人、微動だにせず、その肖像画を眺めていた。
(ロヴェル、ヒューリア……お父様とお母さまはルルの……大切な仲間? そして……ミュー・ラピスラズリ。『ミュー』?)
先程のルレーフェの呟きを聞いてしまったエミュは、目の前の肖像画を凝視したまま、頭の中に、よく両親が口にしていた、一人の人物の名前を浮かび上がらせていた。
(……ヴァルクリス・カートライア……)
孤児院を拠点にしたのは思った以上に正解だった。
俺たちはひとまず体力を温存しながら領都内の魔物を一掃し、二日後には、体力魔力満タンでカートライア邸に乗り込める状況となっていた。
しかし、それにしても、この二日、エミュが妙にミューの肖像画を見つめている気がするのだが、気のせいだろうか?
「ルル、ちょっといいですか?」
明日の最終決戦の準備をしていた矢先。スヴァーグに話しかけられた。
「うん、どうした?」
「あの肖像画のミューって人とエミュ。知り合いだったなんてことは無いですよね?」
急に突拍子も無いことを聞くなあ。まあスヴァーグも、詳しくは知らないわけだから仕方ないんだけど。
「それはありえないだろうね。肖像画の彼女は魔王の結界に巻き込まれて亡くなったはずだし、エミュはその一年後に産まれてるわけだから」
「……そうですよね」
スヴァーグが意味深に考え込んだ。
なんだ? いったい何だって言うんだ?
「どうしてそんな事を聞くんだ?」
「いや、エミュが彼女の肖像画の前で手を組んで、祈りを捧げているところを目撃しちゃって。その時に少し呟きが聞こえたんです。『どうか安らかに』とか、『私が受け継ぎます』とか。あと……」
「……あと?」
「『彼は私が守ります』とか」
俺は適当に誤魔化した。
が、なんて言ってごまかしたのかを覚えていない。多分、魔王との戦いを前に緊張してるんだろう、とか何とか言った気がする。
それにしても……。
いや、まさかな。
いや、駄目だ駄目だ、切り替えろ!
明日はフェリエラとの決戦の日。
奴をブレイクする為にも、俺は明日、秘密の計画を実行しなくてはいけないのだから。
(第50話 『必勝の作戦』へつづく)
敵を倒しながら、領都の奥のカートライア邸から入口に戻ろうとした俺は、行程の中ほどで、アイシャ達と合流した。
「ルル!」
「アイシャ!」
見れば、アイシャ達は結構な数に囲まれつつも、エミュが防壁を張りながら、安全に一体ずつ倒していた。
その敵を片っ端から、無慈悲にも背後から一撃で致命打を与えていく。
流れるような動きで、十二体の魔物を狩り、アイシャ達の元に歩み寄った。
「助かったわ! ありがとうルル。本当にさすがね」
「なに。雑魚限定だけどな」
笑い合いながらハイタッチを交わす俺とアイシャ。
「うええん、心配したよぉ、ルルゥ……」
一方エミュは、俺の脇腹にしがみついていた。
「ははは、大丈夫だって。俺は魔物相手なら無敵なんだから。ほら見ろ、アイシャなんか全く心配してないだろ?」
エミュの頭をよしよししてやりながら俺はそう言った。
いや、俺としてはね。
長い間一緒に戦ってきただけあって、俺の力を十分に知っているんだ。さすがはアイシャ。
……という、誉め言葉のつもりだったんだけどさ。
なんか知らんけど、アイシャが不服そうにほっぺたを膨らましている。
そして近寄ってくる。
どしたどした?
「そんなことないもん! 私だって、ルルを心配してるんだからね!」
ええ?!
あ、いや、そういうつもりで言ったんじゃなくって。
ってか、アイシャのツンデレは破壊力が凄いな。
助けを求めるようにスヴァーグの方を見る。
すると、スヴァーグは苦笑しつつも、首を横に振り、俺を責める視線を送って来た。
「今のは、ルルが悪いですよ」
その目は、明らかにそう言っていた。
くそ。スヴァーグ先生。
俺に女心というヤツを教えてくれ。
ひとまず、アイシャをなだめつつ、カートライア邸の入口ギリギリまでの討伐をしたことを告げた。
もちろん、俺が通った大通り沿いだけなので、殲滅とまではいかないが。
それを聞いたアイシャが、神妙な顔つきで考え始めた。
「カートライア邸。やはり魔王はそこにいる可能性が高いわね」
そしてあろうことか、俺にこんな質問を投げかけて来た。
「ねえ、ルル。あなたが感じた魔素の濃度はどうだった? やはり、フェリエラはそこにいると感じた?」
なんすか、それ? カンジタマソ? マソって感じるんすか?
「あの魔素の感じ……恐らくは、ほぼ確実に、ヤツはカートライア邸にいる」
毎度の如く、顎に手を当て、少し思い出すかのように考えて、俺はそう告げる。
内心の「魔素なんてあっしにはわっかりーましぇーん、うほほーい」っていう言葉なんておくびにも出さない。
「……そう、ルルがそう言うならきっと間違いないわね」
謎に絶対の信頼があるというのも考えものである。
しかしまあ、フェリエラがあそこにいるのはほぼ確実だろう。
この魔物がうようよいるカートライア領都において、正に台風の目のように、一体も魔物がいないあそこは明らかに異常である。
何者かが意図的にそう仕組まないと、ああいう現象は起きないだろう。
そして、幹部魔物が全員討ち果たされた今の状況で、それが出来るのは……。
という訳だ。
「ひとまず、どこかに拠点を構えましょう」
アイシャの意見に俺たちは賛成した。
さすがにこの状況でフェリエラに挑むわけにはいくまい。ラスボス戦はあくまでも、全員のMPフルチャージが基本である。となると、今の皆の状況を鑑みるに、少なくとも一晩は休まなくてはならないだろう。
さて、どこか適当なところはないものだろうか?
ある程度守りがしっかりしていて、井戸が近くにあって、ぜいたくを言えば風呂もあって、備えが出来る程度には広く見通せる場所。
うーん。どの不動産屋に行っても、「そんなんあるか」と一笑に付されそうである。
いや、待て。ある!
「さっき、良い場所を見つけた。そこを拠点にしよう」
――十分後。
俺がみんなを引き連れて行った場所は孤児院だった。
前世の父上の計らいでカートライアの孤児院はとても設備が充実している。貧しく、とても食事が満足に取れそうにない家庭にいるよりはよっぽど安定した生活を営めるほどであった。
そしてここには、外敵を守るための柵がしっかりと建てられている。一見、孤児院の柵と言われれば脱走防止と思われがちだが、寧ろ人さらいや強盗などから守るための用途で建てられたものである。ここは例の大人にならない世界とは違うのだ。
「孤児院、って書いてあるわね。カートライアにはこんなに立派な孤児院があったのね」
アイシャが入口の看板を見て感想を漏らした。
「カートライアの孤児院は設備が充実していることで有名だったらしい。防壁もあるし、見通しも効く。敷地内に井戸もあるし、それにきっと風呂もあるだろうしな」
明らかに女子ズの目の色が変わった。
「さあ、行きましょう!」
俺の言葉を聞きズカズカと入って行くアイシャ。
なんか俺のせいで、どんどんアイシャが聖女様から外れていってる気がするのは気のせいだろうか?
しっかりと柵の扉を閉め建物に向かう。
建物の入口に鍵はかかってなかった。
ツイている事に、中に魔物はおらず、まるでそこには時が止まったかのような静かな空間が広がっていた。
玄関ホールの正面にある扉を開ける。
そこはきっと、食堂や集会に使っていたと思われる、大きめの部屋になっていた。
まだ夕方だったが中は薄暗かったので、俺たちはそこを拠点に決め、生きている蓄光灯石のライトを部屋中に配置していった。
「ねえ、見て、これ、誰だろう。昔の聖女様かな?」
キュオが何かを見つけたらしく、壁に光を当てている。
「……カッコいい。素敵な女の子だね」
キュオの言葉に近づいて行ったエミュがそう言葉を漏らしていた。
なんとはなしに俺も近づいてその壁の一角を見た。
そこには肖像画が飾られていた。
槍を持ち、黒のワンピースに鎧を身に纏った、ピンク色の髪の少女。
「!!! ……ミュー……?」
思わず口に出してしまった。
誰かに聞かれただろうか。
いや、誰にも聞き取れないほどの微かな声だったはずだ、問題ない。
さらによく見ると、肖像画の下に説明書きのようなプレートが付いていた。
『カートライア孤児院出身の英雄。疾風の戦乙女ミュー・ラピスラズリ』
そこにはそう書かれていた。
そして、そのプレートの更に下には、寄せ書きのような紙が貼ってあった。
すっかり風化してはいたが、一部はかろうじて読むことが出来た。
『優勝おめでとう!』
『いつも食べ物をありがとう』
『沢山の寄付をありがとう』
『ミューお姉ちゃん、だいすき』
他にも、読めなくなったものも含めれば、そのメッセージは数十は下らなかった。
……知らなかった。
きっとミューは、家臣としての給金のほとんどを、昔世話になったこの孤児院に寄付していたのだろう。
そしてそのお礼として院長は、子供たちに使うものとは別でお金を出して、この肖像を依頼したに違いない。
駄目だ。今ここで涙を流す訳にはいかない。
「疾風の戦乙女ミュー・ラピスラズリ。この大陸で知らないものはいないだろう。彼女の奮戦のお陰で、カートライア領に出現した魔王の侵攻が一年遅れたと言われている。この地域の英雄だよ」
説明を挟むことで、俺は無理やりに涙腺を閉め、湧き上がって来た涙の気配を抑え込んだ。
「そうなんだぁ。やっぱりルルは物知りだね。孤児院出身なのに、凄いなあ」
キュオがため息交じりに感想を漏らす。平民出身で、魔法使いでもない彼女のその姿と自分を比べて見てしまったのだろう。
ふと隣を見る。
そこにいるエミュもキュオと同じようにミューの肖像画を見ていることだろう。
しかし、そうでは無かった。
俺はエミュと目が合った。
何故か彼女は、俺の目をじっと見ていた。
「そういや、ロヴェル子爵やヒューリア夫人は彼女の友達だったらしい。戻ったら色々と聞いてみるといいさ。って、両親の昔話くらい、もうとっくに聞いてるか」
俺のその言葉に、エミュは「うん、沢山聞いてるよ」とだけ答えた。
それから、俺とスヴァーグは風呂の準備のためにその場を離れ、キュオとアイシャは食事の準備に取り掛かった。
しかし、エミュは一人、微動だにせず、その肖像画を眺めていた。
(ロヴェル、ヒューリア……お父様とお母さまはルルの……大切な仲間? そして……ミュー・ラピスラズリ。『ミュー』?)
先程のルレーフェの呟きを聞いてしまったエミュは、目の前の肖像画を凝視したまま、頭の中に、よく両親が口にしていた、一人の人物の名前を浮かび上がらせていた。
(……ヴァルクリス・カートライア……)
孤児院を拠点にしたのは思った以上に正解だった。
俺たちはひとまず体力を温存しながら領都内の魔物を一掃し、二日後には、体力魔力満タンでカートライア邸に乗り込める状況となっていた。
しかし、それにしても、この二日、エミュが妙にミューの肖像画を見つめている気がするのだが、気のせいだろうか?
「ルル、ちょっといいですか?」
明日の最終決戦の準備をしていた矢先。スヴァーグに話しかけられた。
「うん、どうした?」
「あの肖像画のミューって人とエミュ。知り合いだったなんてことは無いですよね?」
急に突拍子も無いことを聞くなあ。まあスヴァーグも、詳しくは知らないわけだから仕方ないんだけど。
「それはありえないだろうね。肖像画の彼女は魔王の結界に巻き込まれて亡くなったはずだし、エミュはその一年後に産まれてるわけだから」
「……そうですよね」
スヴァーグが意味深に考え込んだ。
なんだ? いったい何だって言うんだ?
「どうしてそんな事を聞くんだ?」
「いや、エミュが彼女の肖像画の前で手を組んで、祈りを捧げているところを目撃しちゃって。その時に少し呟きが聞こえたんです。『どうか安らかに』とか、『私が受け継ぎます』とか。あと……」
「……あと?」
「『彼は私が守ります』とか」
俺は適当に誤魔化した。
が、なんて言ってごまかしたのかを覚えていない。多分、魔王との戦いを前に緊張してるんだろう、とか何とか言った気がする。
それにしても……。
いや、まさかな。
いや、駄目だ駄目だ、切り替えろ!
明日はフェリエラとの決戦の日。
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