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第二章

第42話 愛すべきラルアー

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「なんだ、一体何の騒ぎだ!?」

 何やら騎馬隊が、砦の奥の方からこちらに向かってくる。先頭にいる身なりの良い壮年の男のだけが鎧をつけていない。
 恐らく彼がこの砦の太守なのだろう。

 彼らの接近に気づいたアイシャが、その先頭の男に向かって歩き出した。
 まあ、彼女に任せておけば問題は無いだろう。

「ここの太守殿で御座いますか?」
「ああ、私がバザズ砦の太守、イースマリク辺境伯領家家臣、エリモッド・リングレーだ。あなた方は?」

 アイシャの言葉に、丁寧な口調でエリモッド太守は答えた。まあ、周辺を多くの群衆が取り囲んでいるのもあり、住民からの印象を気にしたと言うのもあるのだろう。しかし、そこを配慮できるあたり、そして前線の砦を任せれているあたり、それなりに優秀な人間なのだろう。

「私は聖女アイシャ・フィアローディ。魔法使い三人と共に、この砦に訪れたところ、ここに潜伏していた魔人ドーディアを発見致しましたので討伐した次第です」
「なんと……それは! 」

 エリモッドはアイシャの言葉に驚いたが、落ち着いて辺りを見回した。
 周囲に聞こえるように言ったアイシャの言葉、周りにいた民衆の様子などを鑑みて、その言葉に嘘が無いかどうかを探ったのだろう。
 うん、やはり優秀な男の様だ。

「我が砦の危機を救って下さり、ありがとうございます、聖女様。しばしご滞在されますのであれば、どうぞ我が屋敷にお越しくださいませ。戦時中ゆえに、大層なおもてなしは出来ませんが」

 エリモッドの言葉を聞いたアイシャはちらりと俺の方を見た。「どうする?」と訊いているのは明白である。

 いや、俺は別に参謀でも軍師でもないんだけど……。
 まあ、でもこの騒ぎの説明をする義務もあるしな。

 俺はそのアイシャの視線を受けて、軽く頷いた。

「そうですね、ではお言葉に甘える事にしましょう」


 そして俺たちは、エリモッドに連れられて、太守の屋敷に向かった。
 俺だけ徒歩で。
 スヴァーグは「馬降りましょうか?」とばかりにちらちらと俺の方を見て来たが、俺はそれを手で制した。
 いや、なんか、こんだけ群衆がいる中で、男の二人乗りって言うのも、様にならないからさ。今回はスヴァーグに良い所を譲ってあげよう。


 エリモッドの屋敷で大したことがあったわけではない。
 とても感謝されたし、聖女をお招きできるなんて、我が家の誇りだ、ととても嬉しそうだった。
 それに、いってもアイシャは侯爵令嬢、俺は公爵令息である。辺境伯家家臣としては、粗相があってはならないわけで、とても丁寧に接してくれた。もちろん、キュオにもスヴァーグにも。

 ただ、敢えて言うのであれば、あんなに群衆がいるところで、魔人ドーディアと戦うなんて危なかったのでは、という苦言を呈された。
 うん、痛い所を突いてくる。
 しかし、魔人ドーディアとの戦いは必ずどこかの領地の街中になる。
 であれば、こちらが不意打ちを受けてから、住民を避難させて戦うよりも、おびき出して先制で不意打ちをかます方が安全、と、俺が色々理屈をこねたのだった。まあ、エリモッドとしても仕事として一応苦言を呈した、くらいのものだろうから、俺の穴だらけの暴論にもうまくまるめ込まれてくれた。

「聖女様たちは、しばらくご滞在されますので?」
「いえ、二、三日休憩を取った後に、北に向けて出立したいと考えております」
「そうですか……ついに魔王と戦うのですね」

 アイシャの答えを聞いたエリモッドは、感慨深そうに目を細めた。
 俺たちが旅に出てからはまだ一年半くらいしかたっていない。しかし、アイシャや俺が魔物と戦い始めてからは既に七年。魔物の出現からずっと戦っていた者たちは、もう十三年近くになる。そう考えればエリモッドのその表情にも頷けた。

(そういや、元気にやってっかな、フッツァは)

 なんとなくエリモッドと重なって見え、俺はそんな事を考えていた。

「聖女様の方から、何か、我々にご要望などはありますでしょうか?」
「そうですね。食料の補充と、衣服の洗濯、装備のメンテナンスが出来れば後は特には……」
「わかりました。その程度、いくらでもお申し付けください」
「ルル、それでいいかな?」

 エリモッドに要望を伝えたアイシャは俺に確認を取った。
 だから、俺は参謀でも軍師でも無いっての。

 まあ、とはいえだ。
 折角なら、この後の戦いも合理的に進めたいものである。

「エリモッド殿、この砦の兵士たちはどの程度戦えるのでしょうか?」
「ははは、ルレーフェ殿、侮って貰っては困りますぞ。これでもここはイースマリクの前線を守り切って来た砦。魔物との戦いに慣れた猛者が二百名はおります」

 エリモッドはそう言うと誇らしげに胸を反らした。
 なるほど、この感じだと、領地の為、民の為に戦うことを寧ろ誇らしいと感じているタイプの人間の様だ。

「エリモッド殿、バザズの砦の、このフェリエラ期における最後の戦いとして、聖女と共に魔物を討伐する栄光を授かる気はございませんか?」

 俺のその物言いに、エリモッドが感激しつつ即答したのは言うまでもなかった。



「本当にルルは詐欺師ね」

 後に四人だけになったタイミングでアイシャが俺に言った。全く人聞きの悪い。

「いや、普通だろ。向こうとしても、『戦いに駆り出される』より、『栄光ある戦いに参加させてもらえる』の方が気持ちいいだろうし」
「ふふふ、分かってるって、ルルはこのパーティーの重要な参謀なんだから、信頼してる」

 アイシャの言葉に、キュオとスヴァーグが力強く頷いた。
 あ、いつの間にか参謀だったんだ。やっぱり。


 エリモッドと砦の兵たちにお願いしたのは、フッツァと同じく、打ち漏らした魔物を掃討する役目である。正直この役割を担ってくれる軍がいてくれると、進軍のスピードが五倍は早くなる。しかも今回は戦い慣れた猛者が二百名だ。大型魔物さえ見逃さなければ、かなり雑に蹂躙しても問題は無いだろう。
 あの時、なんとなくフッツァの事を思い出して良かったぜ。



 こうして、慌ただしく準備が始まったバザズの砦は、三日後に準備を終え、俺たちはその翌日に出立した。

 ティスホルン準男爵領、ラザフ男爵領の二つの領地の奪還まで頼みたい旨を伝えたところ、エリモッドは快く了承してくれた。寧ろこのまま魔王城まで行きますぞ、と冗談交じりに言ってきたので、それは丁重にお断りした。
 アイシャと同様、フェリエラも規格外の強さなのだ。一般人を戦場に立たせるわけにはいかない。

 効率を考え、俺とアイシャは二手に分かれる事にした。分かり易く言えば、Yの字のような行軍ルートとなる。

 アイシャ、スヴァーグ、キュオのチームに、エリモッドと砦の猛者百名。
 俺の一人チームに、残りの百名。

 という編成である。
 まあ、どう考えてもこれが一番効率がいい。

 一チームにつき領地の半分で良いのだ。
 上手くすれば、ティスホルン準男爵領を一週間、ラザフ男爵領を二週間で奪還出来るだろう。

「ふふ、遅れるなよ、アイシャ」
「ルルに負けないように、頑張りましょう、二人とも!」
「「はい!」」


 こうして始まった二領討伐作戦だったが、残念ながら俺の圧勝だった。

 アイシャ達の到着よりも五日も早く、ラザフとパリアペートの境界である南メーメリーに到着した俺たちは、北メーメリーをも奪還して、街に残っていた酒を頂いて、百人で宴会三昧だった。

「ルレーフェ様、こっちで一緒に飲みましょうよ!」
「馬鹿野郎! 下心が丸見えなんだよ! ねえ、ルレーフェ様」

 なかなかに気の良い奴等である。
 まあ、たまにはこういうのも良いだろうさ。きちんと交代で見張りは立ててるし。
 それに彼らにとってみれば聖戦の勝利の美酒なのだ。
 俺もみんなととても仲良くなったしね。

 ちなみに後から到着したアイシャは悔しがるかと思ったが、意外にそんなことは無く、エリモッドに「ね? うちのルルは凄いんですよ!」と、得意げに自慢していた。大方、道中でエリモッドに、「あちらはお一人で大丈夫だろうか」としきりに心配でもされたのだろう。
 であれば、なおさら先制攻略出来て良かったというものである。

 ちなみにどちらの軍にも怪我人はあれど、死者はいなかった。
 まあ、向こうはキュオもいるし、尚更なのだが、俺のチームはヒーラーがいないこともあって、より慎重に……というのは嘘だな。俺一人がより大胆に斬り込んでいった。まあ、その結果と思ってもらって構わないと思う。
 おっと、そうだ、キュオにうちのチームの怪我人の回復をお願いしておかなくてはな。


「さて、これより皆様はどのようになさるおつもりですかな?」

 全員が揃い、無事に二領地を奪還した翌日のこと。
 俺たちはエリモッドにそう尋ねられた。

「これより俺が、リングブリムに使者として単身向かいます。リングブリムでは、最後の魔法使いが前線を守りつつ、義勇兵たちと共にパリアペート奪還の準備をしておりますので、俺はそのまま軍を率いて南下、アイシャ達と挟み撃ちして、一気にパリアペートを奪還します」
「ほほう、なるほど。そのような手筈になっているのですか。ところで、北上する聖女様の方は、スヴァーグ殿とキュオ殿の三人だけで行くおつもりですか?」
「え、ええ、その予定ではありましたが……」

 俺の言葉を聞いたエリモッドが、何やらニヤリと笑った。

 我々も同行させろ、と言うのだろう。

 フッツァ達がいるのでここまでで大丈夫、と伝えてしまったが、確かにアイシャの側にも、掃討部隊がいてくれた方が効率は良い。
 いやでも、さすがにそこまでは申し訳ない。あんた太守だろう? バザズの砦から離れすぎだぞ、いくら何でも。

「ルレーフェ殿、この質問にだけ、正直にお答えいただきたい。我々イースマリク辺境伯軍による聖女様の同行は、皆様の手助けとなりえるか、否か」

 俺の表情を読んだエリモッドが、真剣な眼差しで俺にそう言った。
 くそ、その言い方は卑怯だぞ、エリモッド殿。

「……とても助かります」
「聞いたか! バザズの猛者たちよ! 次の戦は、最後の領地パリアペート領の奪還である。しかも、聖女様と肩を並べて戦うという、人生において類まれなるこの機会を見過ごすことが出来ようか!?」

 うおおおおおお!

 エリモッドの言葉に、バザズの兵たち全員が拳を突き上げ、雄叫びを上げていた。

「そういう訳でございます。引き続き宜しくお願い致します、アイシャ様。それにスヴァーグ殿とキュオ殿も」
「はい、こちらこそ、お世話になりますね」
「「宜しくお願いします!」」

 うーん。まあ、これは嬉しい誤算である。
 だってまさか、バザズの砦の皆がこんなに協力的だとは思わないもん。

 ランドラルド伯爵みたいなやつもいるみたいだが、何というか、地球に比べてこの世界の人たちはとても純粋で、一生懸命な人が多い。
 俺は30年近いこの世界の生活で、それを思い知らされていた。

 地球ではこうはいかない。ネットのせいで、不必要な人間の醜聞が永遠と耳に入ってくるし、他人と付き合えば、数多くのストレスにさらされる。
 でも、この世界で嫌いになった人間なんて数えるほどもいない。

 俺は随分と、この世界が、この世界に住む人々が好きになっていた。

 この世界の人々と、地球と何が違うのだろうか?
 ともあれ。だからこそ、何としてでも、魔王が復活し続けるこのルールをぶっ壊さなくてはならない。
 愛すべきこの世界の皆が、無駄に命を落とすことの無い世界を作らなくてはいけない。

 俺は改めてそう誓ったのであった。
 
(でも、もしかしたらこの世界の人たちがこういう人たちなのは、魔王という、命の危機となる共通の敵がいるからなのだろうか?)

 俺は、言葉にも形にもならずに、ふわっとしたイメージのように湧いた、栓無きその疑問を、明確な形にすること無く、頭の中からかき消したのだった。



「じゃあ、行ってくる。俺たちが南下奪還作戦に入れるのは早くても一週間後だ。みんなは焦らずに、早さよりも丁寧な殲滅を心がけてくれ」

 翌日。
 俺は皆にそう言い残すと、出発の為に馬に跨った。

「こちらは任せて。ルルも気を付けてね」
「誰に言ってる。一人なら俺は無敵だ」

 そしてキュオとスヴァーグに向き直る。

「ここまで犠牲者を出さずに来たんだ。ここまで一緒に戦ってくれた彼らの中から死者は出したくない。キュオ、しっかり命を守ってやってくれ」
「はい!」
「先生の力、期待してますよ」
「ルル、まだ言うのですか!?」

 すっかり俺の事をルルと呼ぶことに抵抗が無くなったスヴァーグが、笑いながらツッコミを入れた。
 会ったばかりの頃は、痩せこけて、覇気が無く、目は虚ろだったと前にアイシャから聞いた。
 そんなスヴァーグが、自信を取り戻し、誰かのために前向きに生きていけるようになったのは、間違いなく魔法使いの力のお陰だ。
 そういう意味で言えば、本当に彼が魔法使いで良かった。

 でも待てよ?
 もしも俺がルールブレイクに成功したら、きっと魔王は復活しなくなるんだよな。
 この世界の聖女や魔法使いは、魔王の力に呼応して生まれてくる、という風に聞いている。
 つまり、そうなった場合、アイシャやスヴァーグに聖女や魔法使いの力は発現しない、という事になるのだろうか。

 いや、そもそもだ。

 そんな力を必要としない世界の方が良いに決まっている。
 魔物さえいなければ、スヴァーグの両親だって殺されたりはしなかったはずなのだから。

「はーっ!」

 俺はひとまず考えるのを止め、マヤノを走らせた。

 魔王が存在しない世界線の仮定の事など、分かるはずもない。
 考えても答えなど出ないのだ。

 しかし、考えれば考えるほど、どこか、拭い切れない、腑に落ちない何かが、心の奥底につっかえている感じがしていた。



(第43話 『ルルは間違ってる』へつづく)
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