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第二章

第36話 しがみついた生の果て

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 フェリエラのように青白い肌。
 赤い瞳に紫色の髪。
 そして全身黒と紫色のゴシックなドレスを着た、人間で言えば12、3歳くらいの少女。
 その情報通りの装いをした目の前の少女は、紛れも無く魔女シャルヘィスだった。

 そしていま、コイツは俺になんて言った?

 いや、確かにこいつは俺の事をドーディア▪▪▪▪▪と呼んだ。

 な、なんてこった!? 
 実は俺が幹部魔物の一人、魔人ドーディアだったとは!? そしてそれに本人すらも気づいていなかったとは!? 
 恐ろしい! 自分が恐ろしいよ!

 ……馬鹿な。
 そんなことはあるはずがない。

 そう、シャルヘイスは恐らく、別の世界の魂を持つ俺の事をドーディアだと勘違いしたのだ。
 前情報では、ドーディアは姿を自由に変え、人間に紛れ込むと聞いている。つまり、シャルヘィスや他の魔物たちの前でも一定の姿をしていないのだろう。
 そしてやはり奴らは「この世界の人間の魂であるか否か」を判別している。少なくともフェリエラはそうだった。俺の「魔物の生まれ変わり」という、口から出任せの言葉を信じたのだから。
 
 つまり、だ。
 シャルヘィスは、俺が魔人ドーディアと同一である、という証明や確信を持っていたのでは無い。
 俺の存在を「非人間」と断定し、コイツの中での「消去法」で残ったのがドーディアだったという訳なのだろう。

 であれば、今俺はそれに乗っかるしかない。

「……バレたか」

 多くは喋りたくない。
 口調や雰囲気でバレる恐れもある。
 ひとまずはどんなキャラクターでも成立するような短い一言を返す。

『ふふ、今はそんな感じに化けているのね。でもどんなに上手く人間に偽装しても、人間に流れる特有のアゴリーが見えないもの。そんなのあなたしかいないじゃない』

 あごりー?
 聞いたことのない単語が出て来た。
 いや、ひとまずそこに引っかかっている場合ではない。
 多分だが、人間特有の「匂い」とか「魔力」とか「DNA」とか、そんなんを魔物が名付けた単語なのだろう、と理解しよう。

 ひとまず、この話題を続けていてもしょうがない。余計に疑われてしまう。
 ここは肯定の意味を込めて、軽くフッと笑うことにしよう。

 さあ、どうする?

 ひとまず自然に別れられるタイミングまで話を展開させるしかない。

「さっきのあれを見たか?」

 またしても、言葉少なげに、シャルヘィスの興味がありそうな内容を振る。

『……ええ、あれが、フェリエラ様が言っていた、聖女の最終魔法、って奴なのね』

 ええ?! 何それ?! 最終魔法? 初耳なんすけど。

「……そのようだな」

 一切心の声を表情にすら漏らさずに、ベストな塩梅で同意する俺。

『やはり、ヤツはあそこにいるのね。じゃあ次の聖女との直接対決は私、悪く思わないでよね、ドーディア?』

 そう言うとシャルヘイスはニヤリと笑った。

 この感じでは幹部同士の共闘という流れは、お互いに望んでいない様である。良かった。
 いや、手伝って、とか言われたら普通に困るし。

 にしても、聖女を倒したら褒美をもらえる、とか、もしかしたら次の魔王に推薦とか、そんな感じなのだろうか? 獲物の横取りは無し、早い者勝ち、みたいな約束、或いはルールが設定されていそうな「悪く思わないで」という発言。

 であれば、俺の答えはこれがベストだな。

「勝てるのか?」

 馬鹿にした感じでもなく、かといって心配した感じでもない。あくまでも無感情に、朴訥《ぼくとつ》と聞く。これならどっちにも捉えられるだろう。ドーディアのパーソナルな感情表現が分からない以上、抑揚は最小限に、である。

 ぶっちゃけ魔人ドーディアが実はクソパリピ野郎で『ヘイヘイ、シャルっち! ちょえ!? 今日めちゃプルくてかわちぃじゃね?』とか言うキャラクターだったら、既に俺はもう死んでいる。そういう意味ではドーディアに感謝である。

『私がこれまでどれだけ力を溜めて来たと思っているの? 最初に領地を滅ぼして、魔物を大陸中に放って以降、十年以上も眠って力を蓄えて来たんだから』
「ああ、知っている」

 なるほど、シャルヘイスが最初に目撃されてからずっとどこにも現れなかったのはそういう事だったのか。

『それにね……新しい魔物も作り出したんだから』
「新しい魔物?」

 シャルヘイスが不穏な言葉を発した。
 いや、これはこいつも結構得意げに言っていたし、となればドーディアも知らない情報のはず。であれば普通に訊いても問題ないはずだ。

 すると、俺の質問に応じるように、シャルヘイスが何やら呪文を唱えた。

 前言撤回。
 訊いても問題なかったが、聞くんじゃなかった。

 俺の目の前に、五メートルほどの大型魔物が、地面に出来た沼のような空間から湧きだしてきた。

(ぬぇ!?)

 ぬえってのは、平家物語に登場する化け物だ。まあ、外観は諸説あるが、キマイラの日本版だと思ってもらって構わないぜ。
 いや、大昔に同じような反応をした気がするが、今回はガチの奴である。

 つまり、だ。

 目の前に、鵺というか、キマイラというか、そんな化け物がいた。
 この世界にライオンはいないようなので胴体こそは獅子のそれでは無かったが、そいつはケルベロスのように二匹の犬というか狼みたいな感じの双頭の獣に、蛇の尻尾がついたような化け物だった。

 なななな、なんなんだよ、コイツは!?
 ぶっちゃけ至近距離にこんなやつがいるなんて、ションベンちびりそうなんですけど!?
 怖い怖い! 怖すぎる!

「ほう、なかなか良いな」
『でしょ!?』

 イヤ、凄いな、俺の精神力!

 俺はそう言うと、更にちびりそうな内心を抑えて、あえてキマイラを観察するようにこいつの正面に堂々と回り込んだ。

(うぎゃー! 怖いぃ!)

 そして、あんまり長く正面にいると怖いのでそのまま通過して、サイドに移動する。

 何故そんな行動を取ったか。
 理由は二つ。

 恐らくこいつが無害な草食動物だと仮定して、コイツに興味を持ったら普通はそう動くはずだと思った、と言うのが一つ。
 そして二つ目は、今俺が取った行動は「人間には絶対に不可能な行動」であるからである。

 これは、万が一にもシャルヘイスに少しでも疑われた時に、
『でも、人間ならこのキマイラちゃんの目の前に来るなんてことは不可能だし』
と、思ってもらう為である。

『ふふふ、コイツはね、私の最高傑作。魔素を使って、聖女の攻撃を防御できるように作ったのよ』
「ほう」

 ほんの少し驚いたように声を高くして、呟く。しかも二文字!
 見よ、これぞ絶妙な塩梅。

 いや、アイシャの魔法を防がれるなんて、そんな能力止めて欲しいんですけど。

『さあ行け! 聖女と魔法使いどもを食らってこい!』
『ごばああああ!』

 シャルヘイスが手を砦に向けると、キマイラふうは一度吠えてから森の中に飛び込んでいった。
 いや、あっちにいるアイシャには申し訳ないが、助かった。
 正直これ以上、魔女とキマイラとの三者面談は、俺の精神が保ちそうになかった。

 いや、とはいえもうそろそろ良いでしょ! さっさとこの場を離れたい、或いは離れて欲しいんですけど。調子に乗ってあんまり長く会話し過ぎるとボロが出そうだし。
 しかし、なかなか会話の終了をこちらから切り出せないのだ。

「俺はそろそろ行く」
「お前もそろそろ行け」

 みたいな発言をしたいところだが、ドーディアの一人称が「俺」なのか「私」なのか「僕」なのかが分からない。「おいら」の可能性だってある。
 同様に、シャルヘイスのことを呼ぶ時が「お前」なのか「君」なのか、名前で呼ぶにしても「シャルヘィス」なのか「シャルヘィスさん」なのかが分からない。

 キュピーン!
 彼女の頭に閃きが走る。
『……ドーティアは自分の事をそんな風に呼ばない……。あなた、ドーディアじゃないわね?』
「ぐ、ぐぬぬ……」

 みたいな展開は、地球の推理小説なんかで嫌という程見て来たのだ。そんな馬鹿げたテンプレ展開になるわけにはいかない。

 頼む! はやく切り上げてくれえぇぇ!

 すると、俺の祈りが届いたかどうかは分からないが、シャルヘィスが今、正に会話を終わらせにかかってくれた。

『じゃあ、そろそろ行くとしましょうか。見事、聖女の首を取ってくるわ。あなたには悪いけど』
「ふっ、せいぜい頑張れ」

 これは大丈夫だ。今シャルヘィスは俺をあおって来た。つまり、少しくらい嫌味に返しても問題ないはずである。

『あなたはどうするのよ』
「……」

 一瞬、黙ってしまう。
 いや、だって、これ結構返しにくい!

 「俺は」という一人称から始まる返答は全部アウト。
 でも、「お前の勝利を祈ってる」「お前の戦いを見てる」的なのも二人称が含まれるからアウト。
 「フェリエラ様のところに戻る」というのも、フェリエラを様付けで呼んでいない可能性もあるし。
 さあな、とか返すのがベストなのだろうか? いや、ニヒル過ぎるか?

『……って、また教えないんでしょ、どうせ』

 うおおお! ナイス!
 さっきからこの小娘、一言多くて本当に助かります。

「……まあな」

 ふう。よし、これで良い。

 後は、シャルヘィスがここから飛び降りて、森の中に消えていくだけだ。
 そんで、さっきのキマイラ風と三千の小型、二百の大型、シャルヘイスと、聖女の直接対決が始まるだろうから、その戦いの最中、俺が陰ながら魔物を狩って……。

 ……いや。

 よくよく考えれば、その戦いに俺はあまり向いていない。
 というか、寧ろ役に立てないのではないか?

 俺の能力は、時間をかけて魔物を削っていくのには向いているが、一時間や二時間で大勢たいせいが決してしまういくさの場合は、ほとんど役立たずである。
 その時間の間、必死に魔物を削ったとしてもせいぜい百や二百だ。

 例えるなら、俺の存在は、ステータス異常『毒』みたいなもんだ。
 戦闘中以外でも、進行中だろうと休憩中だろうとじわじわと削っていく。
 それが俺の利点だ。
 しかし、短期決戦のバトルにおいて、開始と同時に毒になったところで、俺のダメージはそれほど蓄積しない。

 そもそも、この布陣でアイシャ達は勝てるのだろうか?
 シャルヘィスがいなかったとしても、正直厳しいのではないだろうか?

『じゃあね、ドーディア』

 シャルヘイスがそう言って、崖から飛び降りようと俺に背を向けた。


 俺はこの世界の魂ではない。

 その能力は、例え幹部魔物であろうと、魔王であろうと、見られていなければ、気づかれることは無い。

 足音も。
 剣を抜く音も。
 それが風を切る音も。


 全てを合理的に考え、結論を導き出した俺は、体が勝手に動いていた。

 ……そして。

 死ぬわけにはいかない。
 生き延びなくてはいけない。
 そうして生にしがみつくための会話の果てに。

 ヤツが崖から飛び降りるより前に。

 音もなく近づいた俺は……



 シャルヘィスの首を刎ね飛ばしていた。



(第37話 『凱旋 その1』へつづく)

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