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第二章

第33話 裏切り

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「"聖なる礫セイクリッドヘイル"!」
「"天啓の槍リベレーションスピア"」

 ヴァアアアアア!
 グゴアアアア!

 城壁の外で、アイシャの声がこだまする。
 そしてアイシャの攻撃を食らった小型魔物どもが断末魔の悲鳴を上げて霧散した。
 しかし、余りにも多い。連打で打ち続けたせいで、アイシャの魔素切れはすぐに訪れた。

「スヴァーグ、キュオにブーストを! キュオは私に魔素の回復をお願い!」
「「はい!」」

 アイシャの指示に、二人が呼応する。
 これはアイシャの作戦である。小型魔物が多い現状では、アイシャの魔法を増強するよりも、魔素の回復魔法が使えるキュオの魔法を強化した方が効率が良い。そう判断したのだった。

「"魔素増強マジックブースト"!」
「"魔素回復マジックリカバー"!」

 二人の魔法の呪文に反応して、アイシャの身体が一瞬緑色の光に包まれる。その光が消えると同時に、肩で息をしていたアイシャの呼吸が整っていった。

「ありがとう、二人とも。もう一波、片付けたら引くわよ!」

 アイシャはそう言うと、正面から猛然と走り込んでくる小型魔物に標準を定める。

聖なる礫セイクリッドヘイルでは討ち漏らす可能性がある。ならば)

「"聖なる防壁セイクリッドプロテクション"!」

 アイシャの呪文によって現れた光の壁に、飛びかかって来た魔物が阻まれる。
 魔物が全員、壁にぶつかったタイミングを見計らって、アイシャは呪文を口にした。

「"清らかなる審判セラフィックジャッジメント!"」

 そして次の、アイシャの周りの至近距離の魔物を一掃する魔法で、光の壁に触れていた全ての魔物が、光の壁と同時に消滅した。
 

(ルルに見せた時もそうだけど、このコンビネーション、とっても疲れるのよね)

 二十体ほどの魔物を一瞬で消滅させたアイシャは、襲い来る脱力感に抗いながら言った。

(でもまだいける!)

 アイシャは先ほどの獣タイプの群れに遅ればせながら突っ込んできた、人型タイプ五体に照準を定めた。

「"純白の天罰ホワイトパニッシュメント"! スラッシュ!」

 アイシャの前に現れた巨大な剣が、アイシャの手の振りに合わせて大きく横に薙ぎ払われる。そしてその軌道上にいた五体の魔物を両断した。

「きゃあああ!!!」

 突然、背後から聞こえた悲鳴に、アイシャが振り返る。
 すると、死角にいた人型の一体が、今まさにキュオに襲い掛かろうとしていた。

(しまった! 気づかなかった!)

「キュオ!」

 アイシャは叫んだが、間に合いそうにない。
 振り下ろされる魔物の右腕が、キュオを肉塊に変えようとしていた。
 しかしその瞬間、スヴァーグが間に割って入った。

「ス……!」
「"魔素封印シールドマジック"!」

 キュオが叫ぶよりも早く、スヴァーグの魔法が魔物の身体を侵食する。
 そしてそのまま勢いに任せて、前のめりに倒れ込んだ。
 スヴァーグは、下敷きにならないようにキュオを抱え込むように横っ飛びをして回避すると慌てて立ち上がり、持っていたショートソードで止めを刺す。

「あ、あ、ありがとう、スヴァーグ」
「立てるか?!」

 キュオは差し出されたスヴァーグの手を取ったが、腰が抜けてうまく立つことが出来なかった。

(……これまでね)

 その様子を、見たアイシャはそう判断した。

「スヴァーグ、キュオを抱えて! 引くわよ!」
「はい!」
「開門して!」

 アイシャの合図で、城門が開く。
 そしてアイシャと、キュオをお姫様抱っこで抱え上げたスヴァーグが中に滑り込んだのちすぐさま門が閉じられた。
 その門が閉まるのを見届けて、スヴァーグはゆっくりとキュオを地面に降ろした。

「スヴァーグ、キュオを守ってくれてありがとう。あの魔法は?」
「はい、魔素を封印する魔法です。こちらも敵一体にしか使えないので、中途半端な能力ですが」

 自虐の癖がついてしまっているがゆえについついそう言ってしまったスヴァーグの手を、アイシャは力強く握った。

「スヴァーグ! そんなことない! あなたの魔法が無かったら、大切なヒーラーであるキュオは死んでいたわ。あなたは凄い魔法使いよ! もっと自信を持って」
「は、はい!」

 そう言ったアイシャの必死かつ、悲しそうな表情を見て、スヴァーグは自分の発言を恥じた。そして、二度と自分の力を蔑むようなことはすまいと心に誓った。

「……お、お疲れさまでした、聖女様」

 冷や汗を流しながら戦いを見守っていた砦の兵長が降りてきて、アイシャを迎えた。

「兵長、上から見ていた感じ、何体ぐらいやっつけられたかしら」
「およそ百体弱、と言ったところでしょうか。素晴らしい戦果です、聖女様!」

 兵長はそう言ったが、アイシャの自身の戦果における評価は全く違っていた。

(これだけ消耗して百体……。もしも幹部魔物が敵にいるのなら、一日百体では、きっと生み出され、増える量の方が多いわね。こちらも体力的に毎日出撃出来る訳じゃないし)

 しかし、悩んでいても仕方がない。
 兵站や速度の問題から聖女が大軍を引き連れて大陸中を回ることが出来ない以上、その領地の軍や義勇兵たちと共に行う。それが効率の良い魔物討伐の姿である。
 しかし、ランドラルド伯爵は使い物にならない。当然領主軍も。
 であれば、出来る限りここで魔物を食い止める。アイシャに出来る事はそれだけしかなかった。



 ――そして聖女アイシャが、魔物を食い止め初めて一週間後。

 北フォーセリアに意外な来訪者が現れた。

「開門! 開門! 聖女アイシャ様にお取次ぎを!」

 その使者らしき男は、そう言って、魔物ひしめく南フォーセリアではなく、安全な街の北側からフォーセリアに入って来た。

 ちょうど、宿で、キュオとスヴァーグと共に、戦略の打ち合わせをしていたアイシャは、突然の来訪者を快く迎え入れた。

「おお聖女アイシャ様!」
「あなたは?」

 まだ名乗ってもいないのに私の事を知っているのはどういう訳かしら? 私の事を見たことがあるということ?
 アイシャはそう思ったが口には出さなかった。
 いずれにせよ、もしもここにルレーフェが居たら「お前、その顔でその衣装なんだからどう考えても聖女だろう」と突っ込んだに違いなかった。

「私は、アプマイレ準男爵領、領主軍斥候隊長ダルタと申します。聖女様のサンマリア奪還戦の際、挟撃部隊として戦に参加しており、聖女様をお見かけしておりました」

 ダルタは自己紹介がてらにアイシャの心の疑問に答えるように言った。恐らく、一刻も早く本題に入る為、前もって信頼を得ようとそうしたのだろう。そしてそれは功を奏したようで、アイシャにも十分に伝わっていた。

(そう言えば、確かにここの西隣はアプマイレ準男爵領。サンマリア男爵が身を寄せていた領地だったわね)

「そうでしたか、ダルタ、遠路はるばるご苦労様です。して、要件は?」

 アイシャの質問に、ダルタは焦りながらも、一つ一つ丁寧にアイシャに自身が見たものを伝えた。

 ジャドニフ子爵領の南の平原に、魔物が大量発生している事。
 恐らく、それが原因で、この領地に魔物が攻め込んできている事。
 今は、群れを外れた一部でしかなく、本陣が控えている事。
 ……そして。

 それを率いているのが、恐らく「魔女シャルヘィス」であるという事。

「……貴重な情報をありがとうございます、ダルタ、あなたに感謝を。よくぞ無事にここまで来てくれました」

 場の空気は最悪だった。
 しかし、アイシャはまずはその情報を届けてくれた使者の労を一番に労った。

(アイシャ様……)

 スヴァーグはその姿を見て、彼女の誠実さと誇り高さを再認識していた。

「ダルタ、その魔物の本陣、数は分かりますか?」
「小型が三千、大型は二百、と言ったところでしょうか」
「「「さんぜん!!!?」」」

 その数に、キュオとスヴァーグだけでなく、さすがのアイシャも大声を上げてしまった。
 アイシャ様でもこんなに驚くことがあるのか、と、アイシャのその声に意外性を感じたスヴァーグだったが、逆に言えば、今のこの状況はそれだけ絶望的であるという事を証明していた。

「ダルタ、そのシャルヘィスの本陣は、既にこちらに向けて出立しているのですよね?」
「はい」
「では、奴らがここに到着するのはいつくらいになるか分かりますか?」
「……恐らく、奴等の進軍速度では、あと三週間と少しくらいかと」

 アイシャは考えた。
 この場で決定権があるのは聖女である彼女だけである。
 それは、聖女という肩書だから、というだけでなく、貴族という立場を持ち、国王陛下からの勅命を受けている彼女のみが、全ての選択肢を机上に並べられるからであった。
 そして、しばしの熟考の後、アイシャは口を開いた。

「ダルタ、今すぐ準男爵領に戻り、援軍をお願い致します。三週間で間に合うのは、アプマイレ準男爵領だけでしょう。こちらもランドラルド伯爵に軍を動かすように要請します」
「了解いたしました! 直ちに!」

 ダルタはアイシャのその言葉を聞くと、すぐさま宿を飛び出し、馬のいななきと共に彼方へ消えて行った。
 さすがは斥候部隊。一分一秒を争う事態であるという事を良く分かっている様であった。

「兵長に言って、伯爵に援軍を要請しましょう。この状況を知れば、いくら彼でも領民を守るために軍を動かすでしょうから。私達は、援軍の到着まで、なんとか耐え抜きましょう!」
「「はい!」」



 ――それから。

 アイシャは、三人でひたすらに戦い続けた。
 始めは一日百体、二日に一回の討伐でもなんとかなっていたが、やはり敵の本陣が近づいてきているのだろう。徐々に討伐が間に合わなくなり、押され始めていた。そして二週間後には既に、連日百体を超える討伐数を余儀なくされていた。

 しかし、それから二週間たっても、ランドラルド伯爵からの援軍は到着することは無かった。



「アイシャ様! キュオの魔素が限界です! これ以上の回復は出来ません!」
「分かったわ、あの大型を倒したら引きましょう! スヴァーグは門を開けるよう指示を!」
「はい! ……兵長さん! 開門してくれ!」

 スヴァーグの声を背中で聞きつつアイシャは最後の一撃に集中した。
 出来るだけ引き付けて打てば、今日は大型を含めて、百五十体は倒したことになる。援軍到着までの良い足掛かりになる!

「"純白の天罰ホワイトパニッシュメント"!!」

 アイシャの生み出した光の大剣が、ギリギリまで引き付けた二体の大型魔物を、小型数体を巻き込んで一気に薙ぎ払った。

(くっ、でももしこのまま大型が増えたら、結局砦ももたない。でも、今は引くしか……)

 剣を収め振り返る。

 しかし、そこでアイシャは、信じられないものを見た。
 閉まっている門。
 首を上に向け抗議しているスヴァーグとキュオ。
 そして、城壁の上に普段はいないはずの人影があった。

(……ランドラルド伯爵)

 アイシャは直ぐに理解した。
 この男は、聖女の命と共に、自身の罪を隠蔽するつもりなのだろうと。
 例えそれが世界を滅ぼすことになったとしても、目の前の保身を図ったのだ。
 どこの世界にも、合理的思考に乏しく、大局を見誤る愚か者はいるものだ。ルレーフェならばそう断じただろう。

「伯爵! 正気ですか! 国を滅ぼすおつもりですか!?」

 アイシャは伯爵に抗議したが、伯爵はアイシャの方を向くことも無く、兵に命令を飛ばした。

「良いか、決して門を開くな! あの者は聖女の名を語り、我が伯爵家を潰そうとする不届き者だ。それにもしも本物の聖女なら、あの程度の魔物、あっさりと駆逐するはずだ。それをしかと見届けようではないか」


 援軍が到着するのは早くても一週間後。
 迫ってくる数百体の魔物。
 後に控えている、三千の魔物と魔女シャルヘィス。

 状況は絶望的であった。

(ルルなら、「結局、人間の敵は人間、ってことだな」とか言いそうね)

 アイシャは自嘲気味に笑いながら、徐々に近づいてくる魔物の群れを見据え、再び己の剣を引き抜いたのであった。



(第34話 『援軍』へつづく)

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