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第二章
第27話 魂の再会 その2
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魔王の結界が現れたあの日。
「ヴァルス!!!!」
「ヒューリア! 後を頼む!」
振り向きざまにそう言い残して、俺は南コーラルから、北コーラルの街へ駆けていった。
ヒューリアは顔面蒼白で、いかにも泣き出しそうな、必死の形相をしていた。
本来ならばあれがお互いに今生の別れであった。
その後俺は、ミューとエフィリアの死に直面し、魔王に体を真っ二つにされたのだから。
しかし、今こうして、再びこの世界に生を受けた俺の目の前に、確かにロヴェルとヒューリアはいた。
ロヴェルは今、33歳くらいのはずだ。苦労してきたのだろう。かなり老けて見えた。
ヒューリアは三十路を過ぎてますますカッコ良くなったな。
面影がある、なんてものじゃない。目の前の二人は、俺からすれば、どう見たってロヴェルとヒューリアそのものだった。
それは約15年ぶりの魂の再会であった。
「あ、父上、母上……私、ルレーフェ様に、そ、粗相はしていないよ、多分」
「多分じゃありませんエミュ! 全く」
「まあまあ、ヒュー、公爵家のご子息様の前だから」
……何だろう。
ここは天国なのだろうか。
もちろん「死後の世界」という意味ではない。前世の俺が未来に思い描いていた幸せの世界、その一ページが正に今、俺の目の前にあった。
こんな温かな光景を、こんな幸せな世界を、どれだけ夢見てきたことだろう。
ずっと一緒に育ってきた大親友が、結婚して子供を産んで、家庭を作っている。
ロヴェルは少し頼りない、でも優しいパパって感じだ。うん、ロヴェルらしいな。
ヒューリアは甘やかすロヴェルに変わって、エミュを厳しく躾けていそうだな。でも俺には分かる。どうせエミュを一番溺愛しているのは実はヒューリアなんだぜ。
楽な道のりでは無かったのは間違いない。
でも。
良かった。
生きていてくれて良かった。
元気でいてくれて良かった。
そして、幸せでいてくれて良かった。
何よりも、親友たちの幸せを守れて良かった!
「……ハーズワート様?」
「あ、あの如何いたしましたか? やはり娘が何か粗相を?」
俺をみたロヴェルとヒューリアが怪訝そうにそう言った。
そりゃあそうだろうさ。
俺は、既に涙で顔がぐちゃぐちゃになっていたのだから。
なんだか、旅に出てから、泣いでばかりいる気がするな、俺。
「……う、ぁ、いぇ。だいじょ……ぅです。ごめ、なさぃ。すこし……ひと、ぃに、させて、もらぇ……」
しっかり喋ろうと、取り繕うと頑張っても無駄だった。
俺の心の波は、今にもその堤防を決壊させ、怒号を溢れさせる寸前であった。
「……ルレーフェ様」
エミュは俺に心配そうに声を掛けたが、ロヴェルが彼女の肩を抱くと、「今は……」と首を振った。そしてヒューリアと使用人の二人を伴い、部屋を後にしてくれた。
よかった。これ以上二人の顔を見ていたら、なんか色々心が抑えられなくなってしまいそうだった。
そして俺は。
「うおおあああああああ!!!!」
ベッドに顔を押し付けて、全力で叫び、泣いた。
この感情を何と説明すればいいのかは分からない。
ただ、決壊し溢れるままの感情。
想像を絶する安堵。
そうとでも表現するしかなかった。
――一時間後。
俺は、改めてロヴェルに取次ぎを願い、昼の食事の席に同席させてもらった。
メンバーは、ロヴェル、ヒューリア、俺、そしてエミュ。
「先ほどは取り乱してしまい申し訳ありません。その、いろいろとありまして」
「いえ。詳しくは存じ上げませんが、こんな世の中です。お気持ちはお察しいたしますよ」
ありがたかった。
普通に考えれば、あの時の俺は、急に泣き出した怪しい青年でしかない。
一体なんで泣かれたのですか? なんて詰められても本当の事なんて言えるはずもないので、「人それぞれ、色々ありますよね」という落としどころは正直助かった。
それにしてもいつの間にかそんな気遣いが出来るようになったとは、ロヴェルめ、大人になりやがって。
俺はついついいつもの調子で心の中で突っ込んだが、きっと、俺やミュー、エフィリアの死が、彼をそうさせたのだと、強制的に大人にさせたのだと。それに気づいて、俺は自分の心の中の軽口を恥じた。
「エミュ」
「は、はい!」
俺に名前を呼ばれて、椅子に座ったまま気を付けをするエミュ。やはり公爵家の肩書は伊達じゃないようだ。
「俺たちは、魔王を倒すまで共に戦う仲間だ。爵位なんかいちいち気にしていたら命がいくつあっても足りない。俺が公爵家の人間だという事は忘れてくれ。さっき部屋に来た時と同じ感じで構わない」
「え、ですが……」
「今、アイシャが向かっているが、後二人の魔法使いは平民だそうだ。エミュが俺に敬語を使うという事は、いずれはエミュが平民の魔法使いに敬語を使わせる、という事になるのだが?」
少ししか話をしていないが、エミュの性格は分かり易い。活発で、さばさばしていて、細かいことは気にしないタイプとみた。ゲームなんかでは「ファイター」や「モンク」タイプだろう。この性格で防御特化の魔法使いとは、選り好みできない能力と言うのも考えものである。
ああ、そういえば。
何か知らんが、エミュはドレスに着替えさせられていた。
まぁ一応、公爵家の子息との会食に同席するのだ。恐らくはヒューリアの命令で、子爵家のお嬢様としての身なりを整えさせられたのだろう。
エミュが落ち着か無さそうに脚をソワソワと動かしているのは、きっと着慣れていないからに違いない。そこもヒューリア譲りで、思わず笑ってしまった。
いや、とても良く似合っていたけどね。
「……う、うん。分かった、ルル」
俺の言葉遣いへの指摘に、聞き分け良くエミュはそう答えた。
ちなみに、俺をいきなり愛称で呼んだことでロヴェルとヒューリアが目を丸くしたので、「最初に会った時にそう呼べと私が申し上げたのですよ」と注釈を加えておいた。
「それで、その、アイシャって?」
エミュに突っ込まれた。
おっとしまったついつい名前で呼んでしまった。
まあ、ここには関係者しかいないから問題ないだろう。
「ああ、聖女だ」
「「「聖女様!?」」」
俺の出したその単語に、やはりと言うべきか、リングブリム親子が色めきだった。まあ、そりゃあそうだろう。きっと、魔物の侵攻が始まって以降、その出現を最も待ち望んでいた人達といっても過言ではないのだから。
「と、いう事は、その、やはりルレーフェ様は、先ほどのお言葉の通り、エミュと同じく、魔法使い様で間違いないのですよね?」
「はい。私は魔法使いです。能力は『認識阻害』。魔物に存在を認識されなくなる力です」
ロヴェルの質問に俺は正直に答えた。
いや、魔法使いというのは嘘なので、正直とは言えないか。
ロヴェルとヒューリアに嘘をつくのは若干気が引けたが、こればかりはしょうがない。前世で地球から転生して来たことを隠していたのと同レベルの秘密と言っても過言では無いのだから。
「エミュの『防御』の魔法無しでは、魔獣ゲージャを倒すことは出来なかった。本当にありがとう」
「ううん、そんなことない。私は先頭に立って魔物を倒すことは出来ない。出来るのは魔物と戦ってくれるみんなの命を守る事くらい。それに私の魔法では、あいつの三回目のアレは防げなかった。こちらこそ父上と母上を守ってくれてありがとう、ルル」
確かに、俺があと一日、前の村でのんびりしていたら、ロヴェル達一家の命は無かった。
本当に間に合ってよかった。
アイシャの言う通り、二手に分かれて大正解だったぜ。
「して、ルレーフェ様、その、先ほど聖女様は、別の魔法使いを迎えに行ったとの事でしたが、つまり聖女様はご一緒では無いのですね?」
ヒューリアが若干不服そうにそう言った。
こういうところは変わってない。
別に俺の戦力に不満を持ったという訳ではないだろう。しかし、昔のヒューリアだったら「ここが一番しんどいんだから、いの一番にここに来いやぁ!」とブチ切れたことだろう。
さて、どうするか。
このリングブリムに向かう際中、何度となくこの自問自答を繰り返してきた。
何をどうするかって。
それは、俺がもしも無事にロヴェル達に出会えたら、どうするか。
という事だ。
しかし、一人してもらったこの小一時間。俺は既に、この先の流れをもう心に決めていた。
「ええ、聖女アイシャは、現在大陸の西で戦っておられます。……しかし、それに関しては、非常に重大な機密事項がございまして」
「重大な機密事項?」
声を落とした俺のトーンに、ロヴェルが深刻そうにおうむ返しをする。
「はい。この後、私と、子爵閣下、子爵夫人の三人だけでお話したいのです」
「魔法使いであるエミュには聞かせられないお話ですか?」
「……お二人が、内容を聞いたのちに、それをご判断して頂ければ」
ヒューリアの問いに少し悩んだが、俺はそう返した。
きっと貴族の当主同士の内密な話、という辺りで納得してくれるだろう。
「……分かりました。ではこのまま私の部屋に参りましょう。ヒュー」
「ええ、問題ありませんわ、あなた」
ロヴェルとヒューリアはそう言って立ち上がった。それに倣い、俺も席を立つ。
エミュは聞き分けが良い子のようで、そのまま動かなかった。
にしても、ヒューリアがロヴェルの事を「あなた」と呼んでいるのを見ると、なんかこう、グッとくるな。
エフィリアが二人のキューピッドとなり、俺が婚約の立ち合いをした、あの時の事が目の前に蘇ってくる。
駄目だ駄目だ、こんな事ばかり考えているから、涙脆くなっちゃうんだぞ、俺。
俺を部屋に通し、ヒューリアを招き入れたロヴェルは、念のためと扉を閉める前に廊下を見渡し、そして静かに扉を閉めた。俺が「機密事項」と言ったのを受けての確認だろう。
ロヴェルに促され、ソファに座る。そして俺の前にロヴェルとヒューリアが腰かけた。
「本来……」
二人が座って一息ついたのを見計らって、俺は話し始めた。
「本来、聖女様の最終目的地は元カートライア辺境伯領です。つまり、そこと隣接しているリングブリム、パリアペートへの到着は、一番最後になるはずでした」
「う、うむ。実はそれは私も思っていた。歴史上の行軍に倣うのであれば、聖女様御一行のご到着は、少なくとも後四、五年は先になるだろう、と」
さすがに「隣に魔王が復活した領地」の当主としては、それくらいは調べているだろう。ロヴェルの言葉に俺は頷いて、話を続けた。
「はい、しかし、どうしてもここに来なければならない個人的理由があり、聖女アイシャの許しを得て、聖女様を置いて、リングブリム領を救うため、私一人でここに参りました。
レバーシー伯爵領は既に奪還済み。そしてリングブリムへの救援物資も手配済みです。もう間もなく到着するでしょう。」
「おおお! なんと! なんということだ!」
「あああ、ありがとうございます! ルレーフェ様!」
俺のこの言葉に二人は歓喜した。
しかし俺からすれば当たり前だ。俺にとっての今の最優先事項、それはお前らを助けることなのだから。
「ルレーフェ殿。つまりその……なぜ、聖女様を置いてまで、我が領を救いに来てくださったのか。それが、先に仰った『機密事項』なのですよね」
「……ええ」
俺はロヴェルの言葉に頷くと、ゆっくりと立ち上がった。
二人はそんな俺の背中を、ただ黙って目で追った。
俺は窓際に移動すると、一度大きく深呼吸をした。
……そして意を決して口を開いた。
「この俺が、お前ら二人を助けに来ないなんてことはあり得ないからだ」
きっと反応に困っていることだろう。
二人の反応を見ずに、構わず言葉を続けた。
「これは、この世界の全ての人間の中でも、二人にしか話せない、話してはならない機密事項なんだ。ロヴェル、ヒューリア」
そして急に雰囲気が変わった俺に名前を呼び捨てにされ、二人が息をのむのが分かった。
「辺境伯領で、魔王フェリエラになすすべなく殺された俺は、女神の慈悲を受け、もう一度この世界に産まれ落ちたんだ。ハーズワート公爵家の三男として。……ヴァルクリス・カートライアの記憶を全て引き継いだまま、な」
(第28話 『魂の再会 その3』へつづく)
「ヴァルス!!!!」
「ヒューリア! 後を頼む!」
振り向きざまにそう言い残して、俺は南コーラルから、北コーラルの街へ駆けていった。
ヒューリアは顔面蒼白で、いかにも泣き出しそうな、必死の形相をしていた。
本来ならばあれがお互いに今生の別れであった。
その後俺は、ミューとエフィリアの死に直面し、魔王に体を真っ二つにされたのだから。
しかし、今こうして、再びこの世界に生を受けた俺の目の前に、確かにロヴェルとヒューリアはいた。
ロヴェルは今、33歳くらいのはずだ。苦労してきたのだろう。かなり老けて見えた。
ヒューリアは三十路を過ぎてますますカッコ良くなったな。
面影がある、なんてものじゃない。目の前の二人は、俺からすれば、どう見たってロヴェルとヒューリアそのものだった。
それは約15年ぶりの魂の再会であった。
「あ、父上、母上……私、ルレーフェ様に、そ、粗相はしていないよ、多分」
「多分じゃありませんエミュ! 全く」
「まあまあ、ヒュー、公爵家のご子息様の前だから」
……何だろう。
ここは天国なのだろうか。
もちろん「死後の世界」という意味ではない。前世の俺が未来に思い描いていた幸せの世界、その一ページが正に今、俺の目の前にあった。
こんな温かな光景を、こんな幸せな世界を、どれだけ夢見てきたことだろう。
ずっと一緒に育ってきた大親友が、結婚して子供を産んで、家庭を作っている。
ロヴェルは少し頼りない、でも優しいパパって感じだ。うん、ロヴェルらしいな。
ヒューリアは甘やかすロヴェルに変わって、エミュを厳しく躾けていそうだな。でも俺には分かる。どうせエミュを一番溺愛しているのは実はヒューリアなんだぜ。
楽な道のりでは無かったのは間違いない。
でも。
良かった。
生きていてくれて良かった。
元気でいてくれて良かった。
そして、幸せでいてくれて良かった。
何よりも、親友たちの幸せを守れて良かった!
「……ハーズワート様?」
「あ、あの如何いたしましたか? やはり娘が何か粗相を?」
俺をみたロヴェルとヒューリアが怪訝そうにそう言った。
そりゃあそうだろうさ。
俺は、既に涙で顔がぐちゃぐちゃになっていたのだから。
なんだか、旅に出てから、泣いでばかりいる気がするな、俺。
「……う、ぁ、いぇ。だいじょ……ぅです。ごめ、なさぃ。すこし……ひと、ぃに、させて、もらぇ……」
しっかり喋ろうと、取り繕うと頑張っても無駄だった。
俺の心の波は、今にもその堤防を決壊させ、怒号を溢れさせる寸前であった。
「……ルレーフェ様」
エミュは俺に心配そうに声を掛けたが、ロヴェルが彼女の肩を抱くと、「今は……」と首を振った。そしてヒューリアと使用人の二人を伴い、部屋を後にしてくれた。
よかった。これ以上二人の顔を見ていたら、なんか色々心が抑えられなくなってしまいそうだった。
そして俺は。
「うおおあああああああ!!!!」
ベッドに顔を押し付けて、全力で叫び、泣いた。
この感情を何と説明すればいいのかは分からない。
ただ、決壊し溢れるままの感情。
想像を絶する安堵。
そうとでも表現するしかなかった。
――一時間後。
俺は、改めてロヴェルに取次ぎを願い、昼の食事の席に同席させてもらった。
メンバーは、ロヴェル、ヒューリア、俺、そしてエミュ。
「先ほどは取り乱してしまい申し訳ありません。その、いろいろとありまして」
「いえ。詳しくは存じ上げませんが、こんな世の中です。お気持ちはお察しいたしますよ」
ありがたかった。
普通に考えれば、あの時の俺は、急に泣き出した怪しい青年でしかない。
一体なんで泣かれたのですか? なんて詰められても本当の事なんて言えるはずもないので、「人それぞれ、色々ありますよね」という落としどころは正直助かった。
それにしてもいつの間にかそんな気遣いが出来るようになったとは、ロヴェルめ、大人になりやがって。
俺はついついいつもの調子で心の中で突っ込んだが、きっと、俺やミュー、エフィリアの死が、彼をそうさせたのだと、強制的に大人にさせたのだと。それに気づいて、俺は自分の心の中の軽口を恥じた。
「エミュ」
「は、はい!」
俺に名前を呼ばれて、椅子に座ったまま気を付けをするエミュ。やはり公爵家の肩書は伊達じゃないようだ。
「俺たちは、魔王を倒すまで共に戦う仲間だ。爵位なんかいちいち気にしていたら命がいくつあっても足りない。俺が公爵家の人間だという事は忘れてくれ。さっき部屋に来た時と同じ感じで構わない」
「え、ですが……」
「今、アイシャが向かっているが、後二人の魔法使いは平民だそうだ。エミュが俺に敬語を使うという事は、いずれはエミュが平民の魔法使いに敬語を使わせる、という事になるのだが?」
少ししか話をしていないが、エミュの性格は分かり易い。活発で、さばさばしていて、細かいことは気にしないタイプとみた。ゲームなんかでは「ファイター」や「モンク」タイプだろう。この性格で防御特化の魔法使いとは、選り好みできない能力と言うのも考えものである。
ああ、そういえば。
何か知らんが、エミュはドレスに着替えさせられていた。
まぁ一応、公爵家の子息との会食に同席するのだ。恐らくはヒューリアの命令で、子爵家のお嬢様としての身なりを整えさせられたのだろう。
エミュが落ち着か無さそうに脚をソワソワと動かしているのは、きっと着慣れていないからに違いない。そこもヒューリア譲りで、思わず笑ってしまった。
いや、とても良く似合っていたけどね。
「……う、うん。分かった、ルル」
俺の言葉遣いへの指摘に、聞き分け良くエミュはそう答えた。
ちなみに、俺をいきなり愛称で呼んだことでロヴェルとヒューリアが目を丸くしたので、「最初に会った時にそう呼べと私が申し上げたのですよ」と注釈を加えておいた。
「それで、その、アイシャって?」
エミュに突っ込まれた。
おっとしまったついつい名前で呼んでしまった。
まあ、ここには関係者しかいないから問題ないだろう。
「ああ、聖女だ」
「「「聖女様!?」」」
俺の出したその単語に、やはりと言うべきか、リングブリム親子が色めきだった。まあ、そりゃあそうだろう。きっと、魔物の侵攻が始まって以降、その出現を最も待ち望んでいた人達といっても過言ではないのだから。
「と、いう事は、その、やはりルレーフェ様は、先ほどのお言葉の通り、エミュと同じく、魔法使い様で間違いないのですよね?」
「はい。私は魔法使いです。能力は『認識阻害』。魔物に存在を認識されなくなる力です」
ロヴェルの質問に俺は正直に答えた。
いや、魔法使いというのは嘘なので、正直とは言えないか。
ロヴェルとヒューリアに嘘をつくのは若干気が引けたが、こればかりはしょうがない。前世で地球から転生して来たことを隠していたのと同レベルの秘密と言っても過言では無いのだから。
「エミュの『防御』の魔法無しでは、魔獣ゲージャを倒すことは出来なかった。本当にありがとう」
「ううん、そんなことない。私は先頭に立って魔物を倒すことは出来ない。出来るのは魔物と戦ってくれるみんなの命を守る事くらい。それに私の魔法では、あいつの三回目のアレは防げなかった。こちらこそ父上と母上を守ってくれてありがとう、ルル」
確かに、俺があと一日、前の村でのんびりしていたら、ロヴェル達一家の命は無かった。
本当に間に合ってよかった。
アイシャの言う通り、二手に分かれて大正解だったぜ。
「して、ルレーフェ様、その、先ほど聖女様は、別の魔法使いを迎えに行ったとの事でしたが、つまり聖女様はご一緒では無いのですね?」
ヒューリアが若干不服そうにそう言った。
こういうところは変わってない。
別に俺の戦力に不満を持ったという訳ではないだろう。しかし、昔のヒューリアだったら「ここが一番しんどいんだから、いの一番にここに来いやぁ!」とブチ切れたことだろう。
さて、どうするか。
このリングブリムに向かう際中、何度となくこの自問自答を繰り返してきた。
何をどうするかって。
それは、俺がもしも無事にロヴェル達に出会えたら、どうするか。
という事だ。
しかし、一人してもらったこの小一時間。俺は既に、この先の流れをもう心に決めていた。
「ええ、聖女アイシャは、現在大陸の西で戦っておられます。……しかし、それに関しては、非常に重大な機密事項がございまして」
「重大な機密事項?」
声を落とした俺のトーンに、ロヴェルが深刻そうにおうむ返しをする。
「はい。この後、私と、子爵閣下、子爵夫人の三人だけでお話したいのです」
「魔法使いであるエミュには聞かせられないお話ですか?」
「……お二人が、内容を聞いたのちに、それをご判断して頂ければ」
ヒューリアの問いに少し悩んだが、俺はそう返した。
きっと貴族の当主同士の内密な話、という辺りで納得してくれるだろう。
「……分かりました。ではこのまま私の部屋に参りましょう。ヒュー」
「ええ、問題ありませんわ、あなた」
ロヴェルとヒューリアはそう言って立ち上がった。それに倣い、俺も席を立つ。
エミュは聞き分けが良い子のようで、そのまま動かなかった。
にしても、ヒューリアがロヴェルの事を「あなた」と呼んでいるのを見ると、なんかこう、グッとくるな。
エフィリアが二人のキューピッドとなり、俺が婚約の立ち合いをした、あの時の事が目の前に蘇ってくる。
駄目だ駄目だ、こんな事ばかり考えているから、涙脆くなっちゃうんだぞ、俺。
俺を部屋に通し、ヒューリアを招き入れたロヴェルは、念のためと扉を閉める前に廊下を見渡し、そして静かに扉を閉めた。俺が「機密事項」と言ったのを受けての確認だろう。
ロヴェルに促され、ソファに座る。そして俺の前にロヴェルとヒューリアが腰かけた。
「本来……」
二人が座って一息ついたのを見計らって、俺は話し始めた。
「本来、聖女様の最終目的地は元カートライア辺境伯領です。つまり、そこと隣接しているリングブリム、パリアペートへの到着は、一番最後になるはずでした」
「う、うむ。実はそれは私も思っていた。歴史上の行軍に倣うのであれば、聖女様御一行のご到着は、少なくとも後四、五年は先になるだろう、と」
さすがに「隣に魔王が復活した領地」の当主としては、それくらいは調べているだろう。ロヴェルの言葉に俺は頷いて、話を続けた。
「はい、しかし、どうしてもここに来なければならない個人的理由があり、聖女アイシャの許しを得て、聖女様を置いて、リングブリム領を救うため、私一人でここに参りました。
レバーシー伯爵領は既に奪還済み。そしてリングブリムへの救援物資も手配済みです。もう間もなく到着するでしょう。」
「おおお! なんと! なんということだ!」
「あああ、ありがとうございます! ルレーフェ様!」
俺のこの言葉に二人は歓喜した。
しかし俺からすれば当たり前だ。俺にとっての今の最優先事項、それはお前らを助けることなのだから。
「ルレーフェ殿。つまりその……なぜ、聖女様を置いてまで、我が領を救いに来てくださったのか。それが、先に仰った『機密事項』なのですよね」
「……ええ」
俺はロヴェルの言葉に頷くと、ゆっくりと立ち上がった。
二人はそんな俺の背中を、ただ黙って目で追った。
俺は窓際に移動すると、一度大きく深呼吸をした。
……そして意を決して口を開いた。
「この俺が、お前ら二人を助けに来ないなんてことはあり得ないからだ」
きっと反応に困っていることだろう。
二人の反応を見ずに、構わず言葉を続けた。
「これは、この世界の全ての人間の中でも、二人にしか話せない、話してはならない機密事項なんだ。ロヴェル、ヒューリア」
そして急に雰囲気が変わった俺に名前を呼び捨てにされ、二人が息をのむのが分かった。
「辺境伯領で、魔王フェリエラになすすべなく殺された俺は、女神の慈悲を受け、もう一度この世界に産まれ落ちたんだ。ハーズワート公爵家の三男として。……ヴァルクリス・カートライアの記憶を全て引き継いだまま、な」
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