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第二章
第17話 光
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「ここが、その研究室だ」
「これは……凄い」
あまりの事に俺は感嘆のため息を漏らした。
国王に案内された俺は、アイシャと共に一つの部屋に通された。
そこには、魔王の過去の出現位置などが書かれた、大陸中の地図が広がっていた。
「今ここで、先刻、正にルレーフェが申したような『魔王の復活地予測』の研究をしておる」
国王陛下はそう言うと、少し遠い目をした。
――謁見の後。
陛下の執務室に通された俺とアイシャは、改めて簡単な自己紹介をした。
「叔父上、実は聞きたいことがございます」
「うん、何だ? なんでも申してみよ」
「叔父上は、魔王復活の場所、その一つの噂をご存じでしょうか?」
本来ならば、すぐにでも他領地の状況、魔法使いの居場所などを共有しなくてはならなかったが、俺にとってはそれよりも重要な使命がある。先に聞き出せることは聞き出しておきたかった。
ちなみに、国王陛下からは、従叔父上という呼び名は長くて面倒だから、叔父上で良い、という許可をもらっていた。
「魔王復活の場所、その噂?」
「はい。……魔王は王都には復活しないのではないか、という噂です」
話した感じ、国王陛下が悪意ある人間には見えなかった。少なくとも俺にはそう見えた。しかし、一応「噂」という形にして、「あくまでもこれは聞いた話なんですよ」というアピールをすることで保身を図っておいた。
でもまあ仮に、これで国王が俺に対して、「辿り着かれたくない真相に辿り着きそうな厄介者」という印象を持ってくれるなら、それに越したことは無い。もしもこの王宮で俺が密かに害されるようなことがあれば、「ブレイクする相手は魔王ではなく国王だった」という事実が確定する。
次の生まれ変わりで王族に産まれ、国王陛下をブレイクすれば終わりだ。むしろ持ってこいの展開である。
「……ついてくるがよい」
俺の言葉を聞いた国王は、そう言うと席を立ち、俺達を背に歩き出した。俺とアイシャは顔を見合わせながらもそれに続く。
歩きながら陛下は、「実は、魔王が出現して以来、魔王の出現位置の研究している」と、そして「これからその研究室を案内する」と教えてくれた。
一応、父上から、王宮の資料の閲覧の許可を求める書状を貰っていたが、それを見せる必要は無さそうだった。
そうして連れてこられたのがこの部屋、という訳だ。
「実はな、魔王が出現する直前に、カートライア辺境伯から、魔王の出現地域を予測するために過去の情報を集めているから、王宮の情報が欲しい、という請願が届いたのだ。
その後、運悪くもその辺境伯領に魔王が現れ、滅びてしまったが、彼らの奮戦で魔王の復活を一年も遅らせてくれた。その恩に報いるためにはどうするべきかと考えたのだ」
他でもない。それを願い出たのは前世の俺である。
しかし、まさかあれがきっかけで、その後王宮で、このような研究がなされているとは露とも知らなかった。
「あの優秀な辺境伯とは、王宮としても懇意にしていてな。しかし勲章など与えても何の慰めにもならぬ。どうにかして彼を、辺境伯領を救うことは出来なかったのだろうか。ずっとそれを悔やんでおった」
国王陛下が、ラルゴス・カートライアという俺の父上を、そんな風に思って下さっていたとは知らなかった。俺は思わず目頭が熱くなりかけた。
いかんいかん、俺は今はルレーフェ・ハーズワートなのだ。転生していることは極秘。例えこの陛下に対しても油断して漏れたり、勘づかれたりするようなことがあってはならない。
「陛下のそのお心、きっと亡き辺境伯にも届いていることでしょう」
努めて冷静に俺はそう口にした。
ふと横を見ると、アイシャが、大きな机の上に広げられた地図に見入っていた。
「どうかしたか? アイシャ」
「うん、ほんとだ。確かに王宮には現れていないんですね。王宮だけじゃない、その近辺の貴族領にも」
まあ、アイシャは聖女だ。さすがに魔王の出現パターンの研究と言われれば興味は湧くだろう。
『その都度、その時の聖女様は、初めて魔王と戦う訳ですよね。ですので、毎回、私が魔王を永遠に滅ぼす、と信じて戦うと思います』
俺は以前、ミューが俺に言った言葉を思い出した。
きっとアイシャも、そう信じて戦うつもりのはずだ。
今度こそ、私が魔王を永遠に滅ぼす、と。
この研究が何らかの手掛かりになるかもしれないのだ。
そして……。
人口、領地の広さ、王族の血、その土地にのみ共通する条件、大昔から伝わるマジックアイテム的なものの有無。
大勢の文官たちをかき集め、あらゆる可能性を考え机上に上げた結果、『魔王が王都に出現しない理由は不明である』という事が分かった。
勿論、国王陛下の事を信じるのならば、ではあるが。
そして付け加えるならば、正しくは「魔王が王都に出現しない理由」ではなく、「魔王は王都には出現出来ない理由」なのだが。これはフェリエラと直に話した俺だけが知っている情報なので、隠しておいたが。
正直、王宮を探るミッションについては徒労に終わった。
しかし、俺のような人間を騙すために、こんな大がかりの部屋をわざわざ一般人が入れない場所に用意するわけがない。
少なくとも、『王宮だけの安全策』の為にその情報を秘匿するなら、文官たちに情報を共有し、研究させるのはリスクしかない。
ひとまずこの件については、「王宮はシロ」と考えてよさそうだった。
(まあ、一つ容疑者が消せたと思えばいいか)
――その夜
王宮ではささやかなパーティーが催された。
このご時世にパーティー? と、思うだろうが、正直、その場に居るからわかる。
王宮側の、質素倹約に励みながらも、聖女と魔法使いを歓迎し、感謝し、盛大に送り出すための精いっぱいのもてなし、という雰囲気がひしひしと伝わる献立だった。
正直フェリエラ期に入ってしまえば、貴族領も王宮も関係ない。どこも自治、自衛、自給自足のような状態に陥るのだ。王宮とその近隣領地も、特別豊かと言う訳にはいかないだろう。
やはり、俺の王都についた時の感覚は正しかったようだ。
いや、そんな事よりも、だ。
大変重大な問題が発生している。今、現在、なう。
上座に座る国王陛下。それは良い。
問題はその横に座る、聖女様と魔法使い様だ。
戦時中とはいえ、公式の場である。しかも、聖女を迎えたという、七十五年に一度の大式典だ。
当の聖女であるアイシャには、王宮から最高級のドレスがあてがわれていた。
謁見の間では、剣を持ち、鎧を着た凛々しい金髪美少女姫騎士様。
夜会では、まるで妖精か女神を思わせるような純白に金色の刺しゅうがあしらわれたドレス姿の金髪美少女。
その場にいた男性どころか、女性すらも全員が目も心も奪われていた。
もう目線が痛い。
マジで救いだったのは、俺がそこそこ美男子に産まれてくれていた、という事と、公爵家の息子だったという事だ。
今のアイシャに並んでも見劣りしない……、いや、そんな嘘は言わないでおこう。
今のアイシャと並んだら、この世界の生命のほとんどが「聖女の横に映るノイズ」程の様相になるであろう拷問の中、何とか息をしていられる状態に保てていたのはそれらのおかげであった。
ちらりと横を見る。
結った髪が覗かせたそのうなじは、あどけなさと妖艶さを共存させていた。
それは、大人の女性の一歩手前の女の子だけに唯一許される、背伸びをして手に入れた清純で爽やかな色気だった。
……いや、なんだよ、そのスペック。
美少女、美人、可愛い、妖精、レベチ、女神、尊い、あらゆる形容が思い浮かぶが、どれもピンとこないほど、アイシャのその姿は筆舌にし難かった。
ここで天使、という形容を使わなかったのはあくまでも俺のささやかな抵抗だ。俺の天使はエフィリアただ一人なのだから。
ふとアイシャと目が合った。
アイシャは俺に微笑みかけた。
彼女から後光が射しているように感じた。
いや、そうじゃない。
俺は今のアイシャを形容するぴったり言葉が思い浮かんだ。
その美しさ。その凛々しさ。その優しさ。
命を懸ける宿命。聖女としての役目。その儚さ。人々の希望。
そこにいたアイシャ・フィアローディは、正にこの世界の『光』だった。
――翌日。
俺とアイシャは改めて、陛下の執務室に居た。昨日はなんだかんだあって、本題に入れなかったからだ。
いや、確実に俺のせいなんだけどさ。
「さて、まずは各地から入ってきている四体の幹部魔物についてだ。こやつらを討伐できれば、恐らく魔王フェリエラへの道はかなり開かれると言っても過言ではあるまい。よって見紛うことの無きよう、伝わっているこやつらの特徴を教えておこうと思う」
国王陛下はそう言うと、それらの特徴を語り出した。
正直これは助かる。幹部魔物が天敵の俺は、間違っても不用意な遭遇をしてはならない。
魔女シャルヘィス。黒いドレス姿の幼女の風体をしているとのことだった。いくら異世界でも、ゴスロリ幼女に出会うことはなかなか無い。これは見分けがつきやすくて助かる。
魔獣ゲージャ。大きな翼と長い尻尾を持つ、10メートル近くの、言葉を話す巨大な獣らしい。どうやらこの世界には概念が存在しないらしく、その言葉は出てこなかったが、俺からすれば特徴を聞く限りは『ドラゴン』的な奴なのだろう。
そして最も厄介なのは魔人ドーディアだ。こいつは若い男の風体で、若干褐色の肌をしているが、一見すると人間と見分けがつかないらしい。
こいつに滅ぼされたジャドニフ子爵領では、ほとんどの防衛拠点は、人間に紛れ込んだコイツを街に入れてしまい、内側から蹂躙されたとのこと。正直クソめんどくさい敵である。
「そして魔鬼バルガレウスだが、これは既に聖女アイシャによって討ち倒されているので必要ないな」
陛下の言葉に、黙ってアイシャは首を縦に振った。
まあ、さすがにこの情報は国王陛下には伝達済みだったか。
「そやつらを速やかに討つためにも、二人には、魔法使いと合流しその付近の平定に当たって貰いたい。
現状、他に三名の魔法使いの情報が入ってきておる。平民が二人、貴族が一人だ。名前やその他の情報は明かせぬが、その領主に会えばそなたらに引き合わせる手筈になっておる」
陛下はそう言うと、厳重に封をされた一枚の手紙を開いた。アイシャはそれを受け取り、一通り目を通すと俺にも、と、手渡してくれた。
まあ、紛失することは無いとは思うが、魔法使いの居る領地名くらいは覚えておくか。
そう思い、俺はざっと、目を通そうとした。
(……え?!)
地図と共に、そこに書かれていた三つの領地名。
『ガルダ準男爵領』
『ランドラルド伯爵領』
そしてもう一つには、確かにこう書かれていた。
『リングブリム子爵領』
と。
良かった。ハーズワート公爵領からは、北東三辺境領は遠すぎて、情勢を掴むことが出来なかった。
しかしリングブリムは健在だ。しかも、魔法使いがいるのならば、魔物に滅ぼされる可能性は少ないだろう。
俺は安堵したが、あくまでも今の俺はヴァルクリスではない。その安堵を表情には出さずに、地図とメモをしまい込んだ。
「そして、これがここまでに滅んだと思われる領地の一覧だ」
陛下は続いてそう言うと、今度は別の資料を手渡してきた。
『リハリス子爵領 …… 聖女により奪還。復興中』
『サンマリア男爵領 …… 聖女により奪還。復興中』
最初に目に飛び込んできたその二行を見て、俺は思わずアイシャを見た。アイシャは少し得意げに「ふふんっ」とでも言いたげな表情を浮かべた。
なんだ、そんな表情も出来んじゃん。
『ゼガータ侯爵領 …… ハーズワート領の魔法使いにより奪還。復興中』
うん、これは俺の仕事だ。
ちなみに生死不明だった侯爵一家は、隣の領地に亡命していたらしく、無事再興の目処が立っていた。
しかし、奪還の報告は以上、各地の他の魔法使いは、領地の奪還までには至っていない様だった。
そして、その後には、
『カートライア辺境伯領 …… 魔王の出現により滅亡』
という文言を筆頭に、ひたすら滅亡した領地の名前が羅列されていた。
やはり、思った以上に滅んでいる領地が多い。
これらの奪還はなかなか骨が折れそうである。
「……えっ。そ、そんなっ……!」
やってしまった。
内心を外に出さないように。表面上は冷静にと努めていたのに、思わず声を上げてしまった。
いや、寧ろそんな事は、今はどうでもよかった。俺は、感情を抑えようと思っていたことなど、とうに記憶の彼方へ置き去ってしまったかのように、顔面蒼白になり、手と背中には大量の冷や汗をかいていた。
ここがアイシャと国王だけしかいなくて良かった。
だってそこにはこう書かれていたのだから。
『パリアペート男爵領 …… 魔物の侵攻により滅亡』
と。
(第18話『お別れしましょう』へつづく)
「これは……凄い」
あまりの事に俺は感嘆のため息を漏らした。
国王に案内された俺は、アイシャと共に一つの部屋に通された。
そこには、魔王の過去の出現位置などが書かれた、大陸中の地図が広がっていた。
「今ここで、先刻、正にルレーフェが申したような『魔王の復活地予測』の研究をしておる」
国王陛下はそう言うと、少し遠い目をした。
――謁見の後。
陛下の執務室に通された俺とアイシャは、改めて簡単な自己紹介をした。
「叔父上、実は聞きたいことがございます」
「うん、何だ? なんでも申してみよ」
「叔父上は、魔王復活の場所、その一つの噂をご存じでしょうか?」
本来ならば、すぐにでも他領地の状況、魔法使いの居場所などを共有しなくてはならなかったが、俺にとってはそれよりも重要な使命がある。先に聞き出せることは聞き出しておきたかった。
ちなみに、国王陛下からは、従叔父上という呼び名は長くて面倒だから、叔父上で良い、という許可をもらっていた。
「魔王復活の場所、その噂?」
「はい。……魔王は王都には復活しないのではないか、という噂です」
話した感じ、国王陛下が悪意ある人間には見えなかった。少なくとも俺にはそう見えた。しかし、一応「噂」という形にして、「あくまでもこれは聞いた話なんですよ」というアピールをすることで保身を図っておいた。
でもまあ仮に、これで国王が俺に対して、「辿り着かれたくない真相に辿り着きそうな厄介者」という印象を持ってくれるなら、それに越したことは無い。もしもこの王宮で俺が密かに害されるようなことがあれば、「ブレイクする相手は魔王ではなく国王だった」という事実が確定する。
次の生まれ変わりで王族に産まれ、国王陛下をブレイクすれば終わりだ。むしろ持ってこいの展開である。
「……ついてくるがよい」
俺の言葉を聞いた国王は、そう言うと席を立ち、俺達を背に歩き出した。俺とアイシャは顔を見合わせながらもそれに続く。
歩きながら陛下は、「実は、魔王が出現して以来、魔王の出現位置の研究している」と、そして「これからその研究室を案内する」と教えてくれた。
一応、父上から、王宮の資料の閲覧の許可を求める書状を貰っていたが、それを見せる必要は無さそうだった。
そうして連れてこられたのがこの部屋、という訳だ。
「実はな、魔王が出現する直前に、カートライア辺境伯から、魔王の出現地域を予測するために過去の情報を集めているから、王宮の情報が欲しい、という請願が届いたのだ。
その後、運悪くもその辺境伯領に魔王が現れ、滅びてしまったが、彼らの奮戦で魔王の復活を一年も遅らせてくれた。その恩に報いるためにはどうするべきかと考えたのだ」
他でもない。それを願い出たのは前世の俺である。
しかし、まさかあれがきっかけで、その後王宮で、このような研究がなされているとは露とも知らなかった。
「あの優秀な辺境伯とは、王宮としても懇意にしていてな。しかし勲章など与えても何の慰めにもならぬ。どうにかして彼を、辺境伯領を救うことは出来なかったのだろうか。ずっとそれを悔やんでおった」
国王陛下が、ラルゴス・カートライアという俺の父上を、そんな風に思って下さっていたとは知らなかった。俺は思わず目頭が熱くなりかけた。
いかんいかん、俺は今はルレーフェ・ハーズワートなのだ。転生していることは極秘。例えこの陛下に対しても油断して漏れたり、勘づかれたりするようなことがあってはならない。
「陛下のそのお心、きっと亡き辺境伯にも届いていることでしょう」
努めて冷静に俺はそう口にした。
ふと横を見ると、アイシャが、大きな机の上に広げられた地図に見入っていた。
「どうかしたか? アイシャ」
「うん、ほんとだ。確かに王宮には現れていないんですね。王宮だけじゃない、その近辺の貴族領にも」
まあ、アイシャは聖女だ。さすがに魔王の出現パターンの研究と言われれば興味は湧くだろう。
『その都度、その時の聖女様は、初めて魔王と戦う訳ですよね。ですので、毎回、私が魔王を永遠に滅ぼす、と信じて戦うと思います』
俺は以前、ミューが俺に言った言葉を思い出した。
きっとアイシャも、そう信じて戦うつもりのはずだ。
今度こそ、私が魔王を永遠に滅ぼす、と。
この研究が何らかの手掛かりになるかもしれないのだ。
そして……。
人口、領地の広さ、王族の血、その土地にのみ共通する条件、大昔から伝わるマジックアイテム的なものの有無。
大勢の文官たちをかき集め、あらゆる可能性を考え机上に上げた結果、『魔王が王都に出現しない理由は不明である』という事が分かった。
勿論、国王陛下の事を信じるのならば、ではあるが。
そして付け加えるならば、正しくは「魔王が王都に出現しない理由」ではなく、「魔王は王都には出現出来ない理由」なのだが。これはフェリエラと直に話した俺だけが知っている情報なので、隠しておいたが。
正直、王宮を探るミッションについては徒労に終わった。
しかし、俺のような人間を騙すために、こんな大がかりの部屋をわざわざ一般人が入れない場所に用意するわけがない。
少なくとも、『王宮だけの安全策』の為にその情報を秘匿するなら、文官たちに情報を共有し、研究させるのはリスクしかない。
ひとまずこの件については、「王宮はシロ」と考えてよさそうだった。
(まあ、一つ容疑者が消せたと思えばいいか)
――その夜
王宮ではささやかなパーティーが催された。
このご時世にパーティー? と、思うだろうが、正直、その場に居るからわかる。
王宮側の、質素倹約に励みながらも、聖女と魔法使いを歓迎し、感謝し、盛大に送り出すための精いっぱいのもてなし、という雰囲気がひしひしと伝わる献立だった。
正直フェリエラ期に入ってしまえば、貴族領も王宮も関係ない。どこも自治、自衛、自給自足のような状態に陥るのだ。王宮とその近隣領地も、特別豊かと言う訳にはいかないだろう。
やはり、俺の王都についた時の感覚は正しかったようだ。
いや、そんな事よりも、だ。
大変重大な問題が発生している。今、現在、なう。
上座に座る国王陛下。それは良い。
問題はその横に座る、聖女様と魔法使い様だ。
戦時中とはいえ、公式の場である。しかも、聖女を迎えたという、七十五年に一度の大式典だ。
当の聖女であるアイシャには、王宮から最高級のドレスがあてがわれていた。
謁見の間では、剣を持ち、鎧を着た凛々しい金髪美少女姫騎士様。
夜会では、まるで妖精か女神を思わせるような純白に金色の刺しゅうがあしらわれたドレス姿の金髪美少女。
その場にいた男性どころか、女性すらも全員が目も心も奪われていた。
もう目線が痛い。
マジで救いだったのは、俺がそこそこ美男子に産まれてくれていた、という事と、公爵家の息子だったという事だ。
今のアイシャに並んでも見劣りしない……、いや、そんな嘘は言わないでおこう。
今のアイシャと並んだら、この世界の生命のほとんどが「聖女の横に映るノイズ」程の様相になるであろう拷問の中、何とか息をしていられる状態に保てていたのはそれらのおかげであった。
ちらりと横を見る。
結った髪が覗かせたそのうなじは、あどけなさと妖艶さを共存させていた。
それは、大人の女性の一歩手前の女の子だけに唯一許される、背伸びをして手に入れた清純で爽やかな色気だった。
……いや、なんだよ、そのスペック。
美少女、美人、可愛い、妖精、レベチ、女神、尊い、あらゆる形容が思い浮かぶが、どれもピンとこないほど、アイシャのその姿は筆舌にし難かった。
ここで天使、という形容を使わなかったのはあくまでも俺のささやかな抵抗だ。俺の天使はエフィリアただ一人なのだから。
ふとアイシャと目が合った。
アイシャは俺に微笑みかけた。
彼女から後光が射しているように感じた。
いや、そうじゃない。
俺は今のアイシャを形容するぴったり言葉が思い浮かんだ。
その美しさ。その凛々しさ。その優しさ。
命を懸ける宿命。聖女としての役目。その儚さ。人々の希望。
そこにいたアイシャ・フィアローディは、正にこの世界の『光』だった。
――翌日。
俺とアイシャは改めて、陛下の執務室に居た。昨日はなんだかんだあって、本題に入れなかったからだ。
いや、確実に俺のせいなんだけどさ。
「さて、まずは各地から入ってきている四体の幹部魔物についてだ。こやつらを討伐できれば、恐らく魔王フェリエラへの道はかなり開かれると言っても過言ではあるまい。よって見紛うことの無きよう、伝わっているこやつらの特徴を教えておこうと思う」
国王陛下はそう言うと、それらの特徴を語り出した。
正直これは助かる。幹部魔物が天敵の俺は、間違っても不用意な遭遇をしてはならない。
魔女シャルヘィス。黒いドレス姿の幼女の風体をしているとのことだった。いくら異世界でも、ゴスロリ幼女に出会うことはなかなか無い。これは見分けがつきやすくて助かる。
魔獣ゲージャ。大きな翼と長い尻尾を持つ、10メートル近くの、言葉を話す巨大な獣らしい。どうやらこの世界には概念が存在しないらしく、その言葉は出てこなかったが、俺からすれば特徴を聞く限りは『ドラゴン』的な奴なのだろう。
そして最も厄介なのは魔人ドーディアだ。こいつは若い男の風体で、若干褐色の肌をしているが、一見すると人間と見分けがつかないらしい。
こいつに滅ぼされたジャドニフ子爵領では、ほとんどの防衛拠点は、人間に紛れ込んだコイツを街に入れてしまい、内側から蹂躙されたとのこと。正直クソめんどくさい敵である。
「そして魔鬼バルガレウスだが、これは既に聖女アイシャによって討ち倒されているので必要ないな」
陛下の言葉に、黙ってアイシャは首を縦に振った。
まあ、さすがにこの情報は国王陛下には伝達済みだったか。
「そやつらを速やかに討つためにも、二人には、魔法使いと合流しその付近の平定に当たって貰いたい。
現状、他に三名の魔法使いの情報が入ってきておる。平民が二人、貴族が一人だ。名前やその他の情報は明かせぬが、その領主に会えばそなたらに引き合わせる手筈になっておる」
陛下はそう言うと、厳重に封をされた一枚の手紙を開いた。アイシャはそれを受け取り、一通り目を通すと俺にも、と、手渡してくれた。
まあ、紛失することは無いとは思うが、魔法使いの居る領地名くらいは覚えておくか。
そう思い、俺はざっと、目を通そうとした。
(……え?!)
地図と共に、そこに書かれていた三つの領地名。
『ガルダ準男爵領』
『ランドラルド伯爵領』
そしてもう一つには、確かにこう書かれていた。
『リングブリム子爵領』
と。
良かった。ハーズワート公爵領からは、北東三辺境領は遠すぎて、情勢を掴むことが出来なかった。
しかしリングブリムは健在だ。しかも、魔法使いがいるのならば、魔物に滅ぼされる可能性は少ないだろう。
俺は安堵したが、あくまでも今の俺はヴァルクリスではない。その安堵を表情には出さずに、地図とメモをしまい込んだ。
「そして、これがここまでに滅んだと思われる領地の一覧だ」
陛下は続いてそう言うと、今度は別の資料を手渡してきた。
『リハリス子爵領 …… 聖女により奪還。復興中』
『サンマリア男爵領 …… 聖女により奪還。復興中』
最初に目に飛び込んできたその二行を見て、俺は思わずアイシャを見た。アイシャは少し得意げに「ふふんっ」とでも言いたげな表情を浮かべた。
なんだ、そんな表情も出来んじゃん。
『ゼガータ侯爵領 …… ハーズワート領の魔法使いにより奪還。復興中』
うん、これは俺の仕事だ。
ちなみに生死不明だった侯爵一家は、隣の領地に亡命していたらしく、無事再興の目処が立っていた。
しかし、奪還の報告は以上、各地の他の魔法使いは、領地の奪還までには至っていない様だった。
そして、その後には、
『カートライア辺境伯領 …… 魔王の出現により滅亡』
という文言を筆頭に、ひたすら滅亡した領地の名前が羅列されていた。
やはり、思った以上に滅んでいる領地が多い。
これらの奪還はなかなか骨が折れそうである。
「……えっ。そ、そんなっ……!」
やってしまった。
内心を外に出さないように。表面上は冷静にと努めていたのに、思わず声を上げてしまった。
いや、寧ろそんな事は、今はどうでもよかった。俺は、感情を抑えようと思っていたことなど、とうに記憶の彼方へ置き去ってしまったかのように、顔面蒼白になり、手と背中には大量の冷や汗をかいていた。
ここがアイシャと国王だけしかいなくて良かった。
だってそこにはこう書かれていたのだから。
『パリアペート男爵領 …… 魔物の侵攻により滅亡』
と。
(第18話『お別れしましょう』へつづく)
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