上 下
33 / 131
第一章

第33話 目標に向かって

しおりを挟む
 女神は人を蘇らせられることは出来ない。
 世界に大きな力を及ぼすことは出来ない。

 しかし、ベル様は言った。
『俺の願いがそういう事であるならば何とかできるかもしれない』と。

 大丈夫だろうか? きちんと伝わっていただろうか?
 俺の願いは、『もう一回、ミューやエフィリアと共に世界を生きたい』と、そういう事なのだから。

『あなたの願いは、その大切な人たちとの人生をやり直す事。で良かったですか? であれば、何とかできるかもしれません』

 ベル様が念を押してくれた。
 そしてそれは正に俺の欲しかったパーフェクトなお言葉だった。

「なんとかできる、とは、それは、ど、どういう事でしょうか?」

 さすがにその言葉に食いついた俺はそう言うと、ベル様の言葉を待った。
 そしてベル様は、少し考えて、口を開いた。

『我々は観測者です。創造した世界に手を加える事は出来ません。いいえ、あなたに分かり易く言い換えるならば、〈手を加える事を是として作られていない〉と言ったほうが良いかもしれませんね』

 ううん、どういう事だろう? なんとなくは分かるが、正解の、正確なニュアンスが欲しい所である。
 ことベル様との会話に関しては、少しでも先走りや誤解があってはならない。

「ベル様、申し訳ありませんが、『手を加える事を是として作られていない』の意味がいまいちよく分かりませんので、もう少し分かり易く教えて頂けませんでしょうか?」

 俺の質問にベル様は、困ったように固まった。そして言葉を失ってしまった。
 いかんいかん、相手は創造主。人間とのやり取りでは無いのだ。ベル様に応えやすい形式で質問しなくてはいけない。いい加減学べ、俺!

「すみませんベル様、質問を変えます。『是として作られていない』という言葉を使って、別の例文を作って貰えますでしょうか?」

 これなら問題ないはず。ベル様にとって、この言葉のニュアンスはひとつしかない。であればその例文は限りなく本意に近いものが出てくるはずだ。

『そうですね……〈人間は自分の心臓を自分で止めること、それを是としては作られてはいない〉という感じでしょうか』

 ……なるほど、良く分かった。

 ちなみにこれは「『自殺すること』を是としては作られていない」という意味ではない。
 哀しいかな、人間は自殺することを是として作られているのだから。それは、年間の自殺者の多さを見ても明らかである。
 
 溺死であろうと、失血死であろうと、その場合、心臓が止まる、という現象は、あくまでも『最終的な結果』である。
 自殺を図らずに、つまり、呼吸も止めずに、一滴も血を流さずに、薬も飲まずに、何のウィルスにも感染せずに、意志だけで「はいっ! 止める!!」と、物理的に心臓の鼓動を直接止める、と言うのは不可能だ。
 つまりは、そういう事なのだろう。

「ありがとうございます。良く分かりました。続きをお願い致します」

 俺の促しに、ベル様は頷き、続きを話し始めた。

『はい、しかし、時間軸の観測点を変えることは出来ます。これが、先ほどのあなたの質問、ここで過ごした数年を、たったの一秒にすることが出来る、という答えになります』
「つまり、過ぎ去った一年分を戻して、あちらの世界の一秒後にする、と、そういう事でしょうか?」
『少し違いますが、そういう風に解釈してもらえれば問題ありません』

 なるほど、女神様たちは、大きな力を及ぼせない分、時間軸、という部分に関してのみ、無敵に近い力を持っている様であった。

『本来は無意味ですので、やることもありません。
 例えば、地球で核戦争が起こり、人類が滅亡するとします。そこでその一年前に観測点を戻したとしても……つまり、一年前に時間を戻したとしても、結局一年後に核戦争で人類が滅亡する結果は変わりません。その一年の間の、地球の全人類の、その行動、発する言葉においてさえ、結果が変わらないのですから』

 DVDを戻したところで、結果は変わらない。
 だから、結果が変わることを願ってDVDを戻して再生したところで意味はない。
そういう事だろう。

 あ、なるほど。
 俺はピンときた。

「つまり、女神さまが観測点を戻して、そこに俺を送り込めば、違う行動を意識的に取ることの出来る俺にとっては、過去からやり直せる事と同義、と、つまりはそういう事でしょうか?」
『はい』
「しかし、今この場にウル様が存在できない以上、観測点をずらす、つまり過去に戻すことが出来ない、と」
『はい、ですから、あなたには続きをお願いすることになります』

 読めて来た。そして、明確に、俺の仲に一縷の光明が見えた。
 まとめよう。もの凄いざっくり言うけど。

 現状ラルアー世界をタイムリープ出来る女神様が囚われの身。
 だから、その拘束の元凶をぶっ壊す。
 すると、女神さまが自由になる。
 その状態で、女神さまに観測点をずらしてもらって、つまり過去に戻ってもらって、俺が良い感じの所に入り込む、と。
 なんだ、完璧じゃないか!
 いや、しかし、だ。

「しかし、その場合、俺が倒した元凶も復活してしまうのではないでしょうか?」

 時間を戻す、ということはそういう事になる。
 ん? でも、ウル様は自由の身なわけで、でも元凶が元通りになると、ウル様はまた不自由になるから、あれ?

『それは問題ないでしょう』

 若干混乱気味の俺に、ベル様が、助け船をくれる。

『観測者が戻れば、世界はいつ、どこからでも回せます。そして、観測者不在で回っていた世界が、観測者が居る状態で回るだけのこと』
「うーん、分かりました」

 いや、わかんない!
 少なくとも、一地球人の常識と思考の範疇を超えている。
 でもまぁ、ともかく俺が魔王を倒して全てが取り戻せるなら、もうそれでいい。

 正直、ルールがブレイクされた前の世界と、後の世界との整合性が取れなさそうな感じもする。
 途中でルールが変わる、ということはそういう事だ。
 しかしともかく、この問題は、無事にルールをブレイクしてからだ。難しい事はその後だ。

 そう腹をくくると、俄然やる気が湧いて来た。
 俺が元凶を絶ち、世界を救う。
 そして、ミューやエフィリア達との人生をやり直すんだ。
 魔王がいない世界、きっとより幸せな世界を生きて行けるだろう。

 待っててくれ、ミュー、エフィリア。必ず、俺が、運命を変えてやる。

「ベル様、それでは次の人生に進みたいと思います。その前に一つ、最後の質問を宜しいでしょうか?」
『ええ、どうぞ』

 今の俺は、正直無敵である。
 何度もやり直しができ、何度もラスボスに挑むことが出来るのだ。
 そして一度勝てれば、それで俺の勝利。もはや時空と世界を超えたチートと言っても過言ではない。

 だからこそ、気になった。

 人間、浮かれているときにこそ足をすくわれるものなのだ。

「ベル様。この俺の挑戦において、失敗条件はありますでしょうか? つまり、もう俺がここに戻って来られない。戻って来られても再開できない。そんな可能性はありますでしょうか?」

 ここさえ問題なければ、チート確定である。
 頼む! 失敗条件は無い、と。無限に戦える、と、そう言ってくれ!

 しかし、ベル様は、ハッとしたように息をのむと、何かを口にしようとした。しかし、その言葉を発せられなかった。何度も、何度も、ベル様は他の言葉で言い換えようとするが、どれも言葉にならない。恐らくは、俺の知らない、ラルアーの情報に直結する内容なのだろう。

 なんだ?
 もう既に、あの世界で17年も生きて来た俺がまだ知らない情報があるのだろうか。
 やはり、フェリエラ期に生を受け、そこで生きてみなくてはなるまい。聖女にも魔法使いにも会う必要がありそうだ。

 何度もチャレンジするベル様に申し訳ない気持ちになった。
 少なくとも、何らかの失敗条件はある。それが分かっただけでも良しとしよう。その条件は、俺が解明してやればよいのだ。
 俺がベル様に、もう大丈夫です、と言おうとした、その時である。ベル様の口から、言葉が漏れ出した。

『……慎重に。貴方の正体と目的を……』

 と、ベル様はそれだけを言った。

 十分だった。

 今のでわかった事がある。
 俺が異世界から来て、ルールをブレイクしようとしている。
 もしもそれが魔王にバレれば、ルールを変更される恐れがある。ということだろう。

 例えば、
『別の世界の者に殺されても、復活する』と。
 そして、付け加えるならば、魔王は、ルールを書き換える事が出来る。という事もわかった。

 危ない危ない。
 あの時、「魔物の生まれ変わり」なんてでまかせを言っておいて良かったぜ。
 
「ありがとうございます。それだけで十分です」
『……そうですか、良かった』
「ええ、あなたが選んだ、あなたの世界の代表を信じて下さい」

 その言葉に、ベル様が微笑んだような気がした。

 こうして、俺は再び、ラルアー世界に舞い戻ることとなった。

「あ、そうだ、ベル様。その、あちらの世界で『魔法使い』に生まれる事は出来ますでしょうか?」
『残念ながら、難しいですね。あの世界の設定では、貴方として産まれた赤ん坊が、その力を持った人間だと認識するのは、数年後の未来になります。私にはそれを予知出来ません。ウルがこの場に居れば、観測点をずらせるので、容易い事なのですが』

 まぁ、そんな気はした。なに、出来ない事を嘆いても仕方無い。それに、全くもって可能性が無いわけじゃない。
 フェリエラ期に産まれる事だけは確定しているのだ。運良く魔法使いの力を持って産まれる事を願うばかりである。
 ってか、俺が本当に異世界転生主人公なら、ご都合主義振りかざして、かなりの確率で魔法使いになれるんじゃねえか?
 前回はヴィ・フェリエラ期に産まれたから、抽選すら受けられなかった。しかし、次回はその抽選を受けられる。そんな展開、もしラノベだったら確実に魔法使いに産まれるだろ?!

 あ、危ない危ない、忘れるところだった。もう一つお願いしなくてはならないことがあった。

「ベル様、では次回は、王族に産まれる事って出来ますか? 調べてみたいことがありますので」
『少し、お待ちくださいね』

 ゲートをくぐろうとする前の、俺の追加の最後のお願いに、ベル様はそう言うと、一瞬光に包まれ、姿を消した。
 そして再び現れると、俺にこう言った。

『どうも、王族に近々子供が生まれる様子は無さそうですね。次の世代まで待つのならばそれでも構いませんが』
「いえ、それなら結構です」

 うーん、それは残念。
 何故魔王が王都に現れないか。それを探るのに都合がよいと思ったのだけど。
 にしても、今一瞬消えたのは、力を使って、ラルアー世界を調べた、という事だろう。それだけでもここから消えるくらいは力を使うという事か。そりゃあ、いちいち俺のあちらでの人生を観測することなんて、確かに無理そうである。
 ラルアー世界の女神ウル様が、どれだけ大変な事をしているのかが推し量れた。

「では、今までと同じ条件で構いません。公爵家か侯爵家を優先にして頂ければ」
『分かりました。ではそのように』

 こうして、俺はゲートをくぐり、再びあのラルアー大陸に産まれ落ちる事となった。

 見ていろ、今度こそ、絶対にあの世界のルールをブレイクしてやる。

 そして、いつか再び、ミューやエフィリアと出会うために。再び、ヴァルクリス・カートライアとしての一生を全うするために。

「今は魂かもしれないが、待っていてくれ、ミュー、エフィリア」
 

 俺は、その、向かうべき目標を、心に誓ったのであった。




 ……しかし。



「魔王にルールを変更される」


 俺は先程、自分の心の中で言った、その一言の違和感に、気づくことは出来なかった。



- 第一章『ヴァルクリス・カートライア編』 完 -



(第二章 第1話『魔物の侵攻』へつづく)

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

もうダメだ。俺の人生詰んでいる。

静馬⭐︎GTR
SF
 『私小説』と、『機動兵士』的小説がゴッチャになっている小説です。百話完結だけは、約束できます。     (アメブロ「なつかしゲームブック館」にて投稿されております)

二度目の勇者の美醜逆転世界ハーレムルート

猫丸
恋愛
全人類の悲願である魔王討伐を果たした地球の勇者。 彼を待っていたのは富でも名誉でもなく、ただ使い捨てられたという現実と別の次元への強制転移だった。 地球でもなく、勇者として召喚された世界でもない世界。 そこは美醜の価値観が逆転した歪な世界だった。 そうして少年と少女は出会い―――物語は始まる。 他のサイトでも投稿しているものに手を加えたものになります。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……? 生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。 これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。 (小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

処理中です...