夜警国家

多々良

文字の大きさ
上 下
10 / 11

第十話 夜警

しおりを挟む



阿鼻叫喚となった。
「脈々糸を!」
捲眼怒が言いきることはできなかった。
湯禍の動きは、目にも留まらないほどだった。
拘束していた男が地面に叩きつけられたと思ったら、次の瞬間には捲眼怒の顎を一撃していた。
頭上から、ぱんぱんと銃声が響いた。
腆宗の衣服を着た者から順に、次々と撃たれていく。撃たれた者からは、血がでた。何人かは、自分が何をされたのかがわからないようだった。楽器を抱えていた臚士たちが、悲鳴をあげて頭を抱えた。
「気を付けろ! 夜警が来るぞ!」
弧裂は頭上に叫んだ。同時に、白い影が己にまとわりつくのが見えた。あっと言う間もなく、目の前に暗い口が見えた。
ぽおんと軽い音がして、夜警が風船のように弾けた。
傾斜した柱を器用につたい降りて、菌規銃を持った稼頭が下りてくる。腰を抱えられた、下に飛ぶ。ぬるぬると滑る、だが固い地面。
「急げ」
弧裂は咄嗟に稼頭を見た。
「探すなら今だ!」
駆けだした。
血臭と絶叫が、場を支配している。腆宗も臚士も、瞬く間に夜警に捕らわれていく。ぐったりと力ない胙より、脂力の満ち満ちた男たちのほうに寄せられている。
夜警は、そういう生物だった。
ありとあらゆるものを食らう。特に強いものを、大きいものを。世界を、真に真っ平らするために生まれたのだ。
生者と死体が五分五分の地面に、ヤマイ群が降り立った。止めようとする者を撃ち、あるいは刺し、まだ息がある仲間たちを助け起こす。
弧裂は、地面に這うように駆けた。
手近な胙から、とにかく覆面をはがしていく。顔が次々とでてくる。力ない顔。岩のように腫れた顔。ざんばらに切られた黒い髪。抉られた眼球。削がれた鼻。傷はついていないが、およそ生気のない顔、顔、顔。
夜警が腕を伸ばしてくる度、稼頭の菌規銃がそれを散らした。散らすだけだ。夜警は殺すことができない。精式が及ぶ範囲ならどこにでも姿を見せるし、脈々糸が切れた今、律脂庁を夜警から守るものは何もない。
混乱し、悲鳴をあげながらも、自力で夜警を散らすことのできる、腆宗や臚士もいた。精式を操る生来の才覚があってこその、腆宗であり臚士だった。
うち一人が、咆哮をあげて弧裂に突進してきた。稼頭がとっさに肉挿しに持ち替え、それを押し戻した。肉が突き刺される音がした。血の臭いが濃くなる。弧裂は必死で、あらゆる体液でぬるぬると滑る地面を這った。
指が覆面を剥いだ。
でてきた眼球には、まだ力があった。
弧裂と目が合った。
永遠のような一瞬だった。
「聞こえていたの」
力なく言う声は、がさがさとして、およそ人がだせる声ではなかった。顔ではなく、喉をつぶされたようだ。
「夢じゃないの?」
「ああ。赤芽あかめ
感慨もおろそかに、弧裂は刃物で彼女の拘束を解いた。
ごん、と地面が揺れた。
夜警が突如揺れて、霧散した。幾人もが、中途半端に食べられたまま、地に投げ出される。途端、ぶしゃっと血や、血以外の体液があふれ出た。
炉が、揺れていた。
煮立った表面が、右に、左に揺れる。ざぶん、ざぶんと、正体不明の青白いものが揺れる。肉の臭いをした、蒸気があがる。
弧裂は片腕を振って、声を張り上げた。
「逃げるぞ!」
止めようとした腆宗もいたが、攻撃の精式が練れるほど冷静な者は誰もいなかった。そうなると、獣との戦闘に慣れたヤマイ群の敵ではない。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

追憶の刃ーーかつて時空を飛ばされた殺人鬼は、記憶を失くし、200年後の世界で学生として生きるーー

ノリオ
ファンタジー
今から約200年前。 ある一人の男が、この世界に存在する数多の人間を片っ端から大虐殺するという大事件が起こった。 犠牲となった人数は千にも万にも及び、その規模たるや史上最大・空前絶後であることは、誰の目にも明らかだった。 世界中の強者が権力者が、彼を殺そうと一心奮起し、それは壮絶な戦いを生んだ。 彼自身だけでなく国同士の戦争にまで発展したそれは、世界中を死体で埋め尽くすほどの大惨事を引き起こし、血と恐怖に塗れたその惨状は、正に地獄と呼ぶにふさわしい有様だった。 世界は瀕死だったーー。 世界は終わりかけていたーー。 世界は彼を憎んだーー。 まるで『鬼』のように残虐で、 まるで『神』のように強くて、 まるで『鬼神』のような彼に、 人々は恐れることしか出来なかった。 抗わず、悲しんで、諦めて、絶望していた。 世界はもう終わりだと、誰もが思った。 ーー英雄は、そんな時に現れた。 勇気ある5人の戦士は彼と戦い、致命傷を負いながらも、時空間魔法で彼をこの時代から追放することに成功した。 彼は強い憎しみと未練を残したまま、英雄たちの手によって別の次元へと強制送還され、新たな1日を送り始める。 しかしーー送られた先で、彼には記憶がなかった。 彼は一人の女の子に拾われ、自らの復讐心を忘れたまま、政府の管理する学校へと通うことになる。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

エロ・ファンタジー

フルーツパフェ
大衆娯楽
 物事は上手くいかない。  それは異世界でも同じこと。  夢と好奇心に溢れる異世界の少女達は、恥辱に塗れた現実を味わうことになる。

性転換マッサージ2

廣瀬純一
ファンタジー
性転換マッサージに通う夫婦の話

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

【完結】純白の魔法少女はその身を紅く染め直す

細木あすか(休止中)
ファンタジー
続きは、なろう、カクヨムにて。 【あらすじ】 これは、とある少女の悲劇から始まる物語。 主人公「天野ユキ」は、魔法界で幻とされている翡翠石を瞳に宿して産まれてきた魔法使いの女の子。 過去、翡翠石を受け継ぎ長年守り続けてきた一族全員を何者かに暗殺され、レンジュ大国の皇帝にその命を拾われる。その日から彼女は、皇帝直属管理部兼直属部隊影の一員として裏側で国を支える戦闘要員になった。 以前に比べて明るい性格になったユキは、今も男装して周囲を騙し続けている。 それは、一族を暗殺した何者かから自身を守るためか、それとも、本当の自分を見せないためか。 皇帝から伝えられた新任務「護衛」を境に、ユキの日常は大きく変わっていく。 少女が選ぶのは、平和の道か。それとも、復讐か。 章を重ねるほど主人公の闇が明かされていく、ダークファンタジー。 【作品情報】 ・更新日時 ┗毎日(8時or12時or18時)更新 ・1話ごとの文字数 ┗2,000〜5,000字程度 ・人称 ┗基本、3人称 ※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

銀色のラベンダー金色のブルーベリーを捜してワン

のの(まゆたん)
ファンタジー
枝分れする御話 薬の選択で 少年アーシュは赤い子竜に 少女エイルは白い小鳥に??

処理中です...