上 下
8 / 32
第一章

冥王の裁き

しおりを挟む
「簡単に死ぬでないわ、たわけ」
そんな声で、あーやっぱり、死んじゃいましたかと思った私である。

「仕方ないじゃないですか、大聖女と名高い人が魅了の悪魔とか、どんな悪夢ですか。誰一人悪意がない人間の街なんて、私じゃ気づきようがないですよ」
「殺気すらないからのう、負の感情がまったくないと気づきようがないと言うのは分からんではないがの? 油断しすぎじゃ」
ご指摘ごもっともです。
それはさておき、まさかこんなに早く、冥王への対価を払う時が来るとは思いませんでしたね。
「して、お主の体はまだ回収しておらんが、どうするかの」
「いるんでしょう?」
確か、肉体と魂を捧げると誓ったと記憶しておりますよ?
「確かに、お主の全ては我のものじゃがの? かと言って、肉体はここに保存できんじゃろ? つまり、所有はするが、外に置いておくわけじゃ。腐らせはせんが、そのままは勿体ないじゃろう」
なるほど、でしたら、新しいアンデッドにでもしたらいいと思いますよ。
「ふむ、では中身はお主にしようかの。我の代わりに、外を楽しむのじゃ。バトルメイジとしての力はそのままにしておくでな、安心するが良い」
そうして、私はまた、現世とやらに戻された。
と同時に、冥王の裁きが発動したらしく、リンカナーンが消えた。
やり過ぎだと思いますよ?

「さて、一応アンデッドなので、大聖女様が相手だと荷が重いのですが」
「我らがハデス様をよくも」
ただのリッチなんですけどね?
それに、本物のハデスあれなら、こんな簡単にやられませんよ。
「聖域にて、その穢れを払って差し上げましょう」
二度もそれに負けるわけには行きませんので、反撃ですよ。
それに、私のハデスを穢れと呼ぶとはいい度胸です。
覚悟しなさい。
「収束、オールアップ」
発動させるのは、ずっと使う機会のなかった、私の支援魔法。
全能力上昇。
上昇率は、かける人数によって減っていくものですが、今は私しかいませんからね。
栄光への道にいた時は、全員に満遍なく掛け、状況に応じて、それぞれに絞って上昇させる能力を変動させておりましたけれど、あまり役に立っていなかったんですよね。
しかし、1人に集中させれば、マシな結果にはなるものです。

「くっ、姑息なことをいたしますね。しかし、我らには通用しません」
流石に、対応が早いですね。
ですが、こちらも負けてられません。
「バトルメイジの戦い方を見せてあげますよ」
踏み込む時に、速度上昇、殴り付ける時に速度を元に戻し、威力を上昇。
触れるその瞬間に切り替えることで、十分な速度と過度な威力という奇跡を起こす。
「プロテクションごと吹き飛びなさい!」
私の手が嫌な音を立てましたが、プロテクションの防壁を破壊しながら殴れました。
いくら、悪意を感じないとは言え、あんなに遠慮なしに体を好き放題にされて、怒ってないわけじゃないんですよ?
窒息しようがお構い無しに、口に突っ込んできたのも忘れてませんからね。
その全てを指示してたのはあなたなんですから。
責任をもって、私に殴られなさい。
そ、れ、と!
「洗脳されていたとは言え、あなた達も許しませんよ!」
ヒールを自分にかけて、元通りになった手でまた殴ります。
聖域にいるんですからこの程度では、痛いだけでしょう。
冥王の裁きを聖域でやり過ごしたつもりなんでしょうけど、ハデスがそんな優しく終わらせるわけないでしょう。
あくまで、私に仕返しする時間をくれただけですからね。
リンカナーンにいた、全ての人間を冥界へと落としますよ。


「さて、大聖女様、リターンマッチと行きましょうか」
「……私は、どこで間違えてしまったのでしょう」
最初の大事な1歩を間違えたのですよ。
「魅了の悪魔。言葉としては知っておりました。悲しき者であると、そう思っておりました」
「ええ、誰にも教えてもらうことなく、気づいたら自分だけの楽園になってるんです。そして、こうやって、間違いを突きつけられる」
同情はしますよ?
ですが、だからと言って許しませんよ。
私、あなたの勝手な理屈で殺されて、死んじゃいましたし。
「……裁きを」
「……覚悟なさい!」

およそ、戦闘と呼ぶべきものではなかったと思います。
ひたすらに回復を繰り返し、聖魔術を連打する大聖女様と、それを全てくぐり抜け、殴り続ける私。
お互いに、ダメージらしいダメージはない。
腕が吹き飛んで行ったと思えば、すぐに再生し、体に風穴が空いたかと思えば、何事もなく元に戻る。
互いに、尽きない魔力と精神力でのぶっ通しのぶつけ合い。
決着は、唐突についた。

私の負けである。

「あグッ」
何か分からないまま、私の体を貫く白い華奢な腕を見て、唖然とする。
アンデッドの体である私に致命的なダメージなだけでなく、繋がっている先の冥王たるハデスにすら、致命傷を与える謎の存在。
幸いにしてハデスは、消滅しない存在のため、致命傷となる一撃を受けた場合は、それなりの時を費やす事になるが、いずれ復活する。
ただ、それは私との契約が外れたことを指す。
対価を払い終えていたとはいえ、繋がっていた確かな契約の糸が、切れた。
振り返ることすら許されず、私を地へと叩きつけた存在は、私を持ち上げ、紙を握り丸めるかのように、私の頭を握りつぶした。
仮にも冥王の力でアンデッドになっている私はそれでも、消滅することは無いが、再生するまもなく私は咀嚼された。
なんの抵抗も出来ぬまま、私は、ただゆっくりと食べ、られt───

───────────────────
突然現れたそれは、私の理解を超えていました。
ええ、人でないことだけは分かります。
ただ、なぜ彼女を標的にしたのかが分からないのです。
たまたま近かっただけと言われたら、そうなのかもしれません。
ですが、常に立ち位置が変わっていた私達を狙えるだけの力を持っているのに、狙い撃ちをしたのは、彼女を標的と見なした何かがあるということです。
どちらにせよ、私も命の危機なのでしょう。
死にたくはない、ですが、私と完全に互角の戦いをしていた彼女が、抵抗らしい抵抗もできぬまま、食べられたのです。
私も同じ末路を──
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

女神の心臓

瑞原チヒロ
ファンタジー
「ねえ、精霊。もしもいるのなら――どうしてお母さんを助けてくれなかったの?」 人間と精霊が共存する世界。森に住む少年アリムには、精霊の姿が見えなかった。 彼を支えていたのは亡き母の「精霊があなたを助けてくれる」という言葉だけ。 そんなアリムはある日、水を汲みに訪れた川で、懐かしい姿を見つける。 一方その頃、町ではとある青年が、風精の囁きに応じ行動を始めていた。 表紙イラスト:いち様 pixiv:http://www.pixiv.net/member.php?id=1688339 ■小説家になろう、エブリスタ・カクヨムにも掲載。 ★現行の「女神の心臓」は、勝手ながら現状の第二話をもって終了となります。  そして、作者に余裕ができたらリニューアルして新「女神の心臓」として復活させます。ちょっと雰囲気変わります。  現行の分を「完結」表示にするかは、まだ決まっておりません。  作者にその余裕ができるのか謎ですが…。現行のお話を読んでくださったみなさま、本当にすみません。そしてありがとうございます。

田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。

けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。 日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。 あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの? ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。 感想などお待ちしております。

神速の成長チート! ~無能だと追い出されましたが、逆転レベルアップで最強異世界ライフ始めました~

雪華慧太
ファンタジー
高校生の裕樹はある日、意地の悪いクラスメートたちと異世界に勇者として召喚された。勇者に相応しい力を与えられたクラスメートとは違い、裕樹が持っていたのは自分のレベルを一つ下げるという使えないにも程があるスキル。皆に嘲笑われ、さらには国王の命令で命を狙われる。絶体絶命の状況の中、唯一のスキルを使った裕樹はなんとレベル1からレベル0に。絶望する裕樹だったが、実はそれがあり得ない程の神速成長チートの始まりだった! その力を使って裕樹は様々な職業を極め、異世界最強に上り詰めると共に、極めた生産職で快適な異世界ライフを目指していく。

コトレットさんの不思議なお仕事~こちら異世界管理局~

胡散臭いゴゴ
ファンタジー
【ネット小説大賞一次選考通過作品】 【HJネット小説大賞2019一次選考通過作品】 異世界管理局の監視人コトレットさんは、見目麗しい少女だけど、口が悪くてどうもいけない。王都カルーシアは異世界転移者が次々にやって来る、おかしな町。トラブルが起きれば東奔西走、叱りに行ったり助けに来たり、“不思議なお仕事”は忙しい。 この物語は転移者達がそれぞれの理由で、監視人コトレットさんに出会う群像劇。異世界生活の舞台裏、ちょっと覗いてみませんか?

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

死者救済のブラックドッグ ~勇者の娘(アンデット)に憑依した元墓守が家族の元に帰るまで~

海老しゅりんぷ
ファンタジー
墓守__それは霊園の管理・維持を行い《迷者》と呼ばれるアンデットを救済する者。 墓守であるブラックドッグは天寿を全うし、家族が眠る場所で息を引き取った__ハズだった。目を覚ますとブラックドッグはアンデット、死体に憑依する形で異世界へ転移してしまっていた。しかも憑依した肉体は、勇者と呼ばれる人物の、娘の身体だった。 この物語は、ブラックドッグが愛する家族の元で眠りにつくまでの物語。 ※この作品は小説家になろうとアルファポリスでの重複投稿を行っています。

42歳メジャーリーガー、異世界に転生。チートは無いけど、魔法と元日本最高級の豪速球で無双したいと思います。

町島航太
ファンタジー
 かつて日本最強投手と持て囃され、MLBでも大活躍した佐久間隼人。  しかし、老化による衰えと3度の靭帯損傷により、引退を余儀なくされてしまう。  失意の中、歩いていると球団の熱狂的ファンからポストシーズンに行けなかった理由と決めつけられ、刺し殺されてしまう。  だが、目を再び開くと、魔法が存在する世界『異世界』に転生していた。

処理中です...