勇者置き去りの案内人

雪蟻

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第1章

異世界の居酒屋事情

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装備の手直しをしてもらう際に、ある部分だけとても時間がかかることとなった。
それは魔法補助の指輪である。
魔法はヒールなどの直接触れていたり、自身が対象である場合を除き、杖を使うのが一般的だ。
ぶん殴ることも出来るタイプの杖が一般的だが、片手で振れる短い指揮棒のようなタイプもある。
だが、ここで問題がある。
私はソロなのでもっと威力の出せる武器を持つつもりなのだが、杖と何かしらの武器を持つと、両手がふさがってしまう。
何かあった時、咄嗟に手を使えないというのは、かなり不便である。
そこで使われるのが、上級者向けの指輪である。
杖はそれ自体が照準器になるので、対象に向けるだけでいいが、指輪はその照準機能がない。
つまり、指輪から発動させる魔法はどのように飛んでいくかを覚え、自身の感覚だけを頼りに照準を合わせねばならない。
だが、出来るようになれば、杖と違い両手が使えるし、相手からするとどの位置に魔法を飛ばすつもりなのか読みづらいので対人でも使えるいい武器となる。
とは言え、元は自分にしかバフを掛けないといった戦い方をする時に編み出された道具なので、調整も難しいし、何より数が少ない。
当たり前だ、ここは駆け出し冒険者のための場所なのだから。
よって、需要の少ない指輪の準備にかなり時間がかかるのである。
しかも高い。
とても高い。
お金はまだあるが、今後の冒険者生活の為にはあまり使いすぎる訳にもいかない。
そんな時見つけたのだ。
最高の依頼を。
それが、居酒屋の店員である。
正確には、酒場の店員。
利用者は冒険者がメイン。
酔っ払う、暴れる、変に力があるから手が付けられない。
そんな時に役立つのが、現役引退をした元冒険者となるのだが、どうやら数ヶ月療養となったようで、その間の代わりが欲しいと依頼があったのだ。
もちろん、即決で受けた。
支援術士を演じる上で必要と判断されたのか、拘束の魔法を自動取得していたからだ。
手で触れて発動させれば照準器は必要ない。
これほど便利な練習場はない。
ちゃんと手続きを済ませ私は意気揚々と酒場へと向かった。

1ヶ月後。

「バインド」
毎日のように暴れる駆け出しを押さえつけ店の外へと投げ飛ばし、オーダー聞きに行き、酒と料理を届けていたら、いつの間にか引退組の冒険者に気に入られていた。
色んな話もしてくれるので、とても助かっている。
「リリーちゃん、このまま就職したらいいのに」
「嫌よ、どんなに時間かけてもソロでのゴブリンの巣穴撃滅を達成するまで冒険者を続けるんだから」
そんな中、私の目標が決まったのだ。
と言うのも、話を聞いていると巣穴のゴブリンを全滅させるのはとても骨が折れる。
ましてや、相手のテリトリーで戦うため、ソロで行くバカはそうそういない。
たまにいるのだろうが、そんなバカは駆け出しばかりで冒険者として扱わない。
だが、かつて1人いたらしいのだ。
ソロでゴブリンの巣穴に挑み、潜んでいたゴブリンの殲滅をなしとげた冒険者が。
初めて聞いた時は、なんたらスレイヤーさんみたい。
という感想だったが、よく考えてみれば、あれで語られていた世界も今の世界は似ている。
違うことがあるとしたら、ランクの表現と扱いの差であろう。
ここなら、バカにされるような事ではない。
むしろ、偉業に等しいだろう。
「リリーちゃんが、そんなの目指すとはねぇ。無茶はせんどくれよ」
「やんないやんない、私も馬鹿じゃないわよ。まずはもっと強くならないと」
そんなふうにいつもの、談笑を楽しみながら仕事をしていたら、嫌な客がやってきた。
見た目は山賊。
というか、やってることもそれと余り変わらない。
ただ、この辺では強い冒険者でもある。
現役引退組では少々手がかかるぐらいには強い。
困るのは、山賊行為にあたるものが必ず相手に持ちかけた勝負の元行われているということ。
つまり、双方同意の上ということだ。
ただ、それしかしないといってもいいほどちゃんとした依頼を受けない。
でも強い。
嫌われてはいるが、やり方が汚い訳では無いので困ってるというわけである。
「よう、シケたツラしてんな、酒を飲みに来てやったぜ? とっとと持ってきな」
「はいはい、で? 他にご注文は」
ここで、肩に手を置いたりしてきたら、すぐさま反撃するんだけどな。
まぁ、そんなヘマしないわけだよ。
「ちっ、まだ嬢ちゃんが働いてたのか」
「あーら、いちゃいけないのかしら?」
ただ、めっさ絡んでくるんだよこの人。
「腑抜けばかりの駆け出しの中で、マシな冒険者候補のくせに、のんびりと準備してやがるのはムカつくがそれだけだな」
「あのねぇ、ソロ志望なんだから準備に時間かけるのは当然でしょ」
たぶんだが、この山賊もどきは面倒見は良いはずだ。
駆け出しのバカたちのヘイトを自分に向けることで、結果として無駄死にを減らしている。
だから、ギルマスも静観しているんだろう。
「バインド、ヒール、ヘイスト、初級クラスの剣術。何をまだ準備することがある? 必要なのは実戦だぜ? 丁度よくこの俺様がいる訳だが」
「知られ尽くしてる格上になんで挑まないといけないのよ。あんたが講師だってんなら、やったげるけどね?」
「いいねぇ、それだけの目がありゃ生き残れるぜぇ?」
生き残れるねぇ?
やっぱり、嫌いだが極悪人ではないのだろう。
やりづらい。
「あんたはなんで、わざわざ嫌われに行くのかしらね?」
「海よりも深く山よりも高い、そんな壮大な」
「ほら注文の酒よ」
遮って酒を置いて、距離も置く。
「聞けよ!」
「嫌よ、めんどくさい」
実は、深い事情がとか聞いたって面倒事にしかならないんだよ。
勘弁してくれたまえ。
「リリーちゃんは難攻不落じゃからの、諦めんさい」
「うるせぇ、ここは空気読んで俺様の話に耳を傾けるところだろうが」
えー、やだよ関わりたくないのに。
まぁ、でも事情とやらを把握してる連中からは悪いように言われてないし、扱われてないな。
暫定、訳ありの冒険者ってことで。
兎にも角にも、色んなのが集まってガヤガヤするのが酒場というものである。
わりと好きかもな。
とは言え、鬱陶しいのも事実。
「バインド、帰れー」
「てめぇ、暴れてはねぇだろうが! おい、聞けよ!」
はいはーい、聞こえない聞こえない。
外に放り出してと。
「身動き出来ないうちに復讐とかしたら、どうなるか分かってんでしょうね?」
今なら勝てるとわらわら寄ってこようとした連中は脅しておく。
楽しく、騒ごうな?

数分後。

「いだだだだだ」
「リリーちゃん強いよね」
目を離した隙にやってしまおうと思いやがったバカにヘイストで加速させたトレーを投げつけ、怯んだところをバインドかけて床に情熱的な接吻をしてもらう。
ついでにお店に備え付けの縄で縛り付ける。
「前任者が化け物過ぎて、強いだなんて思えないんだけどね?」
「元Aランクと比べちゃいかんよ」
そんなこんなで、酒場の夜は盛り上がっていくのである。
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