ヤモリの家守

天鳥そら

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おんぼろアパート

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古い古いアパートだ。新しい住宅地にぽつんと建つ木造のアパートは二階建て。昭和の匂いがただよい、好きな人は好きなんだろうなって思うくらい鄙びた雰囲気だ。

庭は手入れされているけれど、あまりキレイにするのは大家が嫌がるため、草はぼうぼうになっていたりする。おかげで、ヤモリやクモや時には猫が潜んでいたりする。

それでもこのアパートは長く部屋が空室になることはない。一階に四部屋、二階に四部屋。裏には大家の家族が住む一軒建ての家があるけれど、大家自身は一階の道路に面した手前の部屋に住んでいて、住んでいる人に何かあればすっと玄関の扉を開けるのだ。

七十歳を超えても黒々とした髪は、絶対染めているのだろうと住居者は噂する。十年以上住むこのアパートの住人が、もしかしたら妖怪かもしれないね。だって、十年前と見た目が変わっていないものとカラカラと笑う。背筋はしゃんと伸びていて、ハイカラなワンピースを着ている細身の女性だ。たまに新聞を読むために老眼鏡をかけているけれど、若い頃は目が良くて、遠くのものでもしっかり見ることができたらしい。

近くでカンカンカンカンと遮断機が下りて行く時の音が鳴り響く。このアパートが古くても人気があるのは、駅に近いせいもある。走れば五分の距離は正直ありがたい。他のアパートをであれば高い家賃は、大家の道楽でやっているに違いないと思えるくらい安いのだ。駅の周辺には昔から変わらず活気のある商店街で、買い物ができてしまう。電車で二駅ほども行けば大型ショッピングセンターがあるから、それほど不便は感じない。

ただ、木造の古いアパートに女一人で住むのはどうしても不安だった。本当なら、もっとセキュリティがちゃんとした最新のアパートに住むはずだったのにとため息をつく。

同棲していた彼氏と喧嘩して家を飛び出し、すぐに引っ越せたのがこのアパートだった。また新しく探せば良いとは思っていたけれど、金額と見合う部屋がなかなかない。引越して一週間経つころには、大家や隣の住人と話す機会もできてますます探すのが億劫になっていた。

大学三年生の篠村早苗は、狭いアパートの一室。畳の真ん中で大の字になった。狭いけれどもトイレとお風呂があるなんてすごいことだ。簡易キッチンはあまりに狭くて物足りないけれど、はっきり言って一人暮らしの女子大生にはぴったりだと思う。

先日まで住んでいた広いマンションは彼氏の親が支払いをしていた。最初の頃は有頂天になっていたけれど、家賃も払わずに住んでいることへの居心地の悪さから、自分も家賃を出すと言ったのが喧嘩のきっかけだ。

『俺が良いって言ってるんだから、良いの』

『でも、その、結婚してるわけじゃないんだから、少しは払うよ』

折半でと言いたくても、とてもじゃないけど払えない。彼は親から生活費もずいぶん出してもらってる。家が資産家らしいけれど、そんな様子をみじんも見せない爽やかさが良かったのに。金銭感覚の違いっていうのは大きいいんだとしみじみ実感しているところだ。

高いのは家賃ばかりじゃない。生活の中で使うものがいちいち高い。食材をあまらすのはもったいないということで、無節操に買い物かごに食べ物を入れるのは避けていた。それでもネットで欲しいものがあれば、ワンクリックで買える世の中だから、思わず買ってしまったこともある。

大の字になっていた早苗のそばをちょろちょろと小さな生き物が横切っていく。

(また、ヤモリが入ってきた)

顔をしかめて追い払うしぐさをすると、ヤモリはこちらをきょとんと見て、特に怖がるでもなく気にするでもなく部屋の中をちょろちょろ走って、どこかへ消えていった。

(これさえなければ、最高なんだけどな)

初めてヤモリを目にした時は驚いたけれど、虫も触ったことのない現代っ子というほど苦手じゃない。小さい頃はトカゲを追いかけまわしていた。

(そういえば、カマキリやバッタも捕まえて遊んでたよね)

大の字になって寝ていた私は大学の講義を受けるために起き上がった、彼氏とはあれから顔を合わせていない。連絡もあれきり取っていないから、これで終わりだろうとため息をついた。

(私、バカだったな)


頭を抱えてため息をつく。つき合った期間はほんの一ヶ月。一緒に住んだのは二週間ほど。もともと真面目な性質の私は、支払ってもらった物の数々を思い出してもう一度ため息をついた。

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