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『ニ一二×年五月二十日。
今年もまた、あの日がやってきた。
私と親友、エミリオの仲を裂いた病原菌は、そのアンプルの発明と共に完全に消え去った。
私の娘婿、そして孫娘によって大量生産の技術要綱が今日発表され、いよいよ市場に出回る。
結果として、当時エミリオと行ったシミュレーションの結果通りになってしまったのは、なんとも皮肉なことだ。あれから、一切の消息を絶ってしまった私の親友よ! 君は今、どこにいるのか。
大統領でさえ、何度尋ねても硬く口を閉じたまま、とうとう墓場にまでその秘密を持っていってしまった。きっとエミリオの所在を知っていたはずなのにと、今も私は悔やんでいる。
両親も亡く、彼の叔母大統領夫人も逝き…孤独だった彼のことを知るものは本当にいなくなってしまった。
だが、今、思う。
私の知らない経験をした彼は、五十年後の世界で私の知ってはいけないことを知ってしまったのだ。
私が今、こうやって生存していること…彼が行ったのは、私の居ない世界であったに相違なく、その場合、私の孫娘、アリスンは存在していたのかどうか…否、むしろ私がメリルと結ばれたのかどうかすら、定かではなかったろう。
きっと送ろうと誓っていた結婚式の招待状は、あて先不明のまま戻ってきた。だから、もう、今となってはアリスン以外に彼のことを語ってくれる人物はいない。
幼い頃から私の孫娘が口にしていた不思議な言葉…『私にはもう一人、お祖父様がいたはず』。
妻メリルや私の娘夫婦は一笑に付していたその言葉を、私は何故か笑えず、
「やっと会えました、もう一人のお祖父様に」
今日、午後のお茶の時間に現れた彼女の言葉が、何を意味していたのかをやっと悟ったのだ。
彼に違いない、直感でそう思った。先を促すと、私の孫娘は嬉しそうに、
「私はちょうどこの日に、一度あの人に会っていたんですわ。ようやく思い出しました」
元気だったか、と問うと、大きく頷いて言ったのだ。
「はい、お元気でした。私の名前もちゃんと覚えてくださっていて、研究室から出てきたところですれ違った時に『アリスン』って。…約束どおり、忘れないでいてくれたのですわ」』
…二一二×年 五月の日記より。敦也・カイザー博士死去のため、彼の日記はこの日付けを後に
途切れたままとなっている。
END
今年もまた、あの日がやってきた。
私と親友、エミリオの仲を裂いた病原菌は、そのアンプルの発明と共に完全に消え去った。
私の娘婿、そして孫娘によって大量生産の技術要綱が今日発表され、いよいよ市場に出回る。
結果として、当時エミリオと行ったシミュレーションの結果通りになってしまったのは、なんとも皮肉なことだ。あれから、一切の消息を絶ってしまった私の親友よ! 君は今、どこにいるのか。
大統領でさえ、何度尋ねても硬く口を閉じたまま、とうとう墓場にまでその秘密を持っていってしまった。きっとエミリオの所在を知っていたはずなのにと、今も私は悔やんでいる。
両親も亡く、彼の叔母大統領夫人も逝き…孤独だった彼のことを知るものは本当にいなくなってしまった。
だが、今、思う。
私の知らない経験をした彼は、五十年後の世界で私の知ってはいけないことを知ってしまったのだ。
私が今、こうやって生存していること…彼が行ったのは、私の居ない世界であったに相違なく、その場合、私の孫娘、アリスンは存在していたのかどうか…否、むしろ私がメリルと結ばれたのかどうかすら、定かではなかったろう。
きっと送ろうと誓っていた結婚式の招待状は、あて先不明のまま戻ってきた。だから、もう、今となってはアリスン以外に彼のことを語ってくれる人物はいない。
幼い頃から私の孫娘が口にしていた不思議な言葉…『私にはもう一人、お祖父様がいたはず』。
妻メリルや私の娘夫婦は一笑に付していたその言葉を、私は何故か笑えず、
「やっと会えました、もう一人のお祖父様に」
今日、午後のお茶の時間に現れた彼女の言葉が、何を意味していたのかをやっと悟ったのだ。
彼に違いない、直感でそう思った。先を促すと、私の孫娘は嬉しそうに、
「私はちょうどこの日に、一度あの人に会っていたんですわ。ようやく思い出しました」
元気だったか、と問うと、大きく頷いて言ったのだ。
「はい、お元気でした。私の名前もちゃんと覚えてくださっていて、研究室から出てきたところですれ違った時に『アリスン』って。…約束どおり、忘れないでいてくれたのですわ」』
…二一二×年 五月の日記より。敦也・カイザー博士死去のため、彼の日記はこの日付けを後に
途切れたままとなっている。
END
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