HI-TECH PRINCESS

せんのあすむ

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HI-TECH PRINCESS

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…その女の子は、俺の高校に突然現れたんだ。

俺が「そろそろ昼飯にしようか」なんて考えてた、雨ばかり降る梅雨の時期。とある昼休みにさ。

今年リニューアルされたっていう、ピカピカのパソコンルームの前で、

「この場合の事象の確率は50%、ゆえに計算式はΣ=γ×…」

なんて声が聞こえてくるから、

(さっそく誰か使ってんのか…?)

なあんて思って、こっそりとその扉を開けて覗いたんだ。

で、驚いた。

学校側がかなりフンパツして購入したっていう話の、机の上にずらりと並んだ新しいパソコン。それが一斉にカタカタとかすかな音を立ててキーボードから打たれる文字を映し出している。

別に机の前に誰かが座っているわけじゃない。まさに「無機質」に、キーボードは英語? 数字? 

俺もプログラム言語とかはそんなに詳しくないからぜんぜん意味が分からないけど、とんでもない速度で文字列がモニター画面へずらりと並んでは流れていく。

教室の中央の机にだけ、ウチのガッコの制服を着たショートカットの女の子が座っていて、

「ここでセニャーニャ現象を引き起こすために必要なエネルギー放射は200シーベルト」

難しそうな言葉をブツブツ言いながら、キーボードへ指を走らせている。

しばらく呆然と見ていたら、モニターは俺に唯一分かる文字を一斉にはじき出した。

ーーー20××年12月24日ーーー

…それは今から1年後のクリスマスの日付け。

でもその時、

「誰っ!?」

女の子が俺の方に振り向いて声を上げたから思わずぎくりとして、俺は立ちすくんだ。

叫んで振り返った声の主は、俺をぎろりと睨みつけたまま椅子を跳ね飛ばすようにして立ち上がり、ツカツカツカと女の子らしくない大股で俺の方へやってきた。

「あなた…見たのね…!」

「あ? ああ…」

その気迫に押されて俺が思わずうなずくと、彼女は不敵に唇を釣り上げて、

「いいわ。見たのならそれでいい。だけど」

ずい、とばかりに俺に顔を近づける。

「これから空いている時間はずっと、私に付き合ってもらうわ。いいこと?」

「あ、ああ」

「必ずよ。日曜日、祝日、全て私のために捧げるのよ。でないとあなたの命は保証できないわ。まあ、もっとも、どのみちすぐ消える命だけどね」

不穏なワードを耳にしてギョッとなる。

「え…」

としか声にできなかったが、彼女は構わず俺を問い詰めてきた。

「ともかく、私に付き合うの、付き合わないの?」

「わ、分かった。付き合うよ」

何かの冗談じゃないかと思ったけれど、彼女の顔はいたって真剣で、有無を言わせない迫力があって、だから俺も頷かざるを得なかった。

でも、やられっぱなしは癪だ。

「じゃあ、教えてよ。君の名前は?」

やっとの思いでそう口にする。すると彼女は、思わぬ反撃に声を詰まらせた。

「え…私の、名前?」

少し慌てたように目を泳がせる彼女の目を、俺は思いっ切り睨み付けてやった。

「…ユリ」

憮然とした感じで彼女が言う。

「ユリ?」

「そうよ。貴方は?」

「裕也だ」

こうして、俺達の奇妙な関係は始まったのだ。



彼女は、噂によると満月の夜にも遅くまでパソコン部に残って何かをしているらしい。『月の引力の影響で磁場が強まるから』っていうのがその理由らしいけど…磁場っていう言葉そのものの意味は辛うじて理解できそうな気はするけれど、彼女が一体、何のために「そう」しているのか、やっぱり俺にはわからなかった。



早いもので、そうやって彼女と『付き合い始めて』から、あれからもう四ヶ月になろうとしている。

だからといって、俺と彼女の間に何かあったわけじゃない。ただ彼女が言うとおり、日曜日ごとに彼女に付き合わされて、得体の知れない実験の手伝いをさせられたり、ジャンク屋でチップを買わされたりしていただけ。

なんに使うのか知らない。何の実験なのか知らない。ただ言われるままに薬を混ぜたり、見たことのない機械にチップを取り付けたり…。

普通の女の子じゃないってことは最初から思ってたけど、彼女は本当に普通じゃない。

ジャンク屋に行っては、「このチップは全部買い占めよ!」なんて言って、店員の目を白黒させるし、生態研究のためだと動物園へ何度も足を運んでは、

「ここでまともに生きてるのはゴキブリくらいなものね」

なんて飼育員の人にすごく失礼なんじゃないかと思うことを平気で言うし…

とにかく、普通の女の子が好みそうな服屋とか、ファンシーショップとかには全然興味を示さず、もっぱら実験に役立ちそうな場所ばかりへ行っていた。

それはそれでいい。俺だってひたすらキラキラしてるファンシーショップやウインドウショッピングに付き合わされたりするのは正直、とても面倒くさいと思うから。

でもそれと同時に、彼女が行かない場所は他にもある。不思議なことに「食い物屋」と「トイレ」。

俺は別に『可愛い女の子は飲み食いとかしないしトイレにも行かない』なんて妄想を抱くタイプじゃない。だから女の子でも必ず行くところだと思うんだけどな。

だからなんとなく、

「ねえ、たまには公園とかへ行って、のんびりお花見でもしないか?」

ある日、とうとうたまりかねて俺は彼女に切り出した。だって彼女の行動は余りにも直線的で味気ないから、引っ張りまわされている俺のほうも少し疲れていたんだ。

「お花見?」

「そう。いい天気だしさ。弁当でも持って」

すると彼女は鼻を鳴らして、冷たい視線を向けて、

「くだらない」

吐き捨てるみたいに言った。

「人間って、本当、くだらない。そんなことに無駄な時間を使うなら…でも、そうね…どうせもうその機会もなくなるんだものね……いいわよ、付き合ったげるわよ」

キーボードを叩く手を止めて、彼女は苦笑いをする…驚いた。僕に…僕だけじゃない、学校の他の連中にも、向けられるのはいつだって、ほころびたことのないキツい口元と、強張ったままの頬。

「…どうしたの」

「君が、そんな風に笑うのをはじめて見た気がするから」

たとえ可愛げのない苦笑いでも、初めて見る表情だったから、ついそんな風に言ってしまった。

「…フン…そう、そうね」

俺が笑うと、彼女はほんのり頬を染めてそっぽを向く。これも初めて見た彼女の表情。

「だって私には笑う必要が無かったんだもの」

「笑う必要?」

「いえ、とにかく」

彼女は再び苦笑して、椅子から立ち上がった。

「今度は貴方に付き合うわ。今までのお礼に」

「うん」

だから、俺もまた微笑う。そしてやっと気が付いた。これが、俺と彼女が初めて交わした「まともな会話」だったってことに。



「くだらないわね。ほんとくだらない」

俺達の「初デート」は、ちょうど桜の花が咲いた頃に重なった。公園をぶらつき始めると、仏頂面の彼女が放った第一声がこれだ。

「私達から見たら、どこがいいのか分からないわ」

私達、って、俺も入ってるんだろうか。本当に彼女の言ってることは時々意味不明だ。

「君にとっての「いいもの」っていうのはじゃあ、一体何?」

「そりゃもちろん」

いいかけて、彼女は口をつぐむ。もう一度尋ねようとした俺は、何かに蹴躓いて転んでしまった。

「…はい。大丈夫?」

そして、また驚いた。

彼女が絆創膏を差し出してくれている。

「全く、ぼけーっとしてるから転ぶのよ。気をつけなさい」

つっけんどんだけどそれでも気を遣ってはくれてるんだなと思って、

「ありがとう」

と自然に口に出た。そして、自分の顔がほころぶのが分かった。

だけど彼女の方は、目を見開いて慌てた様子で、

「べべべ…別にお礼を言われるようなこと、してないわ」

だって。

…その時、また発見した。彼女の素っ気無い言葉の裏側を。

そっぽを向いた彼女の顔がはっきりと赤いのだ。

「いや…ありがとう。嬉しいよ」

「ふ、ふん」

意外な一面をまた発見して、俺は思わず微笑んでいた。なのに彼女は、

「次はどこへ行くの?」

と、話を逸らそうとするかのようにやっぱりつっけんどんな感じで訊く。

「そうだねえ」

なんてやり取りを繰り返して、今日も「食い物屋」と「トイレ」には絶対によらない不思議な「デート」はあっという間に終わった。

珍しい彼女からの催促に驚きながら、

「シーズンにはまだ少し早いけど、海でも見に行く?」

言うと、彼女は苦笑して頷く。

それからなんだかちょっとずつだけど、俺と彼女の『お出かけ』は、普通の人達がするデートみたいになっていったんだ。

そのたびに触れた彼女の意外な優しさに、俺の心の中に少しずつあったかいものが積もっていって…。



そして12月。あの日付の日が近づいてくると、彼女が時々とても苦しそうな顔をしていることに気づいた。

「どうしたの?」って尋ねても、苦悶をありありと浮かべたその顔で首を振るだけ。

そしていよいよ今日がその日だっていう、つまり24日になった。

今日も彼女はパソコン部の部室で一人、パソコンに向かっている。

彼女に振り回されていて気づかなかったけど、もうクリスマスイブなんだ。だから俺は、彼女に尋ねた。

「なあ、何か欲しいものない?」

「なんでよ」

素っ気無く答え、パソコンへ忙しそうに何かのデータを入力している彼女の顔は、だけどどこか優しいものがある。

「だってクリスマスイブなんだもん」

「ああ、あのくだらない人間のお祭り騒ぎね。私達には関係無いからいいわ」

少しだけ泣きそうな顔にもなって、彼女は俺を見た。

「関係ない、だなんて。どうして。俺は関係あるよ? だって俺は君が」

「だって…だって私は」

彼女が俺の言葉を遮って放った言葉に、俺はまたしても固まった。



「私はコンピュータウイルスYURI141421356なんだもの」



そして固まった俺に、彼女は話し続ける。

「私は…人間社会を支配するために、コンピューターの中にあるウイルス会社から、この市に派遣されてきたの。期限は1年だった。1年の間にパソコンにウイルスを流して、この世界のコンピューターを乗っ取るつもりだった。今の人間社会はコンピューターに依存しきってる。コンピューターを支配すれば人間社会も簡単に支配できる。人間を管理し、私達の道具にできる。人間はコンピューターを道具として使ってきたつもりだろうけど、今度は人間が私達の道具になるのよ。

でも、ちょっと人間は数が多すぎる。だから今の三分の二くらいまで減らす必要があった。あなたに手伝ってもらった実験は、いかに効率よく人間の数を減らすかというシミュレーションの補足として行ったもの。不確定要素を検証する為のね。

あなたは人間を殺す為の手伝いをしてたのよ。おめでたいことに。後はもう、実行するだけ。

…だけど、だけど出来なかった。だって私は知ってしまったから…あなたのことを……」

彼女は泣きそうな顔のまま、立ち上がった。

「12月24日は満月なの。満月の夜は磁場が強まる時。それを狙って、この1年の間に開発したウイルスを一斉放出するつもりだった…」

そして窓を開け放つ。満月がこうこうと輝いていて、寒い風が吹きこんでくる。

「だけど出来ない…出来なくなっちゃったから、私が消えるしかない」

「な…ウソだろ? そんな非現実的な話…」

「はっ。だから貴方は甘いのよ」

寂しげに俺を嘲笑して、彼女は再びパソコンの前に戻ってきた。

「このキーを押せば、ウイルスは流れることはない。私は消えて、全てが元通りに」

「ま、待て、ユリ!」

俺は思わず彼女の名を呼ぶ。そしてその時にやっと口にできた。

「…君が好きだよ…だから消えないでくれよ」

なのに、俺が言った瞬間、パソコンから電気が奔る。

「あぶな…っ!」

咄嗟に彼女を庇おうとした俺は跳ね飛ばされて、床へ倒れた。

「…さよなら。貴方も私のことを忘れたほうがいいわ……」

バリバリと音を立てる電気に囲まれて、彼女の姿はどんどん薄れていく。

ああ、なんだかかぐや姫みたいに、けれど帰る場所は月じゃなくて。

同時に俺の意識もどんどん薄れて…だけど、だけど俺は忘れない。

だってそうだろ? 俺は俺の目が閉じる一瞬前の、彼女の笑顔に思った。

ユリ√2だなんて。忘れられると思うか?



「いってえ…」

俺は頭を振って起き上がる。パソコンルームだなんて、なんでこんなところに倒れてたんだろう。

ふとかすかな音がして顔を上げると、ちょうどその高さにモニターがあって、

『Merry Xmas TO YUYA FROM YURI141421356』

なーんて言葉が書いてある。

(誰だろう。ユリ√2って)

俺は思わず首をかしげた。YUYAって、俺のことか?

…ま、いいや。

俺は埃を払って、俺のらしいカバンを取り上げ、その教室を出る。

これから予備校の模試なんだ。頑張らないと。



…そしてその少年が走り去った後、そのパソコンは再び文字を映し出す。

『I Love You and Farewell…』


FIN~

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