8 / 21
…遅すぎて。
しおりを挟む
「ね、エリちゃん」
私のことを「1番の親友」だと思っている人が、私に言った。
綺麗で可愛らしい小物で一杯の、女の子らしい部屋。透明なガラステーブルの上で、小花模様の綺麗な白いティーカップが小さな音を立てる。
「今年、ウチでクリスマスパーティー、やるんだけどね。ヒロ君も来るんだって。だから、エリちゃんもおいでよ」
にこにこしながら、彼女は私に買ってきた紅茶を勧めてくれる。
「そうね…そうしようかな」
私も当たり障りの無い返事をしながらそれを受け取った。
ヒロ君っていうのは、入学してしばらく経った頃…一年と少し前にともちゃんが紹介してくれた、彼女の幼馴染。「せっかくだから」とわざわざともちゃんが私も彼に紹介してくれた、あの、尾島博之君のこと。
今では、誰よりも私の大切な人になっていて…片思いだけれど。
「良かった! きっと彼も喜ぶわ」
ともちゃんは、そういって喜んだけど。
自分の家へ帰りながら、私はぼんやりと考える。
(とりあえず着ていくものを探さなきゃね…)
溜息が勝手に漏れる。
ふと頭によぎるともちゃんの顔。
…白々しい。
いつだって溌剌とした彼女。男女問わず人気者である彼女。
私なんかよりずっと美人で、ずっと頭も良くてスタイルだってよくて。
(全部持ってるくせに…)
通りがかった店舗の大きなショーウインドウに映る私の顔は、そんな風に考えているとき、今までに見たことのないほど醜い顔をしているように思う。
ボリュームがなくてペタンとした髪の毛、低くて丸い団子っ鼻、高校二年にもなるのに膨れて未だにニキビが時々出来る頬。どうしたって他の女の子みたいに、「うふふ」って笑うなんて全然似合わないって、私らしくないって、散々に言われてる。
「アンタも、お友達のともえさんを見習って、少しは綺麗にしたらどう?」
なんて、お母さんまで私をあざ笑う。
私だって、どれほど自分を嫌いで自分を変えようとしたか分らない。けど、何をやったって変えられないものはあるんだってことと、それを知ってしまった時の私の絶望なんて、誰も理解なんてしてくれない。
「アンタはほんとにどんくさいね」
お母さんのその言葉に、あっけらかんと笑っていたけれど、私が心の中でどんなに傷ついているのか、
(何にも知らないくせに…お前が私をこんな風に生んだくせに……!)
かつん、と、スニーカーの先に小石がぶつかって、我に帰るともう自分の家だった。
晩御飯の支度をしているお母さんへ適当に「ただいま」を言って、自分の部屋へ戻って、置いてあるタンスの扉を開く。
…なんて、素っ気無い。
その扉の中についている鏡の中には、
(折りたたみ机、黒の絨毯、ギンガムチェックがちょこっとついただけのカーテン…)
自分でも思わず苦笑が漏れるくらい、ともちゃんのそれとはあまりに対照的な私の部屋の様子が映っている。
(だって、私には似合わないもの。いかにも女の子らしい可愛らしい部屋なんて)
鏡の中の自分を見つめて話しかけたら、また、ともちゃんの顔まで浮かんできた。
(私が貴女の親友? 笑わせるんじゃないって)
その顔に向かって、私は思わず唇を歪めて笑ってた。
(全部、知ってんだからね)
私は知っている。貴女が私をただ、自分の自尊心を満足させるためだけに、利用しているだけだってこと。
女同士なんてそんなもん。女友達なんてそんなもん。
「あの子は私よりも背が低いし」
「私のほうが目が大きくて可愛いし」
「足だって細いし」
etc.etc.
今まで私に近づいてきた女の子は、皆そうだった。だから、ともちゃんだってきっと、尾島君のこと、私に仲の良さを見せつけるためにわざわざ紹介したんだろう。
だって、その証拠には彼からのデートの電話、月に2回くらいしかないんだから…しかもお義理みたいに。
気になっているんなら、普通は毎日でも尾島君のほうから電話、くるものだと思うのね。
だって、クラスの他の子にそれとなく聞いてみても、皆そうだって言うもの。
(そりゃ、お義理だよね…こんな、女の子らしくない外見)
お世辞にもスカートなんて似合わない、肩幅も変に広いから、露出の高い服なんて着られない。
だけど…だけど、尾島君だけは他の男子みたいに、
「飯田ってほんと、トボケた面白いヤツ。女だなんて思えないよな」
なんて言わなくて、
「上手くいえないけど…」
理科室で飼われてた魚やトカゲとかの世話を彼と一緒にしてた時に話し掛けられた、忘れられないあの日、
「飯田さんは、飯田さんでいいんじゃない? 無理すること無いよ。いいところ、一杯あると思う」
私と背は同じくらい。肩幅だって私よりちょっと狭い。男の子としては華奢な感じ。優しい顔立ちで、女の子の格好とかしたら私より断然似合いそうな。だけど彼自身は、そんな自分にコンプレックスがあるって。だからその時の言葉は、彼自身に対しても言い聞かせようとしたものかもしれない。
(あの時から、ずっとずっと好き、なんだよね)
初めて思った。大事に大事にしたい。いつまでも側にいたい…あの人が、大好きだ、心の底から。
それまで私は、動物の前でしか安心できなかった。だって動物は、人間みたいに私のことを嘲笑ったりしないもの。特に魚とか爬虫類とか昆虫とか、表情がない動物がいい。しかも尾島君も、魚とか爬虫類とか昆虫とかの生き物が好きなんだって。
「飯田さんは生き物に優しいから好きなんだ。ほら、みんなわりと生き物の世話とかいい加減だろ? でも飯田さんはそうじゃないし」
照れながら呟くみたいに言ってくれたあの言葉が、宝物みたいに私の心の中で輝いてる。
クリスマスパーティーまで、あと二日。
ため息をついて、私は服を探す手を止めた。気が付けば、
(渡さない。渡したくない)
前から心の中でどすぐろいもやみたいになっていたあるものが、一気に黒い形になる。
そうよ。もうこれ以上、仲の良さを見せつけられるくらいなら。
こみ上げてくる笑いを堪えようとして、私はついさっきまで一緒だった親友へ電話をかけた。
「もしもし、ともちゃん? 明日ね、プレゼント選ぶの、付き合って欲しいんだ。…うん、ごめんね。それで、その後またともちゃんの部屋にでも…うん」
私を憐れんでいる彼女が、醜い私を見て優越感に浸ってる彼女が、私の『お願い』を断わるわけが無い。似合わない服を必死に選ぶ不様な私を内心で嘲笑うためにも。
私の予想通り軽くOKしてくれた彼女との電話を切ると、自分の唇の端が吊り上がるのが分かる。
さあ、忙しくなる。
そんな日が来るかもしれないし来ないかもしれない、と思いつつ、化学の授業のたびに少しずつ、片手に収まるほどの小さなプラスティックの容器(昔のカメラに使われてたフィルムっていうのを入れる容器らしい。お父さんが昔使ってたカメラのだって)に拝借していた亜ヒ酸。
(消してやる)
持っているだけで気が休まるし、私を馬鹿にする奴らへ一緒になってヘラヘラ笑いながら、「これでいつだってお前らの命を消してやれるんだ」なんて思えば怒りも収まるし…言うなれば「お守り代わり」に持っていたそれ。本当に役に立つ時が来るなんて。
そして翌日。
「でもともちゃん、やっぱ悪いから今日は帰るよ」
「いいっていいって! 上がっていってよ。一人で食べるケーキなんて味気ないもの」
買い物の後、彼女の「家に寄らせて」なんて言っていた私は、
「いや、ホント悪いし」
遠慮するフリを一生懸命してる。
「もう、遠慮しないで、ホラホラ! 美味しく出来たんだから。今日のは本当に自信があるのよ?」
案の定、帰ろうとする私を、優しい優しいともちゃんは無理に自分の部屋へ誘う。
『悪いから』なんて言ってる私の手を強引に引っ張って、ともちゃんは自分の部屋へ彼女を入れた。
「せっかく焼いたんだから、ね? ゆっくりお茶していってよ」
「うん、ありがとう!」
私が座ったのを確かめてから、
「用意するから待ってて。帰っちゃダメよ? 大事な話もあるんだからね」
にっこり笑って、ともちゃんはキッチンへ降りていった。
(大事な話、か)
コタツに入りながら、私は持ってきたカバンから素早く小さな容器を取り出す。
(気配りだって出来るんだよね)
コタツテーブルの上には、湯気の立ってるティーポットと綺麗なカップ。
自分の分と、私の分へ等分にともちゃんが注いでくれた、その一方へ私は小さな容器の中身を全部空けて、備え付けの可愛いティースプーンで素早く溶かした。
ケーキを焼く、いい香りのする紅茶を淹れる…全部私が、「アンタには似合わないから」と、やろうとする前から「止めさせられて」きたこと。
これから全部、私もやってやる。
「お待たせ! ほら、すごいでしょ!」
「うん、すごい!」
ちょうどそこへともちゃんが帰ってきて、丸くて綺麗にデコレーションされたケーキを得意げに私に示す。
「ちょくちょく焼いてるんだ。自分で焼いたほうがやっぱり美味しいの食べられるから」
照れたように笑いながら、ともちゃんはケーキへナイフを入れ、その一切れを私にくれた。
「はい、どうぞどうぞ」
「ありがとう」
勧められるまま口にしたケーキは、本当にあっさりしているのに美味しくて、それを味わいながら私の中に湧き上がる思考。
(いいさ。もうすぐアンタはいなくなる)
そんな私に気付く気配もなく、彼女が話し掛ける。
「でね、大事な話ってね」
「うん」
頷きながら、どこまでもお上品にお茶を口へ運んだ彼女を私はさりげなく、注意深く観察した。
(お上品な顔、してられるのも今のうちだよ。もうすぐその顔が、私より醜く歪んで動かなくなるから)
ああ、邪魔者を片付けるって、なんて素敵。どうして早くこうしなかったんだろう。
(早く飲んじゃえ)
嬉しい後悔なんて初めてだ。彼女がその紅茶を飲んだら、私はこの容器をどこかのドブへ捨てて、そしてそ知らぬふりをしてこの部屋から去るのだ。
誰も「一番の親友」だと思っていた私を疑わないに違いない。誰も私が普段、こんな風に思っていたなんて知らないんだから…誰も本当の私を知らない。
冷たい喜びに浸っていた私は、
「ヒロ君のこと」
「うん」
はやる心を必死に抑えようとしながら、紅茶を飲みながら話し掛ける彼女に返事をする。
けれど次の瞬間、彼女が言った言葉は、私の手を凍りつかせた。
「ヒロ君ねえ。すごく照れ屋だし、シャイだから、なかなか行動に出られないみたい。
月に二回電話するのがやっとだって言ってて、どうしようなんて私に相談してくるのよ。本当に貴方のことが好きみたい。エリちゃんだって、彼のことが好きでしょ? 紹介したかいがあったなあ」
…そして、それから10分後、彼女は口から血を吐いて、呆気なく絶命した。
本当ならさっさとここから立ち去る筈だったのに、私は今、その側にただ座りながら、やがて訪れるだろう終焉の時を待っている。
自分の顔が、まるで魚や爬虫類や昆虫のように表情を失っているのを自覚しながら。
FIN~
私のことを「1番の親友」だと思っている人が、私に言った。
綺麗で可愛らしい小物で一杯の、女の子らしい部屋。透明なガラステーブルの上で、小花模様の綺麗な白いティーカップが小さな音を立てる。
「今年、ウチでクリスマスパーティー、やるんだけどね。ヒロ君も来るんだって。だから、エリちゃんもおいでよ」
にこにこしながら、彼女は私に買ってきた紅茶を勧めてくれる。
「そうね…そうしようかな」
私も当たり障りの無い返事をしながらそれを受け取った。
ヒロ君っていうのは、入学してしばらく経った頃…一年と少し前にともちゃんが紹介してくれた、彼女の幼馴染。「せっかくだから」とわざわざともちゃんが私も彼に紹介してくれた、あの、尾島博之君のこと。
今では、誰よりも私の大切な人になっていて…片思いだけれど。
「良かった! きっと彼も喜ぶわ」
ともちゃんは、そういって喜んだけど。
自分の家へ帰りながら、私はぼんやりと考える。
(とりあえず着ていくものを探さなきゃね…)
溜息が勝手に漏れる。
ふと頭によぎるともちゃんの顔。
…白々しい。
いつだって溌剌とした彼女。男女問わず人気者である彼女。
私なんかよりずっと美人で、ずっと頭も良くてスタイルだってよくて。
(全部持ってるくせに…)
通りがかった店舗の大きなショーウインドウに映る私の顔は、そんな風に考えているとき、今までに見たことのないほど醜い顔をしているように思う。
ボリュームがなくてペタンとした髪の毛、低くて丸い団子っ鼻、高校二年にもなるのに膨れて未だにニキビが時々出来る頬。どうしたって他の女の子みたいに、「うふふ」って笑うなんて全然似合わないって、私らしくないって、散々に言われてる。
「アンタも、お友達のともえさんを見習って、少しは綺麗にしたらどう?」
なんて、お母さんまで私をあざ笑う。
私だって、どれほど自分を嫌いで自分を変えようとしたか分らない。けど、何をやったって変えられないものはあるんだってことと、それを知ってしまった時の私の絶望なんて、誰も理解なんてしてくれない。
「アンタはほんとにどんくさいね」
お母さんのその言葉に、あっけらかんと笑っていたけれど、私が心の中でどんなに傷ついているのか、
(何にも知らないくせに…お前が私をこんな風に生んだくせに……!)
かつん、と、スニーカーの先に小石がぶつかって、我に帰るともう自分の家だった。
晩御飯の支度をしているお母さんへ適当に「ただいま」を言って、自分の部屋へ戻って、置いてあるタンスの扉を開く。
…なんて、素っ気無い。
その扉の中についている鏡の中には、
(折りたたみ机、黒の絨毯、ギンガムチェックがちょこっとついただけのカーテン…)
自分でも思わず苦笑が漏れるくらい、ともちゃんのそれとはあまりに対照的な私の部屋の様子が映っている。
(だって、私には似合わないもの。いかにも女の子らしい可愛らしい部屋なんて)
鏡の中の自分を見つめて話しかけたら、また、ともちゃんの顔まで浮かんできた。
(私が貴女の親友? 笑わせるんじゃないって)
その顔に向かって、私は思わず唇を歪めて笑ってた。
(全部、知ってんだからね)
私は知っている。貴女が私をただ、自分の自尊心を満足させるためだけに、利用しているだけだってこと。
女同士なんてそんなもん。女友達なんてそんなもん。
「あの子は私よりも背が低いし」
「私のほうが目が大きくて可愛いし」
「足だって細いし」
etc.etc.
今まで私に近づいてきた女の子は、皆そうだった。だから、ともちゃんだってきっと、尾島君のこと、私に仲の良さを見せつけるためにわざわざ紹介したんだろう。
だって、その証拠には彼からのデートの電話、月に2回くらいしかないんだから…しかもお義理みたいに。
気になっているんなら、普通は毎日でも尾島君のほうから電話、くるものだと思うのね。
だって、クラスの他の子にそれとなく聞いてみても、皆そうだって言うもの。
(そりゃ、お義理だよね…こんな、女の子らしくない外見)
お世辞にもスカートなんて似合わない、肩幅も変に広いから、露出の高い服なんて着られない。
だけど…だけど、尾島君だけは他の男子みたいに、
「飯田ってほんと、トボケた面白いヤツ。女だなんて思えないよな」
なんて言わなくて、
「上手くいえないけど…」
理科室で飼われてた魚やトカゲとかの世話を彼と一緒にしてた時に話し掛けられた、忘れられないあの日、
「飯田さんは、飯田さんでいいんじゃない? 無理すること無いよ。いいところ、一杯あると思う」
私と背は同じくらい。肩幅だって私よりちょっと狭い。男の子としては華奢な感じ。優しい顔立ちで、女の子の格好とかしたら私より断然似合いそうな。だけど彼自身は、そんな自分にコンプレックスがあるって。だからその時の言葉は、彼自身に対しても言い聞かせようとしたものかもしれない。
(あの時から、ずっとずっと好き、なんだよね)
初めて思った。大事に大事にしたい。いつまでも側にいたい…あの人が、大好きだ、心の底から。
それまで私は、動物の前でしか安心できなかった。だって動物は、人間みたいに私のことを嘲笑ったりしないもの。特に魚とか爬虫類とか昆虫とか、表情がない動物がいい。しかも尾島君も、魚とか爬虫類とか昆虫とかの生き物が好きなんだって。
「飯田さんは生き物に優しいから好きなんだ。ほら、みんなわりと生き物の世話とかいい加減だろ? でも飯田さんはそうじゃないし」
照れながら呟くみたいに言ってくれたあの言葉が、宝物みたいに私の心の中で輝いてる。
クリスマスパーティーまで、あと二日。
ため息をついて、私は服を探す手を止めた。気が付けば、
(渡さない。渡したくない)
前から心の中でどすぐろいもやみたいになっていたあるものが、一気に黒い形になる。
そうよ。もうこれ以上、仲の良さを見せつけられるくらいなら。
こみ上げてくる笑いを堪えようとして、私はついさっきまで一緒だった親友へ電話をかけた。
「もしもし、ともちゃん? 明日ね、プレゼント選ぶの、付き合って欲しいんだ。…うん、ごめんね。それで、その後またともちゃんの部屋にでも…うん」
私を憐れんでいる彼女が、醜い私を見て優越感に浸ってる彼女が、私の『お願い』を断わるわけが無い。似合わない服を必死に選ぶ不様な私を内心で嘲笑うためにも。
私の予想通り軽くOKしてくれた彼女との電話を切ると、自分の唇の端が吊り上がるのが分かる。
さあ、忙しくなる。
そんな日が来るかもしれないし来ないかもしれない、と思いつつ、化学の授業のたびに少しずつ、片手に収まるほどの小さなプラスティックの容器(昔のカメラに使われてたフィルムっていうのを入れる容器らしい。お父さんが昔使ってたカメラのだって)に拝借していた亜ヒ酸。
(消してやる)
持っているだけで気が休まるし、私を馬鹿にする奴らへ一緒になってヘラヘラ笑いながら、「これでいつだってお前らの命を消してやれるんだ」なんて思えば怒りも収まるし…言うなれば「お守り代わり」に持っていたそれ。本当に役に立つ時が来るなんて。
そして翌日。
「でもともちゃん、やっぱ悪いから今日は帰るよ」
「いいっていいって! 上がっていってよ。一人で食べるケーキなんて味気ないもの」
買い物の後、彼女の「家に寄らせて」なんて言っていた私は、
「いや、ホント悪いし」
遠慮するフリを一生懸命してる。
「もう、遠慮しないで、ホラホラ! 美味しく出来たんだから。今日のは本当に自信があるのよ?」
案の定、帰ろうとする私を、優しい優しいともちゃんは無理に自分の部屋へ誘う。
『悪いから』なんて言ってる私の手を強引に引っ張って、ともちゃんは自分の部屋へ彼女を入れた。
「せっかく焼いたんだから、ね? ゆっくりお茶していってよ」
「うん、ありがとう!」
私が座ったのを確かめてから、
「用意するから待ってて。帰っちゃダメよ? 大事な話もあるんだからね」
にっこり笑って、ともちゃんはキッチンへ降りていった。
(大事な話、か)
コタツに入りながら、私は持ってきたカバンから素早く小さな容器を取り出す。
(気配りだって出来るんだよね)
コタツテーブルの上には、湯気の立ってるティーポットと綺麗なカップ。
自分の分と、私の分へ等分にともちゃんが注いでくれた、その一方へ私は小さな容器の中身を全部空けて、備え付けの可愛いティースプーンで素早く溶かした。
ケーキを焼く、いい香りのする紅茶を淹れる…全部私が、「アンタには似合わないから」と、やろうとする前から「止めさせられて」きたこと。
これから全部、私もやってやる。
「お待たせ! ほら、すごいでしょ!」
「うん、すごい!」
ちょうどそこへともちゃんが帰ってきて、丸くて綺麗にデコレーションされたケーキを得意げに私に示す。
「ちょくちょく焼いてるんだ。自分で焼いたほうがやっぱり美味しいの食べられるから」
照れたように笑いながら、ともちゃんはケーキへナイフを入れ、その一切れを私にくれた。
「はい、どうぞどうぞ」
「ありがとう」
勧められるまま口にしたケーキは、本当にあっさりしているのに美味しくて、それを味わいながら私の中に湧き上がる思考。
(いいさ。もうすぐアンタはいなくなる)
そんな私に気付く気配もなく、彼女が話し掛ける。
「でね、大事な話ってね」
「うん」
頷きながら、どこまでもお上品にお茶を口へ運んだ彼女を私はさりげなく、注意深く観察した。
(お上品な顔、してられるのも今のうちだよ。もうすぐその顔が、私より醜く歪んで動かなくなるから)
ああ、邪魔者を片付けるって、なんて素敵。どうして早くこうしなかったんだろう。
(早く飲んじゃえ)
嬉しい後悔なんて初めてだ。彼女がその紅茶を飲んだら、私はこの容器をどこかのドブへ捨てて、そしてそ知らぬふりをしてこの部屋から去るのだ。
誰も「一番の親友」だと思っていた私を疑わないに違いない。誰も私が普段、こんな風に思っていたなんて知らないんだから…誰も本当の私を知らない。
冷たい喜びに浸っていた私は、
「ヒロ君のこと」
「うん」
はやる心を必死に抑えようとしながら、紅茶を飲みながら話し掛ける彼女に返事をする。
けれど次の瞬間、彼女が言った言葉は、私の手を凍りつかせた。
「ヒロ君ねえ。すごく照れ屋だし、シャイだから、なかなか行動に出られないみたい。
月に二回電話するのがやっとだって言ってて、どうしようなんて私に相談してくるのよ。本当に貴方のことが好きみたい。エリちゃんだって、彼のことが好きでしょ? 紹介したかいがあったなあ」
…そして、それから10分後、彼女は口から血を吐いて、呆気なく絶命した。
本当ならさっさとここから立ち去る筈だったのに、私は今、その側にただ座りながら、やがて訪れるだろう終焉の時を待っている。
自分の顔が、まるで魚や爬虫類や昆虫のように表情を失っているのを自覚しながら。
FIN~
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
教師(今日、死)
ワカメガメ
ホラー
中学2年生の時、6月6日にクラスの担任が死んだ。
そしてしばらくして不思議な「ユメ」の体験をした。
その「ユメ」はある工場みたいなところ。そしてクラス全員がそこにいた。その「ユメ」に招待した人物は...
密かに隠れたその恨みが自分に死を植え付けられるなんてこの時は夢にも思わなかった。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
汚人形
にしのこうやん
ホラー
この小説は主人公が人形によって悲惨な結末を迎えたり、奇跡体験する小説です。
1話のあらすじのみここでは紹介します。第1話の主人公は、西上 浩二。
浩二は40代の株式会社華芽の嘱託パートナー社員。
ある日の事浩二はネットオークションで見た目はとてもかわいいドール人形を説明欄を見ずに落札して購入した。1週間後ドール人形の送り主の大町が謎の死を遂げた。
そして夜寝静まった時にドール人形が浩二のお尻から体の中へ入ってしまった。
ドール人形に体の中へ入られた浩二は体の中にいるドール人形に動きを制御された。
浩二は体の中にいるドール人形に制御されてからは仕事が捗るようになり、浩二は体の中にいるドール人形に独立させられて気づけば有名画家になってた。
6ヵ月半後今度は株式会社華芽のマドンナの浜辺さんが謎の死を遂げた。
浜辺さんが謎の死を遂げてから1週間後、魔法女子の法之華さんが入社した。
半月後ドール人形がやっと浩二の体の外へ出た。
魔法女子法之華さんと主人公浩二とは7年ぶりの再会だった。
法之華さんが小さな頃よく遊んでくれたし、法之華さんが高校生の時は法之華さんと電車の中で話し合ってた。
浩二は法之華さんを警察署に自主出頭するように説得したが、法之華さんは自主出頭せず。浩二は法之華さんに自主出頭を求め過ぎた結果法之華さんに殺された。
浩二が殺されたを知った株式会社華芽大山住社長は悔やんでた。
最後に先輩であった天野が浩二が遺体となって見つかったアパートに花束を置いた。
主人公浩二を殺した魔法女子法之華さんは浩二を殺してしまった事を後悔した。
主人公浩二を含め3人殺した法之華さんは警察に疑われなければ捕まる事なかった。
なぜなら魔法で証拠無く殺せるから。
目次 第1話 ネットオークションで買った体の中へ入るドール人形
第2話 廃屋に住む超巨大球体人形と人形群
第3話 超巨大過ぎる謎のテディーベア
第4話 謎の建物とドール人形達
第5話 中古で購入した家の奥に潜む謎の人形
第6話 ドール人形を肛門へ押し込む障がい者の男
超怖い少女
にしのこうやん
ホラー
あらすじ
第1話
僕の名前は、踝 壮也「くるぶし そうや」42歳。
僕が電車内で出会った2人の少女は味方なのか。
南と成美は僕をいじめてた日牧課長をクビにさせた。
南と成美はいったい何者なのか。
3日後日牧元課長が何者かに殺された。
日牧元課長が殺されて1週間後から成美はアパートで僕の膝の上に座って宿題をするのが日課になった。
南はの門限が厳しいので僕のアパートへ入らず10階建てのマンションへ帰った。
成美は僕の膝の上でもお構いなしにおならをするが僕にとってとても幸せだった。
成美が指をさした先には3階建ての鉄筋コンクリート増の一途建て新築の家が。
しかも僕が住んでるアパートの目の前に存在してた。
4週間後南と成美の予想は的中して、日牧元課長を殺した犯人が捕まった。
2話
僕の名前は、戸坂 陽太「とさか ようた」38歳。
僕は毎日自転車と電車に乗って通勤している。
僕は基本的に持てないタイプ。
特に若い女性からは気持ち悪がられていた。
出世できない僕は後輩にすら邪魔者扱いにされる粗末。
4月上旬学生が増えて車内はごった返しになってた。
僕はなんとか席に座れた。この時一風変わった少女達が僕の前に立ってた。
夢子とメイサとまどかだ。
夢子には頭上にも耳があるし九尾のしっぽがある。現実的にあり得ない少女だ。
翌日、電車内で夢子は何を思ったのかいきなり僕の膝の上に座った。
僕はふっと思い出した15年前の記憶を。
15年前の夏僕は登山をするため登山道を目指して車を走らせた。
車を駐車場に止めていざ出発をしようと思ったら登山道の横で酷いけがをした狐が子狐を3匹連れてさまよったので怪我した母狐と3匹の子狐をアパートまで連れて帰り保護した。
夢子達は15年前に僕が助けた狐達だったのだ。
3話
子供を粗末にするとこうなるかも・・・。
2040年心町の廃校{旧楠木小学校}に5人の少女達が住んでた。
1人は月丸 美和「つきまる みわ」2030年3月25日生まれの10歳。
2人目は夢神 望愛「ゆめかみ のあ」2032年5月6日生まれの8歳。
3人目は嵐山 未来「あらしやま みく」2035年8月3日生まれの4歳。
4人目は久米原 真優「くめはら まゆ」2025年2月3日生まれの15歳。
5人目は道後 優梨愛「どうご ゆりあ」2027年7月7日生まれの13歳。
廃校の中で大人を狩って飢えをしのぐ5人。
このような生活がいつまで続くのか不透明だ。
人を襲って食べ続けた5人の少女達。
この後どんな結末が待ち構えているのだろうか。
大人だけでは物足りなくなった真優と優梨愛は嘗ての友達までも食料にする。
この小説は1話ごとに主人公が変わります。
結末のない怖い話
雲井咲穂(くもいさほ)
ホラー
実体験や身近な人から聞いたお話を読める怪談にしてまとめています。
短い文章でさらっと読めるものが多いです。
結末がカチっとしていない「なんだったんだろう?」というお話が多めです。
ウロボロスの輪が消える時
魔茶来
ホラー
ショートホラーを集めました。
その1:
元彼が事故で死んでから15年、やっと立ち直った冴子は励まし続けてくれた直人と家庭を持ち1男1女の子供を設けていた。
だがその年の誕生日に届いた花には元彼の名があった。
そこから始まる家庭の崩壊と過去の記憶が冴子を恐怖に落とし込んでいく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる