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第二幕

賑やかなのだけが楽しいってわけじゃ

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 そんなこんなで事務所に戻って、自転車でフォルテに向かう。今日もまた、オーダーストップ、それも本当に閉店ギリギリの時間だった。

「すいません。いいですか?」

 俺が顔を覗かせると、

「あ、お仕事お疲れ様、梁川くん。いいよいいよ。コーヒーはもう出せないけど」

 マスターが言ってくれる。その一方で、まだ残ってる客もちらほらと。だけど、芙美や舞美さんや里香さんが店の奥に引っ込んでからでも残ってるような客は、普通にここのコーヒーを目当てに来てるのがほとんどだから、俺のことなんて気にしない。

 芙美を目当てに来てる客は、俺が現れると睨んでくるんだよな。まあ、好きになるのは勝手だけど、そうやって他人に攻撃的なタイプは、芙美の好みには合わないと思う。ましてや本当に攻撃するようなタイプはな。

 俺もだ。

 芙美も、俺に言い寄ってくる女の子に対して、もちろん内心ではいい気はしてないんだろうけど、攻撃とかはしないし。代わりに俺をデブらせてそれで女の子が近付いてこないようにしようとかは考えるけど。

 だけど、他の女の子を攻撃しようっていうんじゃないから、なんだかんだで許せてしまう。これが他の女の子を攻撃するみたいなのだったら、たぶん俺は、芙美のことを好きになってない。

 ヤキモチでつい攻撃的になってしまうのも人間だったら当たり前って思うかもだけど、俺は嫌なんだよ。そういうの。誰かを傷付けるのを当たり前って考えるのが。『自分に素直になる』のと『誰かを傷付ける』ってのがイコールだとは思わないんだ。

 カウンター席に座って、今日のイベントのこととかを考えてると、店内のBGMが蛍の光に変わってた。あと三分で閉店だ。

 すると、最後まで残ってた客達も、次々と席を立つ。マスターがレジを打って対応するけど、

「ありがとうございました」

 とマスターは挨拶するけど、客達の方は変にマスターに話し掛けて時間を取るわけでもなく、たまに「ごちそうさま」と一言だけ挨拶したりはしつつ、みんな、すんなりと店を出ていく。

 店やマスターに迷惑を掛けたくないっていうのが分かる。もちろん中にはただ話したりするのが苦手って人もいるんだろうけど、そういう人も含めて、自分がどうすればいいのかをわきまえてるって気がするんだ。

 こういうのがスマートでいいよなって思う。

 そして最後の客が出ていって、マスターがドアの札を<準備中>のそれに変えて、完全に閉店した。BGMも切って、店内が本当に静かになったところで、マスターが淡々と掃除を始める。

 この雰囲気が、俺は好きなんだよな。

 賑やかなのだけが楽しいってわけじゃないんだ。

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