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虚構の章
蟷螂の斧
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『でもそれも、勉強についていけたらの話ですよね……?』
俺が正直な印象としてそう口にすると、川崎先生は、
「確かに、せっかく大学に行ったのに勉強についていけなかったりしたらそれは悔しいかもしれないけど、でも人生には失敗も付き物だから。失敗そのものも経験だから。無駄になることはないと思う……」
両手を握り締めて前のめりになって、そう言ってくれた。だけどそこに今度は、
「私は、川崎先生のおっしゃることには賛同しかねます」
って声が。
「氷山…先生……」
「氷山先生」
俺と川崎先生が視線を向けると、いつの間にかそこにいた氷山が、
「客観的事実として、今の梁川の学力では、薬学部は明らかに荷が勝ちすぎています。実際の成績の傾向としては、到底、薬学部に向いているとは判断できません。たとえ同じ大学に行くとしても、梁川には文学部が向いているでしょう。
梁川はまだ、親に養ってもらっている身であり、大学に通うにも親に学費を出してもらう立場のはずです。にも拘らず、明らかに適性もなく失敗するのが明白な学部に、しかも『恋人が行くから』という浅薄な動機で志望するなど、人生を舐めているとしか思えません」
冷徹に言い放った。極寒の中での猛吹雪のような容赦ない言葉だった。なのにそんな氷山を、川崎先生はキッと睨み付けて、
「氷山先生! それは言い過ぎではありませんか? 私達教師のすべきことは、生徒の可能性を決めつけるのではなく、本人のやる気に自信を持たせることだと思います!」
って。でも氷山は、やっぱり眼鏡を光らせつつ言ったんだ。
「川崎先生のおっしゃることは、理想論に過ぎません。社会はもっとシビアであり容赦がないんです。根拠のない自信など、現実の前では文字通り蟷螂の斧でしかなく、容易く打ち砕かれてしまう。必要なのは現実に則した実効性のある対応であり、それなくしては人生を作り上げていくことさえままならない。私は、私の可愛い姪を、身の程もわきまえないような男に任せたくありません!」
「……!」
『……ん? 『可愛い姪』……?』
そう言い放ってから氷山の表情が一瞬、『しまった!』って感じで揺らいだのが俺にも分かった。
と、そこにさらに、
「氷山センセ! 余計な口を挟まないでください! これは私と涼くんの問題なんです!」
芙美が乱入してきた。どうやら、『私の可愛い姪を、身の程もわきまえないような男に任せたくありません!』の部分はばっちり聞こえていたみたいだ。
「う…内田……!」
振り返った氷山は、明らかに動揺していた。
……なんか、おかしなことになってしまったな……
俺が正直な印象としてそう口にすると、川崎先生は、
「確かに、せっかく大学に行ったのに勉強についていけなかったりしたらそれは悔しいかもしれないけど、でも人生には失敗も付き物だから。失敗そのものも経験だから。無駄になることはないと思う……」
両手を握り締めて前のめりになって、そう言ってくれた。だけどそこに今度は、
「私は、川崎先生のおっしゃることには賛同しかねます」
って声が。
「氷山…先生……」
「氷山先生」
俺と川崎先生が視線を向けると、いつの間にかそこにいた氷山が、
「客観的事実として、今の梁川の学力では、薬学部は明らかに荷が勝ちすぎています。実際の成績の傾向としては、到底、薬学部に向いているとは判断できません。たとえ同じ大学に行くとしても、梁川には文学部が向いているでしょう。
梁川はまだ、親に養ってもらっている身であり、大学に通うにも親に学費を出してもらう立場のはずです。にも拘らず、明らかに適性もなく失敗するのが明白な学部に、しかも『恋人が行くから』という浅薄な動機で志望するなど、人生を舐めているとしか思えません」
冷徹に言い放った。極寒の中での猛吹雪のような容赦ない言葉だった。なのにそんな氷山を、川崎先生はキッと睨み付けて、
「氷山先生! それは言い過ぎではありませんか? 私達教師のすべきことは、生徒の可能性を決めつけるのではなく、本人のやる気に自信を持たせることだと思います!」
って。でも氷山は、やっぱり眼鏡を光らせつつ言ったんだ。
「川崎先生のおっしゃることは、理想論に過ぎません。社会はもっとシビアであり容赦がないんです。根拠のない自信など、現実の前では文字通り蟷螂の斧でしかなく、容易く打ち砕かれてしまう。必要なのは現実に則した実効性のある対応であり、それなくしては人生を作り上げていくことさえままならない。私は、私の可愛い姪を、身の程もわきまえないような男に任せたくありません!」
「……!」
『……ん? 『可愛い姪』……?』
そう言い放ってから氷山の表情が一瞬、『しまった!』って感じで揺らいだのが俺にも分かった。
と、そこにさらに、
「氷山センセ! 余計な口を挟まないでください! これは私と涼くんの問題なんです!」
芙美が乱入してきた。どうやら、『私の可愛い姪を、身の程もわきまえないような男に任せたくありません!』の部分はばっちり聞こえていたみたいだ。
「う…内田……!」
振り返った氷山は、明らかに動揺していた。
……なんか、おかしなことになってしまったな……
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