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苦悩の章
物事にすべからくある原因
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そして翌朝。眠れなかった頭を振り振り、隣ん家に芙美を迎えに行った俺。
そしたら、
「あ、涼兄ちゃんじゃんか。いつもねーちゃん、迎えに来てくれてありがと」
アイツの代わりに、徹が顔を出した。
「姉ちゃんなら、今日部活のミーティングだからって行っちまったぜ」
「…そうか、サンキュ」
俺は急いで学校へ走る。
今は何よりアイツの顔が見たい。
(何とか話を)
焦りながら校門をくぐって、上履きに履き替えるのももどかしく、俺は俺は教室へ走る。
そして…アイツが窓際で、ぽつんと外を見ていた。
「…芙美」
俺が近づくと、それでも元気の無い笑顔を見せてくれる。
「おはよ…」
「ああ…」
だけど、いざ向かい合ったら何を言ったものか分からない。はたと詰まったその時、
「よう梁川! 昨日、俺のオヤジに会ったんだって?」
鈴木の脳天気な声がして、俺と芙美は思わず振りかえった。
「オヤジ、みょーに感心してたぜ。俺も見なおしちまったよ。お前って、ブアイソに見えて実はほんっとーに親思いだったんだな!」
…お前って明るいけど実はほんっとーに一言多いヤツだったんだな。とまあ、それはさておいて、
「いや、あれはだな」
って俺が言いかけると、
「何のこと?」
芙美が怪訝そうに、俺と鈴木の顔を見比べて言った。
そしたら、
「あのよ、増毛キャンペーンだよ」
頼むから俺より先に言うな。
「へ?」
「俺のオヤジ、てっぺんハゲだっつってたろ? そんでよ、昨日どっかの会社の無料増毛キャンペーンに行ってきたんだとよ。したら、コイツがいたってわけだ」
そんでもって、俺を人差し指で指すな。
「え? そうだったの?」
「おうよ!」
鈴木の言葉に、芙美が目を丸くして俺を見る。俺も何か言いたくて、口をパクパクさせるんだけど、話の展開が速くて頭が付いていかない。
「そのことだけでもオヤジ、えらくコーフンしちまってさ、あはははは」
俺が入る隙を与えずに、二人の会話は続いている。
「まさか、涼くんが?」
芙美が言って、俺の心臓、確実に口から出た。
「あ? ちげーよ。梁川のオヤジさん、きっと仕事が忙しくて行けねえからとかなんとかって、代わりに行ってやったんだろ? 俺っちのオヤジもそう言ってたぜ」
と、鈴木は俺を見る。俺、
(助かった)
思わずうなずいてた。許せ親父、って、何度目だろう。
「んでよ、オヤジのやつ、その会社がアコギだってめちゃくちゃ怒ってよ、ついでに梁川も引っ張って出たんだって」
「そうだったんだ…やだ、あたしったら!」
何だかよく分からないけど、どうやら悪い方には転ばなかったらしい。
芙美はほっぺたどころかおでこまで真っ赤にして、俺を見て、
「ご、ごめんねえ、涼くん。私ったら…とんでもない誤解しちゃって…。やだぁ! ごめんなさい!」
両手を顔にあてて、足までバタバタさせそうな勢いで、やたら俺に謝り始める。
俺はといえば、寝不足と安心のせいで今にも失神しそうな頭を必死に冷やそうとしていた。
(あ…)
そして…見たんだ。
教室の床に、俺の髪の毛がパラパラ落ちるのを。
それを自覚した瞬間、今度こそ俺の意識は遠ざかっていった…。
どのくらいの時間が過ぎたんだろう。
「あ、涼くん。良かったあ、気がついたんだ!」
目を開けたら、アイツの顔があった。
「心配してたんだよ、いきなり倒れちゃうからさ。でも…ごめんねえ」
「何で?」
「だって、だって私ったら変な勘違いしちゃって」
「別にいいって。気にすんなよ、な?」
俺が言いながら起き上がって、小さい頃からよくしてたみたいに、コイツよりも大きくなった俺の片手で芙美の頭をクシャクシャにすると、
「うん、えへへ。良かった」
芙美は安心したように笑う。俺、コイツのこんな顔がずーっと好きだったんだって改めて思った。
「今、何時なんだ」
俺も同じように安心して笑いながら辺りを見回して…どうやら時々世話になってる保健室らしい。
時計があるほうを見ながら俺が言うと、
「あー、もう授業終わっちゃってさ、一緒に帰ろうと思ってカバン持ってきたんだよ」
「もうそんな時間か」
「ね、一緒に帰ろうよ」
「ああ、一緒に帰ろう」
そして俺達は、いつもと同じように手をつないで帰路につく。
「ねえ涼くん」
その途中で、こいつはまた言った。
「…ん?」
「あのさ、ハゲって遺伝するんだよね」
「……」
…確かに俺、小さい頃にはこいつを泣かせるような意地悪をしてた覚えもうっすらあるけど、
(ひょっとしてその復讐を今、されている、とか)
なんて、芙美の前じゃ、もちろん口には出せない。
「でもさ、涼くん、見た目そんなんじゃないでしょ? だから、涼くんはたぶん一生そんな会社に行くことないんだよ、ね?」
ね?って言われても、なあ。
「…ならいいんだけどな」
それでも芙美が俺を何とか励ましてくれてる(?)っていう心遣いは嬉しい。
「私聞いたんだ」
芙美はでも、やっぱり俺の心の中なんかおかまいなしに、話しつづけてる。
「抜け毛ってさ、心因性のストレスも関係あるんだって。涼くんの場合、それなんじゃないかな?」
心因性のストレス…そうなのか。
「そうだよ、うん! 涼くんさ、モデルやってるからそれでストレス溜まってるんだよ、絶対! だから抜け毛が増えちゃったんだよ」
こいつは、疑問が氷解したって感じに明るく笑う。
「確かにそうかもしれないな」
何だか少し違うような気もするけど、それも確かにあるかもしれない。
「ばいばーい! また後でね。晩御飯、出来たら呼びに行くからね」
なんて明るく笑いながら隣の家へ入ってく芙美に、
「ああ、待ってる。さんきゅ!」
俺も笑いながら手を振り返して家に入って、
(でも待てよ)
ベッドへカバンを無造作に投げて、そんでもっていつもみたいに普通の服に着替えかけたところで、はたと気付いた。
当たり前だけど、芙美があんなこと言う前からモデルやってて、けどあの弁当騒ぎの時だって、そんなに抜け毛なんてなかったんじゃないかって。
まあいいや。明日もめんどくさい仕事だけど、芙美の笑顔を思い浮かべてるだけできっと乗り切れる。
そして翌日。
「ちょっと涼ちゃん! 聞いたわよ!」
ガッコが引けて、モデル事務所に入るなり、社長がにやにやしながら俺の肩を叩く。
「…何を?」
どうせこの人のことだから、ロクでもないことだろう。
「あんた、××会社の増毛キャンペーン行ってきたんだって?」
いきなり軽いジャブを食らって、俺は思わずよろめきかけた。
「…なんで、知ってんですか…?」
「あはははは、やーねえもうっ!」
辛うじて言葉を紡ぎ出す俺に、この人は爆笑した。
「アタシの友達、そこの会社に勤めてるんだってば。あんたのカウンセリングやったって、えらく興奮しちゃってさ。アタシにわざわざ電話かけてきたのよー。ほーほほほほほ!」
世間って、やっぱり狭いし怖い…。
「ま、ね、彼女には内緒にしといたげるから、がんばんなさい」
ぽんぽん、と、俺の肩を叩いて社長は別の部屋へ行った。
(ひょっとしたら弱みを握られてしまったんじゃなかろうか)
と、思った途端にまた、床にパラパラと毛が落ちた。
(…心因性のストレス…)
それを見て、また思う。
(やっぱり、この仕事が原因なんだろうか。いや、でも)
あれこれ考えながら撮影用の服に着替えてふと、芙美の顔が浮かんだ。
なぜ今、アイツの顔が浮かぶんだろう。
俺、自慢じゃないけど仕事中は仕事のことしか考えないようにしてるのに。
「涼ちゃん、スタンバッて! カメラさんたち待ってるわよ」
「はい! 今行きます!」
更衣室の外から、マネージャーさんの声がする。慌てて返事を返して、俺は撮影に向かった。
to be continued…
そしたら、
「あ、涼兄ちゃんじゃんか。いつもねーちゃん、迎えに来てくれてありがと」
アイツの代わりに、徹が顔を出した。
「姉ちゃんなら、今日部活のミーティングだからって行っちまったぜ」
「…そうか、サンキュ」
俺は急いで学校へ走る。
今は何よりアイツの顔が見たい。
(何とか話を)
焦りながら校門をくぐって、上履きに履き替えるのももどかしく、俺は俺は教室へ走る。
そして…アイツが窓際で、ぽつんと外を見ていた。
「…芙美」
俺が近づくと、それでも元気の無い笑顔を見せてくれる。
「おはよ…」
「ああ…」
だけど、いざ向かい合ったら何を言ったものか分からない。はたと詰まったその時、
「よう梁川! 昨日、俺のオヤジに会ったんだって?」
鈴木の脳天気な声がして、俺と芙美は思わず振りかえった。
「オヤジ、みょーに感心してたぜ。俺も見なおしちまったよ。お前って、ブアイソに見えて実はほんっとーに親思いだったんだな!」
…お前って明るいけど実はほんっとーに一言多いヤツだったんだな。とまあ、それはさておいて、
「いや、あれはだな」
って俺が言いかけると、
「何のこと?」
芙美が怪訝そうに、俺と鈴木の顔を見比べて言った。
そしたら、
「あのよ、増毛キャンペーンだよ」
頼むから俺より先に言うな。
「へ?」
「俺のオヤジ、てっぺんハゲだっつってたろ? そんでよ、昨日どっかの会社の無料増毛キャンペーンに行ってきたんだとよ。したら、コイツがいたってわけだ」
そんでもって、俺を人差し指で指すな。
「え? そうだったの?」
「おうよ!」
鈴木の言葉に、芙美が目を丸くして俺を見る。俺も何か言いたくて、口をパクパクさせるんだけど、話の展開が速くて頭が付いていかない。
「そのことだけでもオヤジ、えらくコーフンしちまってさ、あはははは」
俺が入る隙を与えずに、二人の会話は続いている。
「まさか、涼くんが?」
芙美が言って、俺の心臓、確実に口から出た。
「あ? ちげーよ。梁川のオヤジさん、きっと仕事が忙しくて行けねえからとかなんとかって、代わりに行ってやったんだろ? 俺っちのオヤジもそう言ってたぜ」
と、鈴木は俺を見る。俺、
(助かった)
思わずうなずいてた。許せ親父、って、何度目だろう。
「んでよ、オヤジのやつ、その会社がアコギだってめちゃくちゃ怒ってよ、ついでに梁川も引っ張って出たんだって」
「そうだったんだ…やだ、あたしったら!」
何だかよく分からないけど、どうやら悪い方には転ばなかったらしい。
芙美はほっぺたどころかおでこまで真っ赤にして、俺を見て、
「ご、ごめんねえ、涼くん。私ったら…とんでもない誤解しちゃって…。やだぁ! ごめんなさい!」
両手を顔にあてて、足までバタバタさせそうな勢いで、やたら俺に謝り始める。
俺はといえば、寝不足と安心のせいで今にも失神しそうな頭を必死に冷やそうとしていた。
(あ…)
そして…見たんだ。
教室の床に、俺の髪の毛がパラパラ落ちるのを。
それを自覚した瞬間、今度こそ俺の意識は遠ざかっていった…。
どのくらいの時間が過ぎたんだろう。
「あ、涼くん。良かったあ、気がついたんだ!」
目を開けたら、アイツの顔があった。
「心配してたんだよ、いきなり倒れちゃうからさ。でも…ごめんねえ」
「何で?」
「だって、だって私ったら変な勘違いしちゃって」
「別にいいって。気にすんなよ、な?」
俺が言いながら起き上がって、小さい頃からよくしてたみたいに、コイツよりも大きくなった俺の片手で芙美の頭をクシャクシャにすると、
「うん、えへへ。良かった」
芙美は安心したように笑う。俺、コイツのこんな顔がずーっと好きだったんだって改めて思った。
「今、何時なんだ」
俺も同じように安心して笑いながら辺りを見回して…どうやら時々世話になってる保健室らしい。
時計があるほうを見ながら俺が言うと、
「あー、もう授業終わっちゃってさ、一緒に帰ろうと思ってカバン持ってきたんだよ」
「もうそんな時間か」
「ね、一緒に帰ろうよ」
「ああ、一緒に帰ろう」
そして俺達は、いつもと同じように手をつないで帰路につく。
「ねえ涼くん」
その途中で、こいつはまた言った。
「…ん?」
「あのさ、ハゲって遺伝するんだよね」
「……」
…確かに俺、小さい頃にはこいつを泣かせるような意地悪をしてた覚えもうっすらあるけど、
(ひょっとしてその復讐を今、されている、とか)
なんて、芙美の前じゃ、もちろん口には出せない。
「でもさ、涼くん、見た目そんなんじゃないでしょ? だから、涼くんはたぶん一生そんな会社に行くことないんだよ、ね?」
ね?って言われても、なあ。
「…ならいいんだけどな」
それでも芙美が俺を何とか励ましてくれてる(?)っていう心遣いは嬉しい。
「私聞いたんだ」
芙美はでも、やっぱり俺の心の中なんかおかまいなしに、話しつづけてる。
「抜け毛ってさ、心因性のストレスも関係あるんだって。涼くんの場合、それなんじゃないかな?」
心因性のストレス…そうなのか。
「そうだよ、うん! 涼くんさ、モデルやってるからそれでストレス溜まってるんだよ、絶対! だから抜け毛が増えちゃったんだよ」
こいつは、疑問が氷解したって感じに明るく笑う。
「確かにそうかもしれないな」
何だか少し違うような気もするけど、それも確かにあるかもしれない。
「ばいばーい! また後でね。晩御飯、出来たら呼びに行くからね」
なんて明るく笑いながら隣の家へ入ってく芙美に、
「ああ、待ってる。さんきゅ!」
俺も笑いながら手を振り返して家に入って、
(でも待てよ)
ベッドへカバンを無造作に投げて、そんでもっていつもみたいに普通の服に着替えかけたところで、はたと気付いた。
当たり前だけど、芙美があんなこと言う前からモデルやってて、けどあの弁当騒ぎの時だって、そんなに抜け毛なんてなかったんじゃないかって。
まあいいや。明日もめんどくさい仕事だけど、芙美の笑顔を思い浮かべてるだけできっと乗り切れる。
そして翌日。
「ちょっと涼ちゃん! 聞いたわよ!」
ガッコが引けて、モデル事務所に入るなり、社長がにやにやしながら俺の肩を叩く。
「…何を?」
どうせこの人のことだから、ロクでもないことだろう。
「あんた、××会社の増毛キャンペーン行ってきたんだって?」
いきなり軽いジャブを食らって、俺は思わずよろめきかけた。
「…なんで、知ってんですか…?」
「あはははは、やーねえもうっ!」
辛うじて言葉を紡ぎ出す俺に、この人は爆笑した。
「アタシの友達、そこの会社に勤めてるんだってば。あんたのカウンセリングやったって、えらく興奮しちゃってさ。アタシにわざわざ電話かけてきたのよー。ほーほほほほほ!」
世間って、やっぱり狭いし怖い…。
「ま、ね、彼女には内緒にしといたげるから、がんばんなさい」
ぽんぽん、と、俺の肩を叩いて社長は別の部屋へ行った。
(ひょっとしたら弱みを握られてしまったんじゃなかろうか)
と、思った途端にまた、床にパラパラと毛が落ちた。
(…心因性のストレス…)
それを見て、また思う。
(やっぱり、この仕事が原因なんだろうか。いや、でも)
あれこれ考えながら撮影用の服に着替えてふと、芙美の顔が浮かんだ。
なぜ今、アイツの顔が浮かぶんだろう。
俺、自慢じゃないけど仕事中は仕事のことしか考えないようにしてるのに。
「涼ちゃん、スタンバッて! カメラさんたち待ってるわよ」
「はい! 今行きます!」
更衣室の外から、マネージャーさんの声がする。慌てて返事を返して、俺は撮影に向かった。
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