上 下
173 / 187
第二部

第六章 アルバート(inモブ女)、初めての大冒険!!!㉗『カスハラ』

しおりを挟む
      二十七

 しかし、いつまで経っても嵐は過ぎ去らなかった。
 それどころか、男は自分の思い通りに行かないことにイラつき始めてヒートアップし始めていた。
 ギルド職員のお姉さんも表面的な態度には出さないものの、迷惑だと思っていることは背後で様子を窺っている沢崎直には何となく伝わってきた。
(……お姉さん、こんな状態でも余裕があるみたいに見えるけど……、もしかして腕に自信があるのかな?それとも、この仕事のおかげで肝が据わってるのかな?)
 営業スマイルを崩さず、怯えた様子を見せないお姉さんの鋼鉄の精神に、沢崎直はちょっと尊敬すら覚え始めていた。昨日の受付をしてくれたお姉さんよりも少し年上に見えるので、このお姉さんは経験が長い中堅なのかもしれない。
 だが、静かに順番を待って耐え忍ぶ沢崎直とは違い、沢崎直の後ろに並んでいる荒くれ者たちは辛抱強いとは言えない。段々、列に並んで待っている時間が長くなるにつれ、沢崎直は背後からのストレスによるプレッシャーをも感じ始めていた。
(……どうしよう。何かピリピリしてきたよ、みんな。)
 沢崎直の前方にはクレーマー、後方にはそれに苛立つ荒くれ者たち。本来なら今頃は依頼の報告を済ませて、初依頼完了の喜びに浸っていたはずだというのに、現実はどうだろう?板挟みになった形の沢崎直の心には焦りと悲しみとやるせなさが充満し始めていた。
「だからぁ!」
 先程から聞いているのだが、前のクレーマーは要するにギルドのルールを曲げて無理を通そうとしているらしい。それはならぬと営業スマイルのお姉さんに断られているのに、諦める気はないようだ。
「はぁー。」
 沢崎直は他の誰かに聞こえないような小さな声でため息を吐いた。
 特に、前で怒鳴っているクレイマーの人に聞こえては何か因縁をつけられかねないので、慎重に音量を考えた。本当は心の中にしまっておかなければいけないかもと考えもしたが、それでも我慢が出来ないくらいには現状に徒労感を味わっていた。
 今まで文句ひとつ言わず、というか何も発することなく沢崎直の傍に控えていたヴィルが、そっと主人のため息を聞き、ようやく口を開く。
「アルバート様。お疲れですか?」
 今まで彫刻のように微動だにせず控えていたヴィルに急に尋ねられて、沢崎直は慌てた。
「えっ、あの、その。」
「いい加減、待ちわびましたね?退場させましょうか?」
 誰を、どのように、という詳しい説明はなかったが、忠実な従者のヴィルは主人のお心を乱す障害物として前方のクレーマーを認識したらしく、排除を提案してくる。もちろん、いつもの涼しげな微笑みのままだ。
 疲労で頭がボーっとしていた上、推しの微笑みにつられて、ついうっかり頷いてしまいそうになり、沢崎直は慌てて首を振った。
「いえ、あの。大丈夫です。」
 即座に否定しなければ、ヴィルは実力行使に出てしまうかもしれない。そうでなくても、ヴィルの実力は折り紙つきだ。お姉さん相手に因縁をつける程度のクレーマーなら、ヴィル相手では軽く捻られて終わりだろう。
 だが、そんなことはヴィルにさせられない。
 妙なところで知らない人に目をつけられても困るし、ヴィルの実力から主人である沢崎直を強者として勘違いする者も出てきかねない。
 もしかして、ヴィルなら説得するような平和的解決も視野に入れているのではと希望的観測を持ってみたが、よく見たらヴィルの手は剣の鞘に触れていたので、やっぱり手っ取り早い方法を選んでいそうだった。
「ですが、アルバート様。」
 ヴィルは主人思いの従者なので、なおも主人のために提案を続ける。
 沢崎直は、どうやらこのまま時間経過を待つという選択肢が残されていなそうなことを悟ったのだった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

勇者はいいですって言ったよね!〜死地のダンジョンから幼馴染を救え!勇者?いらないです!僕は好きな女性を守りたいだけだから!〜

KeyBow
ファンタジー
異世界に転生する時に神に対し勇者はやっぱいいですとやらないとの意味で言ったが、良いですと思われたようで、意にそぐわないのに勇者として転生させられた。そして16歳になり、通称死地のダンジョンに大事な幼馴染と共に送り込まれた。スローライフを希望している勇者転生した男の悲哀の物語。目指せスローライフ!何故かチート能力を身に着ける。その力を使い好きな子を救いたかっただけだが、ダンジョンで多くの恋と出会う?・・・

【完結】結婚式前~婚約者の王太子に「最愛の女が別にいるので、お前を愛することはない」と言われました~

黒塔真実
恋愛
挙式が迫るなか婚約者の王太子に「結婚しても俺の最愛の女は別にいる。お前を愛することはない」とはっきり言い切られた公爵令嬢アデル。しかしどんなに婚約者としてないがしろにされても女性としての誇りを傷つけられても彼女は平気だった。なぜなら大切な「心の拠り所」があるから……。しかし、王立学園の卒業ダンスパーティーの夜、アデルはかつてない、世にも酷い仕打ちを受けるのだった―― ※神視点。■なろうにも別タイトルで重複投稿←【ジャンル日間4位】。

「婚約を破棄したい」と私に何度も言うのなら、皆にも知ってもらいましょう

天宮有
恋愛
「お前との婚約を破棄したい」それが伯爵令嬢ルナの婚約者モグルド王子の口癖だ。 侯爵令嬢ヒリスが好きなモグルドは、ルナを蔑み暴言を吐いていた。 その暴言によって、モグルドはルナとの婚約を破棄することとなる。 ヒリスを新しい婚約者にした後にモグルドはルナの力を知るも、全てが遅かった。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

もう彼女でいいじゃないですか

キムラましゅろう
恋愛
ある日わたしは婚約者に婚約解消を申し出た。 常にわたし以外の女を腕に絡ませている事に耐えられなくなったからだ。 幼い頃からわたしを溺愛する婚約者は婚約解消を絶対に認めないが、わたしの心は限界だった。 だからわたしは行動する。 わたしから婚約者を自由にするために。 わたしが自由を手にするために。 残酷な表現はありませんが、 性的なワードが幾つが出てきます。 苦手な方は回れ右をお願いします。 小説家になろうさんの方では ifストーリーを投稿しております。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

処理中です...