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第二部
第六章 アルバート(inモブ女)、初めての大冒険!!!③『夏とイカ焼きとビール』
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三
従者・ヴィルの操る馬車に揺られ、いつものように街に到着する沢崎直。
街は今日も活気に溢れ、この国の交易の盛んさを感じさせていた。近くの王都に運ぶための品物が世界中から到着する街。それが、この『商業都市ユーテリア』であった。
師匠への手土産を買うために最近お得意さんになった酒場へ向かい、今日も色々な酒を物色する。本当は店主にお任せしても構わないのだが、酒を前にすると酒好き女の血が騒いで自分で選ばずにはいられない沢崎直であった。
「こちら、遠方より入荷しました発泡酒でございます。」
店主もお得意様の貴族のご子息には、珍しい品物をしっかり見せてくれる。
沢崎直は店主に勧められる商品を試飲したくて師匠の手土産を選んでいる図式になり始めていることにまだ気づいていなかった。
ゴキュ
ちょっと一口というつもりで、店主の勧めの商品を試飲する。
発泡酒は喉越しが爽やかで、すっきりとした味わいであった。
「いいですね、これにします。」
「ありがとうございます。」
あくまでも沢崎直の中では師匠の手土産選びであるため、深酒はしない。この後、手土産を持って師匠のお宅を訪問し、その後に剣と魔法の修行が待っているので、万全の体調で臨まなくてはならないのだ。だから、沢崎直は味見のための試飲はしても、酒を楽しむために呑むのではないと自分の中ではっきりと線引きしていた。
今日は軽めの手土産であるため、一箱分の酒を馬車に積み込んでもらい、酒場を後にする。
馬車にそのまま乗り込もうとして、沢崎直は周囲に漂ってきた匂いに思わず足を止めた。
それは食欲をそそるような実に美味しそうな匂いで、思わず発生源を探してくんくんと匂いを嗅いでしまうくらいにはいい匂いだった。
くんくんと鼻をひくつかせながら、沢崎直が匂いに誘われて足を進めていくと、そこには先日まではなかった屋台があった。
店先に掛けられた看板には『イカ焼き』の文字が書かれている。
屋台の中では、威勢のいい店主がまさに今、鉄板の上で新鮮なイカを焼いている最中であった。
「うまいよ。一つどうだい?」
じゅーっと、いい音をさせて半透明だったイカに焼き色がついていく。
沢崎直の口の中にはもうイカの味を期待して唾液が溢れていた。
「一つください!」
誘われるままに注文する沢崎直。
「はいよ!」
威勢のいい店主は、串に刺さった焼き立てのイカを沢崎直に手渡してくれた。
手渡されたイカの魅力に抗えず、そのままかぶりつく沢崎直。
口いっぱいに広がる香ばしい焼き立てのイカの味に、沢崎直は心から思った。
(び、ビールをくれ!キンキンに冷えたヤツをジョッキで頼む!)
夏の夜のビアガーデンのシーフードの鉄板焼きとビールのことを思い出し、沢崎直は元の世界が恋しくなった。
「アルバート様!」
突然、屋台にふらふらと惹かれていった主を追ってきた従者のヴィルが、既にイカ焼きを頬張ってご満悦の主人を発見する。
「ん、うぃう。」
イカを頬張ったまま、沢崎直は推しの愛しい名前を発音したため、酷く不明瞭な発音となった。
食欲に支配され過ぎていた自分の行動を少し反省し、しっかりとイカを飲み下してから改めて従者のヴィルとの会話を再開する。
「えっと、アルコールばかりで何も食べないのも身体によくないですから、師匠に酒のツマミも買って行こうと思いまして……。」
イカの匂いにつられたことをごまかし、齧りかけのイカを持ったまま、えへへと笑って見せる沢崎直。
ヴィルはそんなお茶目で元気な主人に微笑みながら、そっとイカの屋台を見上げた。
「イカ焼きは、この街の夏の風物詩ですから。」
少しだけ切なげな響きが含まれているようなヴィルの呟きだったが、すぐにそんな感情はなかったかのようにヴィルは穏やかに微笑む。沢崎直が真意を感じ取る間もなく、ヴィルの呟きは暑さを増した夏の風に吹かれて霧散してしまった。
「ヴィル?」
「師匠に手土産など不要だと思いますよ?」
肩を竦めて師匠に厳しい意見を表明するヴィルの顔には、もうさっきまでの感情は残っていなかった。
沢崎直はイカを齧りながら、首を傾げていたが、屋台から漂ってくるイカ焼きの匂いにかき消され、すぐに気にならなくなってしまった。
従者・ヴィルの操る馬車に揺られ、いつものように街に到着する沢崎直。
街は今日も活気に溢れ、この国の交易の盛んさを感じさせていた。近くの王都に運ぶための品物が世界中から到着する街。それが、この『商業都市ユーテリア』であった。
師匠への手土産を買うために最近お得意さんになった酒場へ向かい、今日も色々な酒を物色する。本当は店主にお任せしても構わないのだが、酒を前にすると酒好き女の血が騒いで自分で選ばずにはいられない沢崎直であった。
「こちら、遠方より入荷しました発泡酒でございます。」
店主もお得意様の貴族のご子息には、珍しい品物をしっかり見せてくれる。
沢崎直は店主に勧められる商品を試飲したくて師匠の手土産を選んでいる図式になり始めていることにまだ気づいていなかった。
ゴキュ
ちょっと一口というつもりで、店主の勧めの商品を試飲する。
発泡酒は喉越しが爽やかで、すっきりとした味わいであった。
「いいですね、これにします。」
「ありがとうございます。」
あくまでも沢崎直の中では師匠の手土産選びであるため、深酒はしない。この後、手土産を持って師匠のお宅を訪問し、その後に剣と魔法の修行が待っているので、万全の体調で臨まなくてはならないのだ。だから、沢崎直は味見のための試飲はしても、酒を楽しむために呑むのではないと自分の中ではっきりと線引きしていた。
今日は軽めの手土産であるため、一箱分の酒を馬車に積み込んでもらい、酒場を後にする。
馬車にそのまま乗り込もうとして、沢崎直は周囲に漂ってきた匂いに思わず足を止めた。
それは食欲をそそるような実に美味しそうな匂いで、思わず発生源を探してくんくんと匂いを嗅いでしまうくらいにはいい匂いだった。
くんくんと鼻をひくつかせながら、沢崎直が匂いに誘われて足を進めていくと、そこには先日まではなかった屋台があった。
店先に掛けられた看板には『イカ焼き』の文字が書かれている。
屋台の中では、威勢のいい店主がまさに今、鉄板の上で新鮮なイカを焼いている最中であった。
「うまいよ。一つどうだい?」
じゅーっと、いい音をさせて半透明だったイカに焼き色がついていく。
沢崎直の口の中にはもうイカの味を期待して唾液が溢れていた。
「一つください!」
誘われるままに注文する沢崎直。
「はいよ!」
威勢のいい店主は、串に刺さった焼き立てのイカを沢崎直に手渡してくれた。
手渡されたイカの魅力に抗えず、そのままかぶりつく沢崎直。
口いっぱいに広がる香ばしい焼き立てのイカの味に、沢崎直は心から思った。
(び、ビールをくれ!キンキンに冷えたヤツをジョッキで頼む!)
夏の夜のビアガーデンのシーフードの鉄板焼きとビールのことを思い出し、沢崎直は元の世界が恋しくなった。
「アルバート様!」
突然、屋台にふらふらと惹かれていった主を追ってきた従者のヴィルが、既にイカ焼きを頬張ってご満悦の主人を発見する。
「ん、うぃう。」
イカを頬張ったまま、沢崎直は推しの愛しい名前を発音したため、酷く不明瞭な発音となった。
食欲に支配され過ぎていた自分の行動を少し反省し、しっかりとイカを飲み下してから改めて従者のヴィルとの会話を再開する。
「えっと、アルコールばかりで何も食べないのも身体によくないですから、師匠に酒のツマミも買って行こうと思いまして……。」
イカの匂いにつられたことをごまかし、齧りかけのイカを持ったまま、えへへと笑って見せる沢崎直。
ヴィルはそんなお茶目で元気な主人に微笑みながら、そっとイカの屋台を見上げた。
「イカ焼きは、この街の夏の風物詩ですから。」
少しだけ切なげな響きが含まれているようなヴィルの呟きだったが、すぐにそんな感情はなかったかのようにヴィルは穏やかに微笑む。沢崎直が真意を感じ取る間もなく、ヴィルの呟きは暑さを増した夏の風に吹かれて霧散してしまった。
「ヴィル?」
「師匠に手土産など不要だと思いますよ?」
肩を竦めて師匠に厳しい意見を表明するヴィルの顔には、もうさっきまでの感情は残っていなかった。
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