上 下
144 / 163
第二部

第五章 イケおじ師匠とナイショの特訓!!!59『ヴィルと帰宅』

しおりを挟む
      五十九

 それから………。

 沢崎直とヴィルは、その日はそのまま師匠の家を後にして帰った。
 帰りの道は手土産を下ろした馬車は広く、師匠という理解者を得て気持ちが少し軽くなったこともあり、沢崎直にとっては快適な道のりだった。
 家に着く頃には、ついうとうととしてしまい、ヴィルに揺り起こされる。
「アルバート様。着きましたよ。」
「………はい!」
 眼前に迫る推しの美しい顔に驚いて、まだ夢の中かと疑った沢崎直だったが、こちらを見つめるその紫の瞳は本物であった。
 慌てて馬車の中で立ち上がろうとしてよろけると、当然のようにヴィルは手を貸してくれた。
「大丈夫ですか?お加減でも?」
「い、いえ、大丈夫です。寝惚けただけです。」
 更に慌てて、ヴィルの言葉に首を振る。これ以上心配をかけるわけにはいかない。
 馬車を下り、従者の手を離し、元気であることをアピールする。
 許されるならば、ずっと推しの尊い手を離したくはないのだが、そんなことはモブ女に許されることではないことは重々承知している。だから、そっと手を借りただけですよというくらいの間だけ、不自然にならぬように触れていた。
 馬車から降りて邸内に戻る道すがら、ヴィルは躊躇いがちに口を開いた。
「アルバート様。」
「どうしました?ヴィル。」
「記憶のこと……、俺が気付くことが出来ず、申し訳ありませんでした。」
 ヴィルが思いつめたような顔で頭を下げる。
 沢崎直はヴィルが謝罪した理由が分からず、ただ突然の事態に驚いていた。
「えっ?あの?」
(ど、ど、ど、ど、どうして?ヴィ、ヴィルさんが謝らなきゃならない要素ってあった?)
 ヴィルは頭を下げたまま、痛恨の極みといった様子で続ける。
「ご帰還されてから、一番傍にいたのは俺だというのに……。……まさか、『天啓』などと、師匠に指摘されるまで全く思い至ることも出来ませんでした……。」
 ヴィルは責任を痛感しているようで、少し声が震えている。
 沢崎直は責任感が強すぎる従者に、もう何を言ったらいいか分からなかった。
(えっ?そんな……。『天啓』って、そんなにないもんなんでしょ?……だから、気づかなくて当然だし……。えっ?それとも、天啓って、結構な頻度であるモノなの?この世界って、やっぱり分からん……。)
 心に新たな疑問が湧きあがるが、これは今度師匠に聞くまで取っておかなくてはならない。
 とりあえず、このどこまでも生真面目な従者の頭を上げさせなくてはならない。そもそも天啓だって、師匠の用意した与太話なのだ。まあ、だからといって沢崎直に真実を話す選択肢はないのだが……。
「大丈夫です、ヴィル。私にだって分からなかったです。師匠は諸国を修行しておられるので、そういう可能性に気付かれただけで……。」
 沢崎直が師匠の名を出した時、ヴィルが少しだけぴくっと反応を見せた。
 頭を下げながら握りしめている拳に力が入っている。
(あっ、もしかして……。)
 沢崎直は、そこでようやく気付いた。
(師匠に負けて、悔しかったんだね、ヴィルさんは。剣のことも、アルバート氏のことも……。)
 思いがけず垣間見た推しの人間的で年相応とも思える反応に、沢崎直は心がじんわり温かくなったのと同時にほっとしていた。この世界で出会ってから、この優秀な従者は極力完璧であろうとして、隙のないところばかり見てきた。もちろん、この従者は常にそうあろうと努力してきたし、そうあらねばならぬと心掛けてきたのだろう。
 しかし、従者といえど人間だ。その上、ヴィルは前の世界の沢崎直よりも年下なのだ。
 残念イケメン驀進中のアルバート(in沢崎直)と比べては失礼にあたるが、それでも完璧な人間などいないのだ。完璧であろうとしているだけで、皆多かれ少なかれ七転八倒して生きているのだ。
 ヴィルはそんな当たり前なことを沢崎直に気付かせてくれた。
「ふふふ。」
 思わず沢崎直が笑ってしまう。
 ヴィルは主人の反応が理解できず、思わず下げていた頭を上げて主人の顔を窺った。
「アルバート様。」
「大丈夫ですよ、ヴィル。一緒に精進、頑張りましょう。ね?」
 自分よりも何十歩も先を歩いているヴィル相手に少しおこがましい発言ではあったが、その日の沢崎直は大胆にもそんなことを口に出していた。
 ヴィルは少し眩しそうに主人の笑顔を見つめると、真っ直ぐに立ち、しっかりと頷いた。
「はい。」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

田舎娘をバカにした令嬢の末路

冬吹せいら
恋愛
オーロラ・レンジ―は、小国の産まれでありながらも、名門バッテンデン学園に、首席で合格した。 それを不快に思った、令嬢のディアナ・カルホーンは、オーロラが試験官を買収したと嘘をつく。 ――あんな田舎娘に、私が負けるわけないじゃない。 田舎娘をバカにした令嬢の末路は……。

あなたがわたしを本気で愛せない理由は知っていましたが、まさかここまでとは思っていませんでした。

ふまさ
恋愛
「……き、きみのこと、嫌いになったわけじゃないんだ」  オーブリーが申し訳なさそうに切り出すと、待ってましたと言わんばかりに、マルヴィナが言葉を繋ぎはじめた。 「オーブリー様は、決してミラベル様を嫌っているわけではありません。それだけは、誤解なきよう」  ミラベルが、当然のように頭に大量の疑問符を浮かべる。けれど、ミラベルが待ったをかける暇を与えず、オーブリーが勢いのまま、続ける。 「そう、そうなんだ。だから、きみとの婚約を解消する気はないし、結婚する意思は変わらない。ただ、その……」 「……婚約を解消? なにを言っているの?」 「いや、だから。婚約を解消する気はなくて……っ」  オーブリーは一呼吸置いてから、意を決したように、マルヴィナの肩を抱き寄せた。 「子爵令嬢のマルヴィナ嬢を、あ、愛人としてぼくの傍に置くことを許してほしい」  ミラベルが愕然としたように、目を見開く。なんの冗談。口にしたいのに、声が出なかった。

あなたの愛はいりません

oro
恋愛
「私がそなたを愛することは無いだろう。」 初夜当日。 陛下にそう告げられた王妃、セリーヌには他に想い人がいた。

婚約破棄!? ならわかっているよね?

Giovenassi
恋愛
突然の理不尽な婚約破棄などゆるされるわけがないっ!

私は側妃なんかにはなりません!どうか王女様とお幸せに

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のキャリーヌは、婚約者で王太子のジェイデンから、婚約を解消して欲しいと告げられた。聞けば視察で来ていたディステル王国の王女、ラミアを好きになり、彼女と結婚したいとの事。 ラミアは非常に美しく、お色気むんむんの女性。ジェイデンが彼女の美しさの虜になっている事を薄々気が付いていたキャリーヌは、素直に婚約解消に応じた。 しかし、ジェイデンの要求はそれだけでは終わらなかったのだ。なんとキャリーヌに、自分の側妃になれと言い出したのだ。そもそも側妃は非常に問題のある制度だったことから、随分昔に廃止されていた。 もちろん、キャリーヌは側妃を拒否したのだが… そんなキャリーヌをジェイデンは権力を使い、地下牢に閉じ込めてしまう。薄暗い地下牢で、食べ物すら与えられないキャリーヌ。 “側妃になるくらいなら、この場で息絶えた方がマシだ” 死を覚悟したキャリーヌだったが、なぜか地下牢から出され、そのまま家族が見守る中馬車に乗せられた。 向かった先は、実の姉の嫁ぎ先、大国カリアン王国だった。 深い傷を負ったキャリーヌを、カリアン王国で待っていたのは… ※恋愛要素よりも、友情要素が強く出てしまった作品です。 他サイトでも同時投稿しています。 どうぞよろしくお願いしますm(__)m

捨てられ令嬢の恋

白雪みなと
恋愛
「お前なんかいらない」と言われてしまった子爵令嬢のルーナ。途方に暮れていたところに、大嫌いな男爵家の嫡男であるグラスが声を掛けてきてーー。

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

〖完結〗二度目は決してあなたとは結婚しません。

藍川みいな
恋愛
15歳の時に結婚を申し込まれ、サミュエルと結婚したロディア。 ある日、サミュエルが見ず知らずの女とキスをしているところを見てしまう。 愛していた夫の口から、妻など愛してはいないと言われ、ロディアは離婚を決意する。 だが、夫はロディアを愛しているから離婚はしないとロディアに泣きつく。 その光景を見ていた愛人は、ロディアを殺してしまう...。 目を覚ましたロディアは、15歳の時に戻っていた。 毎日0時更新 全12話です。

処理中です...