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第二部

第五章 イケおじ師匠とナイショの特訓!!!57『さっきの』

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      五十七

「まあ、あれだ。ほれ、アル坊。さっきの見せてやれ。」
「はあ?」
 突然、矛先が自分に向き、沢崎直は戸惑いを返事に乗せた。
 師匠はそんな沢崎直に、意味深に微笑みながら告げる。
「お前の魔法だ。見せてやれよ、ヴィルに。」
 記憶喪失と魔法に何のつながりがあるのか、沢崎直には全く分からない。今日初めて会った師匠ではあるが、色々と話をして師匠の人となりを知り弟子にしてもらい、師匠のことを信頼していないわけではないが、話が全く見えない以上すんなり承服できずに沢崎直は視線だけで真意を尋ねた。
 師匠は自信たっぷりに頷いてみせる。
 沢崎直は更に戸惑った。
 魔法を見せるということは、空手を見せるということでもある。ヴィル相手に別世界の武術を見せる危険性を孕んだ行動であるというのに、そう易々と師匠の言うことを聞くわけにはいかなかった。
 師匠の言葉だけで何も起きない状況に、箱を持ったままのヴィルが苛立ちを見せる。
「師匠。アルバート様に無茶を言うのはやめてください。」
「無茶なんて言ってねぇよ。お前が酒を買いに行ってる間に、二人で話して分かったことがあるから、お前にも教えてやろうと思っただけだ。」
 師匠はヴィルの苛立ちも気にならないようで、軽く肩を竦めるだけだ。
 逆に沢崎直はヴィルの苛立ちも、師匠のすかした態度もどっちも気になって仕方ない。二人が張り合い始めると、間に挟まれたモブ女・沢崎直にとっては良くない事態が起こりがちだということは学習済みである。
 そんな沢崎直の気も知らず、師匠は続ける。
「大丈夫だ、アル坊。さっきの見せてやれよ。お前には何が何だか不安なんだろうが、俺がちゃんとヴィルに説明してやるから。」
 沢崎直にだけ分かる意味を込めて、師匠は沢崎直を促す。
(さっき、ヴィルの事は任せとけって言ったことと関係あるのかな?)
 詳しいことは分からなかったが、ここまで師匠が言うからには何か意味があるのだろう。
 沢崎直は師匠という人を信じて賭けてみることにした。
 立ち上がり、二人から距離を取ったところまで移動する。
 今回は的がないので、虚空に向けて正拳突きを打つことにする。
(よく分かんないけど……。)
 二人の視線が自分に集まっているのを感じる沢崎直。
 出来るだけ心を平静に保ち、深呼吸を何度も重ねる。
 体内の力を意識し、集中力が高まったところで、目を閉じるとふっと息を吐き出す。
「押忍!」
 掛け声とともに正拳突きを放つ。
 すると、先程までと同じように突き出した拳が炎を纏っていた。
「どうだ?」
 拳の炎を沢崎直が一生懸命吹き消している間に、師匠は既にヴィルに説明を始めている。
 ヴィルは目の前で起きた事態に目を見開いて驚いていた。
「なっ……!」
「あれが、アイツの新しい技。さしずめ、『魔法拳・押忍』ってところだな。」
「待ってください!」
 突然名づけられた新技に、沢崎直は待ったをかけた。
(何それ、ダサすぎ。絶対嫌なんだけど!)
 あまりにもあんまりな響きに、なりふり構わず反対するくらいには、いてもたってもいられなかった沢崎直。
「そんな名前は嫌です、師匠。ダサいです。そんな名前の技は練習したくありません。」
 いくら師匠相手でも許せることと許せないことがある。
 今後、何かあった時に、あのダサい名前を使って説明しなければならない未来を想像しただけで、沢崎直には絶望しか感じない。それくらい沢崎直にとっては師匠のネーミングセンスは絶望的であった。
 あまりにもはっきりと弟子に名前がダサいと切って捨てられ、師匠は少し傷ついた顔をした。
「いや、あの、そのだな。」
 普段の余裕綽々な態度からは考えられないくらいの弱々しい口調で、何か言い訳をしようと試みる師匠。
 普段の沢崎直なら師匠相手にこんな顔をさせてしまったと気を遣うところだが、そんな沢崎直が更に強固に言い募るくらいに師匠のつけた名前は沢崎直にとっては受け入れがたいものであった。
「いやです、師匠。名前は再考してください。決める時は確実に私の許可を取ってください。」
「わ、分かった。」
 沢崎直の勢いに、師匠は頷くしかなかった。


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