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第二部

第五章 イケおじ師匠とナイショの特訓!!!55『ヴィルvsゲオルグ』

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      五十五

 どの世界においても『達人』というのは、確実に存在する。
 それは、確かな実力と弛まぬ日々の鍛錬の結実であり、目指す者の全てが到達できるわけではない高みに存在する者である。
 ヴィルは『達人』の領域に確かに足を踏み入れつつあると言っても過言ではないのだろう。その実直で誠実な性格から日々の鍛練を怠らず、身に備わった天賦の才や恵まれた体格、そのどれをとっても剣術に向いている。だからこその確かな腕であり、確かな強さである。初対面の沢崎直ですら感じる強者の匂いは、それだけの実力に伴ったものなのだ。
 だが、世界には稀に、その達人をも軽く凌駕する者が現れる。
 それは、世界によって呼び名もさまざまであるが、少なくとも『人』という名称を使われることはない。剣の世界においては『剣聖』や『剣神』などと呼ばれることもある。
 それは、遥か人類を凌駕すると讃えられ畏れられるが故の呼び名であるのだろう。
 師匠の剣の腕は、多分、その領域に達していると思われる。
 沢崎直は二人の試合を見て、そう結論づけた。
 ヴィルが決して弱いとは思わない。むしろ強い方であることは確実だ。次兄のロバートですら、ヴィルの腕を買っていた。
 しかし、師匠はレベルが段違いだった。
 二人が木剣を構えた後、隙のない二人が隙を窺う攻防に、沢崎直が内心で酔いしれていたのも束の間、勝負は一瞬にして決してしまった。
「ほら、打ち込んで来いよ。」
 不敵に笑った師匠がそう告げて、ヴィルが動いた途端、気が付くとヴィルは地面に膝を着き、師匠が木剣をヴィルの首筋に当てていたのだ。
 あまりにも素早い出来事過ぎて、沢崎直は口を開けたままだった。
 視線で追えていたかも怪しいほどの迅速な挙動。
 打ち込んできたヴィルをすり抜けるようにして、師匠は背後を取ると力すら入っていないんじゃないかと疑うほどの滑らかな動きで、ヴィルの背後を取った。
 ヴィルに反撃する隙すら与えず、口笛でも吹きそうな気安さで、ヴィルから抵抗する気すら奪う一撃。いや、師匠は一撃すら入れていない。ただ、明確に負けたと分からせるために、背後から首筋に木剣を当てただけだ。二人の実力差はあまりにも決定的だった。
「くっ……。」
 膝を地面に着いたまま、悔しそうに顔を歪めるヴィル。
 師匠は背後から木剣を外さずに弟子に告げる。
「まだまだだな、ヴィル。精進が足りねぇよ。」
 そして、ようやく木剣を外すと、軽い足取りで沢崎直の元に向かってきた。
「俺の勝ちだからな。酒は運んどけよ。」
「す、スゴイです……。師匠……。」
 呆けて口を開けたまま、間抜けなほどの響きで師匠を称賛する沢崎直。
 素直過ぎて逆に凄すぎると思っていることが伝わる沢崎直の反応に、師匠は微笑んだ。
「だろ?なんたって、師匠だからな。」
 そのお茶目なセリフすら、剣の実力が伴えば必殺の決め台詞に思えてくる。
 呆けたまま、沢崎直はぱちぱちとまばらな拍手をしていた。
 沢崎直のへっぽこ剣法とは次元どころか何もかもが違う師匠の剣は、もはや芸術と呼んでも差し障りがないほどである。洗練された動きというのは、美しいのだ。
 そんな師匠の後ろで、ヴィルが立ち上がる。
 顔にはまだ悔しさが滲んでいるが、試合前に決めた約束を履行する真面目さは持っている従者は、試合に負けた以上酒を運び入れるのだろう。
 立ち上がったヴィルに、師匠が持っていた木剣を放る。
「これもついでに片づけておけよ。」
 ヴィルは文句を飲み込んで木剣を受け取ると歩き出す。
 沢崎直は同じ師匠に教えを乞う弟子として、ヴィルを手伝うために歩き出そうとした。
 だが、師匠はそれを止めた。
 
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