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第二部

第五章 イケおじ師匠とナイショの特訓!!!51『御両親』

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      五十一

「どんな方ですか?アルバート氏の御両親は。」
 息子の外見を持ちながら、中身は完全に他人である沢崎直は、自分よりもよほど辺境伯と面識がある師匠に尋ねた。
 師匠は少々複雑な状況に自嘲気味の笑みを浮かべて頭を掻きながらも答えてくれた。
「少なくとも、いい両親だと思うぞ。温かい人たちだ。その上、あの人が領地を責任持って守ってくれるおかげで、この国は平穏だ。」
 穏やかな表情でそう師匠が言ってくれるおかげで、沢崎直はいつかアルバート氏の実家である辺境伯領に帰る日を恐怖に思わずに済みそうだ。だが同時に、素敵な両親に大切にアルバート氏が育てられてきたことを思うと、帰郷は心苦しくて仕方ない。
「そうですか。」
 複雑な思いを抱えながらも、沢崎直は頷いた。
 いずれは会いに行かなくてはならない、絶対に。
 そんな決意を胸にして、沢崎直は覚悟と共に続けた。
「やはり、一度、アルバート氏の両親とも相談してみます。少なくとも、アルバート氏も婚姻を解消したがっていたという事実はあるようなので……。」
「それがいい。」
 師匠は先程までのふざけた様子ではなく、ちゃんとした大人としての態度でしっかりと頷いてくれた。
 婚約問題を思うと沢崎直は気が重くて仕方がないが、それこそ婚姻というのは自分も相手も一生の問題である。沢崎直の元いた世界では、離婚という手段が確立され、かなりの傷を負うことがあるものの失敗を取り戻すことがまだ可能であったが、それでも婚姻は一生の問題であった。しかし、この異世界ではそれほどメジャーな手段として離婚があるとは思えない。ならば、それこそ言い訳をこねくり回して、小手先だけで誤魔化すのではダメな気がした。だからこそ、二人の婚姻を決めたアルバート氏の両親である辺境伯夫妻抜きではこの話は語れない。
 結局、大きな問題というのは真正面から誠実に取り組むしかないのだ。
 どれだけ逃げたくても、逃げられないコトというのは存在する。そういうコトに限って、安易で手軽な解決法など皆無なのだ。
 弟子の真面目な態度に師匠は初めのうち満足していたが、自分が先程まで持ち出していた話題を思い出した途端、はっとなり困った顔になった。話題が妙な具合に進んでいき、想ったよりも深刻になってしまったが、元々は弟子の沢崎直がもたらした可能性による新しい武術の事であったはずだ。
「あの、な。ナオ。それで、お前さんと新しい武術を作る話なんだが……。」
 説得材料が既に機能しなくなり、師匠は困った顔のまま沢崎直の顔色を窺うように改めて話を切り出した。
 あまりにも下手に出てくる師匠に、沢崎直はこれからも師匠に世話になることを思い、少しだけ譲歩することにした。
「別に開祖とか、そういうのはいらないですけど……。このへんてこな魔法のことは、少し知りたいので、師匠の元で魔法の修行もお願いしていいですか?」
 沢崎直の申し出に師匠の瞳がみるみる輝きを取り戻す。
 あまりに素直な師匠の反応に、沢崎直は何だか毒気が抜かれてしまった。先程までの深刻な話題で重くなった気持ちが、師匠のおかげで軽くなっていた。
「私としては、魔法は何としても前に飛ばしたいですから。」
 ただ、一言付け加えるのは忘れない。師匠に全てを任せていたら、沢崎直の魔法が前に飛んでいく日は来なさそうな気がしたからだ。
「お、おう。そっちもな。」
 笑って請け負ってくれる師匠。
 結果的に、師匠のもとに来る前に沢崎直が悩んでいたことのいくつかは、師匠のおかげで少しだけ前進していた。少し無理を言ってヴィルについてきたことは、功を奏したと言える。
「よし、ナオ。剣の鍛練は程々でいいからな。これからは、その魔法の鍛練をした方がいい。俺にはよく分からんが、空手の鍛練に、こうエネルギーを高めるみたいなもんはあるか?」
 剣を教える師匠が、平気でそんなことを言ってのける。
 沢崎直は思わず笑ってしまった。
 しばらく笑っていた沢崎直だったが、ふいに馬車の音が聞こえた気がして道の向こうに目をやった。
 師匠も沢崎直につられて道の向こうに視線を向けると、興味もなさそうに呟いた。
「おっ、ヴィルの野郎が帰って来たんじゃないか?」
 小さく見える馬車の姿に、沢崎直は微笑む。
 かなりの時間がかかったが、ようやくヴィルが師匠のお使いを終えて帰ってくるようだった。
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