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第二部

第五章 イケおじ師匠とナイショの特訓!!!㊽『堅いのを殴る』

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      四十八

「ほら、どうした?」
 師匠がわくわくした顔でこちらを見て急かしてくるので、弟子である沢崎直にそこで止めるという選択肢は残されていなかった。
 しょうがないので、痛みを覚悟して的に向き直る。
 武術好きの師匠にとっては痛みなど、技術の前では大したことがないのかもしれないが、あいにくモブ女である沢崎直にとっては違った。
(堅いのを殴ったら、絶対痛いんだから……。)
 止めるとは言い出せない状況に辟易しながら、心の中では文句たらたらである。
 それでも逃げることは出来ず、息を吐き出して精神を統一する。
(……一回だけだから、我慢。)
 覚悟を決めて諦めると、目を閉じて意識を研ぎ澄ませる。
 集中力が頂点に達したところで、目を見開くと、沢崎直は掛け声を上げた。
「押忍!」
 掛け声とともに突き出される拳。
 拳は炎を纏い、的へと衝突した。
 次の瞬間。

 ボキッ

 その場に大きな音が響いた。
 そして、的は炎を上げながら砕けた。
(……痛く……ない?)
 的が壊れたおかげで、ぶつかっても拳が痛くなかったことの方に沢崎直は驚いていた。
「っ!!」
 的が壊れたことの方に、師匠は驚いていた。
 拳を開いたり閉じたりしながら拳の無事を確認する沢崎直。
 沢崎直の顔には安堵が広がった。
「師匠。やっぱり壊れちゃうじゃないですか。だって、木ですよ?空手の達人は、拳や蹴りで板とか普通に割りますよ?」
 他にも瓦割りやバット折りなどのスゴ技披露があるが、あれらは割れなかった時の痛みが大きい。その代償が怖かった沢崎直は、進んで挑戦したことはなかった。
 朗らかでのほほんと話しかける沢崎直とは反対に、師匠は驚いた様子のまま砕けた板の方をじっくりと観察し続ける。
 しばらく破片を持ち上げたりして師匠が無言で観察しているので、沢崎直にも何かがおかしいのかもという空気は読めた。的を壊してしまったことで、少しの罪悪感も今更芽生えてきたため、居心地も悪い気がし始めた。
「あ、あのー。」
 沈黙に耐えられなくなり、沢崎直は恐る恐る師匠に話しかける。
 地面にしゃがんでいた師匠は、勢いよく顔を上げた。
 その勢いに思わず沢崎直がのけぞる。
「し、師匠?」
 叱られるんじゃないかと身構えた沢崎直だったが、それは杞憂だった。
 顔を上げた師匠の表情は実にイキイキとしており、瞳は好奇心に溢れていた。
「どうやったんだ?今の。教えろ。」
 のけぞった分の距離も一気に縮めて、師匠が勢い込んで尋ねてくる。
 沢崎直は、勢いの分後ずさって気圧されながら答えた。
「わ、分かりません。……私としては、普通に空手の正拳突きをしたみたいな感じです。」
「何だよ、そりゃ。俺にも分かるように理論化して説明しろ。」
 師匠は沢崎直の言葉には不満なようだった。
 だが、そう言われても、沢崎直にもよく分からないモノを説明できるわけもない。共有できないような固有の感覚を理論化するのは、非常に難しいことなのだ。
「で、出来ませんよぉ……。それに、前に飛ばないのは変わらないじゃないですか…。」
 師匠にとっては興味津々の結果かもしれないが、沢崎直にとっては納得できる結果ではない。沢崎直は普通に魔法が使いたいのだ。奇抜な魔法を使いたいのではない。
 沢崎直の泣き言のような言い訳を、師匠は即座に切って捨てた。
「前に飛ぶのは重要じゃねえ。そんなもん、誰でも出来る。」
 師匠の言葉に、沢崎直の心はまた少し傷ついた。誰でも出来ることが出来ないということは、平均点すら取れないということだ。天賦の才を与えられたような者ならば、他に誇れることがありそれでもいいかもしれないが、モブ女にとってそれは、死活問題なのだ。
 だが、好奇心が爆発中の師匠には、そんなモブ女のささやかな心の機微などというのは一顧だにするようなものではない。興味の向くまま突き進み、言葉を重ねる。
「よし、分かった。だったら、もっと見せろ。俺が自分で理解する。たとえば、炎以外はどうだ?」
 一度火が付いた師匠の荒ぶる心を静める術を、ヴィルに聞いておかなかったことを沢崎直は全力で後悔し始めていた。

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