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第二部

第五章 イケおじ師匠とナイショの特訓!!!㉝『興味津々の師匠』

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      三十三

「何で打ち込んでこない!」
 見事寸止めを決めた沢崎直に対して、師匠は不服そうに叫んだ。
 それを聞いて、沢崎直も声を大にして力説する。
「痛いからに決まってるじゃないですか!」
「喰らってみたいんだよ、いいだろ?武術ってのは、まず自分の身体で覚えるもんだ!」
「怪我したら大変だから、ダメです!」
「大丈夫だ!怪我をしたら、魔法で治す。任せとけ。多少の回復魔法の心得はある。何せ騎士団出身だからな。」
 よく分からない太鼓判を押されて、自信満々に師匠が宣言する。
 だが、この世界の常識を知らない沢崎直にとっては、何が大丈夫なのか全く理解できなかった。だから、到底承服できない。
「ダメです!怪我が治っても、痛いのは変わりません。それに、私は人に怪我をさせたくありません!」
 必死に首を振って、師匠の申し出を撥ねつける。
 だが目新しい武術を前にした師匠も、ちょっとやそっとの事では諦めなさそうだった。
「大丈夫だ。俺は多少の事では怪我などしねぇ。何せ師匠だからな。」
 もはや理屈もメチャクチャだ。だが、師匠は一歩も引く気がなさそうだ。
 沢崎直は困り果てた。
(この人、全然話聞いてくれない。)
 それでも、沢崎直は必死に言葉を重ねて説得する。
「師匠は剣の師匠ですよね?空手は素人です。私は元の世界で空手の師匠に言われました。素人の人に空手を使っちゃいけないと。私は師匠の言いつけを守ります。だから、師匠に打ち込むのは無理です。」
「何だよ、それ。いいだろ?ちょっとくらい。へらねぇって。向こうの師匠も許してくれるって。」
 聞き分けのない子供のような理屈で迫ってくる師匠。
 沢崎直はそれでも必死に否を突きつける。ここで押されたら負けだ。
「ダメです。絶対、ダメです。」
 頑なな沢崎直に、そこまで攻め一辺倒だった師匠が、すっと退いて見せる。
「分かった。こういうのは、どうだ?」
 沢崎直は恐る恐る顔を上げて師匠を見上げた。
「お前が俺に空手を教えるってのは?」
「無理です。」
 沢崎直は言下に否定した。
 しかし、師匠は諦めない。
「何でだよ?いいだろ?」
「私は教えられるほど知りません。生半なことを教えては、空手にも師匠にも申し訳が立ちません。私は不出来な門下生だったんです。だから。」
 沢崎直を説得できそうもない気配を感じ、師匠が唇を尖らせる。
「何だよ…。面白そうな武術があったら知りたくなるもんだろ?それが人間の性だろ?」
「そんな性、知りません。」
「何言ってんだよ。そんな性があるから、剣の修行に諸国に赴くし、強いヤツを見たらケンカ吹っかけたくなるんだろうが。あと、ヤバいモンスターが出たって聞いたら、倒しに行きたくなるのも、そんな性のせいだな。」
 うんうんと師匠が自分で説明して自分で納得する。
 少年バトル漫画の主人公にしか許されなさそうな理屈を、正々堂々発言する師匠に沢崎直は毒気を抜かれていた。
(この人、悪い人じゃないんだろうな……。ちょっと、残念なとこあるけど……。)
 だが、この残念さがある種のタイプの女性にはたまらないかも知れない。いつまでも少年の心を忘れない純粋さを持ち合わせていて、好きなことに邁進する。
(……師匠って、ヴィルさんとタイプは違うけど。実はモテるかも!?)
 今まで色々なことが気になって純粋に師匠個人を見ることが出来ていなかったが、今になって改めて観察してみると、師匠は実に魅力的であるかもしれない事実に、沢崎直は今更ながら気づいた。
 まあ、少しというか結構だらしない感じの身なりではあるが、見てくれは悪くない。いや、むしろいい。だらしなさやファーストコンタクトの時の衝撃に目を眩ませていなければ、そちらの方にこそ目が行ってしまうかもしれないくらいには、いい。ヴィルと並ぶほどの長身、元・騎士団団長という肩書き、それに剣術修行によって引き締まった肉体。その上、少し悪戯な感じのする表情に、お茶目な性格。
(……ちょっと悪い感じがするのも、好きな人にはたまらないかも……。)
 沢崎直は目の前の師匠を心の中で『イケおじ』であると断定した。
 だが、このほんの一瞬の間にイケおじ認定されたとも露知らず、師匠はまだ諦め切れない空手を何とか少しでも知ろうとあの手この手を繰り出そうとする。
「なあ、ナオ。教えてくれよ、空手。お前が別の世界から来たってことは粗方理解出来たけどさ。その別の世界の武術を教えてくれたら、もっと理解できると思うんだよ、俺は。だから、お願いだ、この通り。」
 頼み込むように師匠が手を合わせて拝んでくる。
 あまりに自然で親しげに名前を呼ばれたことに沢崎直はドキッとした。その上、相手の懐に入るのも上手い。剣術の達人として間合いを測るのが上手い以上の何かを、沢崎直は師匠に感じていた。
(師匠、絶対、女慣れしてる。)
 沢崎直の女の勘が、そう告げていた。
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