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第二部
第五章 イケおじ師匠とナイショの特訓!!!㉜『空手』
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三十二
だが、言いよどんだのは一瞬で、結局沢崎直は真実を語ることに決めた。
号泣した後の酸欠で疲労困憊の脳みそでは、うまいカバーストーリーなど考え付くはずもなかったからだ。
「……あんまりびっくりしたので……。その、倒しました。」
「はぁ?」
「わ、私もあんなこと出来るなんて思わなくて、でも、アルバート氏の身体があったからだと思うんですけど!……えっと、無我夢中で、殺らなきゃ殺られるって感じだったので……。」
最後の方は言い訳のように、口の先だけでもごもごと説明する。
師匠は沢崎直の説明に不信感をもったようで、軽く眉根を寄せた。
そんな師匠のいちいちの反応に沢崎直はびくつく。
「どうやって?ヴィルが素手でとか言ってなかったか?」
師匠の疑問は、この異世界の人間誰しもが持つ疑問のようだ。今まで会った騎士や腕の立つ者、剣を使う者などの数々の人間が真相が分からず困惑する姿を沢崎直は目の当たりにしてきた。
だが、沢崎直にとっては、それは疑問を持つようなことではない。そこまでおかしなことではないのだ。今回は自分が撃退することになったが、こういうケースはわりとありふれている。山に登ってクマに遭遇した空手の達人が、クマを撃退したニュースはよく耳にする。
異世界と元の世界の違いを実感するのは、こういう時だ。
先程の転生の状況の説明の時も、自動車がこの世界になさそうなため馬車と言い換えたが、果たして伝わっているのだろうか?馬車に轢かれて人は死ぬのか?沢崎直は不安になりながらも、自分の持てる言葉を尽くして説明を続けた。
「空手です。」
「から?なんだって?」
「私が小さい頃から習っている武道です。私の世界ではありふれていて、空手と言います。」
説明だけでは不十分そうなので、沢崎直は立ち上がり、軽く空手の型を実演してみせることにした。
ふっと息を吐き、心を整える。
「押忍。」
小さく掛け声を放ち、虚空に向けて型を披露する。
「これが空手です。」
沢崎直の動きを見た途端、師匠の顔からは不信感が消え去り、瞳に好奇心が溢れた。
空手の感触がよさそうなので、沢崎直は立ったまま続ける。
「くまさんを倒したのは、こういう感じだったと思います。まず、腰だめからの正拳突き。そして、跳躍して踵落とし。」
デモンストレーションとして、軽く技を見せる。
アルバートの身体は、こんな時も機敏に動いてくれて、肩慣らし程度の力しか出さなくても間抜けさは微塵も感じなかった。
「ほぉ。」
師匠が沢崎直の動きに目を瞠って驚く。
そして、師匠が椅子から立ち上がった。
「おい、今の、俺に打ち込んでみろ。」
瞳を期待に輝かせて、師匠が邪魔な家具を腕で軽くどかしてスペースを作るために片づけ始めた。
突然の展開に、沢崎直は及び腰になる。
「えっ、でも?」
「いいから、俺に喰らわしてみろ。」
試合でもなく、空手の心得も無い方に突然打ち込むなど、沢崎直には無理だ。ただでさえ、空手の道場では素人さんに空手を使っちゃダメだと幼い頃から教えられている。
だが、師匠は一歩も退かない様子で、瞳を爛々と輝かせている。
(ちょ、ちょっと、師匠、何か、アドレナリンが出てませんか?)
沢崎直の空手は、どうやら師匠のよく分からないスイッチを押してしまったようだ。
「どうした?早く来い。」
ここまで来るとお断りできる雰囲気ではない。
沢崎直は困り果てて、折衷案を用意した。
「わ、分かりました!当てないように、打ち込みます。」
「は?当ててこい!」
「ダメです!寸止めです!師匠に当たったら、また私、泣きますからね!」
突然ノリノリになった師匠に困惑しながら、よく分からない脅迫を繰り広げる沢崎直。
どうやら逃げられなさそうなことを悟り、せめてどちらも怪我をしないようにと精神を落ち着ける。
呼吸を繰り返し、平常心を意識し、スペースの確保された場所で、師匠に対し気合いを向ける。
「行きます!」
「来い!」
沢崎直は五分ほどの力を籠め、寸止めの正拳突きを師匠へと放つのだった。
だが、言いよどんだのは一瞬で、結局沢崎直は真実を語ることに決めた。
号泣した後の酸欠で疲労困憊の脳みそでは、うまいカバーストーリーなど考え付くはずもなかったからだ。
「……あんまりびっくりしたので……。その、倒しました。」
「はぁ?」
「わ、私もあんなこと出来るなんて思わなくて、でも、アルバート氏の身体があったからだと思うんですけど!……えっと、無我夢中で、殺らなきゃ殺られるって感じだったので……。」
最後の方は言い訳のように、口の先だけでもごもごと説明する。
師匠は沢崎直の説明に不信感をもったようで、軽く眉根を寄せた。
そんな師匠のいちいちの反応に沢崎直はびくつく。
「どうやって?ヴィルが素手でとか言ってなかったか?」
師匠の疑問は、この異世界の人間誰しもが持つ疑問のようだ。今まで会った騎士や腕の立つ者、剣を使う者などの数々の人間が真相が分からず困惑する姿を沢崎直は目の当たりにしてきた。
だが、沢崎直にとっては、それは疑問を持つようなことではない。そこまでおかしなことではないのだ。今回は自分が撃退することになったが、こういうケースはわりとありふれている。山に登ってクマに遭遇した空手の達人が、クマを撃退したニュースはよく耳にする。
異世界と元の世界の違いを実感するのは、こういう時だ。
先程の転生の状況の説明の時も、自動車がこの世界になさそうなため馬車と言い換えたが、果たして伝わっているのだろうか?馬車に轢かれて人は死ぬのか?沢崎直は不安になりながらも、自分の持てる言葉を尽くして説明を続けた。
「空手です。」
「から?なんだって?」
「私が小さい頃から習っている武道です。私の世界ではありふれていて、空手と言います。」
説明だけでは不十分そうなので、沢崎直は立ち上がり、軽く空手の型を実演してみせることにした。
ふっと息を吐き、心を整える。
「押忍。」
小さく掛け声を放ち、虚空に向けて型を披露する。
「これが空手です。」
沢崎直の動きを見た途端、師匠の顔からは不信感が消え去り、瞳に好奇心が溢れた。
空手の感触がよさそうなので、沢崎直は立ったまま続ける。
「くまさんを倒したのは、こういう感じだったと思います。まず、腰だめからの正拳突き。そして、跳躍して踵落とし。」
デモンストレーションとして、軽く技を見せる。
アルバートの身体は、こんな時も機敏に動いてくれて、肩慣らし程度の力しか出さなくても間抜けさは微塵も感じなかった。
「ほぉ。」
師匠が沢崎直の動きに目を瞠って驚く。
そして、師匠が椅子から立ち上がった。
「おい、今の、俺に打ち込んでみろ。」
瞳を期待に輝かせて、師匠が邪魔な家具を腕で軽くどかしてスペースを作るために片づけ始めた。
突然の展開に、沢崎直は及び腰になる。
「えっ、でも?」
「いいから、俺に喰らわしてみろ。」
試合でもなく、空手の心得も無い方に突然打ち込むなど、沢崎直には無理だ。ただでさえ、空手の道場では素人さんに空手を使っちゃダメだと幼い頃から教えられている。
だが、師匠は一歩も退かない様子で、瞳を爛々と輝かせている。
(ちょ、ちょっと、師匠、何か、アドレナリンが出てませんか?)
沢崎直の空手は、どうやら師匠のよく分からないスイッチを押してしまったようだ。
「どうした?早く来い。」
ここまで来るとお断りできる雰囲気ではない。
沢崎直は困り果てて、折衷案を用意した。
「わ、分かりました!当てないように、打ち込みます。」
「は?当ててこい!」
「ダメです!寸止めです!師匠に当たったら、また私、泣きますからね!」
突然ノリノリになった師匠に困惑しながら、よく分からない脅迫を繰り広げる沢崎直。
どうやら逃げられなさそうなことを悟り、せめてどちらも怪我をしないようにと精神を落ち着ける。
呼吸を繰り返し、平常心を意識し、スペースの確保された場所で、師匠に対し気合いを向ける。
「行きます!」
「来い!」
沢崎直は五分ほどの力を籠め、寸止めの正拳突きを師匠へと放つのだった。
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