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第二部
第五章 イケおじ師匠とナイショの特訓!!!㉘『手土産の酒』
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二十八
しばらくして、箱は二人のちょうど真ん中に置かれた。
沢崎直はもうどうしていいか分からず、箱を持ってうろうろした挙句、困りきってその場に箱を下ろしたのだ。箱自体は大した重さではなかったが、それを長時間持つという想定はしていない。ただ馬車から降ろして運ぶだけなら大した重さではないというだけだ。ずっと持ち上げっぱなしでうろうろし続けた沢崎直は、既に疲労困憊であった。
降ろした箱に座り、膝を抱え、口を引き結んだままでじっと床を見つめる。
二人の男の間で、翻弄されたモブ女は、もう一歩も動く気に慣れなかった。何なら、ちょっと拗ねていた。こんな面倒な事態になったことを、何かに対して八つ当たりでもしたくなった。だが、そんなことはできないので、じっとしているだけだ。
そんな重たい空気の漂う室内で、さすがに師匠もヴィルも自分たちの行動が少々行き過ぎていたことを自覚していた。素直なアルバートが二人の間で困惑してしまうような事態を引き起こしたと感じ、どう言葉を掛けたらいいか悩んでいた。
部屋の奥の椅子に座る師匠。部屋の端で酒箱に腰かけるヴィル。その二人の真ん中の酒箱に腰かける沢崎直。
三者は三様に口を閉じ、居心地の良くない雰囲気が室内を支配する。
しばらく言葉を探した後、そんな空気を打破するように口を開いたのはヴィルだった。
「……アルバート様。あのー。」
箱から立ち上がり、ヴィルはアルバートの近くに寄っていく。
沢崎直は膝を抱えたまま、視線だけをヴィルに向けた。
「申し訳ありませんでした。その。」
恐る恐る話しかけてくるヴィル。
話しかけられてはいつまでも黙っているわけにもいかず、沢崎直も答えるために口を開く。
「大丈夫です。……残りのお酒も運んでしまいましょう。」
ふぅっと息を吐き、気持ちを整えると沢崎直は箱から立ち上がった。
そんな健気な主人の行動を、ヴィルは慌てて制した。
「いえ、残りは俺が運びますので。アルバート様は休んでいてください。」
それだけ告げると、迅速に室内を出ていく。
手伝おうと沢崎直も後を追うが、優秀な従者であるヴィルが本気を出せばそれくらいの雑事に時間がかかるはずもない。大した手伝いも出来ずに、馬車に積まれていた手土産の酒の全ては室内へと迅速に運び込まれた。
馬車に詰め込んできた酒は、こうして並べられると結構な量だった。
(いっぱい持ってきたな……。)
馬車が狭くなるわけである。沢崎直は荷物に挟まれて揺られながらやって来た行きの道のりを思い出していた。
しかし、並べられた酒の数々を眺めた師匠は軽く頷くと、弟子たちに告げた。
「こんだけか?たくさん持ってこいと言っておいたはずだが?」
(うん。さすが、酒豪。)
沢崎直は師匠の感想にさもありなんと頷いた。やっぱり樽を転がしてきた方が良かったのかもしれない。むしろ、この辺りで醸造する術を探すとか。いや、いっそ池の水とかが酒に変化するマジックアイテムとかそういうのを持ってきた方が速そうだ。果たしてそんなアイテムがこの世界にあるのかは分からないが……。他にも井戸から酒が湧くようになるとか……。
(……そういえば、蛇口を捻ればミカンジュースが出てくるって場所があったな……。)
元の世界の四国辺りの観光地のことを思い出し、沢崎直は遠い目になった。
(多分、師匠は酒を浴びて皮膚から吸収できる技を持っているに違いないよ、うん。)
沢崎直だって酒好きだが、この世界で出会った酒豪の人間たちは兄のロバートにしろ師匠にしろ、桁違いの酒量であった。この世界では、アルコールを分解する能力を強化させた肝臓が一般的なのか……。そんな遺伝子変異があるのか……。異世界というのは、沢崎直が思っているよりも更に深い謎に満ちているのかもしれない。
そんなどうでもいいことを沢崎直は疲労困憊の頭でつらつらと考えていた。
「これ以上は馬車に載りませんよ。その手土産のせいで、行きの車内でアルバート様は酷く窮屈で不便な思いをされていたのですよ。」
ヴィルが師匠の感想に反論する。
だが、師匠にとってヴィルの言葉などどこ吹く風であるらしい。師匠はヴィルを見つめると、当然のように命令した。
「よし、ヴィル。もう一往復して来い。大した量じゃねぇが、今日のところはそれで勘弁してやる。」
「は?」
ヴィルはとても嫌そうな顔をした。
もちろん、師匠もそんなヴィルの反応は予想の範疇なのだろう。とっておきの笑顔を浮かべると、師匠は更に続けた。
「お前が行かないなら、アル坊に頼むしかなくなるな。アル坊、行ってくれるか?」
「へっ?」
急にお鉢が回ってきて、沢崎直は実に間抜けな声を上げて飛び上がった。
「わ、私ですかっ!?」
(ど、どうしよう?馬車って、どうやって操縦するの?……いや、操縦でいいの?運転?)
乗馬すら上手く出来なくて困っているというのに、馬車を操って街まで戻り酒を運んでくるなど沢崎直にはまず無理だ。軽トラを貸してくれたら沢崎直だって上手にお使いが出来るのに……。しかし、この世界で今のところ軽トラを見かけたことはない。
「師匠!」
まごつく沢崎直が反応するより先に、ヴィルの叱責が飛ぶ。
師匠は肩を竦めて、わざとらしくため息を吐いて見せた。
「ヴィルヘルム。お前が酒を買ってこないから、アル坊に頼むんだろ?」
「………。」
まんまと師匠の策略に嵌まったと言えなくもないヴィルは、師匠を睨んでいた。
沢崎直は二人の間でどうすることも出来ず、まごまごを続けていた。
しばらくして、箱は二人のちょうど真ん中に置かれた。
沢崎直はもうどうしていいか分からず、箱を持ってうろうろした挙句、困りきってその場に箱を下ろしたのだ。箱自体は大した重さではなかったが、それを長時間持つという想定はしていない。ただ馬車から降ろして運ぶだけなら大した重さではないというだけだ。ずっと持ち上げっぱなしでうろうろし続けた沢崎直は、既に疲労困憊であった。
降ろした箱に座り、膝を抱え、口を引き結んだままでじっと床を見つめる。
二人の男の間で、翻弄されたモブ女は、もう一歩も動く気に慣れなかった。何なら、ちょっと拗ねていた。こんな面倒な事態になったことを、何かに対して八つ当たりでもしたくなった。だが、そんなことはできないので、じっとしているだけだ。
そんな重たい空気の漂う室内で、さすがに師匠もヴィルも自分たちの行動が少々行き過ぎていたことを自覚していた。素直なアルバートが二人の間で困惑してしまうような事態を引き起こしたと感じ、どう言葉を掛けたらいいか悩んでいた。
部屋の奥の椅子に座る師匠。部屋の端で酒箱に腰かけるヴィル。その二人の真ん中の酒箱に腰かける沢崎直。
三者は三様に口を閉じ、居心地の良くない雰囲気が室内を支配する。
しばらく言葉を探した後、そんな空気を打破するように口を開いたのはヴィルだった。
「……アルバート様。あのー。」
箱から立ち上がり、ヴィルはアルバートの近くに寄っていく。
沢崎直は膝を抱えたまま、視線だけをヴィルに向けた。
「申し訳ありませんでした。その。」
恐る恐る話しかけてくるヴィル。
話しかけられてはいつまでも黙っているわけにもいかず、沢崎直も答えるために口を開く。
「大丈夫です。……残りのお酒も運んでしまいましょう。」
ふぅっと息を吐き、気持ちを整えると沢崎直は箱から立ち上がった。
そんな健気な主人の行動を、ヴィルは慌てて制した。
「いえ、残りは俺が運びますので。アルバート様は休んでいてください。」
それだけ告げると、迅速に室内を出ていく。
手伝おうと沢崎直も後を追うが、優秀な従者であるヴィルが本気を出せばそれくらいの雑事に時間がかかるはずもない。大した手伝いも出来ずに、馬車に積まれていた手土産の酒の全ては室内へと迅速に運び込まれた。
馬車に詰め込んできた酒は、こうして並べられると結構な量だった。
(いっぱい持ってきたな……。)
馬車が狭くなるわけである。沢崎直は荷物に挟まれて揺られながらやって来た行きの道のりを思い出していた。
しかし、並べられた酒の数々を眺めた師匠は軽く頷くと、弟子たちに告げた。
「こんだけか?たくさん持ってこいと言っておいたはずだが?」
(うん。さすが、酒豪。)
沢崎直は師匠の感想にさもありなんと頷いた。やっぱり樽を転がしてきた方が良かったのかもしれない。むしろ、この辺りで醸造する術を探すとか。いや、いっそ池の水とかが酒に変化するマジックアイテムとかそういうのを持ってきた方が速そうだ。果たしてそんなアイテムがこの世界にあるのかは分からないが……。他にも井戸から酒が湧くようになるとか……。
(……そういえば、蛇口を捻ればミカンジュースが出てくるって場所があったな……。)
元の世界の四国辺りの観光地のことを思い出し、沢崎直は遠い目になった。
(多分、師匠は酒を浴びて皮膚から吸収できる技を持っているに違いないよ、うん。)
沢崎直だって酒好きだが、この世界で出会った酒豪の人間たちは兄のロバートにしろ師匠にしろ、桁違いの酒量であった。この世界では、アルコールを分解する能力を強化させた肝臓が一般的なのか……。そんな遺伝子変異があるのか……。異世界というのは、沢崎直が思っているよりも更に深い謎に満ちているのかもしれない。
そんなどうでもいいことを沢崎直は疲労困憊の頭でつらつらと考えていた。
「これ以上は馬車に載りませんよ。その手土産のせいで、行きの車内でアルバート様は酷く窮屈で不便な思いをされていたのですよ。」
ヴィルが師匠の感想に反論する。
だが、師匠にとってヴィルの言葉などどこ吹く風であるらしい。師匠はヴィルを見つめると、当然のように命令した。
「よし、ヴィル。もう一往復して来い。大した量じゃねぇが、今日のところはそれで勘弁してやる。」
「は?」
ヴィルはとても嫌そうな顔をした。
もちろん、師匠もそんなヴィルの反応は予想の範疇なのだろう。とっておきの笑顔を浮かべると、師匠は更に続けた。
「お前が行かないなら、アル坊に頼むしかなくなるな。アル坊、行ってくれるか?」
「へっ?」
急にお鉢が回ってきて、沢崎直は実に間抜けな声を上げて飛び上がった。
「わ、私ですかっ!?」
(ど、どうしよう?馬車って、どうやって操縦するの?……いや、操縦でいいの?運転?)
乗馬すら上手く出来なくて困っているというのに、馬車を操って街まで戻り酒を運んでくるなど沢崎直にはまず無理だ。軽トラを貸してくれたら沢崎直だって上手にお使いが出来るのに……。しかし、この世界で今のところ軽トラを見かけたことはない。
「師匠!」
まごつく沢崎直が反応するより先に、ヴィルの叱責が飛ぶ。
師匠は肩を竦めて、わざとらしくため息を吐いて見せた。
「ヴィルヘルム。お前が酒を買ってこないから、アル坊に頼むんだろ?」
「………。」
まんまと師匠の策略に嵌まったと言えなくもないヴィルは、師匠を睨んでいた。
沢崎直は二人の間でどうすることも出来ず、まごまごを続けていた。
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