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第二部
第五章 イケおじ師匠とナイショの特訓!!!㉑『狭い車内』
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二十一
沢崎直を乗せた馬車は街道を進んでいく。
ヴィルは御者席でいつも通り手綱を握っている。
車内に一人で座る沢崎直は、アルバートの剣を両手で抱えていた。
(……いつ頃、着くのかな?)
車内で揺られながら、何をするでもなく窓から流れていく景色を見つめる。
既に馬車に乗ってしまっているので、目的地までは一直線だ。途中で馬車を下りることも出来ず、師匠の元へ向かうしかない。
途中に寄った街の酒屋で、思っているより多めの酒を手土産として買い込み、それを積み込んだために普段は広々として何人も乗れる馬車の車内は、手狭になっていた。ヴィルが気を遣ってくれて、酒屋の店員に師匠の家への手土産の酒の配達を頼もうとしてくれたのだが、それを沢崎直は断った。せっかく馬車で来たのだから、手土産は車内に積めばいいと力説した。その上、座席がどれだけ狭くなっても、沢崎直は嫌な顔一つせずに喜んで手土産の積み込みに協力した。
そうまでしても、多めに酒を用意したのは、沢崎直にとって師匠は酒好きという情報くらいしか頼れるものがなかったということに他ならない。未だ見ぬ師匠に少しでも好印象を与えるために、不肖の弟子として出来ることはしておきたい。
(剣は忘れても、手土産は忘れなかったということで、どうかお許しください。)
馬車の窓越しに、師匠に祈る。師匠の家の方角も定かではないので、空へと思いを馳せることしかできない。
ヴィルは馬で行けばそんなに時間はかからないと言っていたが、多分、それはヴィルが一人で馬を駆っていった場合なのだろう。馬車で行く場合、移動にどのくらいの時間がかかるのかは分からなかった。だが、沢崎直が未だ馬に乗り慣れないため、徒歩で向かう訳にはいかず、馬車で行くしかなかったのだ。
(ヴィルさん一人なら、もう着いてるのかな……。本当にお荷物みたいで、申し訳ないな……。)
手土産の間で揺られながら、沢崎直は自分も手土産の一つだったらよかったのにというような、どうしようもない気分になっていた。
乗馬は別邸の庭で少しずつ練習しているのだが、こちらも剣と同様にあまり上手くない。少なくとも、どこかへ速駆けだの遠乗りだのが出来るほどの腕前になるのはいつになるか、全く見当がつかない。馬の方は、馬車があるので剣ほど重要視していなかったのだが、今日のようなことがあるとこちらももっと精進しなくてはいけないのかと、沢崎直は気が重くなった。
剣の方は持っていかないという選択肢を選ぶわけにもいかず、かといって腰に佩くことも出来ず、結局、両手で大事そうに借り物のように抱えることしかできなかった。落としたら危ないので、しっかりと握りしめてはいるが、こんな状態では剣を使うことなどできないだろう。まず、両手で握りしめていては、剣を鞘から抜くことも出来ない。抜く気がないと宣言しているかのようだ。
だが、それでも沢崎直にとって剣は重かった。そんなふうにしか持てないほどに心理的にも物理的にも重かった。
馬車の座席に剣を抱えたまま縮こまり、ため息を吐く。
そんな沢崎直の心の中からは、出掛ける直前まで持っていた遠足を楽しみにするかのような期待は既に消えていた。
今はもう、師匠との初対面をどうにかやり過ごすために手土産の酒が効果的に働きますようにと何かに願わずにはいられない。そんな切羽つまった心境であった。
沢崎直の心中も知らず、馬車は街道を進んでいく。
馬車が右へ左へ揺れるたびに、その振動で手土産の酒瓶が立てる音だけが、静かな車内には響くだけだった。
「一緒に行くなんて言わなきゃよかったかも……。」
誰にも届かない沢崎直の小さな声での呟きは、静かな車内にすぐに霧散して消えていった。
沢崎直を乗せた馬車は街道を進んでいく。
ヴィルは御者席でいつも通り手綱を握っている。
車内に一人で座る沢崎直は、アルバートの剣を両手で抱えていた。
(……いつ頃、着くのかな?)
車内で揺られながら、何をするでもなく窓から流れていく景色を見つめる。
既に馬車に乗ってしまっているので、目的地までは一直線だ。途中で馬車を下りることも出来ず、師匠の元へ向かうしかない。
途中に寄った街の酒屋で、思っているより多めの酒を手土産として買い込み、それを積み込んだために普段は広々として何人も乗れる馬車の車内は、手狭になっていた。ヴィルが気を遣ってくれて、酒屋の店員に師匠の家への手土産の酒の配達を頼もうとしてくれたのだが、それを沢崎直は断った。せっかく馬車で来たのだから、手土産は車内に積めばいいと力説した。その上、座席がどれだけ狭くなっても、沢崎直は嫌な顔一つせずに喜んで手土産の積み込みに協力した。
そうまでしても、多めに酒を用意したのは、沢崎直にとって師匠は酒好きという情報くらいしか頼れるものがなかったということに他ならない。未だ見ぬ師匠に少しでも好印象を与えるために、不肖の弟子として出来ることはしておきたい。
(剣は忘れても、手土産は忘れなかったということで、どうかお許しください。)
馬車の窓越しに、師匠に祈る。師匠の家の方角も定かではないので、空へと思いを馳せることしかできない。
ヴィルは馬で行けばそんなに時間はかからないと言っていたが、多分、それはヴィルが一人で馬を駆っていった場合なのだろう。馬車で行く場合、移動にどのくらいの時間がかかるのかは分からなかった。だが、沢崎直が未だ馬に乗り慣れないため、徒歩で向かう訳にはいかず、馬車で行くしかなかったのだ。
(ヴィルさん一人なら、もう着いてるのかな……。本当にお荷物みたいで、申し訳ないな……。)
手土産の間で揺られながら、沢崎直は自分も手土産の一つだったらよかったのにというような、どうしようもない気分になっていた。
乗馬は別邸の庭で少しずつ練習しているのだが、こちらも剣と同様にあまり上手くない。少なくとも、どこかへ速駆けだの遠乗りだのが出来るほどの腕前になるのはいつになるか、全く見当がつかない。馬の方は、馬車があるので剣ほど重要視していなかったのだが、今日のようなことがあるとこちらももっと精進しなくてはいけないのかと、沢崎直は気が重くなった。
剣の方は持っていかないという選択肢を選ぶわけにもいかず、かといって腰に佩くことも出来ず、結局、両手で大事そうに借り物のように抱えることしかできなかった。落としたら危ないので、しっかりと握りしめてはいるが、こんな状態では剣を使うことなどできないだろう。まず、両手で握りしめていては、剣を鞘から抜くことも出来ない。抜く気がないと宣言しているかのようだ。
だが、それでも沢崎直にとって剣は重かった。そんなふうにしか持てないほどに心理的にも物理的にも重かった。
馬車の座席に剣を抱えたまま縮こまり、ため息を吐く。
そんな沢崎直の心の中からは、出掛ける直前まで持っていた遠足を楽しみにするかのような期待は既に消えていた。
今はもう、師匠との初対面をどうにかやり過ごすために手土産の酒が効果的に働きますようにと何かに願わずにはいられない。そんな切羽つまった心境であった。
沢崎直の心中も知らず、馬車は街道を進んでいく。
馬車が右へ左へ揺れるたびに、その振動で手土産の酒瓶が立てる音だけが、静かな車内には響くだけだった。
「一緒に行くなんて言わなきゃよかったかも……。」
誰にも届かない沢崎直の小さな声での呟きは、静かな車内にすぐに霧散して消えていった。
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