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第二部

第五章 イケおじ師匠とナイショの特訓!!!⑧『落胆』

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     八

 情けなさを抱えて自室に戻った沢崎直は、そのまま脱力するようにベッドへと倒れ込んだ。
 気分は最悪である。
 一人でこっそり剣を触ってみようと思い立っただけなのに。試しに振ってみた方がいいかな?くらいの気持ちだったというのに……。
 結果は最悪だった。
 どうしようもない不格好な姿を推しに見られ、推しが申し出てくれた稽古に付き合うことも出来ず、あまつさえ握っていた剣は飛んでいく始末。
(……もう剣なんか知らない……。)
 せっかく勇気を出して鍛練室に行ったというのに、もう心は萎れて初めからスズメの涙ほどだったやる気は消え失せた。ほぼ義務感メインでの行動だったので、徒労感はひとしおだ。
 寝転んだまま、いじけて膝を抱える沢崎直。
(……もうちょっと上手く出来てもいいじゃん……。)
 いくら素人だと言っても、あそこまで不格好でどうしようもなく残念な結果をわざわざ見せつけてくれなくてもいいだろう。
 ままならない現実に沢崎直のメンタルはぼろぼろだった。
 せめて、もう少し剣が使えたらとか。せめて、ヴィルに見つかるのが、もう少しうまく振れるように剣に慣れてからだったらとか。頭の中を色々なことがぐるぐると回るが、そのどれもが何の意味も持たない繰り言である。
 思えば前世での沢崎直は、もう少し様々なことがそつなくこなせていた。もちろん、出来ないことがなかったわけではないが、勉強も運動も中の上くらいには出来た。女子力という項目に関しては及第点とは言い難かったが、それ以外の事はいくらモブ女といっても欲を言わなければそこそこ困らないくらいの水準に達してはいたのだ。
 だが、この異世界ではどうだろう。
 沢崎直は懸命に持てる力の限りで向き合ってはいるが、明らかに力不足の感は否めない。剣を持てば手からすっぽ抜けて飛んでいく。婚約は解消できる見込みも、逆に相手と良好な関係を築けそうな展望も描けない。異世界に来て一月以上経つが、まだ異世界に慣れるのが精一杯で別邸と呼ばれる屋敷内から遠出することも出来ない。屋敷が広いせいでそんな印象も薄いが、記憶喪失を盾にして殆ど引きこもりのような生活を送っている。それでも、トラブルが起きるたびに七転八倒しながら何とかやり過ごしてはいるが、結局やり過ごしているだけで、うまく乗り切っているとはお世辞にも言えない。それどころか、トラブルが解決できていないせいで、そのトラブルに付随する新たな難題が雪だるま式に増えていっているような気がしてならない。
 異世界に来て、今までの人生で沢崎直がささやかながらも培ってきた経験に裏打ちされた自信が、日に日に音を立てて崩れていっているのを痛感する。
 自分には何もできないのではないか?
 アルバートの身体を不法に乗っ取っているだけの厄介者なのではないか?
 今の沢崎直の心には、そんな疑問すら浮かび始めていた。
「……はぁー。」
 自然にため息は深くなる。
 ぼろぼろになったメンタルを抱え、沢崎直の落胆は止まらない。
 沢崎直は何よりも自分という存在に落胆していた。自分自身にがっかりしていた。
 ため息を重ねながら壁際に飾ってある美しく実用的なアルバート用の剣を見つめる。
 その剣が、偽の持ち主である沢崎直に自分は相応しくないと言っているように、沢崎直には見えた。
 あれを手にする日は来なさそうだなと、沢崎直は絶望と共に諦めのため息を吐いていた。
 
 コンコン

 そんな室内に、控えめなノックの音が響く。
 沢崎直はもうベッドから立ち上がる気力も無くしていた。
 返事を返すのも億劫だ。
 このまま返事をしなければ、ノックをした人物は部屋の主が眠っていると思ってくれるだろう。
 そう勝手に決めつけて、沢崎直はベッドの上でさらに小さく丸まった。

 コンコン

 ノックの音は続く。
「アルバート様?」
 扉の向こうから従者のヴィルの気遣うような声が聞こえたが、それでも沢崎直は何も反応することが出来なかった。気が滅入り、完全に参ってしまっていた。
 こんな日は、泥のように眠った方がいい。
 本当は親友の亜佐美と飲み明かして文句を言って、憂さを晴らすのが一番いいのかもしれないが、この世界に亜佐美はいない。
 それどころか、この世界には親友も沢崎直の事情を知る人もいない。
 本音を吐露することも、真実を理解してもらうことも出来ない。
 沢崎直のメンタル不調の原因は、もしかしたらそこに起因することもあるかもしれないが、本人は未だそのことに気づいてはいなかった。
 胎児のように丸まり、落ち込んだ気持ちを引き摺ったまま目を閉じる。
(……そういえば、アルバート氏って友達とかいないのかな?)
 親友の亜佐美のことを思い出したついでに、沢崎直はそんなことが気になったが、別に答えを今すぐ求めているわけではなかった。
 なので、疑問は疑問のまま棚上げして、沢崎直は沈むように眠りに身を委ねたのだった。

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