89 / 187
第二部
第五章 イケおじ師匠とナイショの特訓!!!④『鍛練室』
しおりを挟む
四
夕食を終え、沢崎直は廊下を進んでいた。
いつもなら食堂から自室へと真っ直ぐに進むのだが、今日はいつものルートを通らずに自室ではない別の目的地へと向かっていた。
(……一応、覗くだけだから……。)
心の中でため息を吐く沢崎直の足取りは重い。
今から向かおうとしている場所は、沢崎直が望んで向かう訳ではないからだ。
沢崎直は責任感や義務感のようなものから行動を起こしているだけで、気は進まない。
肩を落とし、足取りも弾まない沢崎直。
それでもそこへ向かおうとするには、かなりの精神力を要した。
進まない足を何とか進めて、沢崎直が向かっていたのは『鍛練室』と呼ばれる場所だ。
そこは、文字通り鍛錬するための部屋である。
家具は極力配置されておらず、激しい動きをしても大丈夫なように広く作られ、足元は滑りやすい絨毯などはなく床張りとなっている。
ようやく部屋の前に到着し、沢崎直は左右をキョロキョロと見回して誰もいないことを確認する。
そして、扉へと手を掛けて中を覗きこんだ。
室内にも誰もいないことを確認した後、ため息を吐いて恐る恐る室内へと一歩踏み出す。
(……あー、ついに来ちゃった……。)
別に悪いことをしているわけでもないのに、沢崎直がこそこそとしているのには理由がある。
多分、思っている以上に沢崎直は剣術が出来ない気がする。
アルバートがアルバートであった頃とは、あまりに違うだろう。
そんな残念イケメンと化したアルバート(in沢崎直)の姿を誰かに見られて、落胆されたくないのだ。いくら記憶喪失になったからといって、残念になるのは少し勝手が違うだろう。ロバートが奇しくも言っていたように、剣を持ってみれば身体が覚えているのではないかと考えている者も少なくはないはずだ。
だが、実際はアルバートであってアルバートでない別人なのだから、全く触ったことのない剣が上手く扱えるなどという奇跡が起きるはずもない。大人になるまで触ったことのない素人が剣を振っているという状況にしかならないと思う。
そんな無様で情けない姿を屋敷の皆に断固として晒すわけにはいかず、結果として沢崎直は誰にも知られないようにこそこそと鍛練室にやって来ていたのだ。
誰もいないことを確認したものの、警戒を一切緩めることなく、沢崎直は周囲の確認を怠らずに室内をそっと進んでいく。
鍛練室というだけあって、壁には剣が飾られており、室内はちょっとやそっとの暴れ具合では困らない十分な広さが取ってあった。
部屋の隅には、傘立てのような筒状の入れ物が置いてあり、そこに沢崎直が一番の目的としていたモノの存在が複数確認できる。
それは、練習や稽古のために刃を潰した模擬剣であった。
「あった!」
小さい声を上げると、そっと近づき、まずは観察してみる。
話に聞いてはいたが、実物を拝んだのは屋敷に来て初めてである。
刃を潰してあるといっても、どの程度の物なのか……。
沢崎直はじっくりと観察した。
(……うんうん、これなら金属で出来た平べったい棒だと思えなくもないかも……。)
何度も観察し、気合を入れるとようやく柄に手を伸ばす。
そっと持ち上げ、まずは傘立てならぬ剣立てから引き抜いてみた。
構えも握りも全く分からないが、掲げてみる。
その金属の棒は、かなりの重量感があった。
振り下ろすだけでも、撲殺が可能かもしれない。そんな気になり、それだけで少しおっかなくなる。
(……いや、大丈夫よ。直、貴女は金属バットを振り回していたじゃない。それと同じよ。)
居酒屋の帰りに、親友の亜佐美とバッティングセンターに行っていた経験を思い出し、自分を奮い立たせる沢崎直。
切れ味が鋭い剣に恐怖し、鞘から抜くことも出来ない現状を少しでも改善しようとして、この鍛練室にやって来たのだ。このまま、模擬剣にすらびびって、おめおめと逃げ帰るわけにはいかない。
そんなことになれば、もう二度と剣を持とうなどという意志は沢崎直の心に芽生えることはなくなってしまうだろう。
「押忍!」
小さな声で気合一発掛け声をかけると、掲げた模擬剣に向き合う覚悟をする沢崎直。
剣も空手も、基本は同じ。
必要なのは基礎と気合いと弛まぬ鍛練である。
基礎の技術は分からなくても、まずは気合いと心構えをしっかりさせなくては何事も習得出来はしない。
どれだけ出来なくても、やらなくていいという選択肢は選びたくない。
「はっ!」
沢崎直は掲げていた模擬剣を裂帛の気合いと共に振り下ろした。
夕食を終え、沢崎直は廊下を進んでいた。
いつもなら食堂から自室へと真っ直ぐに進むのだが、今日はいつものルートを通らずに自室ではない別の目的地へと向かっていた。
(……一応、覗くだけだから……。)
心の中でため息を吐く沢崎直の足取りは重い。
今から向かおうとしている場所は、沢崎直が望んで向かう訳ではないからだ。
沢崎直は責任感や義務感のようなものから行動を起こしているだけで、気は進まない。
肩を落とし、足取りも弾まない沢崎直。
それでもそこへ向かおうとするには、かなりの精神力を要した。
進まない足を何とか進めて、沢崎直が向かっていたのは『鍛練室』と呼ばれる場所だ。
そこは、文字通り鍛錬するための部屋である。
家具は極力配置されておらず、激しい動きをしても大丈夫なように広く作られ、足元は滑りやすい絨毯などはなく床張りとなっている。
ようやく部屋の前に到着し、沢崎直は左右をキョロキョロと見回して誰もいないことを確認する。
そして、扉へと手を掛けて中を覗きこんだ。
室内にも誰もいないことを確認した後、ため息を吐いて恐る恐る室内へと一歩踏み出す。
(……あー、ついに来ちゃった……。)
別に悪いことをしているわけでもないのに、沢崎直がこそこそとしているのには理由がある。
多分、思っている以上に沢崎直は剣術が出来ない気がする。
アルバートがアルバートであった頃とは、あまりに違うだろう。
そんな残念イケメンと化したアルバート(in沢崎直)の姿を誰かに見られて、落胆されたくないのだ。いくら記憶喪失になったからといって、残念になるのは少し勝手が違うだろう。ロバートが奇しくも言っていたように、剣を持ってみれば身体が覚えているのではないかと考えている者も少なくはないはずだ。
だが、実際はアルバートであってアルバートでない別人なのだから、全く触ったことのない剣が上手く扱えるなどという奇跡が起きるはずもない。大人になるまで触ったことのない素人が剣を振っているという状況にしかならないと思う。
そんな無様で情けない姿を屋敷の皆に断固として晒すわけにはいかず、結果として沢崎直は誰にも知られないようにこそこそと鍛練室にやって来ていたのだ。
誰もいないことを確認したものの、警戒を一切緩めることなく、沢崎直は周囲の確認を怠らずに室内をそっと進んでいく。
鍛練室というだけあって、壁には剣が飾られており、室内はちょっとやそっとの暴れ具合では困らない十分な広さが取ってあった。
部屋の隅には、傘立てのような筒状の入れ物が置いてあり、そこに沢崎直が一番の目的としていたモノの存在が複数確認できる。
それは、練習や稽古のために刃を潰した模擬剣であった。
「あった!」
小さい声を上げると、そっと近づき、まずは観察してみる。
話に聞いてはいたが、実物を拝んだのは屋敷に来て初めてである。
刃を潰してあるといっても、どの程度の物なのか……。
沢崎直はじっくりと観察した。
(……うんうん、これなら金属で出来た平べったい棒だと思えなくもないかも……。)
何度も観察し、気合を入れるとようやく柄に手を伸ばす。
そっと持ち上げ、まずは傘立てならぬ剣立てから引き抜いてみた。
構えも握りも全く分からないが、掲げてみる。
その金属の棒は、かなりの重量感があった。
振り下ろすだけでも、撲殺が可能かもしれない。そんな気になり、それだけで少しおっかなくなる。
(……いや、大丈夫よ。直、貴女は金属バットを振り回していたじゃない。それと同じよ。)
居酒屋の帰りに、親友の亜佐美とバッティングセンターに行っていた経験を思い出し、自分を奮い立たせる沢崎直。
切れ味が鋭い剣に恐怖し、鞘から抜くことも出来ない現状を少しでも改善しようとして、この鍛練室にやって来たのだ。このまま、模擬剣にすらびびって、おめおめと逃げ帰るわけにはいかない。
そんなことになれば、もう二度と剣を持とうなどという意志は沢崎直の心に芽生えることはなくなってしまうだろう。
「押忍!」
小さな声で気合一発掛け声をかけると、掲げた模擬剣に向き合う覚悟をする沢崎直。
剣も空手も、基本は同じ。
必要なのは基礎と気合いと弛まぬ鍛練である。
基礎の技術は分からなくても、まずは気合いと心構えをしっかりさせなくては何事も習得出来はしない。
どれだけ出来なくても、やらなくていいという選択肢は選びたくない。
「はっ!」
沢崎直は掲げていた模擬剣を裂帛の気合いと共に振り下ろした。
32
お気に入りに追加
119
あなたにおすすめの小説
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
転生受験生の教科書チート生活 ~その知識、学校で習いましたよ?~
hisa
ファンタジー
受験生の少年が、大学受験前にいきなり異世界に転生してしまった。
自称天使に与えられたチートは、社会に出たら役に立たないことで定評のある、学校の教科書。
戦争で下級貴族に成り上がった脳筋親父の英才教育をくぐり抜けて、少年は知識チートで生きていけるのか?
教科書の力で、目指せ異世界成り上がり!!
※なろうとカクヨムにそれぞれ別のスピンオフがあるのでそちらもよろしく!
※第5章に突入しました。
※小説家になろう96万PV突破!
※カクヨム68万PV突破!
※令和4年10月2日タイトルを『転生した受験生の異世界成り上がり 〜生まれは脳筋な下級貴族家ですが、教科書の知識だけで成り上がってやります〜』から変更しました
もう彼女でいいじゃないですか
キムラましゅろう
恋愛
ある日わたしは婚約者に婚約解消を申し出た。
常にわたし以外の女を腕に絡ませている事に耐えられなくなったからだ。
幼い頃からわたしを溺愛する婚約者は婚約解消を絶対に認めないが、わたしの心は限界だった。
だからわたしは行動する。
わたしから婚約者を自由にするために。
わたしが自由を手にするために。
残酷な表現はありませんが、
性的なワードが幾つが出てきます。
苦手な方は回れ右をお願いします。
小説家になろうさんの方では
ifストーリーを投稿しております。
魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます
ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう
どんどん更新していきます。
ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。
実家が没落したので、こうなったら落ちるところまで落ちてやります。
黒蜜きな粉
ファンタジー
ある日を境にタニヤの生活は変わってしまった。
実家は爵位を剥奪され、領地を没収された。
父は刑死、それにショックを受けた母は自ら命を絶った。
まだ学生だったタニヤは学費が払えなくなり学校を退学。
そんなタニヤが生活費を稼ぐために始めたのは冒険者だった。
しかし、どこへ行っても元貴族とバレると嫌がらせを受けてしまう。
いい加減にこんな生活はうんざりだと思っていたときに出会ったのは、商人だと名乗る怪しい者たちだった。
騙されていたって構わない。
もう金に困ることなくお腹いっぱい食べられるなら、裏家業だろうがなんでもやってやる。
タニヤは商人の元へ転職することを決意する。
屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。
彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。
父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。
わー、凄いテンプレ展開ですね!
ふふふ、私はこの時を待っていた!
いざ行かん、正義の旅へ!
え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。
でも……美味しいは正義、ですよね?
2021/02/19 第一部完結
2021/02/21 第二部連載開始
2021/05/05 第二部完結
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる