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第二部
第五章 イケおじ師匠とナイショの特訓!!!①『メイドさんたちとのお茶会』
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第五章『イケおじ師匠とナイショの特訓!!!』
一
(…あぁー、やっぱりリヒターさんの淹れてくれる紅茶は美味しいなぁ~。)
カップを傾けながら、沢崎直は身体に染みわたるような紅茶の味に、本日も満足していた。
時は、昼下がり。
庭にある四阿で、午後のお茶会を楽しんでいる。
目の前には美味しいお菓子。
話を弾ませる相手は、メイドのシンシアとエミリーだ。
新人いびりに遭っていたエミリーを助けた縁で、その後もアフターケアを兼ねて何かと話をしていた沢崎直。そのため、新人のエミリーだけでなく、教育係の先輩メイドのシンシアも含めた三人で話す機会も増え、今ではかなり打ち解けていた。
「アルバート様、美味しいですね、このクッキー。」
「うん、本当に美味しいよね。何枚でも食べられる。」
「……太ったら困ります。」
「大丈夫だよ。食べた分、動けばいいんだから。うんうん。」
目の前に並んだ甘い誘惑に勝てるはずもなく、意味のない言い訳を用意する。摂取したカロリーを後悔するのは、いつだって食べ終わって我に返ってからなのである。
三人の和やかなお茶会はほわわんとした空気感で進んでいく。
三人は主人とメイドという立場を越えて、仲良し茶飲み仲間になっていた。
一応、名目上は記憶を取り戻すための懇親会の一環ではあるが、そう簡単に取り戻せるものではないため、他愛のないお喋りを気兼ねなくする場になっていた。
平たく言えば『女子会』というヤツだ。
(まあ、記憶なんて端から無いんだから、取り戻すなんて無理なんだけど……。)
異世界初心者の沢崎直にとって、異世界情報収集の場であることは間違いない。それならば、あまり構えないくらいの雑談の方が楽しいし、日常的な情報も集まりやすいため、結局仲良しな二人とお茶会でおしゃべりということになるのだった。
女子会といっても、見てくれはイケメンの沢崎直(アルバート様)なのだが、話をして時間を過ごしているうちに、すっかり二人とは女友達のように馴染んでいた。既に、シンシアとエミリーの二人にとっては、アルバートは近寄りがたいイケメンの主人という枠で括られる人物として映ってはいなかった。
中身がモブ女であるため当然と言えば当然だが、沢崎直の独自のスキルと言えなくもない。少なくとも、中身も外見もアルバートであった時は、これほどメイドたちに親しみやすさを感じさせることはなかったはずだ。その上、沢崎直は特別な女ではなく、モブ女である。モブ女は和を尊び、協調性を身に着け空気を読むのが必須技能であるため、難なくメイドたちの話の輪に入っていくことが出来る。
更に、沢崎直はこのシンシアとエミリーという妙にふわっとした天然の空気感を持つ二人組が大好きだった。仕事はそつなくこなすのに、何故か見ていて飽きないとはこのことだというくらい和やかで愛らしい二人の空気感は、沢崎直に癒しをもたらしていた。
沢崎直はどちらかというとしっかりとして人の世話を焼く側のタイプとして生きてきたのだが、この二人は何となく世話を焼きたくなってしまうタイプだ。親友の亜佐美がもしこの場にいたら、シンシア&エミリーのことを二人で酒の肴にしていたかもしれない。
「美味しいですねー。」
「そうだねー。」
午後のまったりとした時間を過ごす沢崎直。
ただ、沢崎直にとってそれは平和な日常のひと時ということではなく、異世界における山積した難題を放り出し、しばし美味しいお茶とお菓子で現実逃避の最中ということに他ならなかった。
(……だって、剣も婚約も無理なんだもーん……。)
無責任に心の中でぼやく沢崎直。
彼女に課せらせた喫緊の難題は大きく二つあった。
一つは先日やってきた次兄・ロバートによって課された剣術の鍛錬である。
どうやら失踪前のアルバートは、そこそこ剣が使える人だったらしい。従者のヴィルやロバート程ではないにしろ、幼い頃から師匠について剣の鍛錬を続けるくらいにはだ。辺境伯の三男坊であるので、領地や国の有事の際は騎士としてその腕を振るう必要もあるのだと思う。
だが、沢崎直には無理だ。
剣など生まれてこの方握ったことなどない。実物を見たのだって異世界に来てからだ。
そんな人間にそう易々と扱えるものではないはずだ。敵を剣で倒すなど以ての外だ。
二つ目は、婚約である。
婚約者は侯爵家の令嬢で聖女の異名を持つマリア嬢。このマリア嬢という人が、実におっかない人で沢崎直は日が経つにつれ、より婚約に恐怖を感じるようになってしまっていた。どれだけ良縁だと言われ、両親がアルバートのことを思って用意してくれたものだとしても、嫌なものは嫌だし、無理なものは無理なのである。仲良く手を取り合っていく将来のビジョンが全く見えてこない。それどころか涙なしには語れない悲劇になる予感しかしていない。
ただでさえ、元・モブ女の沢崎直には男として生きることが未だ難しくてしょうがないのに、どうやって結婚生活を始めて、どうやって続けて行ったらいいのかが見当もつかない。簡潔に述べるなら、股の間にぶら下がっている未だ全く見慣れない器官の作法がお手上げであるということだ。
「はははは。」
全ての難題を棚上げにし、見なかったことにして、沢崎直は美味しいお茶とお菓子に舌鼓を打っていた。
今は二人の仲のいいメイドたちと、そんな時間を過ごしていたかった。
後々、そこは向き合うことにならざるを得ないというのは重々承知ではあったが、それでも今は、この和やかなお茶会のおしゃべりに興じていたかった。
そのくらい、沢崎直のキャパはいっぱいいっぱいであった。
一
(…あぁー、やっぱりリヒターさんの淹れてくれる紅茶は美味しいなぁ~。)
カップを傾けながら、沢崎直は身体に染みわたるような紅茶の味に、本日も満足していた。
時は、昼下がり。
庭にある四阿で、午後のお茶会を楽しんでいる。
目の前には美味しいお菓子。
話を弾ませる相手は、メイドのシンシアとエミリーだ。
新人いびりに遭っていたエミリーを助けた縁で、その後もアフターケアを兼ねて何かと話をしていた沢崎直。そのため、新人のエミリーだけでなく、教育係の先輩メイドのシンシアも含めた三人で話す機会も増え、今ではかなり打ち解けていた。
「アルバート様、美味しいですね、このクッキー。」
「うん、本当に美味しいよね。何枚でも食べられる。」
「……太ったら困ります。」
「大丈夫だよ。食べた分、動けばいいんだから。うんうん。」
目の前に並んだ甘い誘惑に勝てるはずもなく、意味のない言い訳を用意する。摂取したカロリーを後悔するのは、いつだって食べ終わって我に返ってからなのである。
三人の和やかなお茶会はほわわんとした空気感で進んでいく。
三人は主人とメイドという立場を越えて、仲良し茶飲み仲間になっていた。
一応、名目上は記憶を取り戻すための懇親会の一環ではあるが、そう簡単に取り戻せるものではないため、他愛のないお喋りを気兼ねなくする場になっていた。
平たく言えば『女子会』というヤツだ。
(まあ、記憶なんて端から無いんだから、取り戻すなんて無理なんだけど……。)
異世界初心者の沢崎直にとって、異世界情報収集の場であることは間違いない。それならば、あまり構えないくらいの雑談の方が楽しいし、日常的な情報も集まりやすいため、結局仲良しな二人とお茶会でおしゃべりということになるのだった。
女子会といっても、見てくれはイケメンの沢崎直(アルバート様)なのだが、話をして時間を過ごしているうちに、すっかり二人とは女友達のように馴染んでいた。既に、シンシアとエミリーの二人にとっては、アルバートは近寄りがたいイケメンの主人という枠で括られる人物として映ってはいなかった。
中身がモブ女であるため当然と言えば当然だが、沢崎直の独自のスキルと言えなくもない。少なくとも、中身も外見もアルバートであった時は、これほどメイドたちに親しみやすさを感じさせることはなかったはずだ。その上、沢崎直は特別な女ではなく、モブ女である。モブ女は和を尊び、協調性を身に着け空気を読むのが必須技能であるため、難なくメイドたちの話の輪に入っていくことが出来る。
更に、沢崎直はこのシンシアとエミリーという妙にふわっとした天然の空気感を持つ二人組が大好きだった。仕事はそつなくこなすのに、何故か見ていて飽きないとはこのことだというくらい和やかで愛らしい二人の空気感は、沢崎直に癒しをもたらしていた。
沢崎直はどちらかというとしっかりとして人の世話を焼く側のタイプとして生きてきたのだが、この二人は何となく世話を焼きたくなってしまうタイプだ。親友の亜佐美がもしこの場にいたら、シンシア&エミリーのことを二人で酒の肴にしていたかもしれない。
「美味しいですねー。」
「そうだねー。」
午後のまったりとした時間を過ごす沢崎直。
ただ、沢崎直にとってそれは平和な日常のひと時ということではなく、異世界における山積した難題を放り出し、しばし美味しいお茶とお菓子で現実逃避の最中ということに他ならなかった。
(……だって、剣も婚約も無理なんだもーん……。)
無責任に心の中でぼやく沢崎直。
彼女に課せらせた喫緊の難題は大きく二つあった。
一つは先日やってきた次兄・ロバートによって課された剣術の鍛錬である。
どうやら失踪前のアルバートは、そこそこ剣が使える人だったらしい。従者のヴィルやロバート程ではないにしろ、幼い頃から師匠について剣の鍛錬を続けるくらいにはだ。辺境伯の三男坊であるので、領地や国の有事の際は騎士としてその腕を振るう必要もあるのだと思う。
だが、沢崎直には無理だ。
剣など生まれてこの方握ったことなどない。実物を見たのだって異世界に来てからだ。
そんな人間にそう易々と扱えるものではないはずだ。敵を剣で倒すなど以ての外だ。
二つ目は、婚約である。
婚約者は侯爵家の令嬢で聖女の異名を持つマリア嬢。このマリア嬢という人が、実におっかない人で沢崎直は日が経つにつれ、より婚約に恐怖を感じるようになってしまっていた。どれだけ良縁だと言われ、両親がアルバートのことを思って用意してくれたものだとしても、嫌なものは嫌だし、無理なものは無理なのである。仲良く手を取り合っていく将来のビジョンが全く見えてこない。それどころか涙なしには語れない悲劇になる予感しかしていない。
ただでさえ、元・モブ女の沢崎直には男として生きることが未だ難しくてしょうがないのに、どうやって結婚生活を始めて、どうやって続けて行ったらいいのかが見当もつかない。簡潔に述べるなら、股の間にぶら下がっている未だ全く見慣れない器官の作法がお手上げであるということだ。
「はははは。」
全ての難題を棚上げにし、見なかったことにして、沢崎直は美味しいお茶とお菓子に舌鼓を打っていた。
今は二人の仲のいいメイドたちと、そんな時間を過ごしていたかった。
後々、そこは向き合うことにならざるを得ないというのは重々承知ではあったが、それでも今は、この和やかなお茶会のおしゃべりに興じていたかった。
そのくらい、沢崎直のキャパはいっぱいいっぱいであった。
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