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第一部
第四章 嵐呼ぶブラコンと推しの危機⑩『酒好きモブ女』
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十
地元名産の銘酒を店主に数本見繕ってもらい、沢崎直は満足して店を出た。
(ロバート兄さんへの賄賂はこれで十分でしょ。)
店内では試飲も出来たため、さまざまな種類を味見できて、更に沢崎直の気分は上々であった。昼間から酒が飲めるなど、酒好きの会社員にしてみれば天国以外の何物でもない。
「アルバート様?」
従者のヴィルが心配そうにこちらを窺っている。
「どうしました?」
沢崎直がヴィルの視線の意味を問うと、ヴィルは手土産用の荷物を持ったままこちらの顔色を確かめながら質問を重ねた。
「店内でお酒を召し上がっていましたが、ご気分は悪くありませんか?」
「えっ?」
聞かれていることの意味が分からない。
(お酒飲んだらダメなの?夕食の時とかも、少し飲んだりしてたけど……。)
「度数の強いものもありましたし、ご気分が優れないなど何か体調に異変はございませんか?」
従者のヴィルがものすごく心配してくれる。
(えっ?アルバート氏って、もしかして……。)
沢崎直は、そこで一つの可能性に思い至った。
(酒に弱いの!?)
そういえば、まだその辺のことは誰にも聞いていなかった。だが、ヴィルの反応を見る限り、その線が濃厚そうだ。酒類が飲めないわけではないけれど、あまり強くない。
(もう!そんなの可憐過ぎない?アルバート氏!)
心の中でアルバート氏にぼやいてみるが、もちろん返事はない。
「アルバート様?」
ヴィルが心配そうに尋ねてくる。
だが、沢崎直は心配されても全然平気である。改めて身体の声に耳を傾けてみても、結論は同じだ。これは、アルバート氏の身体に酒豪の沢崎直の魂が入ったせいなのか?詳細は分からないが、あの程度の試飲の酒量では酔っぱらうどころか顔色一つ変わらない沢崎直は、心配する従者に元気良く頷いて見せた。
「全然大丈夫です。」
そして、胸を張って付け足す。
「お酒に強いみたいです!」
自信を持って宣言する。
本来ならアルバート氏に擬態しなくてはならない身の沢崎直なので、アルバート氏が酒に弱い以上、酒に弱いフリをした方がいいのは分かっているが、酒好き女としてはアルコールのない生活は耐えられない。
その上、飲み始めたらすぐにボロが出そうなので、この際一年の失踪の間に酒に強くなったということにしてしまえと沢崎直は思ってしまった。人間は進化するのだ。
(アルバート氏は、まだ成長期だもん。大人になるにつれて、もっと飲めるようになってもおかしくないって。)
都合のいい言い訳を用意し、酒豪のモブ女は酒が飲める未来を手に入れるために従者に力強いアピールをした。
それでもまだヴィルは心配そうにしていたが、今のところ主人が酔っぱらっている様子がないことは信じたようだ。
「馬車を用意して参ります。」
いつの間にか日は傾き、紅みを増している。
まだ病み上がりで記憶の戻らぬ主人の街歩きはこの辺で切り上げた方がよさそうだと、優秀な従者は判断したようで、馬車を取りに行った。馬車まで二人で歩くのではなく、馬車を取りに行くあたり、ヴィルはまだ主人が本調子ではないと思っているのを物語っている。
(……楽しかったなぁ……、今日。)
近くのベンチに腰かけて馬車を待つ沢崎直は、改めて今日と云う特別な日を思い返して、ほうっと一息ついていた。
近くを通り過ぎていく家族は仲良く手を繋いでいて、子供たちは元気よく走りながら家路へと帰っていく。巣に戻る鳥の鳴き声も遠くで響き、空は穏やかに晴れ渡っている。
(……異世界もいいな……。)
何の心の準備もないまま異世界転生を果たし、アルバート氏という若い成年男性の身体に魂だけ入ってしまった元モブ女の沢崎直だが、今、この瞬間は今までで一番充実していた。
この数週間、色々あったが、それでもこの状況を肯定的に捉えられるほど沢崎直の心は満たされていた。
推しとのデートイベント発生という幸運な一日は、こうして幕を閉じようとしていた……。
だが、沢崎直は大事なことを忘れていた。
この異世界に転生してまだ数週間しか経っていないが、その間に起きた数々の試練のことを。それは、平穏を望む元モブ女をあざ笑うかのように沢崎直をわざと狙ってやって来ているかのようだった。
そんな沢崎直の騒がしい転生後の運命に、ただ穏やかで幸せなだけの日々などあるはずかないのだ。
もうすぐ沢崎直は思い知ることになる。
この異世界は、沢崎直にとって試練の連続であることを。
地元名産の銘酒を店主に数本見繕ってもらい、沢崎直は満足して店を出た。
(ロバート兄さんへの賄賂はこれで十分でしょ。)
店内では試飲も出来たため、さまざまな種類を味見できて、更に沢崎直の気分は上々であった。昼間から酒が飲めるなど、酒好きの会社員にしてみれば天国以外の何物でもない。
「アルバート様?」
従者のヴィルが心配そうにこちらを窺っている。
「どうしました?」
沢崎直がヴィルの視線の意味を問うと、ヴィルは手土産用の荷物を持ったままこちらの顔色を確かめながら質問を重ねた。
「店内でお酒を召し上がっていましたが、ご気分は悪くありませんか?」
「えっ?」
聞かれていることの意味が分からない。
(お酒飲んだらダメなの?夕食の時とかも、少し飲んだりしてたけど……。)
「度数の強いものもありましたし、ご気分が優れないなど何か体調に異変はございませんか?」
従者のヴィルがものすごく心配してくれる。
(えっ?アルバート氏って、もしかして……。)
沢崎直は、そこで一つの可能性に思い至った。
(酒に弱いの!?)
そういえば、まだその辺のことは誰にも聞いていなかった。だが、ヴィルの反応を見る限り、その線が濃厚そうだ。酒類が飲めないわけではないけれど、あまり強くない。
(もう!そんなの可憐過ぎない?アルバート氏!)
心の中でアルバート氏にぼやいてみるが、もちろん返事はない。
「アルバート様?」
ヴィルが心配そうに尋ねてくる。
だが、沢崎直は心配されても全然平気である。改めて身体の声に耳を傾けてみても、結論は同じだ。これは、アルバート氏の身体に酒豪の沢崎直の魂が入ったせいなのか?詳細は分からないが、あの程度の試飲の酒量では酔っぱらうどころか顔色一つ変わらない沢崎直は、心配する従者に元気良く頷いて見せた。
「全然大丈夫です。」
そして、胸を張って付け足す。
「お酒に強いみたいです!」
自信を持って宣言する。
本来ならアルバート氏に擬態しなくてはならない身の沢崎直なので、アルバート氏が酒に弱い以上、酒に弱いフリをした方がいいのは分かっているが、酒好き女としてはアルコールのない生活は耐えられない。
その上、飲み始めたらすぐにボロが出そうなので、この際一年の失踪の間に酒に強くなったということにしてしまえと沢崎直は思ってしまった。人間は進化するのだ。
(アルバート氏は、まだ成長期だもん。大人になるにつれて、もっと飲めるようになってもおかしくないって。)
都合のいい言い訳を用意し、酒豪のモブ女は酒が飲める未来を手に入れるために従者に力強いアピールをした。
それでもまだヴィルは心配そうにしていたが、今のところ主人が酔っぱらっている様子がないことは信じたようだ。
「馬車を用意して参ります。」
いつの間にか日は傾き、紅みを増している。
まだ病み上がりで記憶の戻らぬ主人の街歩きはこの辺で切り上げた方がよさそうだと、優秀な従者は判断したようで、馬車を取りに行った。馬車まで二人で歩くのではなく、馬車を取りに行くあたり、ヴィルはまだ主人が本調子ではないと思っているのを物語っている。
(……楽しかったなぁ……、今日。)
近くのベンチに腰かけて馬車を待つ沢崎直は、改めて今日と云う特別な日を思い返して、ほうっと一息ついていた。
近くを通り過ぎていく家族は仲良く手を繋いでいて、子供たちは元気よく走りながら家路へと帰っていく。巣に戻る鳥の鳴き声も遠くで響き、空は穏やかに晴れ渡っている。
(……異世界もいいな……。)
何の心の準備もないまま異世界転生を果たし、アルバート氏という若い成年男性の身体に魂だけ入ってしまった元モブ女の沢崎直だが、今、この瞬間は今までで一番充実していた。
この数週間、色々あったが、それでもこの状況を肯定的に捉えられるほど沢崎直の心は満たされていた。
推しとのデートイベント発生という幸運な一日は、こうして幕を閉じようとしていた……。
だが、沢崎直は大事なことを忘れていた。
この異世界に転生してまだ数週間しか経っていないが、その間に起きた数々の試練のことを。それは、平穏を望む元モブ女をあざ笑うかのように沢崎直をわざと狙ってやって来ているかのようだった。
そんな沢崎直の騒がしい転生後の運命に、ただ穏やかで幸せなだけの日々などあるはずかないのだ。
もうすぐ沢崎直は思い知ることになる。
この異世界は、沢崎直にとって試練の連続であることを。
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