64 / 187
第一部
第四章 嵐呼ぶブラコンと推しの危機⑧『甘いもの』
しおりを挟む
八
賑やかな通りの散策の後、広場で大道芸を鑑賞したりして、沢崎直は異世界街歩きを思いっきり堪能していた。
傍らには推しの超絶イケメン・ヴィル。
これ以上、何を望むことがあろうか?
浮かれすぎてはいけないと心の片隅で思ってはいたが、楽しくて仕方がない。
途中で小腹が空いたために屋台で売っていた串焼肉を二人で頬張ったりして、沢崎直の中ではもうこれは完全に推しとのデートであった。
「あっ、あれも一緒に食べましょう。」
広場の大道芸の観客目当ての屋台で、デザートらしき甘い匂いを嗅ぎつけ、沢崎直が指さしてヴィルを誘う。
「あちらですか?」
「はい。甘くておいしそうです。」
すぐさま店主に注文すると、沢崎直に差し出してくれる従者のヴィル。
それは、沢崎直の世界におけるリンゴ飴に良く似ていた。リンゴよりも小ぶりな果物に、飴をかけたお菓子である。
(……そういえば、いちご飴とか流行ってたな……。混んでて食べたことなかったけど……。)
前世で女子高生がいちご飴の店に長蛇の列を作っていたのを思い出す。
果たして、この異世界にもああいう一過性のブームのようなものがあるのだろうか?
かりっと固い表面の飴のコーティングを齧る。
「ふふふ。」
甘いは正義だ。
その優しい甘さに思わず笑みがこぼれてしまう。
沢崎直は甘いものは甘ければいいというほどの甘党ではないし、甘さ控えめのスイーツの方が好きだが、甘いものが嫌いなわけではない。パンケーキやかき氷のブームに乗って、おしゃれな店に親友の亜佐美と行ったこともある。
ただ、推しの隣で食べる飴ほど、心も味覚も満たされるものには出会ったことはなかった。
かりっとした飴の下にあるのは甘酸っぱい果物だ。その甘酸っぱさと瑞々しさと飴の優しいコントラストが、とても美味しかった。
半分ほど飴を齧ったところで、ヴィルがこちらを微笑んで見つめているだけで何も持っていないことに気づく。
「ヴィルは甘いものは苦手ですか?」
「いえ、そんなことはありません、進んで口にすることはありませんが、苦手というほどではないですよ。」
「飴は食べませんか?」
「飴はアルバート様がお召し上がりください。」
よくよく考えれば、成人男性であるヴィルとアルバートの二人が広場で飴を齧っているのは、少し奇異な光景かもしれない。小娘二人ではあるまいし……。
(いや、逆にヴィル様が飴を齧るなどご褒美シチュエーションかもしれぬが……。待て待て、直。そういう話ではない。落ち着きなさい。)
あまりに甘いシチュエーションと飴に頭をやられてしまった自分を叱りつけ、冷静さを少しでも取り戻そうとする沢崎直。
軽く見渡しただけでも、広場で飴を齧っているのは子供と沢崎直だけである。
心はモブ女の沢崎直は深く考えずに飴を所望してしまったが、アルバート氏としてはどうなのだろう?
「私は以前も甘いものが好きでしたか?」
少し心配になって、恐る恐る尋ねてみる。
沢崎直の別世界の常識では男性が甘党であることに違和感はないが、世間体を気にして女性主体のカフェなどには行けないとぼやいていた人もいた。この異世界では、男性の画一的な理想像などはあるのだろうか?
だが、ヴィルは安心させるように微笑んで答えてくれた。
「お好きでしたよ。そうして甘いものを召し上がられては、嬉しそうに微笑んでおいででした。」
どうやらアルバート氏は甘党らしい。イケメンで柔和で頑張り屋で人当たりも良く甘いモノ好きなど、末っ子の甘えん坊の弟としては満点かもしれない。
(さぞ可愛がられたであろうアルバート氏よ……。)
まだ見ぬアルバート氏を思い、沢崎直はさもありなんと頷いた。
賑やかな通りの散策の後、広場で大道芸を鑑賞したりして、沢崎直は異世界街歩きを思いっきり堪能していた。
傍らには推しの超絶イケメン・ヴィル。
これ以上、何を望むことがあろうか?
浮かれすぎてはいけないと心の片隅で思ってはいたが、楽しくて仕方がない。
途中で小腹が空いたために屋台で売っていた串焼肉を二人で頬張ったりして、沢崎直の中ではもうこれは完全に推しとのデートであった。
「あっ、あれも一緒に食べましょう。」
広場の大道芸の観客目当ての屋台で、デザートらしき甘い匂いを嗅ぎつけ、沢崎直が指さしてヴィルを誘う。
「あちらですか?」
「はい。甘くておいしそうです。」
すぐさま店主に注文すると、沢崎直に差し出してくれる従者のヴィル。
それは、沢崎直の世界におけるリンゴ飴に良く似ていた。リンゴよりも小ぶりな果物に、飴をかけたお菓子である。
(……そういえば、いちご飴とか流行ってたな……。混んでて食べたことなかったけど……。)
前世で女子高生がいちご飴の店に長蛇の列を作っていたのを思い出す。
果たして、この異世界にもああいう一過性のブームのようなものがあるのだろうか?
かりっと固い表面の飴のコーティングを齧る。
「ふふふ。」
甘いは正義だ。
その優しい甘さに思わず笑みがこぼれてしまう。
沢崎直は甘いものは甘ければいいというほどの甘党ではないし、甘さ控えめのスイーツの方が好きだが、甘いものが嫌いなわけではない。パンケーキやかき氷のブームに乗って、おしゃれな店に親友の亜佐美と行ったこともある。
ただ、推しの隣で食べる飴ほど、心も味覚も満たされるものには出会ったことはなかった。
かりっとした飴の下にあるのは甘酸っぱい果物だ。その甘酸っぱさと瑞々しさと飴の優しいコントラストが、とても美味しかった。
半分ほど飴を齧ったところで、ヴィルがこちらを微笑んで見つめているだけで何も持っていないことに気づく。
「ヴィルは甘いものは苦手ですか?」
「いえ、そんなことはありません、進んで口にすることはありませんが、苦手というほどではないですよ。」
「飴は食べませんか?」
「飴はアルバート様がお召し上がりください。」
よくよく考えれば、成人男性であるヴィルとアルバートの二人が広場で飴を齧っているのは、少し奇異な光景かもしれない。小娘二人ではあるまいし……。
(いや、逆にヴィル様が飴を齧るなどご褒美シチュエーションかもしれぬが……。待て待て、直。そういう話ではない。落ち着きなさい。)
あまりに甘いシチュエーションと飴に頭をやられてしまった自分を叱りつけ、冷静さを少しでも取り戻そうとする沢崎直。
軽く見渡しただけでも、広場で飴を齧っているのは子供と沢崎直だけである。
心はモブ女の沢崎直は深く考えずに飴を所望してしまったが、アルバート氏としてはどうなのだろう?
「私は以前も甘いものが好きでしたか?」
少し心配になって、恐る恐る尋ねてみる。
沢崎直の別世界の常識では男性が甘党であることに違和感はないが、世間体を気にして女性主体のカフェなどには行けないとぼやいていた人もいた。この異世界では、男性の画一的な理想像などはあるのだろうか?
だが、ヴィルは安心させるように微笑んで答えてくれた。
「お好きでしたよ。そうして甘いものを召し上がられては、嬉しそうに微笑んでおいででした。」
どうやらアルバート氏は甘党らしい。イケメンで柔和で頑張り屋で人当たりも良く甘いモノ好きなど、末っ子の甘えん坊の弟としては満点かもしれない。
(さぞ可愛がられたであろうアルバート氏よ……。)
まだ見ぬアルバート氏を思い、沢崎直はさもありなんと頷いた。
11
お気に入りに追加
119
あなたにおすすめの小説
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
異世界宿屋の住み込み従業員
熊ごろう
ファンタジー
なろう様でも投稿しています。
真夏の昼下がり歩道を歩いていた「加賀」と「八木」、気が付くと二人、見知らぬ空間にいた。
そこに居たのは神を名乗る一組の男女。
そこで告げられたのは現実世界での死であった。普通であればそのまま消える運命の二人だが、もう一度人生をやり直す事を報酬に、異世界へと行きそこで自らの持つ技術広めることに。
「転生先に危険な生き物はいないからー」そう聞かせれていたが……転生し森の中を歩いていると巨大な猪と即エンカウント!? 助けてくれたのは通りすがりの宿の主人。
二人はそのまま流れで宿の主人のお世話になる事に……これは宿屋「兎の宿」を中心に人々の日常を描いた物語。になる予定です。
魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます
ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう
どんどん更新していきます。
ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。
もう彼女でいいじゃないですか
キムラましゅろう
恋愛
ある日わたしは婚約者に婚約解消を申し出た。
常にわたし以外の女を腕に絡ませている事に耐えられなくなったからだ。
幼い頃からわたしを溺愛する婚約者は婚約解消を絶対に認めないが、わたしの心は限界だった。
だからわたしは行動する。
わたしから婚約者を自由にするために。
わたしが自由を手にするために。
残酷な表現はありませんが、
性的なワードが幾つが出てきます。
苦手な方は回れ右をお願いします。
小説家になろうさんの方では
ifストーリーを投稿しております。
実家が没落したので、こうなったら落ちるところまで落ちてやります。
黒蜜きな粉
ファンタジー
ある日を境にタニヤの生活は変わってしまった。
実家は爵位を剥奪され、領地を没収された。
父は刑死、それにショックを受けた母は自ら命を絶った。
まだ学生だったタニヤは学費が払えなくなり学校を退学。
そんなタニヤが生活費を稼ぐために始めたのは冒険者だった。
しかし、どこへ行っても元貴族とバレると嫌がらせを受けてしまう。
いい加減にこんな生活はうんざりだと思っていたときに出会ったのは、商人だと名乗る怪しい者たちだった。
騙されていたって構わない。
もう金に困ることなくお腹いっぱい食べられるなら、裏家業だろうがなんでもやってやる。
タニヤは商人の元へ転職することを決意する。
屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。
彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。
父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。
わー、凄いテンプレ展開ですね!
ふふふ、私はこの時を待っていた!
いざ行かん、正義の旅へ!
え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。
でも……美味しいは正義、ですよね?
2021/02/19 第一部完結
2021/02/21 第二部連載開始
2021/05/05 第二部完結
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる