転生したらついてましたァァァァァ!!!

夢追子

文字の大きさ
上 下
59 / 187
第一部

第四章 嵐呼ぶブラコンと推しの危機③『秘愛』

しおりを挟む
     三

 往診を終えたグスタフ医師を見送った後、一息ついていた沢崎直の元に従者のイケメン・ヴィルがお茶の用意を携えてやって来る。
 昼食から少し時間が経ち、丁度小腹が空いたなぁと思っていたタイミングに、優秀な従者は軽食用のサンドイッチも忘れない。モブ女だった時よりも、筋肉量が増えた若い成人男性の肉体は燃費が悪かった。
「こちらをどうぞ。」
 手際よく並べられ、迅速に準備が整っていく。
(やっぱりスゴイ人だなぁ……、ヴィル様。)
 推しの仕事の手際の良さを間近で感じて、思わず感嘆する沢崎直。
「ありがとうございます。」
 尊い推しの全てに感謝しての言葉ではあるが、表面上は目の前のお茶の用意に対してのお礼である。
 すると、謙虚なヴィルははにかむように微笑んで首を振った。
「いえ、そんな。」
(ああああああ。そんな微笑みも尊いぃぃぃ。)
 暑苦しいほどの推しへの愛を心の中に持ちながらも、沢崎直は表面上クールに取り繕うことに細心の注意を払っていた。肉体がアルバート氏である以上、記憶喪失の上の奇行など周りの皆様に申し訳が立たない。これ以上心配の種を増やしてはいけないことくらいは、いくら推しへの愛に猛進するモブ女にも理解できた。常識をわきまえ理性を総動員し擬態するのは、アルバート氏の肉体を間借りしている沢崎直の当然の義務だ。
「おいしいです。」
 お茶を飲み、サンドイッチを食む。
 荒ぶる推しへの気持ちは心の奥底に隠し込み、穏やかに微笑んで食事をする。
 推しが傍らで仕えてくれるなどという望外の喜びを享受できる果報者の沢崎直だが、その喜びを表現することだけは出来ないのであった。
(……これが、秘愛の苦しみ……。)
 昂ぶる心のままにヲタ芸を披露する猛者たちを少しだけ羨んでしまう沢崎直。もしも、状況が許されるのならばこの胸に溢れる推しへの愛を全身で表現し、どれだけ推しという至高の存在を尊く感じているかということを熱く体現できるのに……。
 全てを望むのは強欲すぎると自らを戒め、本日も沢崎直は何事もないかのような素振りで推しとの生活を送り続けているのであった。

 コンコン

 二人だけの室内にノックの音が響く。
「失礼いたします。」
 扉の向こうから聞こえてきたのは執事のリヒターの声だった。
「……はい。」
 口の中に入っていたサンドイッチをお茶で流し込むと、返事をする沢崎直。
 傍らに控えていたヴィルが、部屋の扉を開けに行った。
 ヴィルが開けた扉から入室した執事のリヒターは、その手に持っている物を沢崎直に掲げながら口を開いた。
「アルバート様。お手紙が届いております。」
「?手紙?」
 この異世界初心者で、記憶喪失の設定でもある沢崎直にとっては知り合いなど殆どおらず、差出人に心当たりなどあるはずもない。
 それは、有能な執事にも十分に理解できているので、丁寧な説明付きで沢崎直に手紙が差し出される。
「こちら、ロバート様からの手紙になります。ロバート様は、シュテインベルク家の二男であらせられ、アルバート様のお兄さまでございます。」
「……お兄さま?」
 全く心当たりのない単語に、沢崎直は酷く間抜けな顔で首を傾げる。
 さぞ残念な表情であろうに、柔らかく微笑んだ優秀な執事のリヒターはそんなことはおくびにも出さずにしっかりと頷いた。
「はい。」
「そう、ですか……。」
 沢崎直は差し出された手紙を受け取り、アルバートと書かれた宛名を確認した。
 本当に自分宛だなぁと、他人事のように沢崎直は感じていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

初期スキルが便利すぎて異世界生活が楽しすぎる!

霜月雹花
ファンタジー
 神の悪戯により死んでしまった主人公は、別の神の手により3つの便利なスキルを貰い異世界に転生する事になった。転生し、普通の人生を歩む筈が、又しても神の悪戯によってトラブルが起こり目が覚めると異世界で10歳の〝家無し名無し〟の状態になっていた。転生を勧めてくれた神からの手紙に代償として、希少な力を受け取った。  神によって人生を狂わされた主人公は、異世界で便利なスキルを使って生きて行くそんな物語。 書籍8巻11月24日発売します。 漫画版2巻まで発売中。

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……? 生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。 これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。 (小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎

アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。 この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。 ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。 少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。 更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。 そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。 少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。 どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。 少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。 冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。 すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く… 果たして、その可能性とは⁉ HOTランキングは、最高は2位でした。 皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°. でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )

異世界に転生をしてバリアとアイテム生成スキルで幸せに生活をしたい。

みみっく
ファンタジー
女神様の手違いで通勤途中に気を失い、気が付くと見知らぬ場所だった。目の前には知らない少女が居て、彼女が言うには・・・手違いで俺は死んでしまったらしい。手違いなので新たな世界に転生をさせてくれると言うがモンスターが居る世界だと言うので、バリアとアイテム生成スキルと無限収納を付けてもらえる事になった。幸せに暮らすために行動をしてみる・・・

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

処理中です...