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第一部
第四章 嵐呼ぶブラコンと推しの危機②『グスタフ医師の再訪』
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二
その日は二週間ぶりにグスタフ医師が往診に来る日であった。
朝からトレーニングなどの日課をこなした後、昼食を終えてしばらく自室で読書をしていた沢崎直の元に、グスタフ医師来訪の知らせを持ってイケメン従者のヴィルがやってきた。
「アルバート様。グスタフ先生がいらっしゃいました。」
読んでいた本から視線を上げて、本を閉じると沢崎直はグスタフ医師を出迎えるために座り心地抜群のソファから立ち上がる。
「分かりました。」
従者のヴィルが扉を開けてグスタフ医師を室内に招き入れる。
二週間ぶりに会うグスタフ医師は、やっぱり名医らしさ全開でしっかりとした威厳と、豊かな顎髭を蓄えた白衣姿であった。
「おう、元気にしていたか?何か変わりはなかったかね?」
壮年であることを感じさせないほどの壮健な様子で、張りのある声を上げるグスタフ医師のロマンスグレーの髪は、今日も乱れなく撫でつけられている。
今日の体調をしっかりあらわすように元気な声で、沢崎直は質問に答える。
「はい。身体は元気です。」
「そうか。」
顔色も体調もよさそうな沢崎直の様子に、グスタフ医師は微笑む。
それから、グスタフ医師の診察が始まった。
脈や喉の腫れの有無など簡単に健康観察をされた後、グスタフ医師は頷く。
「体調に問題はなさそうじゃ。怪我も治っておるか?」
「はい。グスタフ先生の魔法のおかげです。」
きらきらとした治癒魔法のことを思い出し、沢崎直は目を輝かせて答える。
(ケガはもう治っちゃったから、今日はさすがに魔法は見れないよね……。)
魔法への期待と好奇心は膨らむが、だからといってわざと怪我をしたり仮病を使うわけにはいかないのは少し残念だった。
そんな沢崎直のおめでたい心中など知る由もなく、グスタフ医師が今度は気遣わしげに尋ねる。
「記憶の方はどうじゃ?何か少しでも思い出せたか?」
「………。」
(……無いものは思い出せないとは言えないよね、絶対に。)
アルバートの身体に別人の魂が入っているという異常事態のせいである記憶喪失は、医師の領分ではない。そもそも記憶喪失ではなく、最初からアルバートとしての記憶など備わっていないのだから取り戻すことも不可能だろう。
結局、ここでも何も説明することが出来ず、沢崎直は心苦しさを抱えたまま、自分のために何も知らずに尽力してくれる目の前のグスタフ医師に謝ることしかできなかった。
「……すみません。」
「気にするでない。気長に構えておけばよい。」
目の前の患者を安心させるような鷹揚な微笑みを浮かべて、グスタフ医師が沢崎直を慰めてくれる。
そんなグスタフ医師の温かな微笑みすら、小さな棘のように沢崎直の罪悪感を刺激するのだった。
「………。」
何も言えなくなり、視線を落とす沢崎直。
そんな沢崎直の肩に、グスタフ医師の力強い手が置かれる。
「大丈夫じゃ。まずは、毎日元気に過ごすのが大切じゃ。」
穏やかにそう告げられて、沢崎直は視線をグスタフ医師に戻すとしっかりと頷く。
「はい。頑張ります。」
「頑張りすぎて無理はいかんぞ。」
「はい。」
グスタフ医師の優しい言葉の全てを受け止めきれない沢崎直だったが、せめて自らに出来るだけの期待には応えようと心の中の決意を新たにする。
アルバート氏の周りの人たちはあまりに温かい人たちばかりで幸せであると同時に、不可抗力とはいえアルバート氏の身体を不法占拠しているような状態の沢崎直にとってはそれと同じくらいの心苦しさを感じずにはいられなかった。
その日は二週間ぶりにグスタフ医師が往診に来る日であった。
朝からトレーニングなどの日課をこなした後、昼食を終えてしばらく自室で読書をしていた沢崎直の元に、グスタフ医師来訪の知らせを持ってイケメン従者のヴィルがやってきた。
「アルバート様。グスタフ先生がいらっしゃいました。」
読んでいた本から視線を上げて、本を閉じると沢崎直はグスタフ医師を出迎えるために座り心地抜群のソファから立ち上がる。
「分かりました。」
従者のヴィルが扉を開けてグスタフ医師を室内に招き入れる。
二週間ぶりに会うグスタフ医師は、やっぱり名医らしさ全開でしっかりとした威厳と、豊かな顎髭を蓄えた白衣姿であった。
「おう、元気にしていたか?何か変わりはなかったかね?」
壮年であることを感じさせないほどの壮健な様子で、張りのある声を上げるグスタフ医師のロマンスグレーの髪は、今日も乱れなく撫でつけられている。
今日の体調をしっかりあらわすように元気な声で、沢崎直は質問に答える。
「はい。身体は元気です。」
「そうか。」
顔色も体調もよさそうな沢崎直の様子に、グスタフ医師は微笑む。
それから、グスタフ医師の診察が始まった。
脈や喉の腫れの有無など簡単に健康観察をされた後、グスタフ医師は頷く。
「体調に問題はなさそうじゃ。怪我も治っておるか?」
「はい。グスタフ先生の魔法のおかげです。」
きらきらとした治癒魔法のことを思い出し、沢崎直は目を輝かせて答える。
(ケガはもう治っちゃったから、今日はさすがに魔法は見れないよね……。)
魔法への期待と好奇心は膨らむが、だからといってわざと怪我をしたり仮病を使うわけにはいかないのは少し残念だった。
そんな沢崎直のおめでたい心中など知る由もなく、グスタフ医師が今度は気遣わしげに尋ねる。
「記憶の方はどうじゃ?何か少しでも思い出せたか?」
「………。」
(……無いものは思い出せないとは言えないよね、絶対に。)
アルバートの身体に別人の魂が入っているという異常事態のせいである記憶喪失は、医師の領分ではない。そもそも記憶喪失ではなく、最初からアルバートとしての記憶など備わっていないのだから取り戻すことも不可能だろう。
結局、ここでも何も説明することが出来ず、沢崎直は心苦しさを抱えたまま、自分のために何も知らずに尽力してくれる目の前のグスタフ医師に謝ることしかできなかった。
「……すみません。」
「気にするでない。気長に構えておけばよい。」
目の前の患者を安心させるような鷹揚な微笑みを浮かべて、グスタフ医師が沢崎直を慰めてくれる。
そんなグスタフ医師の温かな微笑みすら、小さな棘のように沢崎直の罪悪感を刺激するのだった。
「………。」
何も言えなくなり、視線を落とす沢崎直。
そんな沢崎直の肩に、グスタフ医師の力強い手が置かれる。
「大丈夫じゃ。まずは、毎日元気に過ごすのが大切じゃ。」
穏やかにそう告げられて、沢崎直は視線をグスタフ医師に戻すとしっかりと頷く。
「はい。頑張ります。」
「頑張りすぎて無理はいかんぞ。」
「はい。」
グスタフ医師の優しい言葉の全てを受け止めきれない沢崎直だったが、せめて自らに出来るだけの期待には応えようと心の中の決意を新たにする。
アルバート氏の周りの人たちはあまりに温かい人たちばかりで幸せであると同時に、不可抗力とはいえアルバート氏の身体を不法占拠しているような状態の沢崎直にとってはそれと同じくらいの心苦しさを感じずにはいられなかった。
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