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第一部
第四章 嵐呼ぶブラコンと推しの危機①『考察』
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第四章『嵐呼ぶブラコンと推しの危機』
一
「結婚なんて絶対に嫌だね!誰が結婚するもんか、ばぁか!ばぁか!」
やんちゃなアルバート氏が、吐き捨てるように周囲に叫び散らし、窓から外に飛び出し走り去る。
そのスピードは風よりも早く、一瞬で姿が見えなくなり、周囲が呆気にとられている間にいなくなり痕跡すら残らない。
(……いや、アルバート氏って、こんなキャラじゃねえし、知らんけど。)
沢崎直は、自分の想像力の産物にため息を吐いた。
数日前に襲来した婚約者様の発言により、事態は混迷を深めていくばかりだ。
「……婚約解消か……。」
あのおっかない婚約者様があんな嘘を吐くとは思えない。ということは、失踪前のアルバート氏が婚約解消の意思を示していたことは事実なのだろう。その上、婚約解消の意思を伝えたのは婚約者であるマリア嬢に対してで、少なくとも両親には伝えていないようだ。
(……まあ、伝えたけど流されたって可能性も考えられるけど……。)
アルバート氏と両親の関係性が分からない以上、詳しいことは分からない。
だが、この別邸の使用人の人たちや、超絶イケメン従者のヴィルヘルムですら婚約に対して何も思っていなさそうなことから、あまり周囲にアルバート氏が相談したとは思えない。
(……いいお話ね~、とか言われてたら、言い出しにくかったのかな……、嫌だって。)
そもそも貴族の政略結婚というのは、本人の気持ちを置き去りに親や周囲が決めていくものなのだろうから、反対意見は飲み込むことしかできないのかもしれない。
「……結婚なんて……、嫌です……。そんなの、……できません……。っく、……ひっく。」
今度は気弱なアルバート氏がめそめそ泣いている姿を想像して、沢崎直はため息を吐く。
(……いや、アルバート氏って、気弱な貴族の令嬢じゃねぇし。)
少なくともレースの白いハンカチを握りしめながら、よよよと泣いたりはしないはずだ。
(失踪するほど嫌だったのかな……?あのマリア嬢との婚約が。)
確かにマリア嬢はとんでもなくおっかない女傑であったし、アルバート相手にはその女傑っぷりを隠そうともしていなかったが……。
果たして、それが失踪の理由になるのだろうか?
失踪するくらいなら、婚約解消した方がよさそうな気もするし、少なくともマリア嬢本人に婚約解消の意思を告げるところまではしているというのに……。
(……マリア嬢相手に婚約解消することの難儀さに絶望してとか?)
アルバート氏がどんな人物かは分からないが、今まで色々な人の思い出話を聞いた印象だと、素直で人懐っこく愛らしい人柄のようだったから、そうなるとマリア嬢に太刀打ちするほどの実力があったとは到底思えない。その上、この間会って話した感じだと、マリア嬢の方がこの婚約に乗り気のようだったので、婚約解消はかなり難しいだろう。そんな諸々の事情の積み重ねが、失踪という結論に至ったのだろうか?
「……何か違う気がするけど……。」
アルバート氏にとって、一年前の失踪がどんな意味を持っていたのかは分からない。本人にとっては、ちょっとした家出のつもりがいつの間にか大事になってしまったのかもしれないし、実は結果的に失踪という状態になってしまっただけで、何らかの事件・事故に巻き込まれたという可能性もある。
「……よく分からん。」
所詮、沢崎直には見知らぬ他人が過ごした過去のことなど分かるはずがない。
「まあ、いいか。」
あくまでも他人事。あくまでも過去のこと。
今、現在の沢崎直にとって、それはイケメンの眉間に皺を刻んでまで思い悩むことではないのだった。
何せ、失踪したのはアルバート氏であって沢崎直ではない。
もし何か思い悩んでの失踪だったとしても、その悩みはアルバート氏のモノであって沢崎直のモノではないのだ。
過去よりも、未来。
沢崎直にとっては、今後のアルバートとしての未来の方が最重要懸念事項であり、迅速にとりかからねばならない難題であった。
ため息を吐き終えると、沢崎直は脳内を切り替える。
『アルバート氏失踪事件』の謎を解くのは、沢崎直の仕事ではない。
名探偵ではない沢崎直には、こんがらがった謎など解けるはずもない。そんなことが出来るほどの明晰な頭脳があれば、今、目の前に転がる数々の難題にだって、解決策がすぐに思い浮かぶのに……。
名探偵ではない元・モブ女の凡人には大した考えも思い浮かばず、ため息は深くなる。
『男として生きていくこと。』
『アルバート氏として生きていくこと。』
『異世界で生きていくこと。』
解決策は見つからず、先人の経験すら当てにならない珍事であることは確かだ。
まさに、暗中模索の日々。
コンコン
「アルバート様。よろしいでしょうか?」
そんな日々に輝き続ける『推し』という唯一の光。
沢崎直のこの異世界生活唯一の希望ともいえる推しの超絶イケメンの従者ヴィルヘルムの声が室内に響く。
沢崎直は自然に笑みが顔に浮かぶのを感じた。
「はい。」
「失礼いたします。」
沢崎直が希望を失わずに何とかこの異世界で生きていけるのは、この『推し』の存在が大きい。この神に等しき尊い存在がいてくれるだけで、沢崎直は毎日に感謝したくなる。
今も、この尊い存在が、室内のこちらの存在を認識した途端、軽く微笑んでくれることで沢崎直の心は天にも昇るような軽さになっていく。悩みも何もかも吹っ飛んでしまう。
この日々が続くのなら、婚約も異世界も大したことはないと思える。
(どんと来い!ヴィル様との未来!)
沢崎直は、結局、幸せな時間を満喫していた。
一
「結婚なんて絶対に嫌だね!誰が結婚するもんか、ばぁか!ばぁか!」
やんちゃなアルバート氏が、吐き捨てるように周囲に叫び散らし、窓から外に飛び出し走り去る。
そのスピードは風よりも早く、一瞬で姿が見えなくなり、周囲が呆気にとられている間にいなくなり痕跡すら残らない。
(……いや、アルバート氏って、こんなキャラじゃねえし、知らんけど。)
沢崎直は、自分の想像力の産物にため息を吐いた。
数日前に襲来した婚約者様の発言により、事態は混迷を深めていくばかりだ。
「……婚約解消か……。」
あのおっかない婚約者様があんな嘘を吐くとは思えない。ということは、失踪前のアルバート氏が婚約解消の意思を示していたことは事実なのだろう。その上、婚約解消の意思を伝えたのは婚約者であるマリア嬢に対してで、少なくとも両親には伝えていないようだ。
(……まあ、伝えたけど流されたって可能性も考えられるけど……。)
アルバート氏と両親の関係性が分からない以上、詳しいことは分からない。
だが、この別邸の使用人の人たちや、超絶イケメン従者のヴィルヘルムですら婚約に対して何も思っていなさそうなことから、あまり周囲にアルバート氏が相談したとは思えない。
(……いいお話ね~、とか言われてたら、言い出しにくかったのかな……、嫌だって。)
そもそも貴族の政略結婚というのは、本人の気持ちを置き去りに親や周囲が決めていくものなのだろうから、反対意見は飲み込むことしかできないのかもしれない。
「……結婚なんて……、嫌です……。そんなの、……できません……。っく、……ひっく。」
今度は気弱なアルバート氏がめそめそ泣いている姿を想像して、沢崎直はため息を吐く。
(……いや、アルバート氏って、気弱な貴族の令嬢じゃねぇし。)
少なくともレースの白いハンカチを握りしめながら、よよよと泣いたりはしないはずだ。
(失踪するほど嫌だったのかな……?あのマリア嬢との婚約が。)
確かにマリア嬢はとんでもなくおっかない女傑であったし、アルバート相手にはその女傑っぷりを隠そうともしていなかったが……。
果たして、それが失踪の理由になるのだろうか?
失踪するくらいなら、婚約解消した方がよさそうな気もするし、少なくともマリア嬢本人に婚約解消の意思を告げるところまではしているというのに……。
(……マリア嬢相手に婚約解消することの難儀さに絶望してとか?)
アルバート氏がどんな人物かは分からないが、今まで色々な人の思い出話を聞いた印象だと、素直で人懐っこく愛らしい人柄のようだったから、そうなるとマリア嬢に太刀打ちするほどの実力があったとは到底思えない。その上、この間会って話した感じだと、マリア嬢の方がこの婚約に乗り気のようだったので、婚約解消はかなり難しいだろう。そんな諸々の事情の積み重ねが、失踪という結論に至ったのだろうか?
「……何か違う気がするけど……。」
アルバート氏にとって、一年前の失踪がどんな意味を持っていたのかは分からない。本人にとっては、ちょっとした家出のつもりがいつの間にか大事になってしまったのかもしれないし、実は結果的に失踪という状態になってしまっただけで、何らかの事件・事故に巻き込まれたという可能性もある。
「……よく分からん。」
所詮、沢崎直には見知らぬ他人が過ごした過去のことなど分かるはずがない。
「まあ、いいか。」
あくまでも他人事。あくまでも過去のこと。
今、現在の沢崎直にとって、それはイケメンの眉間に皺を刻んでまで思い悩むことではないのだった。
何せ、失踪したのはアルバート氏であって沢崎直ではない。
もし何か思い悩んでの失踪だったとしても、その悩みはアルバート氏のモノであって沢崎直のモノではないのだ。
過去よりも、未来。
沢崎直にとっては、今後のアルバートとしての未来の方が最重要懸念事項であり、迅速にとりかからねばならない難題であった。
ため息を吐き終えると、沢崎直は脳内を切り替える。
『アルバート氏失踪事件』の謎を解くのは、沢崎直の仕事ではない。
名探偵ではない沢崎直には、こんがらがった謎など解けるはずもない。そんなことが出来るほどの明晰な頭脳があれば、今、目の前に転がる数々の難題にだって、解決策がすぐに思い浮かぶのに……。
名探偵ではない元・モブ女の凡人には大した考えも思い浮かばず、ため息は深くなる。
『男として生きていくこと。』
『アルバート氏として生きていくこと。』
『異世界で生きていくこと。』
解決策は見つからず、先人の経験すら当てにならない珍事であることは確かだ。
まさに、暗中模索の日々。
コンコン
「アルバート様。よろしいでしょうか?」
そんな日々に輝き続ける『推し』という唯一の光。
沢崎直のこの異世界生活唯一の希望ともいえる推しの超絶イケメンの従者ヴィルヘルムの声が室内に響く。
沢崎直は自然に笑みが顔に浮かぶのを感じた。
「はい。」
「失礼いたします。」
沢崎直が希望を失わずに何とかこの異世界で生きていけるのは、この『推し』の存在が大きい。この神に等しき尊い存在がいてくれるだけで、沢崎直は毎日に感謝したくなる。
今も、この尊い存在が、室内のこちらの存在を認識した途端、軽く微笑んでくれることで沢崎直の心は天にも昇るような軽さになっていく。悩みも何もかも吹っ飛んでしまう。
この日々が続くのなら、婚約も異世界も大したことはないと思える。
(どんと来い!ヴィル様との未来!)
沢崎直は、結局、幸せな時間を満喫していた。
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