上 下
42 / 187
第一部

第三章 SUR級モンスター 女子力の化身、襲来!!⑯『ワイルドベアー』

しおりを挟む
     十六

 結局、不毛なだけの取り調べの会話は長くは続かず、何の成果も得られないまま騎士の人は帰っていった。
 最後に何か思い出したらどんなことでもいいので騎士団に言伝てをと、何度も繰り返していたのが本当に申し訳なく、沢崎直の罪悪感は刺激されっぱなしだった。
 今も屋敷の窓から、小さくなっていく騎士の人の背中を見送りながら、心の中で何度も謝罪する。
(ごめんなさい。役に立てなくて……。)
 これから、あの騎士の人は報告書とかを書かなくてはならないのかもしれないが、これほど意味不明な状況ではまともな内容の物は書けないのだろう。提出しても突っぱねられたり、そもそも提出すら出来なかったり、きっと大変なことになる。ただでさえ、日々の雑務に忙殺されているようだったというのに、余計な仕事をさらに増やしてしまったのではないか?
 日々の地味な事務仕事の大変さを肌で知る沢崎直にとって、あの騎士の責任者の人のことは他人事には思えず、同情を禁じ得なかった。
(……だからといって、本当の事は言えません。ごめんなさい。)
 見えなくなるまで騎士の人の背中を見送って、沢崎直はため息を吐いた。
「アルバート様。お疲れでしたら、一度お休みになられますか?」
 沢崎直のため息を聞き逃さず、心配そうに超絶イケメン・ヴィルが尋ねてくる。
 心配をかけぬように笑顔を取り繕うと、沢崎直は首を振った。
「大丈夫です。」
「……。」
 数日一緒にいて理解したが、超絶イケメン・ヴィルは言葉数が多い方ではない。だが、アルバート氏に対する忠誠は相当なもので、主の変化や状態や機嫌などを言葉だけではなく、ありとあらゆる情報から推測しようとして、その涼しげな双眸をじっとこちらに向けることが多かった。
 推しの熱い視線を向けられて、沢崎直という一人の乙女にとっては気が気ではない状態だが、何とかアルバートとして澄まし顔を維持するよう心掛ける沢崎直。
 推しと二人きりの室内での沈黙に耐え切れないので、沢崎直は口を開く。
「あ、あの。さっきの話、どう思いましたか?」
「ワイルドベアーの話ですか?」
「はい。」
 異世界初心者の沢崎直にとって、情報の有り無しは死活問題だ。
 この世界に慣れ親しんでいる者の率直な意見を、この機会に聞いておきたい。そう思って、ヴィルに話題を振ってみた。ヴィルという超絶イケメンが、何かしらの武術に長けていそうなことも、この話題において貴重な意見をくれる気がして適任だと思ったのも一因だ。
 沢崎直に話を向けられ、少し考えをまとめるために沈黙した後、口を開くヴィル。
「今の段階で何かを軽々に判断することはできませんが、奇妙な状況だと言ったあの騎士の方の意見には同意できます。」
 涼しげで理知的な美貌は、落ち着いた声音と相俟って芸術品のようだ。ともすれば、推しのヴィジュアルに心を支配され、話の内容が全く入ってこなくなってしまう。せっかくの情報収集の場でそれではいけないと、沢崎直は努めて、平常心を意識した。
「私はあの場で驚いてしまって何も分からなかったのですが、ワイルドベアーというのはそんなに強いのですか?」
「はい。ヤツに遭遇し、アルバート様に大きなお怪我がなかったのは不幸中の幸いと言えますが……。」
 そこで言葉を止めたヴィルの痛ましい視線は、記憶喪失になったアルバートに注がれる。
(……クマさんのせいで、アルバート氏は記憶喪失になってる設定だから、まあ怪我がなくて何よりとか、オールオッケーってことにはならないよね……。)
「騎士の方でも、束にならないと倒せないそうですけど……。例えば、お一人で倒せるような猛者とかはいらっしゃらないんですか?」
(力自慢の格闘家とか、伝説のモンクとか……。何か体術の極みにいそうな人なら、この際誰でもいいんだけど……。)
 沢崎直は自分が空手で倒してしまったであろうクマさんというありがた迷惑な功績のようなものをなすりつける相手を探していた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

異世界道中ゆめうつつ! 転生したら虚弱令嬢でした。チート能力なしでたのしい健康スローライフ!

マーニー
ファンタジー
※ほのぼの日常系です 病弱で閉鎖的な生活を送る、伯爵令嬢の美少女ニコル(10歳)。対して、亡くなった両親が残した借金地獄から抜け出すため、忙殺状態の限界社会人サラ(22歳)。 ある日、同日同時刻に、体力の限界で息を引き取った2人だったが、なんとサラはニコルの体に転生していたのだった。 「こういうときって、神様のチート能力とかあるんじゃないのぉ?涙」 異世界転生お約束の神様登場も特別スキルもなく、ただただ、不健康でひ弱な美少女に転生してしまったサラ。 「せっかく忙殺の日々から解放されたんだから…楽しむしかない。ぜっっったいにスローライフを満喫する!」 ―――異世界と健康への不安が募りつつ 憧れのスローライフ実現のためまずは健康体になることを決意したが、果たしてどうなるのか? 魔法に魔物、お貴族様。 夢と現実の狭間のような日々の中で、 転生者サラが自身の夢を叶えるために 新ニコルとして我が道をつきすすむ! 『目指せ健康体!美味しいご飯と楽しい仲間たちと夢のスローライフを叶えていくお話』 ※はじめは健康生活。そのうちお料理したり、旅に出たりもします。日常ほのぼの系です。 ※非現実色強めな内容です。 ※溺愛親バカと、あたおか要素があるのでご注意です。

せっかく異世界に転生できたんだから、急いで生きる必要なんてないよね?ー明日も俺はスローなライフを謳歌したいー

ジミー凌我
ファンタジー
 日夜仕事に追われ続ける日常を毎日毎日繰り返していた。  仕事仕事の毎日、明日も明後日も仕事を積みたくないと生き急いでいた。  そんな俺はいつしか過労で倒れてしまった。  そのまま死んだ俺は、異世界に転生していた。  忙しすぎてうわさでしか聞いたことがないが、これが異世界転生というものなのだろう。  生き急いで死んでしまったんだ。俺はこの世界ではゆっくりと生きていきたいと思った。  ただ、この世界にはモンスターも魔王もいるみたい。 この世界で最初に出会ったクレハという女の子は、細かいことは気にしない自由奔放な可愛らしい子で、俺を助けてくれた。 冒険者としてゆったり生計を立てていこうと思ったら、以外と儲かる仕事だったからこれは楽な人生が始まると思った矢先。 なぜか2日目にして魔王軍の侵略に遭遇し…。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

神に異世界へ転生させられたので……自由に生きていく

霜月 祈叶 (霜月藍)
ファンタジー
小説漫画アニメではお馴染みの神の失敗で死んだ。 だから異世界で自由に生きていこうと決めた鈴村茉莉。 どう足掻いても異世界のせいかテンプレ発生。ゴブリン、オーク……盗賊。 でも目立ちたくない。目指せフリーダムライフ!

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜

霞杏檎
ファンタジー
「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」 回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。 フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。 しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを…… 途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。 フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。 フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった…… これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である! (160話で完結予定) 元タイトル 「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」

異世界でゆるゆるスローライフ!~小さな波乱とチートを添えて~

イノナかノかワズ
ファンタジー
 助けて、刺されて、死亡した主人公。神様に会ったりなんやかんやあったけど、社畜だった前世から一転、ゆるいスローライフを送る……筈であるが、そこは知識チートと能力チートを持った主人公。波乱に巻き込まれたりしそうになるが、そこはのんびり暮らしたいと持っている主人公。波乱に逆らい、世界に名が知れ渡ることはなくなり、知る人ぞ知る感じに収まる。まぁ、それは置いといて、主人公の新たな人生は、温かな家族とのんびりした自然、そしてちょっとした研究生活が彩りを与え、幸せに溢れています。  *話はとてもゆっくりに進みます。また、序盤はややこしい設定が多々あるので、流しても構いません。  *他の小説や漫画、ゲームの影響が見え隠れします。作者の願望も見え隠れします。ご了承下さい。  *頑張って週一で投稿しますが、基本不定期です。  *無断転載、無断翻訳を禁止します。   小説家になろうにて先行公開中です。主にそっちを優先して投稿します。 カクヨムにても公開しています。 更新は不定期です。

処理中です...