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第一部
第三章 SUR級モンスター 女子力の化身、襲来!!⑫『思い出』
しおりを挟む 十二
好きな食べ物。好きな色。子供の頃の思い出。話した会話の内容。
失踪前のアルバート氏との関わりのある人たちから、少しずつ齎されるアルバート氏の人となりの情報。他愛ないけれど、大切な宝物のような思い出の数々は、アルバート氏がこの異世界でしっかりと生きて暮らしていたことを感じさせた。その上、アルバート氏が使用人の人たちから大切に思われる様な人間であったことも理解できた。
不可抗力とはいえ、そんな素敵なアルバート氏の身体に入っていることを沢崎直は申し訳なくも思った。少なくとも、アルバート氏の周りの人たちはアルバート氏の帰還を心から喜んでくれていたから尚更である。
(……何だって、こんな状態で転生しちゃったのかな?)
一年間も失踪していたアルバート氏が、ようやく帰還したと思ったら記憶喪失になっているなど、周りの人間からしたら困惑と落胆が強いだろうが、誰一人アルバート氏にそんな感情は向けずに、穏やかに暖かく思い出話をしてくれる。少しでもアルバート氏の力になれればと、自分の仕事の合間の時間を縫って来てくれる。
(……アルバート氏は、本当に何で失踪したのかな?)
沢崎直の心に疑問が積もっていくが、それは誰かがおいそれと答えられるような代物ではなさそうだった。
なので、疑問の数々は、沢崎直の心の中にだけ降り積もり、外に出されることはない。
とりあえず、屋敷の人たちから齎された情報を聞き漏らすことのないように、沢崎直は懸命にメモを取った。いや、メモを取るだけでは飽き足らず、時系列順に並べたりして、アルバート氏という人物を理解する努力を怠らなかった。
昔から地味な事務仕事は得意だったので、思い出話を時系列に並べて理解するのは難しいことではなかった。
ここまで屋敷の人たちに世話になっているのだから、せめて少しくらいはアルバート氏に成りすます必要性も感じていたし、そのくらいしか感謝を返すことも出来そうもなかった。
その上、努力が信条の沢崎直は、この異世界のことを学ぶことにも着手し始めていた。
まず手始めに、屋敷にある本を片っ端から読み漁り、疑問に思ったことは従者の超絶イケメンか屋敷の手配を任されている執事のリヒターという壮年の物腰の落ちついた男性に尋ねた。
執事のリヒターは、幼い頃から時折アルバート氏の面倒を見ていたこともあり、教師のように沢崎直を教え導いてくれた。
その日も、数人の思い出話を聞いた後、居室として使っている部屋のソファで読書をしていると、執事のリヒターが室内に折り目正しいノックの音と共に入ってきた。
本から視線を上げて執事のリヒターを見ていると、皺の刻まれたその顔をほころばせた。
「あの?」
「いえ、よくそうして本を読んでいらしたことを思い出しまして。記憶を失われても、そういうところはそのままでいらっしゃるのですね。」
「はあ。」
中身が別人であることを隠している沢崎直には、何と答えていいのか分からない。
アルバート氏とも全く面識がないので、似ていると言われても似ているかどうか分からない。そうなると結局、曖昧に愛想笑いをするしかないのだった。
「貴方様は、幼い頃から読書が本当にお好きだったのですよ。」
「そうなんですか……。」
沢崎直も昔から読書が好きで、よく図書館に通い詰めていたのでそういうところはアルバート氏と似ているのかもしれない。
今まであまりにも類似点がなさ過ぎてアルバート氏を理解しようとしても感情が追い付いてはいかなかったが、初めてこの日、少しだけアルバート氏に共感することが出来た。まあ、モブ女とイケメン貴公子という圧倒的な立場の違いがあるので、ほんの少しだけのことではあるのだが……。
執事のリヒターは目を細めながら、穏やかな声で続ける。
「はい。いつもそうしてソファの上でたくさんの本を積み上げながら、時間を過ごしておられました。本当に様々な分野の本をお読みになられていましたよ。」
武術の鍛錬もしながら、乱読するほどの読書家であるアルバート氏。
「お戻りになられたこと、本当に嬉しく思います。皆が本当に心配していたのです。」
少し声を震わせながら、執事のリヒターはそう沢崎直に告げた。
アルバート氏の外見をしていてもアルバート氏ではない沢崎直は、やっぱり本当に心から申し訳なく思った。罪悪感に耐え切れず、思わず目を伏せてしまう。
そんな沢崎直の反応を見て、執事のリヒターは気を遣ってくれた。
「記憶の方はそう焦らずともよいのですよ。貴方様がご無事であられるなら、それ以上のことはないのですから。」
(……身体は無事でも、中身は別人の場合はどうだろう?)
聞くことのできない疑問を心に浮かべる沢崎直。
そんな沢崎直だけが知っている真実を知ることのない執事のリヒターは、それでも気を遣って話題を変えてくれた。
「ああ、そういえば。ローゼンベルク家のマリア様も心配しておいでで、アルバート様の帰還を知り近々お顔を見にお出でになるそうですよ。」
「ローゼンベルク家のマリア様?」
聞いたことのない名前に、首を傾げる沢崎直。
執事のリヒターは穏やかな声音で教えてくれた。
「はい。アルバート様の婚約者であらせられます。」
かくして、爆弾は落とされた。
好きな食べ物。好きな色。子供の頃の思い出。話した会話の内容。
失踪前のアルバート氏との関わりのある人たちから、少しずつ齎されるアルバート氏の人となりの情報。他愛ないけれど、大切な宝物のような思い出の数々は、アルバート氏がこの異世界でしっかりと生きて暮らしていたことを感じさせた。その上、アルバート氏が使用人の人たちから大切に思われる様な人間であったことも理解できた。
不可抗力とはいえ、そんな素敵なアルバート氏の身体に入っていることを沢崎直は申し訳なくも思った。少なくとも、アルバート氏の周りの人たちはアルバート氏の帰還を心から喜んでくれていたから尚更である。
(……何だって、こんな状態で転生しちゃったのかな?)
一年間も失踪していたアルバート氏が、ようやく帰還したと思ったら記憶喪失になっているなど、周りの人間からしたら困惑と落胆が強いだろうが、誰一人アルバート氏にそんな感情は向けずに、穏やかに暖かく思い出話をしてくれる。少しでもアルバート氏の力になれればと、自分の仕事の合間の時間を縫って来てくれる。
(……アルバート氏は、本当に何で失踪したのかな?)
沢崎直の心に疑問が積もっていくが、それは誰かがおいそれと答えられるような代物ではなさそうだった。
なので、疑問の数々は、沢崎直の心の中にだけ降り積もり、外に出されることはない。
とりあえず、屋敷の人たちから齎された情報を聞き漏らすことのないように、沢崎直は懸命にメモを取った。いや、メモを取るだけでは飽き足らず、時系列順に並べたりして、アルバート氏という人物を理解する努力を怠らなかった。
昔から地味な事務仕事は得意だったので、思い出話を時系列に並べて理解するのは難しいことではなかった。
ここまで屋敷の人たちに世話になっているのだから、せめて少しくらいはアルバート氏に成りすます必要性も感じていたし、そのくらいしか感謝を返すことも出来そうもなかった。
その上、努力が信条の沢崎直は、この異世界のことを学ぶことにも着手し始めていた。
まず手始めに、屋敷にある本を片っ端から読み漁り、疑問に思ったことは従者の超絶イケメンか屋敷の手配を任されている執事のリヒターという壮年の物腰の落ちついた男性に尋ねた。
執事のリヒターは、幼い頃から時折アルバート氏の面倒を見ていたこともあり、教師のように沢崎直を教え導いてくれた。
その日も、数人の思い出話を聞いた後、居室として使っている部屋のソファで読書をしていると、執事のリヒターが室内に折り目正しいノックの音と共に入ってきた。
本から視線を上げて執事のリヒターを見ていると、皺の刻まれたその顔をほころばせた。
「あの?」
「いえ、よくそうして本を読んでいらしたことを思い出しまして。記憶を失われても、そういうところはそのままでいらっしゃるのですね。」
「はあ。」
中身が別人であることを隠している沢崎直には、何と答えていいのか分からない。
アルバート氏とも全く面識がないので、似ていると言われても似ているかどうか分からない。そうなると結局、曖昧に愛想笑いをするしかないのだった。
「貴方様は、幼い頃から読書が本当にお好きだったのですよ。」
「そうなんですか……。」
沢崎直も昔から読書が好きで、よく図書館に通い詰めていたのでそういうところはアルバート氏と似ているのかもしれない。
今まであまりにも類似点がなさ過ぎてアルバート氏を理解しようとしても感情が追い付いてはいかなかったが、初めてこの日、少しだけアルバート氏に共感することが出来た。まあ、モブ女とイケメン貴公子という圧倒的な立場の違いがあるので、ほんの少しだけのことではあるのだが……。
執事のリヒターは目を細めながら、穏やかな声で続ける。
「はい。いつもそうしてソファの上でたくさんの本を積み上げながら、時間を過ごしておられました。本当に様々な分野の本をお読みになられていましたよ。」
武術の鍛錬もしながら、乱読するほどの読書家であるアルバート氏。
「お戻りになられたこと、本当に嬉しく思います。皆が本当に心配していたのです。」
少し声を震わせながら、執事のリヒターはそう沢崎直に告げた。
アルバート氏の外見をしていてもアルバート氏ではない沢崎直は、やっぱり本当に心から申し訳なく思った。罪悪感に耐え切れず、思わず目を伏せてしまう。
そんな沢崎直の反応を見て、執事のリヒターは気を遣ってくれた。
「記憶の方はそう焦らずともよいのですよ。貴方様がご無事であられるなら、それ以上のことはないのですから。」
(……身体は無事でも、中身は別人の場合はどうだろう?)
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そんな沢崎直だけが知っている真実を知ることのない執事のリヒターは、それでも気を遣って話題を変えてくれた。
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「ローゼンベルク家のマリア様?」
聞いたことのない名前に、首を傾げる沢崎直。
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「はい。アルバート様の婚約者であらせられます。」
かくして、爆弾は落とされた。
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