上 下
25 / 187
第一部

第二章 理想の王子様、現る。(しかし、貴方も男)⑩『行先決定』

しおりを挟む
     十

「どうも森の中でワイルドベアーに遭遇されたそうで、それで記憶喪失になられたとか。そうでしたよね?」
「えっ?あっ、はい。」
 ちょっと投げやりな感じに聞こえないでもない声音で責任者の騎士が手短に説明してくれる。
 この人の仕事を増やしている張本人なのだから仕方ないかと、妙な共感を持って沢崎直は納得した。中間管理職っぽいこの人は、この室内にいる人間に本当は早く出ていって欲しいんじゃないかなぁと、責任者の騎士の悲哀を帯びた瞳を見て、沢崎直はそうも感じていた。それでも説明してくれるなんて、ちゃんと仕事のできるすごくいい大人だ。
「ワイルドベアー!?」
 超絶イケメンはそう繰り返すと、じっくりと沢崎直を観察した。
 超絶イケメンの熱心な視線は心臓に悪いし、居心地も悪い。
「……あ、あのー。」
「どこか、お怪我は?」
 慌てた様子の超絶イケメンは視線だけでは物足りず、ついには沢崎直の身体に手を伸ばした。
 突然の出来事に沢崎直は硬直する。
 逃げることも避けることも出来ずに、初心な小娘のようにくねくねと恥じらいながら超絶イケメンの触診を受け入れるしかない。
(えっ?あの?ちょっと?そんな?)
 超絶イケメンの触り方があまりにも事務的で、怪我の確認の目的のためでしかないのがはっきりと分かるほど淡々としているのがせめてもの救いだ。
「大丈夫ですか?どこか痛むところとか?」
 極めつけに至近距離から覗き込まれて、沢崎直は赤面して黙り込むことしかできなかった。
「アルバート様?」
 沢崎直の反応に、超絶イケメンの表情が曇る。
 一瞬の逡巡の後、顔を上げると超絶イケメンは時間を無駄にせずに責任者の騎士へと口を開いた。
「馬車を手配していただけますか?」
「馬車ならば、うちの騎士団の物をお使いください。」
 即座に方針が決まったようだということしか、沢崎直には分からなかった。
「えっ?あの?」
「当家の屋敷の一つが馬車で少し行ったところにございます。そちらにすぐさまお医者様をお呼びします。」
 沢崎直を安心させるように丁寧に説明して微笑むと、超絶イケメンは沢崎直を促した。
「さあ、参りましょう。」
 戸惑う沢崎直を置き去りにして、事態が猛スピードで進んでいく。
 有無を言わせない勢いで沢崎直は促されるまま、いつの間にか馬車へと乗せられていた。
 沢崎直の記憶に残ったのは、ようやく仕事に戻れるやれやれといった様子の責任者の騎士の顔だけだ。
 颯爽と御者席に収まる超絶イケメン。
 動き出した馬車の中で、沢崎直の脳内には一つの歌がループしていた。
 それは、馬車に乗せられ売られていく子牛の悲哀を歌った童謡だ。
(えっ?これ、ドナドナじゃないよね?)
 沢崎直が乗っているのは人間の交通用で、荷馬車ではないのが唯一の救いだが、そんなことは動揺の収まらない沢崎直には関係なかった。
 スピードを上げて去っていく沢崎直の乗った馬車を先程の部屋の窓から熱心に見つめ続けていたハンプシャー伯爵家のご令嬢の存在すら、今の沢崎直の心には残っていなかった。
(私、子牛じゃないんですけどォォォォォォォォ。)
 沢崎直は誰に届くこともない言葉を、万感の思いを込めて心の中で絶叫していた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

実家が没落したので、こうなったら落ちるところまで落ちてやります。

黒蜜きな粉
ファンタジー
ある日を境にタニヤの生活は変わってしまった。 実家は爵位を剥奪され、領地を没収された。 父は刑死、それにショックを受けた母は自ら命を絶った。 まだ学生だったタニヤは学費が払えなくなり学校を退学。 そんなタニヤが生活費を稼ぐために始めたのは冒険者だった。 しかし、どこへ行っても元貴族とバレると嫌がらせを受けてしまう。 いい加減にこんな生活はうんざりだと思っていたときに出会ったのは、商人だと名乗る怪しい者たちだった。 騙されていたって構わない。 もう金に困ることなくお腹いっぱい食べられるなら、裏家業だろうがなんでもやってやる。 タニヤは商人の元へ転職することを決意する。

魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます

ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう どんどん更新していきます。 ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。

もう彼女でいいじゃないですか

キムラましゅろう
恋愛
ある日わたしは婚約者に婚約解消を申し出た。 常にわたし以外の女を腕に絡ませている事に耐えられなくなったからだ。 幼い頃からわたしを溺愛する婚約者は婚約解消を絶対に認めないが、わたしの心は限界だった。 だからわたしは行動する。 わたしから婚約者を自由にするために。 わたしが自由を手にするために。 残酷な表現はありませんが、 性的なワードが幾つが出てきます。 苦手な方は回れ右をお願いします。 小説家になろうさんの方では ifストーリーを投稿しております。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

転生幼女は幸せを得る。

泡沫 ウィルベル
ファンタジー
私は死んだはずだった。だけど何故か赤ちゃんに!? 今度こそ、幸せになろうと誓ったはずなのに、求められてたのは魔法の素質がある跡取りの男の子だった。私は4歳で家を出され、森に捨てられた!?幸せなんてきっと無いんだ。そんな私に幸せをくれたのは王太子だった−−

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...