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第一部
第二章 理想の王子様、現る。(しかし、貴方も男)⑩『行先決定』
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十
「どうも森の中でワイルドベアーに遭遇されたそうで、それで記憶喪失になられたとか。そうでしたよね?」
「えっ?あっ、はい。」
ちょっと投げやりな感じに聞こえないでもない声音で責任者の騎士が手短に説明してくれる。
この人の仕事を増やしている張本人なのだから仕方ないかと、妙な共感を持って沢崎直は納得した。中間管理職っぽいこの人は、この室内にいる人間に本当は早く出ていって欲しいんじゃないかなぁと、責任者の騎士の悲哀を帯びた瞳を見て、沢崎直はそうも感じていた。それでも説明してくれるなんて、ちゃんと仕事のできるすごくいい大人だ。
「ワイルドベアー!?」
超絶イケメンはそう繰り返すと、じっくりと沢崎直を観察した。
超絶イケメンの熱心な視線は心臓に悪いし、居心地も悪い。
「……あ、あのー。」
「どこか、お怪我は?」
慌てた様子の超絶イケメンは視線だけでは物足りず、ついには沢崎直の身体に手を伸ばした。
突然の出来事に沢崎直は硬直する。
逃げることも避けることも出来ずに、初心な小娘のようにくねくねと恥じらいながら超絶イケメンの触診を受け入れるしかない。
(えっ?あの?ちょっと?そんな?)
超絶イケメンの触り方があまりにも事務的で、怪我の確認の目的のためでしかないのがはっきりと分かるほど淡々としているのがせめてもの救いだ。
「大丈夫ですか?どこか痛むところとか?」
極めつけに至近距離から覗き込まれて、沢崎直は赤面して黙り込むことしかできなかった。
「アルバート様?」
沢崎直の反応に、超絶イケメンの表情が曇る。
一瞬の逡巡の後、顔を上げると超絶イケメンは時間を無駄にせずに責任者の騎士へと口を開いた。
「馬車を手配していただけますか?」
「馬車ならば、うちの騎士団の物をお使いください。」
即座に方針が決まったようだということしか、沢崎直には分からなかった。
「えっ?あの?」
「当家の屋敷の一つが馬車で少し行ったところにございます。そちらにすぐさまお医者様をお呼びします。」
沢崎直を安心させるように丁寧に説明して微笑むと、超絶イケメンは沢崎直を促した。
「さあ、参りましょう。」
戸惑う沢崎直を置き去りにして、事態が猛スピードで進んでいく。
有無を言わせない勢いで沢崎直は促されるまま、いつの間にか馬車へと乗せられていた。
沢崎直の記憶に残ったのは、ようやく仕事に戻れるやれやれといった様子の責任者の騎士の顔だけだ。
颯爽と御者席に収まる超絶イケメン。
動き出した馬車の中で、沢崎直の脳内には一つの歌がループしていた。
それは、馬車に乗せられ売られていく子牛の悲哀を歌った童謡だ。
(えっ?これ、ドナドナじゃないよね?)
沢崎直が乗っているのは人間の交通用で、荷馬車ではないのが唯一の救いだが、そんなことは動揺の収まらない沢崎直には関係なかった。
スピードを上げて去っていく沢崎直の乗った馬車を先程の部屋の窓から熱心に見つめ続けていたハンプシャー伯爵家のご令嬢の存在すら、今の沢崎直の心には残っていなかった。
(私、子牛じゃないんですけどォォォォォォォォ。)
沢崎直は誰に届くこともない言葉を、万感の思いを込めて心の中で絶叫していた。
「どうも森の中でワイルドベアーに遭遇されたそうで、それで記憶喪失になられたとか。そうでしたよね?」
「えっ?あっ、はい。」
ちょっと投げやりな感じに聞こえないでもない声音で責任者の騎士が手短に説明してくれる。
この人の仕事を増やしている張本人なのだから仕方ないかと、妙な共感を持って沢崎直は納得した。中間管理職っぽいこの人は、この室内にいる人間に本当は早く出ていって欲しいんじゃないかなぁと、責任者の騎士の悲哀を帯びた瞳を見て、沢崎直はそうも感じていた。それでも説明してくれるなんて、ちゃんと仕事のできるすごくいい大人だ。
「ワイルドベアー!?」
超絶イケメンはそう繰り返すと、じっくりと沢崎直を観察した。
超絶イケメンの熱心な視線は心臓に悪いし、居心地も悪い。
「……あ、あのー。」
「どこか、お怪我は?」
慌てた様子の超絶イケメンは視線だけでは物足りず、ついには沢崎直の身体に手を伸ばした。
突然の出来事に沢崎直は硬直する。
逃げることも避けることも出来ずに、初心な小娘のようにくねくねと恥じらいながら超絶イケメンの触診を受け入れるしかない。
(えっ?あの?ちょっと?そんな?)
超絶イケメンの触り方があまりにも事務的で、怪我の確認の目的のためでしかないのがはっきりと分かるほど淡々としているのがせめてもの救いだ。
「大丈夫ですか?どこか痛むところとか?」
極めつけに至近距離から覗き込まれて、沢崎直は赤面して黙り込むことしかできなかった。
「アルバート様?」
沢崎直の反応に、超絶イケメンの表情が曇る。
一瞬の逡巡の後、顔を上げると超絶イケメンは時間を無駄にせずに責任者の騎士へと口を開いた。
「馬車を手配していただけますか?」
「馬車ならば、うちの騎士団の物をお使いください。」
即座に方針が決まったようだということしか、沢崎直には分からなかった。
「えっ?あの?」
「当家の屋敷の一つが馬車で少し行ったところにございます。そちらにすぐさまお医者様をお呼びします。」
沢崎直を安心させるように丁寧に説明して微笑むと、超絶イケメンは沢崎直を促した。
「さあ、参りましょう。」
戸惑う沢崎直を置き去りにして、事態が猛スピードで進んでいく。
有無を言わせない勢いで沢崎直は促されるまま、いつの間にか馬車へと乗せられていた。
沢崎直の記憶に残ったのは、ようやく仕事に戻れるやれやれといった様子の責任者の騎士の顔だけだ。
颯爽と御者席に収まる超絶イケメン。
動き出した馬車の中で、沢崎直の脳内には一つの歌がループしていた。
それは、馬車に乗せられ売られていく子牛の悲哀を歌った童謡だ。
(えっ?これ、ドナドナじゃないよね?)
沢崎直が乗っているのは人間の交通用で、荷馬車ではないのが唯一の救いだが、そんなことは動揺の収まらない沢崎直には関係なかった。
スピードを上げて去っていく沢崎直の乗った馬車を先程の部屋の窓から熱心に見つめ続けていたハンプシャー伯爵家のご令嬢の存在すら、今の沢崎直の心には残っていなかった。
(私、子牛じゃないんですけどォォォォォォォォ。)
沢崎直は誰に届くこともない言葉を、万感の思いを込めて心の中で絶叫していた。
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