20 / 187
第一部
第二章 理想の王子様、現る。(しかし、貴方も男)⑤『後悔』
しおりを挟む
五
(あの時、亜佐美とタクシーに乗ってればよかったァァァァァァ~!)
沢崎直は全力で後悔していた。
騎士たちが慌ただしく引き上げていき、微妙な空気が漂う騎士団詰所の上等な控室の中に残された三人は誰一人口を開くことはなかった。
沢崎直は呆気にとられていたせいで掲げた首飾りを戻すタイミングを失っていたことを、上げていた腕がしびれ始めてようやく認識する。
おずおずと腕を下げながら、とりあえず隣の壮年の従者に愛想笑いで会釈した。
(……何かよく分からんけど、あの騎士の人、どこ行ったの?)
誰にも向けられなさそうな質問を、心の中で投げかけてみる。
(めちゃくちゃ慌ててるように見えたけど……?なんか、ヤバいの?)
(何の身に覚えもないけど……、すんごいピンチっぽくない!?)
表面上はへらへらとした笑顔を浮かべてはいたが、沢崎直は内心すごく焦っていた。いや、焦っていたどころではない。慌てていたし、後悔していたし、逃げたくて仕方なかった。
ぎりぎり走り出さずにこの場にとどまっていたのは、全くこの世界の地理に詳しくないせいだ。
転生前の沢崎直として過ごした二十五年の人生において、沢崎直は常に冷静さを保てるよう心掛けていた。長年の空手の精神鍛錬の成果で、それはまあまあ上手くいっていた。恋人に浮気された時だって、別れ話を切り出された時だって、冷静さを保っていた。あまり長いとは言えない人生だったが、それなりのピンチは何度かあったし、その度に冷静な対処を心掛けていた。
だが、今はどうだろう?
異世界らしき場所に転生したらしき状況で、理解不能な事態に陥りっぱなしの沢崎直の精神の均衡は崩壊していた。現状は常にストレスフルで、厄介事と問題が時間を経るごとに倍増していく。二十五年の間に積んできた経験も修行も、全く役に立たない。
キャパの限界を超えて森の中で号泣したおかげで、今この場で泣かずに済んでいられるのはせめてもの幸いだった。
「あ、あのー……。」
沈黙に耐えかねたご令嬢が、ソファから立ち上がり、こちらへと近づいてくる。
「は、はい?」
声が裏返らないように気を付けながら、沢崎直は返事をした。
「その首飾りですが、私にも見せてくださいませんか?」
ご令嬢の申し出を受けてもいいかと、隣の壮年の従者に目で確認すると、壮年の従者が頷いたので、近づいてきたご令嬢に首から下げられたままの首飾りを掲げて見せた。
「失礼いたします。」
律儀に一言断ってから、首飾りを眺めるご令嬢。矯めつ眇めつするように、鎖の先の意匠の部分を観察する。
「この形、どこかで拝見した気がするのですが……。」
「私も、見覚えがあるような気がいたします。」
隣の壮年の従者がご令嬢に賛同した。
「何か思い出せることはございますか?ほんの些細なことでも構いません。」
そう言われても、沢崎直はこの身体になってまだ一日も経っていない。
(っていうか、この身体の人って、この世界にそもそも存在していた人なの?)
沢崎直が『魂だけこの異世界に転生』して、元いた誰かの身体に入っているのが現在の状況なら、元いた誰かの魂はどうなっているのか?
(あっ、でも、前世の記憶が何かの切っ掛けで戻ったパターンもあるか……)
その場合なら、今世の記憶が残っていないのはおかしい気もするが、前世の記憶が戻った衝撃で今世の記憶が飛んだ状況もないとは言えない。
何の手がかりもない状況に、沢崎直は難しい顔で考え込んだ。
そんな沢崎直の様子を心配そうにご令嬢が見つめる。その視線にかなりの熱も込められているが、考え事の最中の沢崎直は気づかない。
沢崎直は今、シュッとしたイケメンが思い悩んでいるという状態を自分が体現しているという事実に全く気付いていない。
ご令嬢の視線にこもる熱の行方を、壮年の従者だけが心配していた。
(あの時、亜佐美とタクシーに乗ってればよかったァァァァァァ~!)
沢崎直は全力で後悔していた。
騎士たちが慌ただしく引き上げていき、微妙な空気が漂う騎士団詰所の上等な控室の中に残された三人は誰一人口を開くことはなかった。
沢崎直は呆気にとられていたせいで掲げた首飾りを戻すタイミングを失っていたことを、上げていた腕がしびれ始めてようやく認識する。
おずおずと腕を下げながら、とりあえず隣の壮年の従者に愛想笑いで会釈した。
(……何かよく分からんけど、あの騎士の人、どこ行ったの?)
誰にも向けられなさそうな質問を、心の中で投げかけてみる。
(めちゃくちゃ慌ててるように見えたけど……?なんか、ヤバいの?)
(何の身に覚えもないけど……、すんごいピンチっぽくない!?)
表面上はへらへらとした笑顔を浮かべてはいたが、沢崎直は内心すごく焦っていた。いや、焦っていたどころではない。慌てていたし、後悔していたし、逃げたくて仕方なかった。
ぎりぎり走り出さずにこの場にとどまっていたのは、全くこの世界の地理に詳しくないせいだ。
転生前の沢崎直として過ごした二十五年の人生において、沢崎直は常に冷静さを保てるよう心掛けていた。長年の空手の精神鍛錬の成果で、それはまあまあ上手くいっていた。恋人に浮気された時だって、別れ話を切り出された時だって、冷静さを保っていた。あまり長いとは言えない人生だったが、それなりのピンチは何度かあったし、その度に冷静な対処を心掛けていた。
だが、今はどうだろう?
異世界らしき場所に転生したらしき状況で、理解不能な事態に陥りっぱなしの沢崎直の精神の均衡は崩壊していた。現状は常にストレスフルで、厄介事と問題が時間を経るごとに倍増していく。二十五年の間に積んできた経験も修行も、全く役に立たない。
キャパの限界を超えて森の中で号泣したおかげで、今この場で泣かずに済んでいられるのはせめてもの幸いだった。
「あ、あのー……。」
沈黙に耐えかねたご令嬢が、ソファから立ち上がり、こちらへと近づいてくる。
「は、はい?」
声が裏返らないように気を付けながら、沢崎直は返事をした。
「その首飾りですが、私にも見せてくださいませんか?」
ご令嬢の申し出を受けてもいいかと、隣の壮年の従者に目で確認すると、壮年の従者が頷いたので、近づいてきたご令嬢に首から下げられたままの首飾りを掲げて見せた。
「失礼いたします。」
律儀に一言断ってから、首飾りを眺めるご令嬢。矯めつ眇めつするように、鎖の先の意匠の部分を観察する。
「この形、どこかで拝見した気がするのですが……。」
「私も、見覚えがあるような気がいたします。」
隣の壮年の従者がご令嬢に賛同した。
「何か思い出せることはございますか?ほんの些細なことでも構いません。」
そう言われても、沢崎直はこの身体になってまだ一日も経っていない。
(っていうか、この身体の人って、この世界にそもそも存在していた人なの?)
沢崎直が『魂だけこの異世界に転生』して、元いた誰かの身体に入っているのが現在の状況なら、元いた誰かの魂はどうなっているのか?
(あっ、でも、前世の記憶が何かの切っ掛けで戻ったパターンもあるか……)
その場合なら、今世の記憶が残っていないのはおかしい気もするが、前世の記憶が戻った衝撃で今世の記憶が飛んだ状況もないとは言えない。
何の手がかりもない状況に、沢崎直は難しい顔で考え込んだ。
そんな沢崎直の様子を心配そうにご令嬢が見つめる。その視線にかなりの熱も込められているが、考え事の最中の沢崎直は気づかない。
沢崎直は今、シュッとしたイケメンが思い悩んでいるという状態を自分が体現しているという事実に全く気付いていない。
ご令嬢の視線にこもる熱の行方を、壮年の従者だけが心配していた。
32
お気に入りに追加
121
あなたにおすすめの小説

せっかく異世界に転生できたんだから、急いで生きる必要なんてないよね?ー明日も俺はスローなライフを謳歌したいー
ジミー凌我
ファンタジー
日夜仕事に追われ続ける日常を毎日毎日繰り返していた。
仕事仕事の毎日、明日も明後日も仕事を積みたくないと生き急いでいた。
そんな俺はいつしか過労で倒れてしまった。
そのまま死んだ俺は、異世界に転生していた。
忙しすぎてうわさでしか聞いたことがないが、これが異世界転生というものなのだろう。
生き急いで死んでしまったんだ。俺はこの世界ではゆっくりと生きていきたいと思った。
ただ、この世界にはモンスターも魔王もいるみたい。
この世界で最初に出会ったクレハという女の子は、細かいことは気にしない自由奔放な可愛らしい子で、俺を助けてくれた。
冒険者としてゆったり生計を立てていこうと思ったら、以外と儲かる仕事だったからこれは楽な人生が始まると思った矢先。
なぜか2日目にして魔王軍の侵略に遭遇し…。

ガチャと異世界転生 システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!
よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。
獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。
俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。
単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。
ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。
大抵ガチャがあるんだよな。
幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。
だが俺は運がなかった。
ゲームの話ではないぞ?
現実で、だ。
疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。
そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。
そのまま帰らぬ人となったようだ。
で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。
どうやら異世界だ。
魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。
しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。
10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。
そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。
5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。
残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。
そんなある日、変化がやってきた。
疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。
その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。


大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います
町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

底辺おっさん異世界通販生活始めます!〜ついでに傾国を建て直す〜
ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
学歴も、才能もない底辺人生を送ってきたアラフォーおっさん。
運悪く暴走車との事故に遭い、命を落とす。
憐れに思った神様から不思議な能力【通販】を授かり、異世界転生を果たす。
異世界で【通販】を用いて衰退した村を建て直す事に成功した僕は、国家の建て直しにも協力していく事になる。

形成級メイクで異世界転生してしまった〜まじか最高!〜
ななこ
ファンタジー
ぱっちり二重、艶やかな唇、薄く色付いた頬、乳白色の肌、細身すぎないプロポーション。
全部努力の賜物だけどほんとの姿じゃない。
神様は勘違いしていたらしい。
形成級ナチュラルメイクのこの顔面が、素の顔だと!!
……ラッキーサイコー!!!
すっぴんが地味系女子だった主人公OL(二十代後半)が、全身形成級の姿が素の姿となった美少女冒険者(16歳)になり異世界を謳歌する話。

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい
ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。
強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。
ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる