19 / 187
第一部
第二章 理想の王子様、現る。(しかし、貴方も男)④『女子力』
しおりを挟む
四
「女子力がないって言われたぁ~。」
「そんなヤツ、こっちから捨ててやればよかったのにぃ!」
堰を切ったように流れ出した感情は押しとどめることはできない。まるで心のダムが決壊したかのように、溜め込んでいた本音が溢れだしていた。大切な親友の優しさと酒の力は偉大だ。
沢崎直は酒に強いタイプだ。かなり度数の強い酒でも、量を飲んでも、顔色は変わらないし、足取りや意識はしっかりしている。合コンで酔いつぶれた女性陣を安全に送り届ける係として呼ばれることもしばしばだった。
そんな沢崎直が普段の鉄壁感のある理性を放り投げるには、かなりの度数と酒量が必要だった。優しくて同じく酒に強い親友の亜佐美は、数えきれないくらいの酒杯を空にして、沢崎直に付き合ってくれていた。
「こんな弁当、派手な弁当箱にその辺で買ってきた惣菜詰めただけじゃん!……こんなのどこが女子力なの?女子は弁当詰めたら偉いの?」
「デリ、な。」
「……デリって、惣菜と何が違うの?」
「……多分、売ってる場所と値段?……使ってる材料がオーガニック?」
「弁当箱も無農薬の材料?」
「……ぎゃははははは。」
キラキラあざと女子のインスタを肴にして、酒豪二人がヤケ酒で悪酔いをしている。
「豊胸シュヅツ……、しゅじゅちゅ……。」
「言えてないし。」
「あれって、女子力上がる?」
「上がる上がる。乳がデカけりゃ男が群がる。」
「中身は?シリコンと塩水パック、どっちが女子力高い?」
「知らん。ぎゃはははは。」
亜佐美は笑い上戸だ。
「できるクセにできないフリして、手伝いもしなけりゃ、重いものも持たない女が、女子力高いの?」
「できなーい。ぎゃははは。」
上目づかいで首をいやいやと振ってみる亜佐美。
沢崎直は肩を竦めておどけて見せた。
「そんな女ばっかりだったら、何にも進んでいかないのに?バーベキューだって、何にも食べられないよ?インスタにあげるより、食材焼けよ。」
「分かんなーい。ぎゃははははは。」
しばらく二人で騒いでいたが、急に黙り込んだ沢崎直がしんみりとこぼす。
「……嘘ついて、飾り立てて、他人の評価基準に合わせるのが女子力なの?」
「……直。」
懸命にヤケ酒を呷って騒いでみたって、憂さを晴らしてみたって、心のどこかではちゃんと分かっている。これは負け犬の遠吠えでしかない。学校でも社会でもカースト制は存在し、格付けされ、選ばれない人間は一定数存在する。沢崎直という女は、求められるほどの魅力がなく捨てられたのだ。
スマホの画面の中でばっちり加工済みで微笑んでいる女の方が、明らかに上位にいるのだ。だから、他人の恋人を簡単に奪ってしまえるのだ。下位にいる人間のささやかな幸せなど、上位にいる人間にはスズメの涙ほどの興味もない。
「……どうせ、飽きたら捨てられるよ、あの男。」
「……私もそう思う。多分、ちょっとちょっかい掛けられただけだと思う。」
きっと、あのキラキラあざと女子にとっては、一時のお遊びでしかない。沢崎直のささやかな幸せは、穏やかな日常は、あり得たかもしれない未来は、そんなどうでもいいものにかき消されてしまったのだ。
誠実で真面目だったはずの恋人の男は、キラキラな世界の輝きに当てられて、完全に舞い上がってしまったのだろう。地に足がつかず、視野も狭くなり、正常な判断がつかなくなって奇怪しくなってしまったのだ。
「……そろそろ帰ろうか?」
沢崎直は弱々しく微笑んで、親友の亜佐美に向き直った。
亜佐美は心配そうに沢崎直を見つめた。
「大丈夫?」
「まあ、うん。」
「よし!今日は私のおごり!」
そんな直を元気づけるように、明るい声で笑顔を浮かべて亜佐美が頷く。
「えっ、でも、悪いよ。結構飲んだし、割り勘でいいよ。」
「いいから、いいから。」
亜佐美はそう言って、早々に会計を済ませてしまう。
親友の気遣いと優しさを改めて感じながら、沢崎直は店の外へと足を向ける。
すっかり深くなった時間の空気が、酒で火照った身体に心地良い。
夜空を見上げると、小さな星が弱々しく瞬いていた。
「もう終電ないよ。」
背中から亜佐美に声を掛けられる。
振り返りながら沢崎直は答えた。
「遅くまで付き合ってくれてありがと。」
「いいよ、別に、そんなの。あっ、私が失恋したときも付き合ってね。」
「もちろん。……でも、しない方がいいよ、失恋なんて。」
そう呟いた時、沢崎直の瞳から涙が一筋こぼれた。
亜佐美にこれ以上心配かけないように、素早く拭って沢崎直は微笑む。
「帰ろっか。」
「タクシーで帰ろ。送ってくから。」
亜佐美はスマホでタクシーを手配し始める。
沢崎直は、これ以上涙を見せることがないように、亜佐美から一歩離れた。
「大丈夫。ちょっと酔いも覚ましたいから、歩いて帰るよ。じゃあね、亜佐美。」
「えっ、ちょっと。」
亜佐美の返事も待たずに、沢崎直は夜の街へ足を進めていく。
沢崎直は、この時の決断を後々圧倒的に後悔することになる。
これは、沢崎直の転生前の最後の夜の出来事だった。
「女子力がないって言われたぁ~。」
「そんなヤツ、こっちから捨ててやればよかったのにぃ!」
堰を切ったように流れ出した感情は押しとどめることはできない。まるで心のダムが決壊したかのように、溜め込んでいた本音が溢れだしていた。大切な親友の優しさと酒の力は偉大だ。
沢崎直は酒に強いタイプだ。かなり度数の強い酒でも、量を飲んでも、顔色は変わらないし、足取りや意識はしっかりしている。合コンで酔いつぶれた女性陣を安全に送り届ける係として呼ばれることもしばしばだった。
そんな沢崎直が普段の鉄壁感のある理性を放り投げるには、かなりの度数と酒量が必要だった。優しくて同じく酒に強い親友の亜佐美は、数えきれないくらいの酒杯を空にして、沢崎直に付き合ってくれていた。
「こんな弁当、派手な弁当箱にその辺で買ってきた惣菜詰めただけじゃん!……こんなのどこが女子力なの?女子は弁当詰めたら偉いの?」
「デリ、な。」
「……デリって、惣菜と何が違うの?」
「……多分、売ってる場所と値段?……使ってる材料がオーガニック?」
「弁当箱も無農薬の材料?」
「……ぎゃははははは。」
キラキラあざと女子のインスタを肴にして、酒豪二人がヤケ酒で悪酔いをしている。
「豊胸シュヅツ……、しゅじゅちゅ……。」
「言えてないし。」
「あれって、女子力上がる?」
「上がる上がる。乳がデカけりゃ男が群がる。」
「中身は?シリコンと塩水パック、どっちが女子力高い?」
「知らん。ぎゃはははは。」
亜佐美は笑い上戸だ。
「できるクセにできないフリして、手伝いもしなけりゃ、重いものも持たない女が、女子力高いの?」
「できなーい。ぎゃははは。」
上目づかいで首をいやいやと振ってみる亜佐美。
沢崎直は肩を竦めておどけて見せた。
「そんな女ばっかりだったら、何にも進んでいかないのに?バーベキューだって、何にも食べられないよ?インスタにあげるより、食材焼けよ。」
「分かんなーい。ぎゃははははは。」
しばらく二人で騒いでいたが、急に黙り込んだ沢崎直がしんみりとこぼす。
「……嘘ついて、飾り立てて、他人の評価基準に合わせるのが女子力なの?」
「……直。」
懸命にヤケ酒を呷って騒いでみたって、憂さを晴らしてみたって、心のどこかではちゃんと分かっている。これは負け犬の遠吠えでしかない。学校でも社会でもカースト制は存在し、格付けされ、選ばれない人間は一定数存在する。沢崎直という女は、求められるほどの魅力がなく捨てられたのだ。
スマホの画面の中でばっちり加工済みで微笑んでいる女の方が、明らかに上位にいるのだ。だから、他人の恋人を簡単に奪ってしまえるのだ。下位にいる人間のささやかな幸せなど、上位にいる人間にはスズメの涙ほどの興味もない。
「……どうせ、飽きたら捨てられるよ、あの男。」
「……私もそう思う。多分、ちょっとちょっかい掛けられただけだと思う。」
きっと、あのキラキラあざと女子にとっては、一時のお遊びでしかない。沢崎直のささやかな幸せは、穏やかな日常は、あり得たかもしれない未来は、そんなどうでもいいものにかき消されてしまったのだ。
誠実で真面目だったはずの恋人の男は、キラキラな世界の輝きに当てられて、完全に舞い上がってしまったのだろう。地に足がつかず、視野も狭くなり、正常な判断がつかなくなって奇怪しくなってしまったのだ。
「……そろそろ帰ろうか?」
沢崎直は弱々しく微笑んで、親友の亜佐美に向き直った。
亜佐美は心配そうに沢崎直を見つめた。
「大丈夫?」
「まあ、うん。」
「よし!今日は私のおごり!」
そんな直を元気づけるように、明るい声で笑顔を浮かべて亜佐美が頷く。
「えっ、でも、悪いよ。結構飲んだし、割り勘でいいよ。」
「いいから、いいから。」
亜佐美はそう言って、早々に会計を済ませてしまう。
親友の気遣いと優しさを改めて感じながら、沢崎直は店の外へと足を向ける。
すっかり深くなった時間の空気が、酒で火照った身体に心地良い。
夜空を見上げると、小さな星が弱々しく瞬いていた。
「もう終電ないよ。」
背中から亜佐美に声を掛けられる。
振り返りながら沢崎直は答えた。
「遅くまで付き合ってくれてありがと。」
「いいよ、別に、そんなの。あっ、私が失恋したときも付き合ってね。」
「もちろん。……でも、しない方がいいよ、失恋なんて。」
そう呟いた時、沢崎直の瞳から涙が一筋こぼれた。
亜佐美にこれ以上心配かけないように、素早く拭って沢崎直は微笑む。
「帰ろっか。」
「タクシーで帰ろ。送ってくから。」
亜佐美はスマホでタクシーを手配し始める。
沢崎直は、これ以上涙を見せることがないように、亜佐美から一歩離れた。
「大丈夫。ちょっと酔いも覚ましたいから、歩いて帰るよ。じゃあね、亜佐美。」
「えっ、ちょっと。」
亜佐美の返事も待たずに、沢崎直は夜の街へ足を進めていく。
沢崎直は、この時の決断を後々圧倒的に後悔することになる。
これは、沢崎直の転生前の最後の夜の出来事だった。
32
お気に入りに追加
121
あなたにおすすめの小説

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語
Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。
チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。
その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。
さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ
ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。
間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。
多分不具合だとおもう。
召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。
そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます
◇
四巻が販売されました!
今日から四巻の範囲がレンタルとなります
書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます
追加場面もあります
よろしくお願いします!
一応191話で終わりとなります
最後まで見ていただきありがとうございました
コミカライズもスタートしています
毎月最初の金曜日に更新です
お楽しみください!
役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !
本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。
主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。
その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。
そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。
主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。
ハーレム要素はしばらくありません。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる