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第一部
第一章 とりあえず責任者よ出てこい!!!⑫『伯爵令嬢のお願い』
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十二
「西の森にワイルドベアーが出ました。」
単刀直入にご令嬢は切り出した。
責任者の騎士の目が僅かに細められ、表情が引き締まる。片手で先を促され、ご令嬢は簡潔に続ける。
「薬草採りに西の森に入ったところ、ワイルドベアーに襲われました。わたくしは運よく攻撃を避けられたのですが、意識を失ってしまいました。そこをこちらの方に助けられ、森を逃げ出すことに成功しました。」
ご令嬢の説明に出てきたために、初めて責任者の視線が沢崎直を捉える。
だが、それも一瞬のことで、すぐにご令嬢へと視線が戻る。
その間、沢崎直は邪魔をしてはならぬと、ずっと口を閉じていた。こういう場合、聞かれてもないのに口を挟んではいけない。モブとして生きてきた二十五年で学んだことの一つである。
「ワイルドベアーがどこへ行ったか、ご存知ですか?」
ご令嬢は申し訳なさそうに首を振る。
「わたくしが気が付いた時には、もう……。森から出た形跡はないようでしたが、行方までは確認できませんでした……。命からがら逃げだすことに精一杯でして……。」
「無理もありません。アレは、騎士団でも手こずるモンスターですから。」
(そうなんだぁ。くまさんって、そんなに強いんだぁ。)
二人の緊迫感のある会話を聞きながら、他人事のような感想を沢崎直は抱いた。
「分かりました。後はこちらで。」
そう力強く頷くと、責任者らしく周りの騎士に指示を出し始める。
数人いた内の一人の騎士が、足早に部屋を去っていった。
そして、他の騎士も連れて責任者の騎士も部屋を辞すために椅子から立ち上がる。
「それでは、私はこれで。」
「お待ちください。」
だが、ご令嬢が責任者を引き留めた。
椅子から立ち上がった状態のまま、責任者は尋ねる。
「まだ何か?」
「実は、そのワイルドベアーと対峙した際にですね。こちらの方がお怪我をなされ、どうも記憶が曖昧になってしまわれたようなのです。」
切羽詰ったご令嬢の嘆願。
だが、ご令嬢にとっては緊急事態でも、騎士団にとってはワイルドベアーの方が緊急事態だ。そんなこと沢崎直にも分かる。今、出すような話題じゃない。
責任者の騎士にとっても話題の優先度は同じだったようで、少しだけ顔色が変わった。
「はぁ。」
声色も視線も冷めていく。
しかし、ご令嬢はそんなことに怯まない。そもそも伯爵令嬢ともなれば、彼女が感じたことが正義だ。無理を通して道理を引込めさせることすら簡単だ。
身分制度がある社会って大変だなぁ、と沢崎直は改めて思った。
多分、色々思うところはあるのだろうが、そんなことはおくびにも出さずに責任者の騎士はご令嬢の言葉を聞いていた。中間管理職として、優秀な人なのだろう。
「この方の身元も調べていただきたいのです。よろしいですか?」
(ダメとは言えないよね、伯爵令嬢のお願いは。)
沢崎直は責任者の騎士に心から同情した。
責任者の騎士は、伯爵令嬢にぶつけられない感情を視線に込めて沢崎直にぶつけた。
沢崎直は心の中で心から責任者の騎士に謝った。
(こんなモブ人間のどうでもいいことに手を煩わせてごめんなさい。)
だいたい身元などと言われても手荷物一つないし、思い出す記憶など欠片もあるわけないし、異世界転生しちゃってココに居るみたいだし、調べて分かるものなのか?
「身元ですか……。」
責任者は声音に出来るだけ不満を乗せないようにして口を開いた。
けれど、沢崎直を射抜く視線には載せないようにした不満のすべてが色濃く表れていた。
そんな面倒なこと、押し付けるんじゃねェ。誰だっていいだろうが、そんなヤツ。
沢崎直には、そんな責任者の心の声が聞こえたような気がした。
「西の森にワイルドベアーが出ました。」
単刀直入にご令嬢は切り出した。
責任者の騎士の目が僅かに細められ、表情が引き締まる。片手で先を促され、ご令嬢は簡潔に続ける。
「薬草採りに西の森に入ったところ、ワイルドベアーに襲われました。わたくしは運よく攻撃を避けられたのですが、意識を失ってしまいました。そこをこちらの方に助けられ、森を逃げ出すことに成功しました。」
ご令嬢の説明に出てきたために、初めて責任者の視線が沢崎直を捉える。
だが、それも一瞬のことで、すぐにご令嬢へと視線が戻る。
その間、沢崎直は邪魔をしてはならぬと、ずっと口を閉じていた。こういう場合、聞かれてもないのに口を挟んではいけない。モブとして生きてきた二十五年で学んだことの一つである。
「ワイルドベアーがどこへ行ったか、ご存知ですか?」
ご令嬢は申し訳なさそうに首を振る。
「わたくしが気が付いた時には、もう……。森から出た形跡はないようでしたが、行方までは確認できませんでした……。命からがら逃げだすことに精一杯でして……。」
「無理もありません。アレは、騎士団でも手こずるモンスターですから。」
(そうなんだぁ。くまさんって、そんなに強いんだぁ。)
二人の緊迫感のある会話を聞きながら、他人事のような感想を沢崎直は抱いた。
「分かりました。後はこちらで。」
そう力強く頷くと、責任者らしく周りの騎士に指示を出し始める。
数人いた内の一人の騎士が、足早に部屋を去っていった。
そして、他の騎士も連れて責任者の騎士も部屋を辞すために椅子から立ち上がる。
「それでは、私はこれで。」
「お待ちください。」
だが、ご令嬢が責任者を引き留めた。
椅子から立ち上がった状態のまま、責任者は尋ねる。
「まだ何か?」
「実は、そのワイルドベアーと対峙した際にですね。こちらの方がお怪我をなされ、どうも記憶が曖昧になってしまわれたようなのです。」
切羽詰ったご令嬢の嘆願。
だが、ご令嬢にとっては緊急事態でも、騎士団にとってはワイルドベアーの方が緊急事態だ。そんなこと沢崎直にも分かる。今、出すような話題じゃない。
責任者の騎士にとっても話題の優先度は同じだったようで、少しだけ顔色が変わった。
「はぁ。」
声色も視線も冷めていく。
しかし、ご令嬢はそんなことに怯まない。そもそも伯爵令嬢ともなれば、彼女が感じたことが正義だ。無理を通して道理を引込めさせることすら簡単だ。
身分制度がある社会って大変だなぁ、と沢崎直は改めて思った。
多分、色々思うところはあるのだろうが、そんなことはおくびにも出さずに責任者の騎士はご令嬢の言葉を聞いていた。中間管理職として、優秀な人なのだろう。
「この方の身元も調べていただきたいのです。よろしいですか?」
(ダメとは言えないよね、伯爵令嬢のお願いは。)
沢崎直は責任者の騎士に心から同情した。
責任者の騎士は、伯爵令嬢にぶつけられない感情を視線に込めて沢崎直にぶつけた。
沢崎直は心の中で心から責任者の騎士に謝った。
(こんなモブ人間のどうでもいいことに手を煩わせてごめんなさい。)
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「身元ですか……。」
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けれど、沢崎直を射抜く視線には載せないようにした不満のすべてが色濃く表れていた。
そんな面倒なこと、押し付けるんじゃねェ。誰だっていいだろうが、そんなヤツ。
沢崎直には、そんな責任者の心の声が聞こえたような気がした。
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