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最終幕 七 「もうお分かりですね、皆さん。犯人は…」
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七
「この事件の話を始めるには、まず、事件の前に起きた巧さんの婚約が破談になったということから始めなくてはいけません。全ては、そこから始まっていたのです。何故、婚約が破談になったのか?俺は、今朝、ようやくその真実に辿り着きました。実は、そこにはあまりにも切ない純愛が隠されていたのです。」
純愛。ブームになるくらい口当たりのいい言葉だ。純愛という言葉には憧れがあり、希望があり、感動がある。事件の悲惨さも覆い隠すほどの威力がある。
名探偵の熱弁は続き、参加者の息を飲む音が聞こえる。
「どうしても結婚させたくなかった。その一途な愛が、悲劇を生んでしまったんです。彼女は、その愛ゆえに婚約を破談させるべく行動しました。婚約は、相思相愛の二人を引き裂く結果にしかならない。どちらもそれは望んでいない。そこで、彼女はある男性に相談を持ちかけました。それが、被害者となった同僚の野村新さんだったんです。野村さんは親身になって彼女の話を聞きました。そして、自分の高校時代の同級生が探偵をしているので、そこに相談に行こうと誘いました。」
そこで、不意に霧崎が言葉を止める。
効果を最大限に発揮させるための絶妙の間。
「違いますか?松田杏子さん?」
名探偵は一人の女性を名指しした。
室内の視線が、一斉に杏子に移動する。
杏子は青白い顔を俯けたまま、抵抗せずに頷いた。
「そうです。私です。」
か細い声が響く。
名探偵霧崎は満足して頷いた。
「探偵といっても、そこは何でも屋のようなところでした。依頼を受けて、悪い噂が流れ、破壊工作は成功します。婚約が破談になり、杏子さんにとっても巧さんにとっても、それはハッピーエンドで終わるはずでした。しかし、そうはならなかった。何故なら、相談相手だったはずの野村さんが、杏子さんに思いを寄せていたからです!」
純愛の話が、いつの間にか昼のメロドラマのような泥沼恋愛に発展し始める。
誰よりもイツ子の興味を引きそうな話だった。
「野村さんを信頼して全てを打ち明けていた杏子さんでしたが、それが最悪の状況を生んでしまいます。杏子さんへの思いの強さゆえに嫉妬に狂った野村さんは、巧さんの秘密を楯に交際を迫り始めたのです。友人である探偵に、野村さんは恋心を打ち明けていたそうです。歯車は少しずつ狂い始めます。」
「野村サンは死の直前、杏子サンに言い寄っていたそうですよ。」
助勢の声が名探偵にかけられる。かけたのは、ライバルであるはずのヒョウだった。
微笑のヒョウの言葉をありがたく受け取り、霧崎は核心に迫るべく杏子に向き直った。
「そうですね、杏子さん。」
杏子は力なく頷いた。もう判断力すら失っているようで、自分の返答がどんな効果を齎すのかすら分かっていない。
「貴方は、こう思いました。巧さんを守るため、二人の幸せな未来を守るため、野村さんをどうにかしなくてはいけない。あまりに追い詰められていたんですね?」
杏子はまた頷いた。杏子の視線はもう何も映していない。
霧崎は、そこで大きく息を吸い込むと、一同を見回した。
「もうお分かりですね、皆さん。犯人は杏子さんです。」
話の流れから予想できた答えだったが、室内を占めたのは驚愕だった。
「この事件の話を始めるには、まず、事件の前に起きた巧さんの婚約が破談になったということから始めなくてはいけません。全ては、そこから始まっていたのです。何故、婚約が破談になったのか?俺は、今朝、ようやくその真実に辿り着きました。実は、そこにはあまりにも切ない純愛が隠されていたのです。」
純愛。ブームになるくらい口当たりのいい言葉だ。純愛という言葉には憧れがあり、希望があり、感動がある。事件の悲惨さも覆い隠すほどの威力がある。
名探偵の熱弁は続き、参加者の息を飲む音が聞こえる。
「どうしても結婚させたくなかった。その一途な愛が、悲劇を生んでしまったんです。彼女は、その愛ゆえに婚約を破談させるべく行動しました。婚約は、相思相愛の二人を引き裂く結果にしかならない。どちらもそれは望んでいない。そこで、彼女はある男性に相談を持ちかけました。それが、被害者となった同僚の野村新さんだったんです。野村さんは親身になって彼女の話を聞きました。そして、自分の高校時代の同級生が探偵をしているので、そこに相談に行こうと誘いました。」
そこで、不意に霧崎が言葉を止める。
効果を最大限に発揮させるための絶妙の間。
「違いますか?松田杏子さん?」
名探偵は一人の女性を名指しした。
室内の視線が、一斉に杏子に移動する。
杏子は青白い顔を俯けたまま、抵抗せずに頷いた。
「そうです。私です。」
か細い声が響く。
名探偵霧崎は満足して頷いた。
「探偵といっても、そこは何でも屋のようなところでした。依頼を受けて、悪い噂が流れ、破壊工作は成功します。婚約が破談になり、杏子さんにとっても巧さんにとっても、それはハッピーエンドで終わるはずでした。しかし、そうはならなかった。何故なら、相談相手だったはずの野村さんが、杏子さんに思いを寄せていたからです!」
純愛の話が、いつの間にか昼のメロドラマのような泥沼恋愛に発展し始める。
誰よりもイツ子の興味を引きそうな話だった。
「野村さんを信頼して全てを打ち明けていた杏子さんでしたが、それが最悪の状況を生んでしまいます。杏子さんへの思いの強さゆえに嫉妬に狂った野村さんは、巧さんの秘密を楯に交際を迫り始めたのです。友人である探偵に、野村さんは恋心を打ち明けていたそうです。歯車は少しずつ狂い始めます。」
「野村サンは死の直前、杏子サンに言い寄っていたそうですよ。」
助勢の声が名探偵にかけられる。かけたのは、ライバルであるはずのヒョウだった。
微笑のヒョウの言葉をありがたく受け取り、霧崎は核心に迫るべく杏子に向き直った。
「そうですね、杏子さん。」
杏子は力なく頷いた。もう判断力すら失っているようで、自分の返答がどんな効果を齎すのかすら分かっていない。
「貴方は、こう思いました。巧さんを守るため、二人の幸せな未来を守るため、野村さんをどうにかしなくてはいけない。あまりに追い詰められていたんですね?」
杏子はまた頷いた。杏子の視線はもう何も映していない。
霧崎は、そこで大きく息を吸い込むと、一同を見回した。
「もうお分かりですね、皆さん。犯人は杏子さんです。」
話の流れから予想できた答えだったが、室内を占めたのは驚愕だった。
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