【完結】死神探偵 紅の事件 ~シリアルキラーと探偵遊戯~

夢追子

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最終幕 六 「第二秘書の野村さんが殺されてしまった事件の、謎が解けたからです!」

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     六

 燦々と大地に太陽光が降り注ぐ。
 じりじりと地上を焦がすような光は、衰えることを知らずにますます強くなっていく。一日の中で、もっとも気温が高くなるのは昼下がりだ。気温が上がるにつれて、蝉の声はボリュームを上げていく。
 現在の時刻は午後二時。
 暑さの盛り。三十度を優に越す気温。天気予報士が今朝のニュースの中で今年一番の暑さになると言っていた通り、観測史上に残る温度を記録しているに違いない。
 そんな暑さの中、空調設備の整った広間には、続々と関係者が集まっていた。
普段の作戦会議ならば、希望者だけが参加すればよかったが、今回に限り全員出席が原則となっていた。その上、今まで同席を許されていなかった者までも、今回の会議には出席していた。
 広間ではかつてなかった異常事態に、自ずと期待が高まっていく。
 何しろ、この会合を招集したのは、他ならぬ名探偵なのだ。誰もが差し迫る事件のクライマックスを感じ、高揚感に心を躍らせていた。
 特等席のようなソファに座っているのは、琉衣と竹川と榊原だ。
顔色のすっかり良くなった琉衣は、他の二人相手に談笑をしている。快活な雰囲気も戻り、どこか緊張しながらも期待の方が強いようで、笑顔が絶えることはない。
 プロファイラー竹川は、名探偵の推理披露という栄光の場に初めて居合わせるようで、好奇心と喜びで目を輝かせていた。
 途中退場したはずの榊原も、名探偵の最後の活躍には間に合ったようで、琉衣と竹川に憎まれ口を叩きながらも、内心は喜びに満ちているようだった。神経質そうだった顔にも、笑みがこぼれている。
 特等席から一番遠い壁際に整列しているのは、使用人の三人だ。
 第一発見者の庭師の田上は、好々爺のような顔に緊張を滲ませていた。自分がこの場にいることが光栄だというよりは、恐れ多いといった様子で、固まっている。
 メイド頭のイツ子は、経験したことのない集まりに、話の種を求めるように興奮していた。目は輝き、身体全体から好奇心を発散させている。
 メイドの杏子は、青白い顔で目の下に隈を作っていた。お仕着せの裾を握り締め、立っているのもやっとといった様子だ。焦点も定まっていない。
 上座にはまだ孝造の姿も水島の姿もなかった。
ソファから少し離れた場所では、警部がパートナーの到着を今か今かと待ち侘びていた。名探偵の活躍に期待しながら、名探偵が主役であることに安堵しているようだ。
 そして、全ての人間から距離の開いたピアノの前には、微笑を浮かべるヒョウの姿があった。ピアノの椅子には、リンが腰を下ろし足をぶらぶらさせている。室内の高揚感とは無縁の二人は、ピアノの黒い色に同化するように、室内装飾の一部のように、ただ沈黙していた。
 全員が注目する中、本日の主役が広間に顔を見せる。
「すみません。お待たせしました。」
 神々しいまでの自信を漲らせ、英雄のような堂々とした足取りで、霧崎は室内を進んでいく。
 室内の全ての視線を一身に受け、期待を一身に背負う。
 それは、あたかも凱旋パレードのような光景だ。勝利者であるという自信が、霧崎に威厳を与える。胸を張り、顔を上げ、確かな足取りで大地を踏みしめる。
 ここは、もう名探偵の独壇場だった。
 主役のために用意されたステージまで進み、霧崎は室内を見渡す。
「おや?まだ、孝造さんと水島さんが来てませんね。」
 その時、扉が開き、最後の参加者が会場に現れた。
 初対面の時よりも迫力が減った分、一回り小さく見える孝造。それに、フレームなしの眼鏡で武装した機械のような男、秘書の水島だ。
 二人が上座の席に着き、やっとクライマックスの幕が上がる。
 皓々と輝くスポットライトが霧崎を照らす。
「今日、皆さんに集まってもらったのは、他でもありません。一ヶ月前に起きた秘書殺害事件。第二秘書の野村さんが殺されてしまった事件の、謎が解けたからです!」
 芝居がかった口調。自信に満ちた笑顔。期待と賞賛の視線を全身に浴び、名探偵は光り輝く。
「結論から言います。今回の事件、犯人は死の押し売り師などではありません!」
 誰も、結論に異議を挟まない。あれだけ反対していた警部も、満足そうに頷き、静かに見守っている。警部は既に一部始終を霧崎から説明されているのだろう。
 壁際の使用人たちは、室内の興奮だけに満足していて、名探偵の言葉の理解など端から諦めているらしい。首を傾げることもなく、雰囲気に酔っていた。
 孝造は眉毛を持ち上げて驚いていたが、口を開く気はないようだ。
 探偵にいたっては、霧崎の次の言葉を固唾を呑んで見守っていた。
 全員の反応を楽しんだ後、霧崎は余裕に満ちた笑みで説明を始める。
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