【完結】死神探偵 紅の事件 ~シリアルキラーと探偵遊戯~

夢追子

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最終幕 三 「では、誰が野村サンを殺したのか?」

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     三

 急速に部屋の空気を凍りつかせるように、ヒョウの独白のような言葉は続いていく。微笑は氷の彫刻のように、氷点下の感情だけで構成されている。
「巧サンにもカウンセラーを紹介したのですが、どうも無駄に終わってしまったようですね。」
 そこで、ヒョウは悪戯な響きで笑い始めた。
「くっくっくっく、はっきりと言いましょう。野村サンを殺したのは、孝造氏ですね?そして、シリアルキラーの噂を利用して、隠蔽工作を図ったのは水島サン、貴方です。」
 あまりにも軽い口調。ヒョウにとっては笑い事だ。
探偵として、その言葉は威厳を持って発せられるべきだというのに、何かのついでのような口調で独り言の続きのような口調で、ヒョウは呟いた。
 事件関係者を集めての推理披露という花舞台ではなく、犯人への断罪と改心、そして配慮を求めるための舞台でもない。ただ、日常の続きのように、瑣末な出来事のように、ヒョウは独りごちるように呟く。目の前の犯人と名指しした人間にすら意識的に語りかけているわけではない。
「最初に断っておきますが、今回の事件は警察のシリアルキラーへの過剰反応という初動捜査のミスによって、あまりにも犯人に繋がる条件が心許なくなってしまった。今回の事件に対する結論を断定するだけの材料は、はっきり言って私にはありません。」
自分の手の内を明かすような内容。自白を引き出すためのブラフなどではなく、何の小細工もない真実だ。
水島も、ただ黙ってヒョウの話を聞いていた。
「そもそも、遺体は絞殺でしたから、犯行現場の特定などは出来ません。野村サンがどこかで殺されて、あの門の前に捨てられたという可能性もあることはあります。しかし、いくら遺体が敷地の外である門の前に捨てられていたと言っても、犯行時刻は真夜中です。そんな時間に外で誰かに会うとは考えにくいですし、彼があの時間に外出していなかったことは、何人もの人間が証言してくれるはずです。外部犯の可能性は少ないでしょう。この事件、私はシリアルキラーの犯行とは露ほども思っておりません。」
 自己顕示欲の強さを感じさせるような手柄話ではなく、ヒョウの説明と確認は酷く事務的な響きだ。説明責任を果たしているだけ、そんな雰囲気で、出来れば手短に済ませたいのだろう、表情には気だるさが混じり始める。
「では、誰が野村サンを殺したのか?隠蔽工作をするということは、疑われる理由があるということです。疑われる理由があるのは、屋敷の人間達でしょう。しかし、・・・人を殺した直後の異常な興奮状態にある人間に、隠蔽工作という細やかな手作業などは出来ないといっても過言ではありません。いくらか例外はいると思いますが、この屋敷にはいないでしょう。そうなると、犯人は二人ということが考えられます。ここで、共犯というものが浮上します。事件を起こした人間と、処理した人間。共犯という両者の間にあるのは、信頼や様々な思慕や思惑、共通の目的、主従が考えられます。今回の事件では、私は主従だと思いました。」
 眼前の男を説得するわけでも、納得させるわけでもなく、改心させるわけでも、言い聞かせるわけでもない。ヒョウの独壇場は独り言で埋め尽くされる。
「主従。この屋敷で主従が成立するのは吉岡の家の当主と息子。それに仕える使用人の間だけです。巧サンはトラウマを抱えており、人を殺すことが出来ません。これは除外できます。すると、主犯として残るのは孝造氏だけです。では、共犯は誰か?冷徹なまでに事件の処理が出来て、警察の緘口令の中でも情報を得られるほどの能力を持っている人間。それは貴方くらいでしょう。」
ヒョウの冷徹な視線が水島に向けられる。
だが、水島は反応を見せない。
「悲鳴が聞こえなかったコトから考えて、犯行現場はレコードコレクションのために防音設備が整った孝造氏の私室でしょう。以上が、私の推論です。ですが、シリアルキラーの犯行でないという証拠もないものですから、想像や妄想といわれても仕方ありません。貴方がたは互いにアリバイを証明していらっしゃるので、アリバイはすぐに崩せますが、物的な証拠はもう出てこないでしょう。既に完璧な処分がされていると思います。」
 肩を竦めて見せるヒョウの顔からは、既に微笑は消えていた。冷め冷めとした表情で、大きくため息をついている。
「動機は、そうですね。婚約破棄や巧サンの事故にまつわることで、孝造氏が衝動的に殺してしまったといったところでしょうね。怒りのあまり、ネクタイか何かで締め上げてしまった。くだらない結論ですが、現実などこんなものでしょう。野村サンは、きっと息子の巧サンの起こした事故のことを楯に恐喝や強請りのようなことをしようとしたんではないですか?そうでなくても、野村サンには幾つも巧サンに対して嫉妬を抱く理由があります。彼自身の境遇や、若いメイドの杏子サンへの恋慕のことなどで。事件としては、実に在り来たりでくだらないと言わざるを得ませんが、水島サンの隠蔽工作によって、あまりに事件が複雑化してしまったのでしょう。」
 そこで、ようやくヒョウは独り言を終えた。
 しっかりとそのサファイアの瞳に狂気を宿し、眼前の水島の姿を映す。
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