【完結】死神探偵 紅の事件 ~シリアルキラーと探偵遊戯~

夢追子

文字の大きさ
上 下
72 / 82

最終幕 三 「では、誰が野村サンを殺したのか?」

しおりを挟む
     三

 急速に部屋の空気を凍りつかせるように、ヒョウの独白のような言葉は続いていく。微笑は氷の彫刻のように、氷点下の感情だけで構成されている。
「巧サンにもカウンセラーを紹介したのですが、どうも無駄に終わってしまったようですね。」
 そこで、ヒョウは悪戯な響きで笑い始めた。
「くっくっくっく、はっきりと言いましょう。野村サンを殺したのは、孝造氏ですね?そして、シリアルキラーの噂を利用して、隠蔽工作を図ったのは水島サン、貴方です。」
 あまりにも軽い口調。ヒョウにとっては笑い事だ。
探偵として、その言葉は威厳を持って発せられるべきだというのに、何かのついでのような口調で独り言の続きのような口調で、ヒョウは呟いた。
 事件関係者を集めての推理披露という花舞台ではなく、犯人への断罪と改心、そして配慮を求めるための舞台でもない。ただ、日常の続きのように、瑣末な出来事のように、ヒョウは独りごちるように呟く。目の前の犯人と名指しした人間にすら意識的に語りかけているわけではない。
「最初に断っておきますが、今回の事件は警察のシリアルキラーへの過剰反応という初動捜査のミスによって、あまりにも犯人に繋がる条件が心許なくなってしまった。今回の事件に対する結論を断定するだけの材料は、はっきり言って私にはありません。」
自分の手の内を明かすような内容。自白を引き出すためのブラフなどではなく、何の小細工もない真実だ。
水島も、ただ黙ってヒョウの話を聞いていた。
「そもそも、遺体は絞殺でしたから、犯行現場の特定などは出来ません。野村サンがどこかで殺されて、あの門の前に捨てられたという可能性もあることはあります。しかし、いくら遺体が敷地の外である門の前に捨てられていたと言っても、犯行時刻は真夜中です。そんな時間に外で誰かに会うとは考えにくいですし、彼があの時間に外出していなかったことは、何人もの人間が証言してくれるはずです。外部犯の可能性は少ないでしょう。この事件、私はシリアルキラーの犯行とは露ほども思っておりません。」
 自己顕示欲の強さを感じさせるような手柄話ではなく、ヒョウの説明と確認は酷く事務的な響きだ。説明責任を果たしているだけ、そんな雰囲気で、出来れば手短に済ませたいのだろう、表情には気だるさが混じり始める。
「では、誰が野村サンを殺したのか?隠蔽工作をするということは、疑われる理由があるということです。疑われる理由があるのは、屋敷の人間達でしょう。しかし、・・・人を殺した直後の異常な興奮状態にある人間に、隠蔽工作という細やかな手作業などは出来ないといっても過言ではありません。いくらか例外はいると思いますが、この屋敷にはいないでしょう。そうなると、犯人は二人ということが考えられます。ここで、共犯というものが浮上します。事件を起こした人間と、処理した人間。共犯という両者の間にあるのは、信頼や様々な思慕や思惑、共通の目的、主従が考えられます。今回の事件では、私は主従だと思いました。」
 眼前の男を説得するわけでも、納得させるわけでもなく、改心させるわけでも、言い聞かせるわけでもない。ヒョウの独壇場は独り言で埋め尽くされる。
「主従。この屋敷で主従が成立するのは吉岡の家の当主と息子。それに仕える使用人の間だけです。巧サンはトラウマを抱えており、人を殺すことが出来ません。これは除外できます。すると、主犯として残るのは孝造氏だけです。では、共犯は誰か?冷徹なまでに事件の処理が出来て、警察の緘口令の中でも情報を得られるほどの能力を持っている人間。それは貴方くらいでしょう。」
ヒョウの冷徹な視線が水島に向けられる。
だが、水島は反応を見せない。
「悲鳴が聞こえなかったコトから考えて、犯行現場はレコードコレクションのために防音設備が整った孝造氏の私室でしょう。以上が、私の推論です。ですが、シリアルキラーの犯行でないという証拠もないものですから、想像や妄想といわれても仕方ありません。貴方がたは互いにアリバイを証明していらっしゃるので、アリバイはすぐに崩せますが、物的な証拠はもう出てこないでしょう。既に完璧な処分がされていると思います。」
 肩を竦めて見せるヒョウの顔からは、既に微笑は消えていた。冷め冷めとした表情で、大きくため息をついている。
「動機は、そうですね。婚約破棄や巧サンの事故にまつわることで、孝造氏が衝動的に殺してしまったといったところでしょうね。怒りのあまり、ネクタイか何かで締め上げてしまった。くだらない結論ですが、現実などこんなものでしょう。野村サンは、きっと息子の巧サンの起こした事故のことを楯に恐喝や強請りのようなことをしようとしたんではないですか?そうでなくても、野村サンには幾つも巧サンに対して嫉妬を抱く理由があります。彼自身の境遇や、若いメイドの杏子サンへの恋慕のことなどで。事件としては、実に在り来たりでくだらないと言わざるを得ませんが、水島サンの隠蔽工作によって、あまりに事件が複雑化してしまったのでしょう。」
 そこで、ようやくヒョウは独り言を終えた。
 しっかりとそのサファイアの瞳に狂気を宿し、眼前の水島の姿を映す。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

懺悔~私が犯した罪をお話しします~

井浦
ホラー
これは、田尾楓さん(仮名)という方からもらった原稿をもとに作成した小説です。 彼女は「裁かれない罪があってはいけない」という言葉を残し、その後、二度と姿を現しませんでした。自分自身を裁くため、人知れず死を選んだのではないかと思っています。 彼女が犯した罪を見届けてください。

いい子ちゃんなんて嫌いだわ

F.conoe
ファンタジー
異世界召喚され、聖女として厚遇されたが 聖女じゃなかったと手のひら返しをされた。 おまけだと思われていたあの子が聖女だという。いい子で優しい聖女さま。 どうしてあなたは、もっと早く名乗らなかったの。 それが優しさだと思ったの?

とある令嬢の断罪劇

古堂 素央
ファンタジー
本当に裁かれるべきだったのは誰? 時を超え、役どころを変え、それぞれの因果は巡りゆく。 とある令嬢の断罪にまつわる、嘘と真実の物語。

【R15】アリア・ルージュの妄信

皐月うしこ
ミステリー
その日、白濁の中で少女は死んだ。 異質な匂いに包まれて、全身を粘着質な白い液体に覆われて、乱れた着衣が物語る悲惨な光景を何と表現すればいいのだろう。世界は日常に溢れている。何気ない会話、変わらない秒針、規則正しく進む人波。それでもここに、雲が形を変えるように、ガラスが粉々に砕けるように、一輪の花が小さな種を産んだ。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

滑稽な日々

水途史岐
キャラ文芸
※この小説は小説家になろうでも投稿しています オムニバス短編。10割ぐらいはくだらない話です

式鬼のはくは格下を蹴散らす

森羅秋
キャラ文芸
陰陽師と式鬼がタッグを組んだバトル対決。レベルの差がありすぎて大丈夫じゃないよね挑戦者。バトルを通して絆を深めるタイプのおはなしですが、カテゴリタイプとちょっとズレてるかな!っていう事に気づいたのは投稿後でした。それでも宜しければぜひに。 時は現代日本。生活の中に妖怪やあやかしや妖魔が蔓延り人々を影から脅かしていた。 陰陽師の末裔『鷹尾』は、鬼の末裔『魄』を従え、妖魔を倒す生業をしている。 とある日、鷹尾は分家であり従妹の雪絵から決闘を申し込まれた。 勝者が本家となり式鬼を得るための決闘、すなわち下剋上である。 この度は陰陽師ではなく式鬼の決闘にしようと提案され、鷹尾は承諾した。 分家の下剋上を阻止するため、魄は決闘に挑むことになる。

182年の人生

山碕田鶴
ホラー
1913年。軍の諜報活動を支援する貿易商シキは暗殺されたはずだった。他人の肉体を乗っ取り魂を存続させる能力に目覚めたシキは、死神に追われながら永遠を生き始める。 人間としてこの世に生まれ来る死神カイと、アンドロイド・イオンを「魂の器」とすべく開発するシキ。 二人の幾度もの人生が交差する、シキ182年の記録。 (表紙絵/山碕田鶴)  ※2024年11月〜 加筆修正の改稿工事中です。本日「58」まで済。

処理中です...