【完結】死神探偵 紅の事件 ~シリアルキラーと探偵遊戯~

夢追子

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第九幕 二 「良かったですね。貴方の目的が達せられて」

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     二

 琉衣はヒョウの微笑を見つめたまま、ため息を吐き出した。
「そう。でも、私は嫌になっちゃった。もう、やめようかしら?」
 弱音を吐く琉衣。弱いところを見せて誰かに慰めて欲しい。そう顔に書いてある。
 だが、ヒョウは琉衣の弱さを受け止めることも、優しい言葉を吐くようなこともしなかった。どこまでも冷然とした口調で、酷薄な態度で、突き放すように笑う。
「どうぞ。貴方のなさりたいように。」
「ちぇっ、凍神さんって女に優しくないのね。こんな時、霧崎さんなら、きっと慰めてくれるのに。」
 軽く舌打ちして、口を尖らせる琉衣。
 ヒョウは肩を竦めて見せた。
「でしたら、そんな話は名探偵殿にしてください。」
「はーい。」
 わざとおどけるように大きな声で返事をしてみせる琉衣。一度、なくしてしまった愛嬌を取り戻すように、身につけた技能を思い出すように。
「さあ、そろそろ帰ろうかな。こんな気分は、パーッと飲んで騒いで晴らすしかないでしょ!」
 ソファから立ち上がり、琉衣は大きく伸びをする。
「ねえ、凍神さん。凍神さんも飲みにいかない?私の奢りだから。」
 思い出した笑顔で、ヒョウを見つめる。
 だが、ヒョウは足を組んだままソファから立ち上がらなかった。
「いいえ。遠慮しておきます。」
「けちー。」
 文句を口にしながらも、断られたことにあまりショックを受けていないようで、琉衣はそのまま歩き始めた。
 そんな琉衣の背中に、ヒョウは軽い調子で声を掛ける。
「良かったですね。貴方の目的が達せられて。」
 次の瞬間、物凄い形相で琉衣が振り返った。
「探偵になった目的が達せられたのでしょう?」
 琉衣の剣幕にも動じずに、涼しい口調は繰り返す。
 琉衣は敵意と憎悪が入り混じったような視線でヒョウを射抜くように見つめていた。
「何のこと?」
 尋ねた琉衣の声は、あまりに冷淡で凍りつきそうなほどだった。
 ヒョウは微笑を笑みに変える。
「私も探偵の端くれですからね、依頼の前に、一応、下調べは済ませておくのですよ。例えば、巧サンが何故大学を辞めたのか?という一件についてなどです。」
 琉衣は無言。ヒョウの次の言葉を待ちながら、制するような視線を向ける。
 ヒョウは足を組みかえると、膝の上で両手を組み合わせた。琉衣と対峙するように、笑みは深くなっていく。
「いくら闇から闇に葬り去ったといっても、起きてしまった出来事を完全に隠蔽することは出来ません。私の情報網は、いくらか闇の世界にも張り巡らされていましてね、たまたま見つけたのですよ。巧サンの起こした事故のことを。」
琉衣の目が見開かれる。
「昨日は、命日でしたよね。恨みを残した亡霊が、巧サンを取り殺したのでしょうか?」
 わざとおどけた調子で揶揄するような口調。追及は更に加速していく。
「被害者は、ご友人だったのですか?」
 しばらく無言のまま、二人は対峙していた。
 だが、少しずつ琉衣の感情が冷めていく。
 ヒョウは、そこでようやく閉じていた口を開いて続けた。
「罪悪感というのは、自らを苛む棘でありながら、甘美な蜜のようなものでもあります。彼は、飲酒運転という酩酊状態で現実感のないまま罪を犯し、現実感のないまま父親に処理されてしまったのでしょう。事件を現実として捉えずに、毎晩苛まれる悪夢のように感じていたのかもしれませんね。そんな彼に、現実として亡霊が現れたら・・・・。」
 ヒョウはそこで意図的に言葉を止めた。
 琉衣は音が漏れ出てきそうなほど、奥歯を噛み締めている。
「私はやってないわ!」
 心の底から血を吐き出すような琉衣の叫び。感情の高ぶりに肩が震えている。
 ヒョウは無言で琉衣の顔を見つめていた。顔には微笑が浮かんでいる。
「あんなこと、私じゃない!私は、私は、ただ・・・・・。」
 目を剥いて、出てきそうな言葉を必死に飲み込むように琉衣は唇を噛み締めた。
 そこでヒョウは突然、雰囲気を和らげた。華やかな微笑で顔を飾る。
「ええ、知っています。貴方は、きっと、彼に事故のことを問い詰めただけでしょう?彼の死はどう見ても自殺でしかありません。」
 ヒョウは組んでいた足を解くと立ち上がる。
 それにつられてリンも立ち上がった。
「さて、そろそろ行きましょうか、リン。」
 リンの鈴が肯定し、二人は歩き始める。
 すれ違いざま、琉衣は慌ててヒョウに声を掛ける。
「待って!ちょっと、凍神さん!」
「何ですか?」
 振り返ったヒョウ。もうこの広間に用はないとでも言いだけに、どこか飽き飽きとした顔をしている。
「私を告発とかしないの?だって、私は、自殺とはいえ、一人の人間を死に追いやったのよ!」
 血相を変えて、琉衣は叫ぶ。なりふり構っていない。
 ヒョウは大きくため息をついて見せた。
「そんなこと、私には関係ありません。興味もありません。」
「だって、こういう場合、復讐はよくないとか、そういうこと言うんじゃないの!」
 琉衣の主張は正論だが、琉衣の立場は正しくない。要求するようなことではないことを、当然の権利のようにヒョウに要求している。
 ヒョウは肩を竦めて首を振っていた。
「やれやれ、貴方も罪悪感が欲しいのですか?それとも、慰めや同情の言葉が欲しいのですか?そんなものが欲しいのなら、名探偵殿に告白したら如何ですか?彼が適任ですよ、そんなものは。」
 ヒョウが話はこれで終わりだと言わんばかりに歩き始める。
「ま、待って。」
 ヒョウの背中に、琉衣は必死に制止の声を掛けたが、ヒョウは振り返ることはなかった。
 広間に、また取り残された琉衣だったが、大きくため息をつくと、今度は広間を出て行った。琉衣の瞳には、新しい決意が宿っていた。
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