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第八幕 二 「全てはお前のせいだ!凍神ヒョウ!」
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二
「それにしても困りましたね。こうなってしまっては、依頼の件はどうなってしまうのでしょうか?」
誰に的を絞ったわけでもなく、ヒョウは室内へと尋ねた。
だが、会話の相手として、誰一人名乗りを上げない。誰もが現実に精一杯で、他人の質問に答えてやる余裕など持ち合わせてはいなかった。
コミュニケーションの成立していない室内。それぞれが切り取られた空間内に存在しているようで、視線すら交差していない。
そんな広間に、ようやく他人と会話をする気のある人間がやってくる。
まず、最初に入ってきたのは、不機嫌そうに顔をしかめた警部だった。
「くそっ。」
世界中全てに向けて文句を言いたそうな顔で、室内を見回し全ての人間を睨みつける。
「何でこんなことになるんだ!」
怒りのままに吐き捨てる警部。刺々しい視線の先には、目標と定めた一人の男の姿がある。
「全てはお前のせいだ!凍神ヒョウ!」
敵意を剥き出しにして、ヒョウを断罪するように指差す警部。
しかし、ヒョウは軽く肩を竦めて見せるだけだった。
「買い被り過ぎですよ、警部殿。」
「お前さえいなければ、こんなことにはならなかったんだ!」
喚き散らすように当り散らし、血走った目でヒョウを睨む。警部の怒りも憎悪も、全てはヒョウに向けられていた。
向けられている方のヒョウは、痛くも痒くもなさそうだ。
険悪なムード漂う室内に、次の来訪者が現れる。
現れたのは二人。平素の様子と変わらず機械的な冷静さの秘書・水島と、顔面を蒼白にして立っているのもままならない杏子だった。
やってきた二人に、警部は椅子を勧める。
「これで全員揃ったというわけだな。」
大儀そうに咳払いをして、警部は場を仕切り始める。
それぞれ思い思いの行動をして時間を過ごしていた面々も、警部の顔に視線を集めた。
「えー、今回の件に関して、発見者である貴方たちには話を聞かせてもらいたい。まず、第一発見者は?」
警部は室内をわざとゆっくりと見回して、一人の人物に的を絞った。
警部の視線が確定したのは、室内で一番衝撃を受けている様子の杏子であった。
「私、です。」
消え入りそうなほどか細い声で、杏子は答える。辛うじて正気を保ってはいるが、隙間風が吹いただけで失神してしまいそうなほど、杏子は危く見えた。ソファに座ってはいても、そこに存在しているのか分からないほど、影が頼りない。
杏子の様子に不憫さを感じながらも、警部は職務を遂行し始める。
「どういう状況で巧さんを発見されたのか、聞かせていただけますか?」
杏子は虚ろな視線で室内のどこか一点を見つめたまま、弱々しく頷いた。
「今朝、朝食の時間になっても、巧様がいらっしゃらないので、私が呼びにいったんです。そうしたら、温室に中から鍵が掛かって、返事がなくて、巧様が・・・・。」
両手で顔を覆って泣き崩れる杏子。そこから先は嗚咽が漏れるだけで言葉にならない。警部の質問は、張り詰めていた杏子の心の糸を断ち切ってしまったようだ。
杏子への質問を諦め、警部はもっと話の出来そうな人間を室内に探す。そこで、すぐに期待に応えられそうな人間を視界に捉えた。
「秘書の水島さんでしたね?貴方はどうですか?」
「はい。私は、彼女が青ざめた顔で私の元に報告に来たので、鍵を持って温室の方に確認に行き、旦那様に報告の後、警察に通報しました。温室の方に確認に行く際、そちらの探偵の方々と一緒になりました。それから先は、警察の方々が到着されるまで、いくらか仕事を片付けていました。」
感情一つ乱すことなく、表情一つ変えることなく、機械的な声音で淡々と事実を告げる水島。何事にも動じない冷然とした態度は、有事にも変わらずに発揮されていた。
警部は頷き、納得する。水島のあまりの冷静さにも、人柄を知っているためか訝しんでいる様子はない。
「では、霧崎君。君はどうだね?」
名コンビの片割れである名探偵・霧崎に、今度は質問の矛先を変える。
霧崎はソファに座ったまま、警部の顔を真っ直ぐに見上げた。
「それにしても困りましたね。こうなってしまっては、依頼の件はどうなってしまうのでしょうか?」
誰に的を絞ったわけでもなく、ヒョウは室内へと尋ねた。
だが、会話の相手として、誰一人名乗りを上げない。誰もが現実に精一杯で、他人の質問に答えてやる余裕など持ち合わせてはいなかった。
コミュニケーションの成立していない室内。それぞれが切り取られた空間内に存在しているようで、視線すら交差していない。
そんな広間に、ようやく他人と会話をする気のある人間がやってくる。
まず、最初に入ってきたのは、不機嫌そうに顔をしかめた警部だった。
「くそっ。」
世界中全てに向けて文句を言いたそうな顔で、室内を見回し全ての人間を睨みつける。
「何でこんなことになるんだ!」
怒りのままに吐き捨てる警部。刺々しい視線の先には、目標と定めた一人の男の姿がある。
「全てはお前のせいだ!凍神ヒョウ!」
敵意を剥き出しにして、ヒョウを断罪するように指差す警部。
しかし、ヒョウは軽く肩を竦めて見せるだけだった。
「買い被り過ぎですよ、警部殿。」
「お前さえいなければ、こんなことにはならなかったんだ!」
喚き散らすように当り散らし、血走った目でヒョウを睨む。警部の怒りも憎悪も、全てはヒョウに向けられていた。
向けられている方のヒョウは、痛くも痒くもなさそうだ。
険悪なムード漂う室内に、次の来訪者が現れる。
現れたのは二人。平素の様子と変わらず機械的な冷静さの秘書・水島と、顔面を蒼白にして立っているのもままならない杏子だった。
やってきた二人に、警部は椅子を勧める。
「これで全員揃ったというわけだな。」
大儀そうに咳払いをして、警部は場を仕切り始める。
それぞれ思い思いの行動をして時間を過ごしていた面々も、警部の顔に視線を集めた。
「えー、今回の件に関して、発見者である貴方たちには話を聞かせてもらいたい。まず、第一発見者は?」
警部は室内をわざとゆっくりと見回して、一人の人物に的を絞った。
警部の視線が確定したのは、室内で一番衝撃を受けている様子の杏子であった。
「私、です。」
消え入りそうなほどか細い声で、杏子は答える。辛うじて正気を保ってはいるが、隙間風が吹いただけで失神してしまいそうなほど、杏子は危く見えた。ソファに座ってはいても、そこに存在しているのか分からないほど、影が頼りない。
杏子の様子に不憫さを感じながらも、警部は職務を遂行し始める。
「どういう状況で巧さんを発見されたのか、聞かせていただけますか?」
杏子は虚ろな視線で室内のどこか一点を見つめたまま、弱々しく頷いた。
「今朝、朝食の時間になっても、巧様がいらっしゃらないので、私が呼びにいったんです。そうしたら、温室に中から鍵が掛かって、返事がなくて、巧様が・・・・。」
両手で顔を覆って泣き崩れる杏子。そこから先は嗚咽が漏れるだけで言葉にならない。警部の質問は、張り詰めていた杏子の心の糸を断ち切ってしまったようだ。
杏子への質問を諦め、警部はもっと話の出来そうな人間を室内に探す。そこで、すぐに期待に応えられそうな人間を視界に捉えた。
「秘書の水島さんでしたね?貴方はどうですか?」
「はい。私は、彼女が青ざめた顔で私の元に報告に来たので、鍵を持って温室の方に確認に行き、旦那様に報告の後、警察に通報しました。温室の方に確認に行く際、そちらの探偵の方々と一緒になりました。それから先は、警察の方々が到着されるまで、いくらか仕事を片付けていました。」
感情一つ乱すことなく、表情一つ変えることなく、機械的な声音で淡々と事実を告げる水島。何事にも動じない冷然とした態度は、有事にも変わらずに発揮されていた。
警部は頷き、納得する。水島のあまりの冷静さにも、人柄を知っているためか訝しんでいる様子はない。
「では、霧崎君。君はどうだね?」
名コンビの片割れである名探偵・霧崎に、今度は質問の矛先を変える。
霧崎はソファに座ったまま、警部の顔を真っ直ぐに見上げた。
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