【完結】死神探偵 紅の事件 ~シリアルキラーと探偵遊戯~

夢追子

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第七幕 十 「記念日の亡霊にお気をつけ下さい」

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     十

 コンコン
 
 折り目正しく、少し弱気な音でノックは響く。
 ベッドに座ったままのリンが、行儀よくノックに答えた。
「はい、どなたですか?」
「あっ、あの、巧です。凍神さん。」
 扉の向こうから響いたのは、勇気を振り絞ったように響く巧の声。
 きちんとベッドに座ったまま、リンは巧に受け答えを返す。
「どうぞ。」
 巧は室内から響いた入室許可に、客室の扉を恐る恐る開いた。
「失礼します。」
 扉が開くと、巧は室内を見回す。そこには、巧の目的の人物はいなかった。
「あの、凍神さんは?」
 目の前でちょこんとベッドに腰掛けているリンに尋ねる巧。
 リンは顔色一つ変えずに答えた。
「今、出かけてます。すぐに帰ります。」
 留守番電話のメッセージのように、リンの声は響く。
 どこか居心地が悪そうにしながら、巧は室内にきょろきょろと視線を走らせた。
「そうか。じゃあ、あの、これ。凍神さんに渡してください。」
 持っていた紙の束を差し出す巧。入り口で立っている巧とベッドで座っているリンとの距離は、直線にして五メートル。手を伸ばしても届く距離ではない。
 紙の束を差し出した巧とベッドに座るリンの間に沈黙の時間が流れる。
「あ、あの?」
 不審に思った巧が首を傾げて尋ねる。
 リンはベッドに座ったまま、身動き一つ取ろうとはしない。
「これ、渡して欲しいんだけど。」
 真っ直ぐな視線で見つめてくるリンに、どうしていいのか戸惑いながら持っている紙の束の存在をアピールする巧。間延びしたテンポのリンとの会話は間が持たないようだ。
 リンの鈴は肯定を響かせた。
 だが、リンは動かない。紙の束に手を出す素振りもしない。
「あの、何で動かないの?」
 巧は思いついた疑問を、そのまま口にしていた。
 リンは何事もないかのように、当たり前のように答える。
「先生が動いちゃダメって言ったから。」
「そ、そうなんだ。」
 納得したわけではないが、それ以外に掛ける言葉も見つからずに、巧は質問に対する責任として相槌を打った。
 そこへ、ヒョウがようやく戻ってくる。
「おや?巧サン。こんなところでどうしました?」
 扉を外から開き、客室の入り口に突っ立ったままの巧に微笑を向けるヒョウ。
「あっ、あの、昼間に言っていたパンフレットを持ってきたんです!」
 ヒョウの前に差し出された紙の束。
 ヒョウは微笑のまま、それを受け取った。
「有難うございます。」
 そして、室内のリンに声を掛けた。
「リン、どうやらきちんと留守番が出来たようですね。」
 リンの鈴は肯定。それでも、リンは走り出したい衝動を抑えて、ヒョウの指示通りベッドにおとなしく座っていた。
 巧の横をすり抜けて客室に入っていくヒョウ。
「あ、あの、さっきは有難うございました。」
 深々と勢いよく頭を下げる巧。
 ヒョウは首を振った。
「いえ。特に。」
 素っ気ない言葉。
 それでも巧は怯まずに、ヒョウとの会話を続けた。
「あの、僕、凍神さんになら、事件の話をします。あの探偵さんにも、そう伝えておいて下さい。」
 勇気を出して協力を申し出る巧。巧はヒョウに少なからず心を許していた。
 しかし、ヒョウはそんな巧の申し出にも興味を示さなかった。
「そうですか。」
 まるで馴れ合うつもりなどないと言うような冷たい響き。微笑すら酷薄に見える。
 話題も尽きた巧は、しばらく俯いて沈黙した後、扉のノブへと手をかけた。
 巧が背中を向けたことで、ようやくヒョウが口を開く。
「巧サン。」
 希望で顔を輝かせて、巧は振り返る。
 巧の視線の先には、いつもの仮面の微笑があった。
「記念日の亡霊にお気をつけ下さい。」
 仮面の中で輝く闇を湛えたサファイア。
 目を逸らすことすら出来ずに、巧は魅入ったように沈黙していた。
「では、おやすみなさい。パンフレット有難うございました。」
 挨拶が発せられるのと同時に、瞳からは闇の気配が消える。
 巧は、我に返り、頭を下げた。
「おやすみなさい、凍神さん。」
 頭を下げて退室の挨拶とし、扉を開く。
 巧の背中を見送るヒョウは、実に楽しそうだった。

  作戦会議が終わり、二日目も幕を閉じる。
   新しく齎された情報は、一行をどこへ導こうというのか?
    闇が孕むのは、狂気か?それとも幻影か?
     亡霊の出現を予測した死神の真意とは?
      まだ、誰にも知られぬまま、
       ひっそりと新しい一日が始まる。
        悲劇とともに、三日目は訪れる。
         唐突な終わり、そして、始まり。
          事件を手招きする手は、
           闇から差し向けられている。
            カタストロフィの予感を告げるように
             警告音は、確かに聞こえていた。
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